最低ランク《鎮静》の俺、その正体は催眠能力者 ――勇者のヒロインを静かに奪う   作:催眠スキ

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第十四話 触れる理由

 昨日。

 

 触れなかった髪に。

 

 今日は。

 

 触れていた。

 

 考えるより。

 

 先に。

 

 ◇

 

 朝。

 

 教室へ入る。

 

「おはよう」

 

 いつもの返事。

 

 いつもの席。

 

 隣には。

 

 相良がいた。

 

「おはよう」

 

「……おはよう」

 

 昨日と同じ。

 

 眠そうな顔。

 

 そして。

 

 昨日と同じ場所で。

 

 髪が跳ねている。

 

「相良」

 

「ん?」

 

「じっとして」

 

「何?」

 

 手を伸ばす。

 

 指先で。

 

 跳ねている髪を押さえる。

 

「……」

 

 柔らかい。

 

 そう思ってから。

 

 自分が何をしているのか。

 

 気づいた。

 

「九条?」

 

「動かないで」

 

「動いてないけど」

 

「なら喋らないで」

 

「それ関係ある?」

 

「あるわよ」

 

 もう一度。

 

 髪を撫でる。

 

 今度は。

 

 少しだけ整った。

 

「はい」

 

 手を離す。

 

「直ったわよ」

 

「何が?」

 

「髪」

 

「ああ」

 

 相良が。

 

 自分の頭へ手をやる。

 

「触ったらまた跳ねるでしょう!」

 

「どこ直したのかと思って」

 

「右」

 

「右?」

 

「反対」

 

「昨日も聞いた気がする」

 

「昨日直さなかったからでしょう」

 

 言ってから。

 

 止まる。

 

 相良が。

 

 こちらを見る。

 

「昨日は自分で直せって言ってなかった?」

 

「昨日よりひどかったのよ」

 

「そう?」

 

「そうよ」

 

「九条が気になるなら、別にいいけど」

 

「私が気になるんじゃなくて!」

 

 声が。

 

 少し大きくなる。

 

「だらしないでしょう。隣にいる人まで同じように見られるのよ」

 

「そういうもの?」

 

「そういうものよ」

 

「大変だな」

 

「誰のせいだと思ってるの?」

 

「俺?」

 

「他に誰がいるのよ!」

 

 相良が。

 

 小さく笑う。

 

 私は。

 

 鞄から教科書を出す。

 

 指先に。

 

 さっきの感触が残っている。

 

 でも。

 

 髪を直しただけ。

 

 昨日と同じところが。

 

 跳ねていたから。

 

 見ていられなかっただけだ。

 

 別に。

 

 触れたかったわけではない。

 

 ◇

 

 三限目。

 

 合同演習。

 

 第二班は。

 

 模擬市街地の前に集まっていた。

 

「よし!」

 

 朱音が。

 

 腕を回す。

 

「今日は壊さない!」

 

「目標が低いな」

 

 蓮が笑う。

 

「壊さなきゃいいんだろ?」

 

「救助もしてよ」

 

 私が言う。

 

「分かってるって!」

 

 相良は。

 

 配られた地図を見ている。

 

 昨日決めた通り。

 

 蓮が前方の確認。

 

 朱音が障害物の撤去。

 

 私は中央から全体を見る。

 

 相良は後ろで。

 

 進路と救助対象の確認。

 

「相良」

 

「ん?」

 

「地図、上下逆よ」

 

「見やすい方で見てる」

 

「どう見たら逆が見やすいのよ」

 

「向こうから入るから」

 

 相良が。

 

 地図をこちらへ向ける。

 

「あ」

 

「合ってるだろ」

 

「……そうね」

 

「九条」

 

「何?」

 

「今、疑った?」

 

「普段の行いでしょう」

 

「信用ないな」

 

「自分でなくしたのよ」

 

 開始まで。

 

 あと少し。

 

 相良が。

 

 地図を畳む。

 

 ◇

 

 演習が始まる。

 

 模擬市街地の中は。

 

 薄い煙で。

 

 先が見えにくくなっていた。

 

「右、通れる!」

 

 前を歩く蓮が言う。

 

「待って」

 

 相良が。

 

 地図を見る。

 

「そっちは途中で塞がってる」

 

「本当?」

 

「印をつけてた」

 

 蓮が戻る。

 

「じゃあ左か」

 

「左は瓦礫があるけど、火神なら動かせる」

 

「任せろ!」

 

 朱音が。

 

 先へ進む。

 

「壊さないでよ」

 

「分かってる!」

 

「さっきも聞いた」

 

「信用しろよ!」

 

 朱音が。

 

 倒れた板を持ち上げる。

 

 大きな音。

 

 でも。

 

 壊れてはいない。

 

「ほら!」

 

「できるじゃない」

 

「褒めろ!」

 

「演習が終わったらね」

 

「今褒めて!」

 

「先に進むよ」

 

 蓮が笑いながら。

 

 奥へ向かう。

 

 私も続く。

 

 その後ろを。

 

 相良が歩く。

 

 角を曲がったところで。

 

 上から。

 

 大きめの破片が落ちてきた。

 

「相良!」

 

 考えるより先に。

 

 相良の袖を掴む。

 

 こちらへ引く。

 

 破片が。

 

 相良のいた場所へ落ちた。

 

「……」

 

「危ないでしょう!」

 

「軽い素材だけど」

 

「当たったら減点かもしれないでしょ」

 

「そっち?」

 

「それ以外に何があるのよ」

 

「別に」

 

 相良が。

 

 私の手を見る。

 

「九条」

 

