Good Luck, Mr. Magician   作:evejanjan

22 / 33
第6話 決闘クラブ

 夕食後の大広間から長机が消えているのを見た時、遙一は少しだけ足を止めた。

 

 代わりに壁際まで広い空間が空けられ、奥には細長い舞台が設けられている。天井の蝋燭はいつもより明るく、集まった生徒たちは食事の時よりずっと落ち着きがなかった。

 

「決闘クラブだってさ」

 

 隣にいたドラコが言う。

 

「知ってます」

 

「じゃなくて、誰が教えると思う?」

 

 その答えは、舞台へ上がってきた人物を見ればすぐに分かった。

 

 ギルデロイ・ロックハートは、薄紫色のローブを照明によく映えるよう整えていた。笑顔まで普段の授業とほとんど変わらない。

 

「まさか、あいつ一人じゃないだろうな」

 

 ドラコが小声で言った直後、ロックハートが助手としてスネイプを紹介した。

 

「よかったな」

 

 近くにいたスリザリン生が笑う。

 

「何が?」

 

「少なくとも一人は決闘できる」

 

 ドラコが吹き出し、周囲からも小さな笑いが漏れた。

 

 舞台の上では、ロックハートが決闘の作法を説明し始めていた。互いに礼をし、杖を構え、合図を待つ。説明だけなら特におかしなところはなかったが、実演が始まると話は別だった。

 

 向かい合った二人が杖を上げ、スネイプの呪文が赤い光を引いた次の瞬間、ロックハートは舞台の端まで吹き飛ばされていた。一瞬静かになった大広間に、遅れてどよめきが広がる。

 

「今のは予定通り?」

 

 少し離れたところからロンの声がした。

 

「そう見える?」

 

 ハリーが返す。

 

 起き上がったロックハートは笑顔を崩さなかった。自分なら防げたが、生徒たちへ見せるためにあえて受けたのだという意味の説明を始め、いつの間にか実演が成功したことになっている。

 

 遙一は舞台を見ながら、口元をわずかに緩めた。失敗そのものは消せなくても、その失敗をどう語るかで観客の受け取り方は変えられる。もっとも、今回はスネイプの表情を見る限り、少なくとも全員を納得させるところまでは届いていなかった。

 

 

 やがて生徒たちは二人一組に分けられた。相手を見つける前に、スネイプの声が飛ぶ。

 

「グリンデルバルド。マクミラン」

 

 遙一が振り向くと、少し離れたところにいたアーニー・マクミランもこちらを見た。

 

「よろしく」

 

「ええ。よろしくお願いします」

 

 アーニーは礼儀正しく頭を下げたが、肩にはわずかに力が入っていた。遙一も同じように礼を返し、数歩離れる。

 

 周囲では既に何組かが呪文を撃ち始めていた。大きな音がするたびに歓声が上がり、どこかでは一人の生徒が尻もちをついている。ロックハートの注意はそちらへ向いていた。

 

 遙一は杖を下げたままアーニーを見た。

 

 右手に杖。

 

 わずかに前へ出る右足。

 

 構えた時だけ上がる肩。

 

 遙一の杖先より先に、胸元へ向く視線。

 

 緊張はしているが、撃つことを怖がっているわけではない。むしろ、こちらが隙を見せれば先に仕掛けたいらしい。

 

「始め!」

 

 近くでロックハートの声がした。

 

 アーニーの杖先が上がる。

 

 遙一は半歩だけ左へ重心を寄せた。

 

 正面からなら、右側が空いたように見える。

 

 アーニーの視線が動く。

 

 杖を持つ指に力が入る。

 

 その直前、遙一の杖先でごく小さな光が一度だけ瞬いた。

 

 声は出していない。

 

 明かりと呼ぶには短すぎるほどの光だった。

 

 アーニーの目がそちらへ逸れる。

 

 戻る。

 

 その間に遙一は半歩だけ位置を変えていた。

 

「エクスペ――」

 

「《エクスペリアームス》」

 

 赤い光が走り、アーニーの杖だけが手を離れた。床へ落ちた杖が一度跳ねる。

 

「あ」

 

 アーニーは空になった右手を見て、それから遙一を見た。

 

「……速いな」

 

