最低ランク《鎮静》の俺、その正体は催眠能力者 ――勇者のヒロインを静かに奪う 作:催眠スキ
気になる。
何が。
そう聞かれたら。
答えは簡単だ。
私は学級委員で。
相良は。
放っておくと何をするか分からない。
だから。
少し目に入るだけ。
それだけ。
◇
朝。
教室へ入る。
「おはよう」
返事が。
いくつか聞こえる。
いつもの教室。
いつもの朝。
窓際の席には。
相良がいた。
珍しく起きている。
そして。
その前に。
一人の女子が立っていた。
「ここ?」
「もう少し右」
「右ってどっち?」
「そっち」
「分かりにくい」
「じゃあ貸して」
相良が。
女子の持っていた紙を受け取る。
机の上へ置いて。
何かを書き込んだ。
合同演習の配置図。
たぶん。
昨日の班分けに関係するものだ。
「こう」
「ああ。後ろじゃなくて、斜めに下がるんだ」
「正面だと巻き込まれるから」
「なるほど」
女子が。
相良の机へ手をつく。
顔を寄せて。
紙を見る。
近い。
そう思った。
でも。
机の上の紙を。
二人で見ているだけだ。
別に。
おかしくない。
「相良くん、こういうの得意なんだね」
「普通」
「いつも寝てるから知らなかった」
「寝てない」
「昨日も寝てたでしょ」
「考え事」
「あはは。何それ」
女子が笑う。
相良も。
少しだけ笑った。
「……」
私は。
自分の席へ向かう。
鞄を置く。
椅子を引く。
いつもより。
少し大きな音がした。
相良が。
こちらを見る。
「おはよう」
「……おはよう」
女子も。
私に気づく。
「おはよう、九条さん」
「おはよう」
「相良くんに、演習のこと教えてもらってたの」
「そう」
「意外と分かりやすかった」
「意外は余計」
「だって意外だったから」
また。
女子が笑う。
「ありがとう。助かった」
「別に」
「じゃあ、また分からなかったら聞いていい?」
「俺で分かることなら」
「本当? じゃあまたね」
女子が。
自分の席へ戻る。
その背中を。
何となく目で追う。
「九条」
「何?」
「機嫌悪い?」
「悪くないわよ」
「そう」
「何よ」
「鞄、怒ってたから」
「怒ってない」
「音すごかったけど」
「手が滑っただけ」
「持ったまま?」
「うるさいわね」
相良が。
少し笑う。
「やっぱり悪い」
「悪くない!」
どうして。
そんなことを聞くのか。
私は。
いつも通りだ。
たぶん。
「朝から珍しいわね」
「何が?」
「あなたが誰かに勉強を教えるなんて」
「演習の話」
「同じようなものでしょう」
「頼まれたから」
「普段なら面倒って断りそうなのに」
「一分で終わるから」
「そう」
「何?」
「別に」
相良が。
私を見る。
「気になった?」
「は?」
「俺が話してたの」
「どうして私が気にするのよ」
「知らない」
「クラスの様子を見ていただけ。私は学級委員なんだから」
「朝から大変だな」
「誰のせいだと思ってるの?」
「俺?」
「少しは自覚しなさい!」
「はい」
素直な返事。
でも。
絶対に分かっていない。
相良は。
前を向く。
私は。
鞄から教科書を出す。
さっきの女子の言葉が。
頭に残っていた。
意外と分かりやすかった。
また聞いていい。
それだけ。
普通の会話。
相良が誰と話しても。
私には関係ない。
◇
二限目。
合同演習の事前説明。
黒瀬先生が。
班ごとの課題を読み上げる。
「第二班は、模擬市街地での救助訓練だ」
第二班。
私。
蓮。
朱音。
相良。
「火神。今回は壊す訓練ではないからな」
「分かってます!」
「前回も聞いた」
「あれは壁が弱かったんです!」
「演習用の強化壁だ」
「じゃあ、あたしが強かったってことで!」
「反省文を追加するぞ」
「すみませんでした!」
教室から。
笑いが起きる。
黒瀬先生が。
説明を続ける。
私は。
配られた資料へ目を落とす。
隣から。
紙をめくる音。
相良。
今度は。
ちゃんと読んでいるらしい。
少しして。
相良の縦列の前の方から。
小さな紙が回ってきた。
朝。
相良と話していた女子からだった。
紙は。
そのまま後ろへ渡されていく。
相良のところで止まった。
「……」
何が書いてあるのか。
気になった。
でも。
見る理由はない。
相良が。
紙の端に何かを書く。
それを。
前へ戻す。
女子が紙を見て。
小さく笑った。
「……」
私は。
資料へ視線を戻す。
別に。
授業中の私語なら。
委員長として注意するべきだ。
そう思っただけ。
あとで。
注意しておこう。
そう思って。
少し待つ。
でも。
二枚目の紙は回ってきていないようだった。
なら。
注意するほどでもない。
◇
昼休み。
「腹減った!」
朱音が。
立ち上がる。
「食堂行こうぜ」
「今日は何にするんだ?」
蓮が聞く。
「唐揚げ」
「昨日も食べてなかった?」
私が言う。
「昨日は大盛り。今日は普通」
「同じでしょう」
「違う!」
「何が?」
「量が!」
朱音が。
私の腕を引く。
「ほら、早く行こうぜ」
「分かったから引っ張らないで」
「遅いと混む!」
「相良は?」
口に出してから。
止まる。
