Good Luck, Mr. Magician   作:evejanjan

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第9話 三人と一人

 トロールが校内を歩き回った翌日も、ホグワーツの朝食はいつも通りだった。

 

 少なくとも、料理の量は変わらなかったし、幽霊は壁を抜け、ふくろうは手紙を落とし、階段は相変わらず急いでいる生徒の都合など考えずに動いた。大広間では昨夜の話があちこちで続いていたが、噂というものは一晩眠るだけで随分と形を変えるらしい。トロールは二匹いたことになり、ハリーはこん棒を素手で止めたことになり、遙一に至っては鏡を全部割って目を潰したことになっていた。

 

「それ、君がやったの?」

 

 向かいに座っていた二年生が少し期待した顔で尋ねた。

 

「やっていません」

 

「そうか」

 

 残念そうだった。

 

 ドラコはパンへマーマレードを塗りながら、そんな噂を信じる方がおかしいと言った。その直後に、トロールの身長が十二フィートはあったらしい、という別の上級生の話にはかなり真剣に耳を傾けていたので、噂にも好みがあるらしい。

 

 遙一は紅茶を飲みながら、グリフィンドールのテーブルを一度だけ見た。ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人は近い場所に座っていて、昨夜の並びは朝になっても崩れていなかった。ロンが何か言うと、ハーマイオニーがすぐに言い返し、ハリーがその間で笑っている。昨日までより、三人の会話には妙な遠慮がなくなっていた。

 

 

 それから数日で、三人が一緒にいる光景はすっかり珍しくなくなった。

 

 図書館ではハーマイオニーが二人分の宿題を見ており、廊下ではロンが何かを話しながら身振りを大きくしすぎて鎧にぶつかり、昼休みにはハリーが二人を探して城の中を歩いていた。

 

 遙一がそこへ混ざることもあったが、いつもではない。朝食はスリザリンのテーブルで取り、授業も寮が違えば別になる。夕方になればハリーたちはグリフィンドール塔へ戻り、遙一は地下へ下りる。図書館で顔を合わせれば同じ机を使うこともあるし、廊下ですれ違えば少し話す。それくらいだった。

 

 

 ある日の昼休み、図書館の隅で魔法史の本を読んでいると、向かいの椅子が乱暴に引かれた。

 

「これ」

 

 ロンだった。

 

 机の上へ置かれたのは一枚の硬貨だった。何の変哲もないシックル銀貨で、端に小さな傷がついている。

 

「君のだろ」

 

「そうですね」

 

「そうですね、じゃないよ。あの時どうやったんだ?」

 

 ロンの後ろからハリーとハーマイオニーもやってきた。ハリーは面白そうな顔をしていたが、ハーマイオニーは眉を寄せていた。

 

「私も聞きたいわ。あんな時に手品なんて使う人、普通いないもの」

 

「役に立ったでしょう?」

 

「結果としてはね。でも、トロールが目の前にいたのよ」

 

 遙一は硬貨を指先で持ち上げた。

 

「だからですよ。魔法なら、杖と呪文を見れば何をしているのか分かる人もいます。硬貨を投げるだけなら、何が起きるかは投げるまで分からない」

 

「トロールにそこまで考える頭があったとは思えないけど」

 

「なかったから、もっと簡単でした」

 

 ハリーが吹き出した。

 

 ロンはまだ硬貨を見ている。

 

「で、どうやったんだ?」

 

「見ていましたよね?」

 

「見てたけど分からなかったから聞いてるんだよ」

 

「では、もう一度」

 

 遙一は硬貨を右手に乗せると、集まった三人の視線の前でその手を閉じ、左手を上から重ねた。ほんの一瞬だけ指を開き、もう一度閉じる。

 

「どちらでしょう」

 

「右」

 

 ロンが即答した。

 

「左よ」

 

 ハーマイオニーが言う。

 

 ハリーは両方を見比べてから、右を選んだ。

 

 遙一が両手を開くと、どちらにも硬貨はなかった。

 

「ほら!」

 

 ロンが身を乗り出した。

 

 遙一は本を一冊持ち上げ、その下に硬貨を置いた。

 

「さっきからここにありました」

 

「嘘だ」

 

「では、今のを証明してください」

 

「そういう言い方するから腹立つんだよな」

 

 ロンはそう言いながら笑っていた。

 

 ハーマイオニーは本と硬貨を交互に見てから、小さく息をついた。

 

「危険な時に手品を使う神経は、やっぱり分からないわ」

 

「手品だったから役に立ったんですよ」

 

 マダム・ピンスがこちらを睨んだので、四人とも声を落とした。

 

 

 数日後、その三人が遙一を探しているらしいと、廊下ですれ違ったグリフィンドールの二年生から聞いた。

 

「ポッターたちが君を探してたよ。図書館かと思ってたみたいだけど」

 

「ありがとうございます」

 

「何かした?」

 

「まだ何も」

 

「まだ?」

 

 遙一が答える前に、二年生は笑いながら行ってしまった。

 

ハリーたちは使われていない教室の前にいて、先に気づいたロンが手招きする。三人とも、昼休みの手品を見ていた時とは違う顔だった。

 

