Good Luck, Mr. Magician 作:evejanjan
十一月の空は低く曇り、クィディッチ競技場には冷たい風が吹きつけていた。スリザリンの応援席では、試合が始まる前から今年の箒なら負ける方がおかしいという声が飛び交っている。クラッブも何度も頷いていたが、どこまで箒の性能を理解しているのかは分からない。
「ポッターが落ちれば早いのにな」
誰かが言うと、近くの上級生が笑った。
「落ちなくてもマルフォイが捕まえるさ。ニンバス二〇〇一だぞ」
遙一は手袋を直しながら競技場を見下ろした。箒の性能差が競技へ影響すること自体は理解できる。ただ、それだけで勝敗が決まるなら、わざわざ七人ずつ空へ上がる必要もないだろう。
笛が鳴り、赤と緑のローブが一斉に空へ舞い上がった。
遙一は最初から試合のすべてを追っていたわけではない。クアッフルを奪い合う選手を見たり、隣の生徒がドラコの飛び方について得意げに語るのを聞いたり、ときどきスニッチを探す二人のシーカーへ目を向ける。その程度だった。
だから最初に黒い球がハリーの箒のすぐ後ろを横切った時も、特に気には留めなかった。ブラッジャーが選手を狙うのは競技の仕組みであり、一度なら珍しくもない。
次に見た時も、その球はハリーの近くにいた。
三度目には、別の選手が進路へ入ったにもかかわらず、球はそちらへ流れずに軌道を変え、再びハリーへ向かった。
「またポッターだ」
隣の生徒が面白そうに笑った。
「今日は好かれてるな」
周囲にも笑いが広がったが、遙一は飛び回る黒い球を目で追った。ブラッジャーは選手を狙う。それ自体は普通だが、一人だけを選び続けることまで普通なのかは別の話だった。
試合はそのまま続いた。選手たちが高速で位置を入れ替えるたび、観客席からいくつもの声が飛ぶ。ハリーはブラッジャーを避けながら飛び続け、危うく箒から振り落とされそうになっても上空へ戻った。
「マルフォイ、後ろ!」
「ポッターも見つけたぞ!」
誰かの声に遙一も視線を上げると、二人のシーカーが同じ方向へ加速していた。直後、歓声と悲鳴が重なり、立ち上がった生徒たちに一瞬視界を遮られる。
次に見えた時には、ハリーはもう地面へ降ろされていた。
どうやらスニッチはハリーが取ったらしく、グリフィンドール側では歓声が続いている。一方のスリザリン席では試合結果に文句を言う者と、地上のハリーを指差す者が入り混じっていた。
遙一は席を立った。勝敗より、最後までハリーを追い続けていたブラッジャーの方が気になっていた。
午後、医務室へ行くと、ハリーの右腕は毛布の上に置かれていた。
一見しただけなら大きな傷はない。ただ、袖の下に本来あるはずの硬い形がなく、腕というより細長い袋へ柔らかな何かを詰めたように見える。
「触らないでね」
ベッド脇のハーマイオニーが先に言った。
「触る予定はありませんよ」
「ロンがさっき触ろうとしたの」
「ちょっと確認したかっただけだよ」
「何を?」
「本当に骨がないのか」
ロンが答えると、ハリーが露骨に嫌そうな顔をした。
「僕の腕で確認しないでくれる?」
「だから触ってないだろ」
「止められたからでしょう」
ハーマイオニーに言われ、ロンは何か反論しかけてやめた。遙一はそのやり取りを聞きながら、ベッドの横に置かれた椅子へ座る。
「骨折だと聞きましたが」
「最初はね。ブラッジャーに当たって折れたんだ。それをロックハートが治そうとして――」
「骨を全部消した」
ロンが待ちきれないように続けた。
「全部?」
「全部」
「マダム・ポンフリーがものすごく怒ってたわ」
ハーマイオニーも、今回はそれ以上ロックハートを庇わなかった。
「でも、生やせるらしいよ。時間はかかるけど」
ハリーはそう言って右腕を少し持ち上げようとし、すぐ諦めて毛布へ戻した。
「妙な感じだよ。腕はあるのに、腕じゃないみたいで」
「貴重な経験ですね」
「代わる?」
「遠慮します」
ハリーが笑い、ロンまでつられて笑った。しばらくはロックハートが何をどう間違えれば骨だけ消せるのかという話になり、ハーマイオニーが「わざとじゃないんだから」と一度だけ言ったものの、ハリーが右腕を持ち上げると黙った。
話が一段落したところで、遙一は試合中から気になっていたことを尋ねた。
「ブラッジャーは、最初からあなたを狙っていました?」
「たぶん」
「たぶんじゃないよ。ずっとだ」
ハリーより先にロンが答えた。
「ビーターが打ち返しても戻ってきたし、他の選手なんかほとんど無視してた。あんなの普通じゃない」
「誰かが細工した可能性はあると思うわ」
ハーマイオニーも頷いた。
「マルフォイ?」
ロンの言葉に、ハリーが眉を上げた。
「試合中にあれを動かしながらスニッチまで探してたって?」
「じゃあスリザリンの誰かだよ」
「どうしてそこまでスリザリンにしたいんだよ」
「最近の状況を考えろって」
ロンは声を潜めたが、何を指しているのかは言われなくても分かった。秘密の部屋、継承者、ミセス・ノリス。そこへ今度はハリーだけを狙ったブラッジャーが加わった。
同じ時期に異常が続けば、一つの理由で説明したくなる。昨年の遙一自身もそうした。複数の違和感を一つへまとめること自体は間違いではなかったが、その先で意味まで決めてしまったために、クィレルとスネイプを取り違えた。
ならば、今回は急ぐ必要がない。
「ブラッジャーの件は、秘密の部屋とは分けて考えた方がよさそうですね」
「どうして?」
「今のところ、同じものだと考える材料がありません。どちらも妙ではありますが、それだけです」
「でも、偶然にしては変なことが続きすぎじゃない?」
ハーマイオニーが言う。
「ええ。だから忘れる必要もありません。ただ、あとで繋がるなら、その時に繋げればいい」
ハーマイオニーは少し考えてから、「なるほどね」と頷いた。
「君、そういうところ去年より慎重になったよな」
ハリーが何気なく言うと、遙一は少しだけ笑った。
「間違えることにも使い道はありますから」
「普通は反省って言うんだよ」
「似たようなものです」
「絶対違う」
ロンの即答に、ハリーが笑った。
翌朝、医務室のベッドが一つ増えていた。
遙一がハリーの見舞いに来た時、その隣にはコリン・クリービーが横たわっていた。目を開けたまま、身体だけが時間から切り離されたように動かない。
「夜中に運ばれてきたんだ」
ハリーが声を落とした。
「石化ですか?」
「先生たちはそう言ってた。カメラを持ってたらしいんだけど、ダンブルドアが中を調べたらフィルムまで駄目になってたって」
遙一はコリンと、そのベッド脇に置かれたカメラを順に見た。
ミセス・ノリスに続いて、今度は人間が石化した。二件が同じ現象によるものだと考える材料は増えたが、何を見たのか、どこで襲われたのか、なぜ死なずに石化したのかはまだ分からない。
「何か分かった?」
ハリーに訊かれ、遙一は首を横に振った。
「まだです」
ただ、コリンがカメラを持っていたことだけは覚えておくことにした。
今は、それで十分だった。