「相良?」
蓮が。
教室の後ろを見る。
相良の席には。
誰もいない。
「もう購買行ったんじゃね?」
朱音が言う。
「あいつ早えから」
「そう」
「呼びたかった?」
「どうして?」
「いや、聞いただけ」
「別に。第二班なんだから、一応確認しただけよ」
「真面目だな、澪は」
蓮が笑う。
「普通でしょう」
教室を出る。
廊下。
少し先に。
相良がいた。
手には。
購買の袋。
隣には。
朝の女子。
また。
話している。
「あ、相良いた」
朱音が。
大きな声を出す。
「相良!」
相良が。
振り返る。
女子も。
こちらを見る。
「何?」
「食堂行こうぜ!」
「もう買った」
「早っ」
「混むから」
「じゃあ食堂に持ってくれば?」
「面倒」
「こいつ!」
朱音が。
相良の肩を叩く。
「痛い」
「そのくらいで痛がんな!」
「火神基準にしないで」
相良の隣で。
女子が笑った。
「相良くんって、思ってたより話しやすいね」
「そうか?」
「うん。もっと無口な人かと思ってた」
「面倒なときは話さない」
「今は面倒じゃないんだ?」
「そこまで」
「何それ」
楽しそう。
そう見えた。
胸の奥が。
少しだけ。
落ち着かない。
相良は。
別に無口ではない。
面倒そうな顔をするけど。
話せば。
意外と返事をする。
思っていたほど。
悪い人ではない。
それを。
私は知っている。
でも。
別に。
私だけが知っていることではない。
そんなの。
当たり前だ。
「澪?」
蓮が呼ぶ。
「何?」
「行かないの?」
「あ……行くわよ」
足を止めていたことに。
気づかなかった。
「相良」
「ん?」
「午後の資料、読んでおいて」
「読んだ」
「本当に?」
「珍しく」
「ならいいけど」
「九条」
「何?」
「それを言うために止まってた?」
「第二班の確認よ」
「そう」
「何よ」
「別に」
その返事が。
少し。
腹立たしい。
「行くよ、澪!」
「今行く!」
朱音たちを追う。
振り返らない。
振り返る理由なんて。
ない。
◇
放課後。
第二班の打ち合わせ。
蓮と朱音は。
訓練用の装備を受け取りに行っている。
教室にいるのは。
私と。
相良だけ。
「ここまででいい?」
相良が。
資料から顔を上げる。
「まだ役割が決まってないでしょう」
「天城が前。火神が壊す」
「救助訓練よ」
「じゃあ火神が壊さない」
「それは役割じゃないわよ」
「難しいな」
「真面目に考えて」
「考えてる」
「どこが?」
相良が。
私の書いた配置図を見る。
「九条は中央」
「私?」
「光剣で瓦礫を動かせるから」
「それなら前でもいいでしょう」
「前は視界が狭い」
「でも」
「全体が見える場所にいた方がいい」
相良が。
椅子を少し。
こちらへ寄せる。
「ここ」
「どこ?」
「この辺」
私の隣から。
配置図を指さす。
近い。
肩が。
少し触れそうな距離。
でも。
嫌ではない。
雨の日も。
これくらい近かった。
「ここなら前と後ろ、両方見える」
「……そうね」
「火神が勝手に動いても止められる」
「それもそうね」
「納得した?」
「最初からそう説明しなさいよ」
「長い」
「それくらい話しなさい」
相良が。
小さく笑う。
その声が。
すぐ近くで聞こえた。
朝。
あの子とも。
こんなふうに話していた。
そう思った瞬間。
また。
胸の奥が落ち着かなくなる。
「九条」
「何?」
「やっぱり今日、変じゃない?」
「変じゃないわよ」
「朝から怒ってる」
「あなたがだらしないからでしょう」
「いつも通りだけど」
「自覚があるなら直しなさい」
「どこを?」
「そういうところよ」
「分からない」
「もういい!」
顔を逸らす。
相良の姿が。
視界の端に残る。
無造作な髪。
少し曲がったネクタイ。
「……」
また。
気になる。
「相良」
「ん?」
「髪」
「髪?」
「跳ねてる」
「朝から」
「知ってるなら直しなさいよ」
「見えないし」
「鏡を見ればいいでしょう」
「面倒」
「本当にだらしないわね」
手が。
少しだけ上がる。
髪を。
直そうとして。
途中で止まった。
「九条?」
「……何でもない」
手を下ろす。
ペンを持つ。
「自分で直しなさい」
「今?」
「今」
相良が。
髪を押さえる。
違うところだった。
「そこじゃない」
「どこ?」
「もう少し右」
「右?」
「反対」
「分かりにくい」
朝と。
同じやり取り。
それに気づいて。
また。
胸の奥がざわつく。
「もういいわよ」
「いいの?」
「よくないけど、もういい」
「難しいな」
相良が。
椅子を戻す。
私は。
配置図を見る。
文字が。
少しも頭に入ってこない。
相良が。
誰と話していても。
私には関係ない。
誰に笑っても。
誰に頼られても。
相良の自由だ。
分かっている。
それなのに。
どうして。
こんなに気になるのか。
委員長だから。
同じ班だから。
相良が誰かと話しているのが。
珍しかったから。
理由なら。
いくらでもある。
だから。
きっと。
それだけだ。
さっき上げた手を。
机の下で握る。
触れてもいないのに。
指先だけが。
変に熱かった。