Good Luck, Mr. Magician 作:evejanjan
十月最後の日、ホグワーツは朝からいつもより落ち着きがなかった。
廊下の窓辺には橙色の飾りが増え、どうやって運び込んだのか首を傾げたくなるほど大きなカボチャが、階段の踊り場や壁際に鎮座していた。ある二年生は、その一つが昨日より確実に大きくなっていると言い張り、友人に「お前が昨日見たのは隣のだ」と言われていた。幽霊たちまで普段より機嫌がよく、壁から顔だけ出して一年生を驚かせては、自分たちだけで笑っている。
ハロウィーンというものは、魔法界でも人を少し子供っぽくするらしい。
昼前、遙一が大広間へ向かう途中で階段を下りていると、前を歩いていたハリーとロンに追いついた。二人とも呪文学の教科書を抱えていて、どうやら授業が終わったところらしい。
ロンはかなり機嫌が悪かった。
「一回間違えただけなのに、いちいち言い直すんだぞ。発音がどうとか、手首がどうとか」
ハリーは返事をしながらも、どこか困ったように笑っていた。
「でも、ハーマイオニーはできたんだろ?」
「そこがまた腹立つんだよ。できるからって、全員の先生にならなくてもいいだろ」
その言葉が終わるより少し早く、角の向こうからハーマイオニー・グレンジャーが現れた。
三人とも、一瞬だけ足を止めた。
ハーマイオニーはロンを見た。次にハリーを見て、それから遙一へもほんの一瞬だけ視線を向けたが、何も言わずに脇を通り過ぎていった。背筋はいつも通り伸びていたものの、歩く速さだけが少し違っていた。
ハリーが振り返った。
「聞こえたと思う?」
「ええ」
遙一が答えると、ハリーは小さく顔をしかめた。
ロンは何か言いかけてやめた。
三人はそのまま階段を下りた。遙一も、それ以上何も言わなかった。
午後になる頃には、ハーマイオニーが女子トイレに籠もって泣いている、という話が女子生徒たちの間から広がってきた。
夕方、大広間へ入ると、昼間までの気まずさなど忘れさせるほどの光景が待っていた。
天井近くを生きた蝙蝠が飛び回り、灯りを入れたカボチャがあちこちに浮かんでいる。長いテーブルには普段よりずっと多くの料理が並び、焼いた肉や菓子の匂いに混じって、蝋燭の熱とカボチャの甘い匂いまで漂ってきた。
ドラコは頭上を横切った蝙蝠を一度だけ睨み、皿へ肉を取った。
「食事の上を飛ばす必要はないと思うけど」
「落ちてこなければ問題ないでしょう」
「落ちてきた時点で遅いだろ」
もっとも、その直後にはクラッブが取ろうとしていた料理と同じ皿へ手を伸ばし、蝙蝠のことは忘れてしまった。
遙一も食事を取りながら、グリフィンドールのテーブルへ一度目を向けた。
ハリーとロンはいた。
ハーマイオニーはいなかった。
それ以上、確かめる理由はまだなかった。
宴が始まってしばらくして、大広間の扉が勢いよく開いた。
クィレル教授が転がり込むように入ってきた。
ターバンは傾き、顔には血の気がなく、息を切らせながら教師席へ向かって走ってくる。地下にトロールがいる、と告げたところで、彼はそのまま床へ崩れた。
一瞬の静寂のあと、大広間はひっくり返ったような騒ぎになった。
椅子が鳴り、生徒たちが一斉に立ち上がる。誰かが悲鳴を上げ、別の誰かがそれにつられて叫んだ。ダンブルドアの声が大広間を押さえつけるまで、ほんの数秒しかかからなかった。
遙一も立ち上がりながら、倒れたクィレルへ目を向けた。どこから駆けてきたのか、どの程度息を切らしているのか、乱れた衣服と倒れる直前まで通っていた声を、一度に見る。何かを決めるには、まだ足りない。
生徒たちは寮へ戻るよう命じられ、上級生が一年生をまとめ始めた。
スリザリンの列が大広間を出たところで、遙一は少し先にいたハリーとロンを見つけた。二人は顔を寄せて短く何かを話すと、流れから外れて別の廊下へ消えた。
遙一はそのまま列について歩いた。
階段へ差しかかる直前、遠くから鈍い音が響いた。
何か大きなものが壁にぶつかったような音だった。前を歩いていた生徒の何人かも振り返る。続いて、今度はガラスか陶器がまとめて砕ける音がした。
その方向は寮とは反対だった。
そして、ハリーとロンが消えた方角とも近い。
遙一は足を止めた。
