最低ランク《鎮静》の俺、その正体は催眠能力者 ――勇者のヒロインを静かに奪う   作:催眠スキ

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第十七話 火神朱音は気づいている

 好き。

 

 誰が。

 

 誰を。

 

 そう聞き返す前に。

 

 朱音は。

 

 答えまで口にした。

 

「澪ってさ、相良のこと好きなんじゃねえの?」

 

 ◇

 

 朝。

 

 教室へ入る。

 

「おはよう」

 

 いつもの返事。

 

 自分の席へ向かう。

 

 隣には。

 

 相良がいた。

 

 今日は。

 

 机へ伏せている。

 

「相良」

 

「ん」

 

「朝から寝ないで」

 

「寝てない」

 

「顔を上げなさいよ」

 

 相良が。

 

 ゆっくり顔を上げる。

 

 目の下に。

 

 少しだけ。

 

 眠そうな色があった。

 

「やっぱり寝てたでしょう」

 

「考え事」

 

「その言い訳、何回目?」

 

「今日は本当」

 

「何を考えてたの?」

 

 相良が。

 

 机の上を指さす。

 

 昨日まで読んでいた。

 

 あの本が置いてあった。

 

 栞は。

 

 最後のページに挟まっている。

 

「読み終わったの?」

 

「昨日、帰ってから」

 

「全部?」

 

「全部」

 

「寝なかった?」

 

「少ししか」

 

「寝たのね」

 

「でも読んだよ」

 

 本を手に取る。

 

 折り目はない。

 

 汚れてもいない。

 

 ちゃんと。

 

 最後まで読んだらしい。

 

「どうだった?」

 

「面白かった」

 

「それだけ?」

 

「感想?」

 

「昨日も言ったでしょう」

 

「最初の話の男、やっぱり最後に出てきた」

 

「ええ」

 

「でも、助けた方じゃなくて、置いていった方だった」

 

「そこは意外だった?」

 

「少し」

 

 相良が。

 

 本の表紙を見る。

 

「最初の話だけだと、あの男が悪いと思った」

 

「そうね」

 

「でも、最後まで読むと違った」

 

「だから好きなの」

 

「最初に感じた印象が変わるから?」

 

「ええ」

 

 相良が。

 

 小さく頷く。

 

「九条が好きって言ってた理由、少し分かった」

 

「……そう」

 

 胸の奥が。

 

 少しだけ。

 

 軽くなる。

 

 私が好きなものを。

 

 相良も。

 

 面白いと思った。

 

 それだけなのに。

 

 嬉しかった。

 

「次」

 

「え?」

 

「次に読むなら、何がいい?」

 

「もう読む気なの?」

 

「これが読めたら考えるって言っただろ」

 

「覚えてたのね」

 

「約束だから」

 

「約束まではしてないでしょう」

 

「そうだっけ」

 

「そうよ」

 

「じゃあ、今すればいい」

 

「何を?」

 

「次も九条が選んで」

 

「どうして私が」

 

「詳しいから」

 

「少しは自分で探しなさいよ」

 

「外れたら困る」

 

「私が選んでも、好みに合うとは限らないでしょう」

 

「一冊目は合った」

 

「……そうだけど」

 

「じゃあ頼む」

 

「勝手に決めないで」

 

「嫌?」

 

 嫌ではない。

 

 むしろ。

 

 次は何がいいか。

 

 もう少し考え始めていた。

 

「時間があったらね」

 

「分かった」

 

 相良が。

 

 本を鞄へしまう。

 

 私は。

 

 自分の席へ座る。

 

 そのとき。

 

 斜め前から。

 

 朱音と目が合った。

 

 朱音は。

 

 何も言わなかった。

 

 ただ。

 

 少しだけ。

 

 変な顔をしていた。

 

 ◇

 

 昼休み。

 

「澪」

 

 弁当を出そうとしたところで。

 

 朱音が。

 

 私の机へ来た。

 

「何?」

 

「ちょっと来て」

 

「どこへ?」

 

「廊下」

 

「ここじゃ駄目なの?」

 

「駄目じゃないけど」

 

 朱音が。

 

 相良の席を見る。

 

 相良は。

 

 もう教室にいない。

 

 購買へ行ったらしい。

 

「何よ」

 

「いいから」

 

 腕を引かれる。

 

「引っ張らないで」

 

「逃げるだろ」

 

「逃げないわよ」

 

「じゃあ来い」

 

 朱音に連れられて。

 

 教室を出る。

 

 廊下の端。

 

 階段の前まで来て。

 

 ようやく。

 

 朱音が止まった。

 

「それで?」

 

「澪」

 

「何?」

 

 朱音が。

 

 少しだけ。

 

 言いにくそうな顔をする。

 

 朱音にしては。

 

 珍しい。

 

「怒るなよ」

 