「スネイプの脚が噛まれてた」

 

 ハリーは挨拶より先に言った。

 

 話を聞くと、没収された本を取り戻しに行った時、スネイプが脚の傷を手当てしているところを見たらしい。傷は浅い擦り傷ではなく、何か大きなものに噛まれたような跡だったという。

 

「それだけじゃないんだ」

 

 ロンが声を潜める。

 

「ハロウィーンの夜、他の先生はみんなトロールの方へ行ったのに、スネイプだけ三階へ向かってた」

 

「三階?」

 

 遙一が聞き返すと、三人は顔を見合わせ、それからハリーが事情を話した。

 

 夜中に歩き回った時、三階の立入禁止区域へ迷い込み、そこで巨大な三頭犬を見たこと。その犬が床の仕掛け扉の上に立っていたこと。

 

「頭が、三つですか?」

 

「三つ」とロンが言った。「しかも全部、こっちを食べる気だった」

 

「ロン」

 

「いや、あれは絶対そうだったって」

 

 ハーマイオニーは呆れた顔をしたが、否定はしなかった。

 

 遙一は少し考えた。スネイプはハロウィーンの夜に三階へ向かい、そこには何かを守っているらしい三頭犬がいる。その後で脚に大きな噛み傷を負っていた。そこまでなら、よく繋がる。

 

「やっぱりそうだろ?」

 

 ハリーが言った。

 

「スネイプはあの犬の下にある何かを盗もうとしたんだ」

 

「そこまでは分かりません」

 

 三人の顔が揃って遙一へ向いた。

 

「でも噛まれてたんだぞ」

 

「三階へ行ったことと、犬に噛まれたことは、おそらく同じ出来事でしょうね」

 

「だったら――」

 

「近づいた理由が、盗むためだったとは限らないでしょう」

 

 ロンは納得していない顔のまま聞いた。

 

「他に何があるんだよ」

 

「守っていた。確認しに行った。誰かを追っていた。犬の状態を見に行った。まだいくらでもあります」

 

「スネイプが?」

 

 ハリーが眉を寄せたが、遙一は答えなかった。

 

 ハリーとスネイプが互いを好きではないことは、入学して二か月も経てば誰でも知っている。だからといって、その嫌悪まで証拠に含める理由はない。

 

 ハーマイオニーだけは少し考えていたが、やがて言った。

 

「でも、何かがあの犬の下にあるのは確かよ」

 

「それはそうでしょうね」

 

「じゃあ、気にならない?」

 

「気にはなりますよ」

 

 ロンがすぐに身を乗り出す。

 

「だろ?」

 

「気になることと、答えを決めることは別です」

 

 ロンは椅子にもたれながら言った。

 

「やっぱり君、たまにすごく面倒だな」

 

「よく言われます」

 

「誰に?」

 

 遙一は少し考えてから、「昔の知り合いに」とだけ答えた。

 

 

 その日の夜、スリザリンの談話室では、暖炉の火が水面から差す緑色の光に負けていた。

 

 ドラコは宿題を終えるより先に眠そうになり、クラッブとゴイルはチェス盤を挟んで、どちらがルールを間違えたのかで揉めている。遙一は本を閉じると、自分の鞄から小さな紙包みを取り出した。

 

 中に入っているのは、細い黒糸、少量の蝋、それから針ほどの木片だった。魔法は使わない。三階の禁じられた廊下そのものへ入るつもりもなく、そこへ至るいくつかの通路のうち、人が通れば僅かに変化する場所だけを選んだ。

 

 壁際の飾り台と石壁の間に、ほとんど見えない高さで糸を渡す。窓枠の端には爪の先ほどの蝋を置き、古い鎧の足元では、床の継ぎ目に細い木片を立てかけた。

 

 誰かが通ればどれかが変わるが、魔法で探されても、そこに魔法はない。数分後には、廊下は何事もなかったように元へ戻っていた。

 

 

 翌朝、遙一は少し早く起きた。

 

 最初の糸は切れており、蝋には猫のものらしい細い毛が何本も貼りついていた。二つ目の糸は残っていたものの、その下には泥のついた靴跡が三つあり、方向が全部違っている。鎧のそばへ置いた木片はなくなり、代わりに兜が前後逆にかぶせられていた。

 

 その上、近くの壁には白いチョークで大きく、

 

『へたくそ!』

 

 と書かれていた。

 

 遙一がしばらく文字を見ていると、頭上からくすくす笑う声がした。見上げれば、天井からピーブズの足だけが突き出している。

 

「おはようございます」

 

 笑い声が止まり、次の瞬間にはピーブズが天井を抜けて逃げた。

 

 遙一はもう一度廊下を見回した。猫が通り、誰かが夜歩きをし、ピーブズが遊び、鎧まで動いている。これでは、どの変化が何を意味しているのか分からない。

 

 仕掛け自体は、きちんと働いていた。

 

 働きすぎていた。

 

 遙一は切れた糸を回収し、蝋を指で剥がした。

 

 人のいない場所なら、足跡一つにも意味がある。

 

 ホグワーツでは、夜の廊下にさえ余計な者が多すぎた。

 

 それは少し、面白かった。

 

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