Good Luck, Mr. Magician 作:evejanjan
クリスマスが近づくにつれて、城の中から少しずつ人が減っていった。帰省する生徒が荷物をまとめ、残る生徒は誰と休暇を過ごすのかを話している。秘密の部屋の噂が消えたわけではなかったが、談話室に飾りが増え、大広間へ大きな樅の木が運び込まれる頃には、少なくとも一日中その話だけをしている者は少なくなっていた。
スリザリンの談話室でも、クラッブとゴイルが暖炉の前を広く使いすぎて上級生に追い払われ、ドラコは今年届く予定の贈り物について話していた。遙一はその隣で本を読んでいたが、途中から内容よりも二人が菓子を取り合っている方が目に入る。
「それ僕のだぞ」
「まだ開けてなかっただろ」
「だから僕のじゃない理由にはならない」
「名前書いてない」
「僕が置いたんだから分かるだろ」
ドラコが呆れた顔をした。
「同じものが三つあるだろ。どれでもいいじゃないか」
二人はしばらく考え、本当にそれで納得したらしく、それぞれ別の包みを取った。
遙一はページへ視線を戻した。
クラッブとゴイルを見分けるのに、顔を確認する必要はほとんどない。体格も違うが、それ以前に歩き方も、誰かに呼ばれた時の振り返り方も、ドラコの隣に立つ位置も違う。毎日同じ寮で過ごしていれば、本人たちが意識していない癖の方が先に目に入るようになる。
クリスマス当日の夕方、遙一は一人で地下の廊下を歩いていた。
大広間から戻る生徒の声は遠く、普段より人の少ない石造りの廊下には足音がよく響く。角を曲がったところで、向こうからクラッブとゴイルが歩いてきた。
顔はいつも通りだった。体格も、髪も、制服の着崩し方まで見慣れた二人と変わらない。
それでも、遙一は数歩手前で違和感を持った。
二人とも周囲を見すぎている。
クラッブは普段、目的地までの道順を確かめるように曲がり角を見ることはない。ゴイルも、誰かに見られているかを気にして壁際や背後へ何度も目を向けるような歩き方はしない。今の二人は、自分たちがよく知っているはずの地下を、初めて入る舞台の袖のように見ていた。
「どこへ行くんです?」
すれ違う前に訊くと、二人の歩調がほんの僅かに乱れた。
「え?」
先に声を出したのはクラッブだった。
「いや、その……」
ゴイルが隣を見る。
声も本人のものだった。喉の高さも響き方も違和感がない。それだけに、返事をする前に互いの顔を確かめたことの方が目についた。
「談話室だけど」
クラッブが答えた。
「そうですか。ドラコなら少し前に戻りましたよ」
「マルフォイが?」
今度はゴイルが聞き返した。
ほんの一瞬だった。
けれど、普段のゴイルならドラコを「マルフォイ」と呼ばない。少なくとも遙一の前では、いつも「ドラコ」だった。
遙一は表情を変えなかった。
「ええ。暖炉の近くにいました」
「そうか。じゃあ行こう」
クラッブが急かすように言い、二人は歩き出した。
遙一もその横を通り過ぎる。
顔は完璧だった。声も、身長も、肩幅も違うところがない。もし魔法によって身体そのものを変えているのなら、鏡や化粧で見破る類の変装ではない。ならば外見は判断材料から外せばいい。遙一は歩きながら、慣れた場所を確かめる視線、普段より揃った歩幅、返事をする前に互いを見る癖、ドラコの呼び方、そしてドラコがいると聞いた瞬間の注意の向き方を順に並べた。
二人がクラッブとゴイルではないことは、もうほとんど疑う必要がなかった。誰がその姿を借りているのかも、おおよその見当はついている。むしろ遙一の興味は、どうやってここまで完全に他人の身体を再現したのかへ移っていた。
廊下の先からドラコの声が聞こえた。
「お前たち、どこ行ってたんだよ」
遙一は振り返らず、歩調だけ少し緩めた。
