最低ランク《鎮静》の俺、その正体は催眠能力者 ――勇者のヒロインを静かに奪う 作:催眠スキ
春は、能力測定の季節だ。
少なくとも天陵学園ではそうなっている。
「次。二年A組、天城蓮」
名前を呼ばれた瞬間、訓練場の空気が変わった。
「はい」
俺の少し前に立っていた天城が、軽く右手を上げる。
爽やか。
その一言で大体説明できる男だ。
百八十を優に超える長身に、鍛えていることが制服越しにも分かる体格。短く整えた黒髪と、よく目立つ澄んだ青い瞳。
顔もいい。
人当たりもいい。
そのうえ能力まで化け物じみている。
「今年も全項目測定する。順番に行こう」
「分かりました」
教官の指示に従い、天城が測定区画の中央へ進む。
俺は壁際に並んだクラスメイトの中から、それをぼんやり眺めていた。
国立異能育成学園――天陵学園。
国内でも有数の能力者育成機関。
ここに在籍する生徒は、全員が何らかの異能を持っている。
炎を操る。
身体能力を強化する。
傷を治す。
物体を浮かせる。
人によって能力は様々だ。
そして、その能力には国から評価されたランクがある。
最低のEから、最高のSまで。
毎年春には能力の成長を確認するため、再測定が行われる。
「開始!」
教官の声が響いた。
次の瞬間。
天城が消えた。
そう見えた。
数十メートル先に設置されていた測定機の数字が、一気に跳ね上がる。
「うわ、速っ」
隣にいた火神朱音が楽しそうに声を上げた。
深い赤色の髪を高い位置でひとつにまとめた女子だ。
金茶色の瞳はいつも妙に生き生きとしていて、引き締まった手足と健康的な身体つきはいかにも運動が得意そうに見える。女子の中では背も高い方で、黙って立っていれば十分目を引く顔立ちなのだが、本人にその自覚があるかは怪しい。
今日も濃紺のブレザーの前を開け、深紅のラインが入ったネクタイを少し緩めている。白シャツの袖も肘近くまでまくっていた。
規則にうるさい教師が見れば何か言いそうだが、火神が大人しく制服を着ている姿の方が想像しにくい。
「去年より上がってね?」
「らしいな」
「反応薄っ。お前もっと驚けよ」
「去年も見ただろ」
「去年より速いって話してんの!」
火神が俺の肩を軽く叩いた。
痛くはない。
こいつなりの普通の会話だ。
測定は続く。
身体能力。
反応速度。
光属性の攻撃。
障壁。
回復。
補助。
耐性。
天城蓮の能力名は【勇者】。
馬鹿みたいな名前だと思う。
もっと馬鹿みたいなのは、その中身だ。
勇者らしいことなら、大体できる。
本当に、それだけ。
剣を持たせれば強い。
素手でも強い。
光を飛ばす。
障壁を張る。
軽い怪我なら治す。
毒にも状態異常にも強い。
周りにいる味方まで強くなる。
しかも追い込まれると、本人もさらに強くなるらしい。
意味が分からない。
「総合測定値、更新」
教官が端末を見る。
「能力ランク、S。変更なし」
分かっていた結果なのに、周囲から小さなどよめきが起きた。
天城は別に得意げな顔もしない。
「ありがとうございました」
教官へ頭を下げて戻ってくる。
「お疲れ、蓮!」
「ありがとう、火神」
「また伸びたんだって? あとで一本やろうぜ」
「いいけど、今日は測定終わってからな」
「よっしゃ」
火神が笑う。
天城も笑った。
絵になる。
そこだけ切り取れば、能力者学園を舞台にした青春映画のポスターにでも使えそうだ。
「相良も見る?」
突然、天城が俺を見る。
「何を」
「あとで訓練するなら。火神とやるけど、一緒にどうかなって」
「遠慮しとく」
「即答だな」
「疲れる」
俺がそう言うと、天城は苦笑した。
「相良、もう少し体動かした方がいいぞ」
「必要になったらな」
「その必要が来る前に鍛えるものなんだけどな」
説教くささはない。
こいつは本当に、ただ善意で言っている。
Eランクだからと馬鹿にすることもない。
面倒な奴ではある。
悪い意味ではなく。
「次、九条澪」
「はい」
少し離れた場所から、澄んだ声が返った。
今度は、天城のときとは別の意味で周囲の視線が集まる。
九条澪。
うちのクラスで、たぶん一番有名な女子だ。
いや、学園全体でもかなり有名だろう。
腰近くまで伸びた艶のある黒髪。
深い紫を溶かしたような瞳。
女子としては高めの身長に、細身でありながら女性らしい線を持った整った体つき。
濃紺のブレザーも白いシャツも、深紅のラインが入ったリボンも規則通り。
髪一本まで決められた校則があるんじゃないかと思うくらい、妙に隙がない。
立っているだけで目立つ。
本人がそれを望んでいるかは知らない。