「内容によるわ」

 

「じゃあ怒るかも」

 

「先に言いなさいよ」

 

「澪ってさ」

 

 朱音が。

 

 私を見る。

 

「相良のこと、好きなんじゃねえの?」

 

「……は?」

 

 何を。

 

 言われたのか。

 

 一瞬。

 

 分からなかった。

 

「だから」

 

「聞こえてるわよ!」

 

「じゃあ答えろよ」

 

「どうしてそうなるのよ!」

 

 声が。

 

 思ったより大きくなる。

 

 階段を上っていた生徒が。

 

 こちらを見る。

 

 私は。

 

 少し声を落とした。

 

「そんなわけないでしょう」

 

「そうか?」

 

「そうよ」

 

「でも、最近ずっと相良のこと見てるじゃん」

 

「席が隣だからでしょう」

 

「本も選んだ」

 

「頼まれたからよ」

 

「訓練より、相良との約束を選んだ」

 

「先約だったから」

 

「髪も直してた」

 

「だらしなかったから!」

 

 答えは。

 

 すぐに出た。

 

 どれも。

 

 ちゃんと理由がある。

 

 おかしなことは。

 

 何もない。

 

 朱音が。

 

 少しだけ笑う。

 

「何よ」

 

「澪、相良のことになると、すぐ理由が出てくるよな」

 

「言い訳じゃないわよ!」

 

「言い訳とは言ってねえけど」

 

「同じような意味でしょう!」

 

「ほら、また」

 

「朱音!」

 

 朱音が。

 

 少しだけ肩をすくめる。

 

 腹が立つ。

 

 でも。

 

 いつものように。

 

 言い返す言葉が。

 

 すぐには出てこなかった。

 

「別にさ」

 

 朱音が。

 

 少しだけ真面目な顔になる。

 

「好きなら、それでいいと思うけど」

 

「だから違うって言ってるでしょう」

 

「うん」

 

「信じてない顔ね」

 

「半分くらい」

 

「全部信じなさいよ」

 

「じゃあ聞くけど」

 

「何?」

 

「相良が、他の誰かと付き合ったら?」

 

「……」

 

 頭の中に。

 

 朝の相良が浮かぶ。

 

 その隣に。

 

 知らない女子がいる。

 

 相良が。

 

 その子に。

 

 本の感想を話している。

 

 次に読む本を。

 

 選んでほしいと頼んでいる。

 

 胸の奥が。

 

 少しだけ。

 

 重くなる。

 

「関係ないわよ」

 

 答えるまでに。

 

 少し。

 

 時間がかかった。

 

「ふうん」

 

「何よ」

 

「別に」

 

「その返事やめなさい!」

 

「決めつけないでよ」

 

「決めつけてないって」

 

「好きだって言ったでしょう」

 

「そう見えるって言っただけ」

 

「同じよ!」

 

「じゃあ、違うなら違うでいいじゃん」

 

「最初からそう言ってるでしょう」

 

「うん」

 

 朱音が。

 

 階段へ背中を預ける。

 

「でも、一回考えてみたら?」

 

「何を?」

 

「なんで、そんなに相良が気になるのか」

 

「気になってないわよ」

 

「そういうことにしとく」

 

「朱音!」

 

「腹減った。戻ろうぜ」

 

 朱音が。

 

 先に歩き出す。

 

「待ちなさい!」

 

 追いかける。

 

 聞きたいことは。

 

 まだあった。

 

 どうして。

 

 そんなふうに見えたのか。

 

 いつから。

 

 気づいていたのか。

 

 でも。

 

 一番聞きたくない言葉だけが。

 

 頭に残っていた。

 

 好き。

 

 私が。

 

 相良を。

 

 そんなわけ。

 

 ない。

 

 ◇

 

 午後。

 

 教室へ戻る。

 

 相良は。

 

 もう席にいた。

 

 購買の袋を。

 

 机の中へしまっている。

 

「九条」

 

「何?」

 

「火神と何話してた?」

 

「どうして?」

 

「戻ってきてから、こっち見てたから」

 

「見てないわよ」

 

「見てた」

 

「気のせい」

 

「そう?」

 

 相良が。

 

 こちらを見る。

 

 いつもと同じ。

 

 眠そうな目。

 

 少し跳ねた髪。

 

 曲がったネクタイ。

 

 何度も見てきた。

 

 何でもない姿。

 

 なのに。

 

 朱音の言葉が。

 

 勝手に重なる。

 

 好き。

 

 私が。

 

 相良を。

 

「九条?」

 

「何でもない!」

 

「やっぱり変」

 

「変じゃないわよ」

 

「顔、赤いけど」

 

「廊下が暑かったの!」

 

「今日は涼しい」

 

「階段を上ったからよ」

 

「ここ二階だけど」

 