「ちょっと、その……腹減ってて」
クラッブの声。
「夕食のあとだぞ?」
「まだ減ってるんだよ」
それらしい答えではあった。実際のクラッブなら十分に言いそうでもある。
ドラコは何か文句を言いながら二人を連れていくらしい。三人分の足音が同じ方向へ動き始める。
ただ、距離が違った。本物のクラッブとゴイルはドラコの話を聞く時にもう少し近く、左右どちらかに寄り、ドラコが先に進めば何も考えず後ろへ続く。今の二人は彼の両側へ自然に収まるまでに僅かな間があり、歩き出してからも半歩分だけ距離を取っていた。他人の顔になった人間が、本人の人間関係まで同じ距離で再現できるとは限らない。
少し先で、三人が談話室へ続く廊下を曲がる。その直前、クラッブの姿をした方が一度だけこちらを見た。先ほどまで落ち着かなかった視線が遙一と合った瞬間だけ、露骨に止まる。
遙一は僅かに笑い、何も言わず反対側へ歩き出した。
背後で声がした。
「今の何だ?」
「知らない。行こう」
もう振り返る必要はなかった。
翌日、ハリーとロンが大広間を出たところで遙一を捕まえた。
「マルフォイは違ったよ」
「継承者ではなかった?」
「うん。本人は知らないみたいだった。でも、前にも秘密の部屋が開いたことがあるって話は知ってた。父親から何か聞いてるらしいけど、誰が継承者なのかまでは知らない」
「僕はそれだけでも十分だと思う。少なくとも、ずっとマルフォイを疑わなくて済む」
「ずっと疑ってたのはロンだけど」
「ハリーも疑ってただろ」
いつもの調子で言い合う二人を少し待ってから、遙一は訊いた。
「それで、どうやって聞いたんです?」
二人が揃って黙った。
「ポリジュース薬」
結局、ハリーが答えた。
「なるほど。便利ですね」
「便利って言うのか、それ」
ロンはそう言ってから、急に気まずそうな顔になった。
「まあ、全員うまくいったわけじゃないけど」
「ハーマイオニーは?」
「医務室」
事情を聞いた遙一は、さすがに一度瞬きをした。
「それは、お大事に」
「笑わないんだな」
「笑うところですか?」
「いや。マートルは笑ってた」
「それと比べないでください」
二月の初め、ハーマイオニーがようやく医務室から戻った。三人と廊下で会った遙一が「もう元通りですね」と言うと、彼女は何とも言えない顔をした。
「その言い方、あまり嬉しくないわ」
「では、快復おめでとうございます」
「最初からそう言って」
ロンが横で笑い、すぐ睨まれて口を閉じた。その時、ハーマイオニーが遙一の顔をじっと見る。
「そういえば、二人から聞いたんだけど。クリスマスの日、クラッブとゴイルに会った?」
遙一は少し笑った。
「さて」
「今の反応、絶対会ってるわよ」
「え、いつ?」
ハリーが訊き、ロンが「あ」と声を上げた。
「待って、じゃああの時の――」
「よく似ていましたよ」
「やっぱり会ってるじゃないか!」
「顔も声も完璧でした」
「じゃあ、なんで分かったの?」
「クラッブとゴイルは、もう少し自然にドラコの隣を歩きます」
ロンが何とも言えない顔になる。
「そんなところ見てるのかよ……」
「毎日見ていますから」
「怖いことをさらっと言わないで」
ハーマイオニーが言い、ハリーが笑った。
魔法は、奇術師が時間をかけて作る顔を、もっと完全な形で与えられるらしい。骨格も声も身体も変わるなら、外見を見破ろうとする技術の多くは意味を失う。
それでも人間そのものまで入れ替わるわけではなく、歩く癖も、周囲を見る順番も、誰かとの距離も残る。魔法が変装を不要にしたのではなく、観察すべき場所を一つ増やしただけだった。
「じゃあ、あの時笑ったのは?」
ハーマイオニーが訊く。
「見事だったので」
「絶対それだけじゃないわね」
遙一は答えなかった。