「九条さん今日も綺麗……」
後ろから誰かの声が聞こえた。
本人の耳にも入っているはずだが、九条は反応しない。
慣れているんだろう。
「開始!」
九条が片手を上げる。
光が生まれた。
細長い光が形を整え――剣になる。
一つ。
二つ。
三つ。
瞬く間に十数本。
九条の能力【天剣】。
光の剣を生み出し、離れた場所から自由に操る能力だ。
「第一目標」
教官の声。
光剣が飛ぶ。
甲高い音。
遠くの標的、その中心に剣が突き刺さった。
「第二、第三、第四」
三方向。
ほぼ同時。
全部中心。
九条自身はほとんど動いていない。
腕を振り回す必要すらない。
視線と僅かな指の動きだけで、十を超える剣を正確に操っている。
「相変わらずすごい制御だなあ」
火神が呟く。
「お前とは真逆だな」
「どういう意味だよ」
「そのまま」
「殴るぞ」
「素手ならいいぞ」
「お前なあ……」
そんな会話をしているうちに、九条の測定も終わった。
「能力ランク、A。数値は昨年度より上昇。特に同時制御精度が伸びている」
「ありがとうございます」
九条が丁寧に頭を下げる。
戻ってきたところで、天城と目が合った。
「すごかったな、九条」
「ありがとう。でも、まだあなたには遠いわね」
「比べなくていいだろ」
「比べるわよ。目標なんだから」
九条が少しだけ笑った。
普段より柔らかい顔だった。
なるほど。
周りが二人を噂する理由は、まあ分かる。
見た目も。
能力も。
性格も。
釣り合っている。
「次、火神朱音!」
「待ってました!」
火神が勢いよく前へ出る。
高い位置のポニーテールが、その動きに合わせて大きく揺れた。
「吹っ飛ばすなよ」
「分かってるって!」
教官の注意に、嫌な予感しかしない返事をする。
三十秒後。
訓練場に爆音が響いた。
熱風がこちらまで届く。
「火神!」
「あっはは、ちょっと強かった!」
「ちょっとじゃない!」
火神の能力【爆炎】。
説明するまでもない。
炎。
爆発。
高火力。
分かりやすい。
九条のような精密さは無いが、一撃の威力だけなら上回ることもある。
本人の性格も含めて、これ以上似合う能力があるのか疑問なくらいだ。
「能力ランク、A。出力上昇。ただし制御――」
「はいはい、分かってます」
「分かっているなら改善しろ!」
「今年こそやります!」
「去年も聞いた!」
笑いが起こる。
火神は気にした様子もなく戻ってきた。
「どうよ」
「うるさかった」
「感想それだけ?」
「熱かった」
「もういいわ」
火神が呆れたところで。
「次。相良透」
俺の名前が呼ばれた。
「あ、相良の番だ」
天城が振り返る。
「頑張れよ」
「適当にやる」
「頑張れって」
俺は測定区画へ入った。
教官が端末を見る。
一瞬だけ、顔に困ったような色が浮かぶ。
毎年同じだ。
「登録能力【鎮静】。対象者の緊張状態を緩和。前年評価E」
「はい」
「今年も協力員に入ってもらう。準備は?」
「いつでも大丈夫です」
測定区画の外で待機していた男が、少し硬い表情で入ってきた。
学園が年度測定のために外部から手配した協力員だ。
生徒でも教員でもない。
能力者ばかりの学園へ入り、大勢の生徒に見られながら、これから知らない人間の能力を受ける。
緊張するのも当然だろう。
むしろ俺の測定には、その方が都合がいい。
男が椅子へ座る。
心拍数。
呼吸。
発汗。
筋緊張。
測定機器がいくつか取り付けられていく。
モニターに表示された心拍は、安静時としては少し高い。
「開始」
俺は男を見る。
「楽にしてください」
それだけ。
少し待つ。
モニターの数字がゆっくり下がった。
心拍数が数回。
肩の緊張が少し。
呼吸が若干深くなる。
「……終了だ」
教官が端末を確認する。
静かだ。
天城や九条や火神のときとは違う。
歓声も爆音も光もない。
ただ緊張していた人間が、少し落ち着いただけ。
「前年より僅かに鎮静の数値が上昇」
「そうですか」
「能力ランク……E。変更なし」
「ありがとうございました」
頭を下げる。
戻ろうとしたところで。
「相良」
聞き慣れた声。
九条だ。
嫌な予感がする。
「なに」
「あなた、今年もそれでいいの?」
「何が」
「何が、じゃないでしょう」
九条が眉を寄せた。
綺麗な顔は、不機嫌でも綺麗らしい。
「一年経ったのよ。能力値もほとんど変わってないじゃない」
「少し上がったらしいぞ」
「そういう話をしてないの」
知ってる。
「もっと訓練するとか、工夫するとかあるでしょう」
「去年困らなかったからな」
「……本気で言ってる?」