「うるさいわね!」

 

 相良が。

 

 少しだけ身を引く。

 

「怒ってる?」

 

「誰のせいだと思ってるの?」

 

「俺?」

 

 違う。

 

 相良は。

 

 何もしていない。

 

 悪いのは。

 

 変なことを言った朱音だ。

 

 それなのに。

 

 相良の顔を。

 

 まともに見られない。

 

「九条」

 

「何?」

 

「本」

 

「本?」

 

「次のやつ」

 

「今その話する?」

 

「駄目?」

 

「駄目じゃないけど」

 

「じゃあ頼む」

 

「だから、勝手に決めないで」

 

「時間があったらって言った」

 

「覚えてるなら待ちなさいよ」

 

「いつまで?」

 

「考えるまで」

 

「今日?」

 

「急かさないで!」

 

 相良が。

 

 小さく笑う。

 

 いつもの笑い方。

 

 前なら。

 

 腹が立っていた。

 

 今は。

 

 違う。

 

 そう思った瞬間。

 

 また。

 

 胸の奥が落ち着かなくなる。

 

「九条」

 

「今度は何?」

 

「本、選ぶの嫌?」

 

「……嫌じゃないわよ」

 

「そっか」

 

「時間があったらだからね」

 

「うん」

 

「ちゃんと自分でも探しなさいよ」

 

「九条が選んだ方がいい」

 

「どうして?」

 

「九条の好きなやつ、もう一冊読んでみたいから」

 

「……」

 

 相良は。

 

 たぶん。

 

 深い意味なんてなく。

 

 言っている。

 

 分かっている。

 

 それでも。

 

 心臓が。

 

 少しだけ。

 

 速くなった。

 

「九条?」

 

「分かったわよ」

 

「何が?」

 

「選ぶって言ってるの!」

 

「ありがとう」

 

「ただし、今度は自分でも探すこと」

 

「はい」

 

 相良が。

 

 前を向く。

 

 私も。

 

 教科書を出す。

 

 斜め前を見ると。

 

 朱音が。

 

 こちらを見ていた。

 

 目が合う。

 

 朱音が。

 

 何も言わず。

 

 少しだけ微笑んだ。

 

 私は。

 

 すぐに前を向いた。

 

 ◇

 

 放課後。

 

 授業が終わる。

 

 相良が。

 

 鞄へ本をしまう。

 

「今日返すの?」

 

「うん」

 

「図書館、まだ開いてるわよ」

 

「知ってる」

 

「その辺に置かないで、ちゃんと受付に返してね」

 

「分かってる」

 

「本当に?」

 

「一緒に来る?」

 

「え?」

 

 相良が。

 

 鞄を持つ。

 

「心配なら」

 

「別に、そこまで心配してないわよ」

 

「じゃあ一人で行く」

 

「そうしなさい」

 

「うん」

 

 相良が。

 

 教室を出ていく。

 

 その背中を。

 

 目で追う。

 

 廊下へ出て。

 

 見えなくなるまで。

 

 何となく。

 

 見ていた。

 

「澪」

 

 近くから。

 

 朱音の声。

 

「何?」

 

「いや」

 

 朱音が。

 

 相良の消えた扉を見る。

 

 それから。

 

 私を見る。

 

「何でもない」

 

「言いたいことがあるなら言いなさいよ」

 

「昼に言った」

 

「……」

 

 朱音が。

 

 鞄を持って立ち上がる。

 

「帰ろうぜ」

 

「蓮は?」

 

「先生に呼ばれてる」

 

「そう」

 

 私も。

 

 鞄を持つ。

 

 教室を出る。

 

 廊下の先に。

 

 相良の姿は。

 

 もうなかった。

 

 好き。

 

 朱音に言われるまで。

 

 考えたこともなかった。

 

 相良は。

 

 少しだけ。

 

 ましになった人。

 

 隣の席の人。

 

 放っておけない人。

 

 それだけだった。

 

 そのはずなのに。

 

 一度。

 

 好きという名前をつけられたら。

 

 今までのことが。

 

 全部。

 

 違って見える。

 

 雨の日に。

 

 肩が触れても離れなかったこと。

 

 自分から。

 

 髪に触れたこと。

 

 蓮と朱音ではなく。

 

 相良との約束を選んだこと。

 

 本を読んでくれたのが。

 

 嬉しかったこと。

 

 全部。

 

 理由はあった。

 

 でも。

 

 その理由の奥に。

 

 もし。

 

 別のものがあったなら。

 

 私は。

 

 まだ。

 

 知らない。

 

 知りたくない。

 

 それなのに。

 

 否定したはずの言葉は。

 

 消えてくれなかった。

 

 相良のことが。

 

 好き。

 

 その可能性だけが。

 

 帰り道も。

 

 ずっと。

 

 私の隣を歩いていた。

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