「何?」

 

「袖」

 

「あ」

 

 まだ。

 

 掴んでいた。

 

 すぐに離す。

 

「危なかったからよ」

 

「分かってる」

 

「なら、その顔やめて」

 

「どの顔?」

 

「今の顔」

 

「普通だけど」

 

「絶対違う」

 

「二人とも、遅れてるぞー!」

 

 前から。

 

 朱音の声。

 

「今行く!」

 

 すぐに言い返す。

 

 煙の向こうから。

 

 朱音の笑い声が聞こえた。

 

「まったく……」

 

 歩き出す。

 

 相良も。

 

 隣へ並ぶ。

 

「九条」

 

「何?」

 

「ありがとう」

 

「……演習中なんだから、当然でしょう」

 

「うん」

 

 それだけ言って。

 

 相良が前を見る。

 

 ◇

 

 演習は。

 

 予定より少し早く終わった。

 

 救助対象。

 

 三名。

 

 経路選択。

 

 問題なし。

 

 破損。

 

 ゼロ。

 

「やった!」

 

 朱音が。

 

 両手を上げる。

 

「壊さなかった!」

 

「そこを一番喜ぶのか?」

 

 蓮が笑う。

 

「大事だろ!」

 

「救助もできてたよ」

 

「だろ?」

 

「相良の道案内もよかったな」

 

 蓮が言う。

 

「地図が分かりやすかったから」

 

「最初から逆に持ってたけどな」

 

「あれが正しい」

 

「まだ言ってる」

 

 四人で。

 

 模擬市街地脇の待機室へ戻る。

 

 朱音と蓮は。

 

 黒瀬先生へ記録票を届けるため。

 

 監督室へ向かった。

 

 私と相良は。

 

 待機室に残る。

 

「疲れた」

 

 相良が。

 

 長机の前に座る。

 

「ほとんど地図を見ていただけでしょう」

 

「歩いた」

 

「全員歩いてるわよ」

 

「煙で目が痛い」

 

「それは私も」

 

 相良が。

 

 長机へ伏せようとする。

 

「寝ないで」

 

「少しだけ」

 

「訓練服が汚れるでしょう」

 

「もう汚れてる」

 

「え?」

 

 見ると。

 

 相良の肩に。

 

 白い埃がついていた。

 

「本当ね」

 

「だから平気」

 

「平気じゃないでしょう」

 

 手を伸ばす。

 

 肩を払う。

 

 一度。

 

 二度。

 

 埃が落ちる。

 

 そのまま。

 

 背中にもついているものを払う。

 

「九条」

 

「何?」

 

「今日はよく触るな」

 

 手が。

 

 止まった。

 

「……汚れてたからでしょう」

 

「うん」

 

「何よ」

 

「別に」

 

「その返事やめて」

 

「でも本当に別に」

 

「なら黙ってなさい」

 

 最後の埃を払う。

 

 手を離す。

 

 相良が。

 

 こちらを見る。

 

「取れた?」

 

「取れたわよ」

 

「ありがとう」

 

「これくらい普通でしょう」

 

「普通?」

 

「普通よ」

 

「そっか」

 

 相良が。

 

 また長机へ伏せようとする。

 

「寝るなら着替えてからにしなさい」

 

「あとで」

 

「今」

 

「厳しい」

 

 私は。

 

 向かいの椅子へ座る。

 

 今日は。

 

 何度。

 

 相良に触れただろう。

 

 髪。

 

 袖。

 

 肩。

 

 どれも。

 

 考えるより先に。

 

 手が動いていた。

 

 でも。

 

 全部。

 

 理由がある。

 

 相良が。

 

 だらしないから。

 

 演習中だったから。

 

 汚れていたから。

 

 だから。

 

 おかしくない。

 

 たぶん。

 

「九条」

 

「何?」

 

「この前言ってた小説」

 

 顔を上げる。

 

「小説?」

 

「好きだって言ってただろ」

 

「ああ……」

 

 雨宿りをした日。

 

 東屋で。

 

 そんな話をした。

 

「それが何?」

 

「何か読もうかと思って」

 

「あなたが?」

 

「そんなに驚く?」

 

「だって、冊子も半分しか読まないでしょう」

 

「小説は説明書じゃない」

 

「説明書より長いわよ」

 

「面白いなら読めるかも」

 

「そうね……」

 

 相良が。

 

 小説を読む。

 

 少し。

 

 想像できない。

 

「何がいい?」

 

「私に聞くの?」

 

「他に詳しい人知らないし」

 

「……そう」

 

 少しだけ。

 

 嬉しい。

 

 でも。

 

 相良に合いそうなものを。

 

 すぐには思いつかなかった。

 

 今日はこのあと。

 

 委員会がある。

 

「明日」

 

「明日?」

 

「放課後、図書館に行きましょう」

 

「一緒に?」

 

「私が選んだ方が早いでしょう」

 

「それは助かる」

 

「ただし、ちゃんと読むのよ」

 

「面白かったら」

 

「読む前から逃げ道を作らないで」

 

「分かった」

 

「本当に?」

 

「たぶん」

 

「信用できない」

 

 相良が。

 

 小さく笑う。

 

「じゃあ、明日の放課後」

 

「ええ。忘れないでよ」

 

「九条こそ」

 

「私は忘れないわよ」

 

 明日の放課後。

 

 図書館。

 

 ただ。

 

 本を選ぶだけ。

 

 それだけの。

 

 小さな約束。

 

 なのに。

 

 さっきまで落ち着かなかった指先が。

 

 今度は。

 

 少しだけ。

 

 軽くなった。

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