「うん」
九条の眉間の皺が深くなる。
こいつは俺のことが嫌いだ。
理由も大体知っている。
弱いからではない。
やる気がないから。
努力しないから。
九条澪は努力家だ。
能力も高い。
そのうえで、さらに上を目指している。
だから俺みたいな人間を見ると、腹が立つらしい。
「能力者としてこの学園に入った以上、少しくらい――」
「九条」
天城が困ったように笑った。
「まあまあ。相良にも相良の考えがあるだろ」
「天城は甘すぎるのよ」
「そうかな」
「そうよ」
九条はまだ言いたそうだったが、そこで教官から次の名前が呼ばれた。
「……もういいわ」
「助かる」
「その態度が腹立つの!」
怒って行った。
「相良」
天城が俺の肩を叩く。
「九条も悪気があるわけじゃないから」
「知ってる」
「よかったら本当に、今日一緒に訓練するか? 基本的な身体作りだけでも――」
「やらない」
「……そうか」
少し残念そうにする。
本当にいい奴だ。
だから面倒くさい。
◇
放課後。
寮へ戻る途中で、教室にスマホを忘れたことに気づいた。
面倒だったが取りに戻る。
夕方の校舎は静かだ。
部活や訓練へ行った生徒が多い。
二年A組の教室も、もう誰も――
「ん?」
いた。
窓際に一人。
九条澪だ。
俺には気づいていない。
机の上に、小さなカップが置かれている。
プリンだった。
九条は蓋を丁寧に剥がす。
スプーンを入れる。
一口。
「…………」
目を細めた。
本当に幸せそうな顔をした。
朝から見てきた九条澪のどの表情とも違う。
天城に褒められたときより、分かりやすいかもしれない。
二口目。
「……おいしい」
小声まで漏れていた。
「そんなに好きなんだな」
「っ!?」
九条が跳ねた。
危うくスプーンを落としかける。
「さ、相良!?」
「おう」
「いつからいたの!?」
「今」
「今っていつよ!」
「蓋を剥がす所くらい」
固まった。
数秒。
見る見る顔が赤くなる。
「……見た?」
「見た」
「忘れて」
「無理」
「忘れなさい!」
「別にプリン食ってただけだろ」
「そういう問題じゃないの!」
何が問題なのかよく分からない。
九条は慌ててプリンを隠そうとして――。
隠す場所がなくて、結局両手で包んだ。
余計に目立つ。
「誰にも言わないで」
「言うほどのことか?」
「言わないで」
思ったより真剣だった。
「分かった」
「……本当に?」
「ああ」
九条はしばらく俺を疑うように見ていた。
やがて小さく息を吐く。
「ならいいわ」
「じゃあ」
俺は自分の机からスマホを取る。
帰ろうとする。
「待って」
「ん?」
「……本当に、誰にも言わないでよ」
「三回目だぞ」
「あなたが信用ならないからでしょう」
「約束破ったことあったか?」
九条が黙った。
少し考える。
「……ないけど」
「じゃあ信用しろよ」
「普段の行いの問題よ」
理不尽だ。
「それより」
「何?」
「それ、毎日食ってんの?」
「毎日じゃないわよ!」
「そんな怒ることか?」
「あなたには関係ないでしょう!」
また赤くなった。
面白い。
九条澪。
綺麗だとは思っていた。
能力も強い。
頭もいい。
周囲から人気があるのも分かる。
でも、それだけだった。
俺には関係のない人間。
今までは。
「あ」
九条が窓の外を見る。
俺もつられて見る。
校舎の下。
玄関近くに、天城がいた。
こちらには気づいていない。
誰かを待っているらしい。
「蓮……」
九条が小さく呟いた。
さっきまで俺を睨んでいた顔が、少し柔らかくなる。
「約束してたのか」
「一緒に帰るだけよ」
「そう」
「何よ、その反応」
「別に」
九条はプリンを急いで食べ終えると、ゴミを片づけた。
「じゃあ、私行くから」
「ああ」
教室を出る直前。
一度振り返る。
「プリンのこと」
「言わない」
「絶対よ」
「分かったって」
九条はようやく納得したらしい。
廊下を歩いていく。
少しして。
窓から下を見る。
九条が天城のところへ着いた。
天城が何かを言う。
九条が笑った。
さっきとは違う。
プリンを食べていたときとも違う。
きっと天城にだけ向ける顔なんだろう。
「へえ」
自分でも意外だった。
九条澪。
綺麗だとは思っていた。
けれど。
欲しいと思ったことはなかった。
今日までは。
天城か。
まあ、あいつなら当然だろう。
顔もいい。
強い。
性格もいい。
九条が好きになるのも分かる。
だからといって。
諦める理由にもならない。
俺は窓から離れた。
まずは――。
俺を見るたび不機嫌になる、あれをどうにかするか。