「そう見えたなら、成功ですね」

 

「何の成功だよ、それ」

 

 近くで見ていたハッフルパフの生徒が笑いながら杖を拾い、アーニーへ渡した。

 

 周囲の反応もそれ以上ではなかった。反応が速かった、綺麗に武装解除した。その程度の話として、すぐ隣で起きた派手な失敗の方へ注意が移っていく。

 

 遙一が杖を下ろした時、舞台脇にいたスネイプと一度だけ目が合った。スネイプは僅かに目を細め、それから別の組へ視線を移す。

 

「もう一回やる?」

 

 アーニーが訊いた。

 

「構いませんよ」

 

 遙一が答えたところで、近くの組へスネイプの鋭い声が飛び、騒ぎすぎていた二人が慌てて杖を下げた。アーニーもそちらを見てから、少し考えて肩をすくめる。

 

「……やめとこう」

 

「賛成です」

 

 

 しばらくして、あちこちで決闘とは呼びにくい混乱が起き始めると、ロックハートが全員を止めた。次は攻撃を防ぐ方法を見せると言い、代表として二人の生徒を前へ出そうとする。

 

 最初に名前を呼ばれたのはネビルとジャスティンだったが、スネイプがすぐに口を挟んだ。別の組み合わせの方が適切だと言い、代わりにハリーとドラコを指名する。

 

 その瞬間、周囲の空気が少し変わった。

 

「今度こそポッターを転ばせろ!」

 

 スリザリン側から声が飛ぶ。

 

「うるさい!」

 

 ロンがすぐに言い返した。

 

 生徒たちが場所を空け、ハリーとドラコが中央へ進み出る。さっきまでの練習とは違い、今度は全員の視線が二人へ集まっていた。ドラコは聞こえないふりをして杖を構え、ハリーも向かい合う。

 

 ロックハートの合図で実演が始まると、何度か呪文が飛び交い、そのたびに周囲から声が上がった。二人とも明らかに相手を意識しており、練習というより本気の張り合いに近い。

 

 やがてスネイプがドラコを呼び寄せ、短く何かを告げた。

 

 ドラコは笑って元の位置へ戻る。

 

「《サーペンソーティア》!」

 

 杖先から黒い蛇が飛び出して床へ落ちると、悲鳴が上がり、生徒たちが一斉に後ろへ下がった。

 

 蛇は鎌首を持ち上げ、舌を出しながら周囲を見回す。ロックハートが前へ出て呪文を放ったものの、蛇は消えるどころか宙へ跳ね上がり、怒ったように床へ落ちた。

 

「動くな、ポッター」

 

 スネイプの声が響く。

 

 ハリーは蛇を見ていた。

 

 蛇の進行方向にはジャスティン・フィンチ=フレッチリーがいる。彼は顔を強張らせ、後ろへ下がろうとしていた。

 

 その時、ハリーが声を出した。

 

 遙一には意味が分からなかった。少なくとも英語ではなく、細く擦れるような音が続いている。それに応じるように蛇の動きが止まった瞬間、大広間から音が消えた。

 

 ほんの少し前まで、誰かが呪文を失敗するたびに笑い声が上がっていた場所だった。同じ人数がいるのに、今は誰も喋らない。

 

 ハリーだけが状況を理解していないようだった。

 

「何? どうしたの?」

 

 困惑した顔で周囲を見る。

 

 ジャスティンが一歩下がった。

 

「僕にけしかけたんだな」

 

「違うよ。僕は止まれって――」

 

 その言葉に答える者はいなかった。

 

 蛇はスネイプによって消されたが、生徒たちの視線はもう床には向いていなかった。ロンとハーマイオニーもハリーを見ている。ドラコも、ジャスティンも、その周囲にいる生徒たちも同じだった。

 

 ただ、その目に浮かんでいるものまで同じではない。

 

 驚いている者がいる。何が起きたのか分からず戸惑っている者もいる。疑うように眉を寄せる者がいて、そこからさらに一歩下がる者もいた。

 

 ついさっきまで決闘の勝敗や呪文の出来に向けられていた無数の視線が、今は一人の少年へ集まっている。

 

 その中に、はっきりと恐怖の色を浮かべる目が混じり始めていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。