この学園で最も弱い能力者は、相良透だ。

――少なくとも、誰もがそう思っている。

異能力者が集う名門・天陵学園。透の能力は、相手の緊張をわずかに和らげるだけの《鎮静》。評価は最低のEランク。

対して同じクラスの天城蓮は、身体強化、剣術、治癒、光、障壁――“勇者らしいことなら何でもできる”規格外のSランク《勇者》。

容姿も実力も人格も申し分なく、その周囲には自然と魅力的な少女たちが集まっていた。

その一人、黒髪の学園のマドンナ・九条澪は、怠惰な透を露骨に嫌っている。

だが、透の《鎮静》には誰も知らない秘密があった。

その本質は、人の心の隙間へ暗示を沈める“催眠”。

警戒心。習慣。感情。認識。記憶。

小さな暗示を何度も重ねれば、それはやがて命令ではなく――本人にとっての「自分の意思」になる。

ただし、一つだけできないことがある。

『俺を好きになれ』

そんな命令では、本当の恋心は作れない。

だから透は急がない。

自分と話す時間を、ほんの少し心地よく。自分と過ごした思い出を、ほんの少し強く。自分の隣を選ぶことを、昨日よりほんの少し自然に。

一滴ずつ。誰にも気づかれないように。

やがて、“絶対に好きにならない”と言っていた少女が、自ら透の隣を選ぶその日まで。

世界最強の勇者なら、怪物だって倒せる。呪いだって解ける。攫われた少女なら取り戻せる。

けれど――

「私が相良を好きになったの」

そう笑う少女を前にしたとき。勇者は、いったい何と戦えばいい?

これは最低ランクを装う催眠能力者が、勇者の隣にいたヒロインたちを、誰にも知られないまま静かに奪っていく物語。

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