頭に浮かんだのは、昼前に廊下ですれ違ったハーマイオニーの顔だった。
列が曲がり角の向こうへ消える頃、遙一は反対側の廊下へ向かった。
女子トイレへ近づくにつれて、ひどい臭いが鼻についた。
湿った古着と腐った野菜を一緒にしたような臭いで、扉の向こうからは何かを叩き壊す音が続いている。
遙一が中へ入ると、床は水浸しだった。割れた鏡や陶器が散らばり、その中央で灰色がかった巨体が洗面所の大半を塞いでいる。
本で見た図より、ずっと大きかった。
ハーマイオニーは壁際に追い詰められ、ハリーはトロールの背中にしがみついていた。杖はその手になく、トロールは鼻を押さえて激しく首を振っている。少し離れたところでは、ロンが杖を構えていた。
遙一が声をかけるより先に、ロンが呪文を唱えた。
《ウィンガーディアム・レヴィオーサ》。
トロールの手から、こん棒が離れた。
重そうな木の塊が、信じがたいほどゆっくりと宙へ持ち上がっていく。ロン自身が一番驚いた顔をしていたが、杖は下ろさなかった。
遙一はポケットから硬貨を一枚取り出し、そのまま親指で弾いた。
硬貨は床を低く走り、割れた鏡の破片へ当たった。甲高い音が響き、蝋燭の光が鏡片から横へ跳ねる。
トロールがそちらを向いた。
その間も、ロンは必死にこん棒を浮かせていた。
遙一は杖を上げ、すでに宙にあるこん棒の先端へ、ごく短い魔法を重ねた。持ち上げるのではなく、向きを少し変えるだけだった。
「そのまま」
ロンが遙一を一度見た。
こん棒がわずかに傾く。
「離して」
ロンが呪文を切った。
横向きの勢いを残したまま落ちたこん棒は、真下ではなく弧を描き、振り子のようにトロールの側頭部へ叩きつけられた。
鈍い音が洗面所に響いた。
巨体が大きく揺れ、膝から崩れる。床が震え、水たまりから冷たいしぶきが跳ねた。
誰も、すぐには動かなかった。
ロンがようやく息を吐いた。
「……倒れた?」
トロールは呼吸をしていたが、起き上がる様子はない。
ハリーが慎重に背中から下り、鼻に突き刺さっていた杖を引き抜いた。何が付いていたのかを見た途端、かなり嫌そうな顔をした。
ハーマイオニーは壁際に座り込んだまま、ハリー、ロン、それから遙一を順に見た。
遙一は床に落ちた硬貨を拾い上げた。
端に新しい傷が増えていた。
教師たちが駆け込んできたのは、その直後だった。
マクゴナガル教授は、怒っているのか青ざめているのか分からないほど険しい顔をしていた。その後ろにはスネイプとクィレルもいる。
なぜここにいるのか、と問われるより先に、ハーマイオニーが立ち上がった。
自分がトロールを探しに来たのだ、と彼女は言った。授業で習ったことなら自分にも通用すると思い、勝手に行動した。ハリーとロンは、自分を助けに来ただけだ、と。
昼前、ロンの言葉を聞いて何も言わずに立ち去った少女が、今はそのロンを庇って教師へ嘘をついている。
遙一は何も言わずに聞いていた。
マクゴナガル教授はハーマイオニーを厳しく叱り、それからハリーとロンへ視線を移した。二人にも注意を与えたあと、最後に遙一を見る。
「ミスター・グリンデルバルド。あなたは、なぜここに?」
「廊下で破壊音を聞きました。来た時には、三人がもうトロールと一緒にいました」
「倒したのは誰です?」
遙一は床に転がったこん棒を見た。
「ロンが浮かせました。私は向きを少し変えただけです」
ロンが横から何か言いかけたが、マクゴナガル教授の顔を見てやめた。
スネイプだけは、遙一からすぐには目を逸らさなかった。
教師に解放されたあと、四人はしばらく同じ廊下を歩いた。
さっきまでの騒ぎが嘘のように城は静かで、遠くから宴の後片づけをする音が聞こえてくる。天井のどこかでは、まだ蝙蝠が羽ばたいていた。
ロンは歩きながら、自分の杖を何度も見ていた。
「昼は全然できなかったんだけどな」
「今はできましたね」
「もっと嬉しそうに言えない?」
「十分すごいと思っていますよ」
ロンは疑わしそうに遙一を見たが、ハリーが笑ったので、結局自分も笑った。
廊下の分かれ道が近づいた。
遙一がスリザリンの方へ曲がる前、ハーマイオニーが少し前を歩いていたハリーとロンへ追いついた。
二人の間に並ぶ。
朝にはなかった並びだった。