最低ランク《鎮静》の俺、その正体は催眠能力者 ――勇者のヒロインを静かに奪う 作:催眠スキ
選んでいい。
相良はそう言った。
蓮のところへ行ってもいい。
自分を選ばなくてもいい。
そう言われたような気がして。
なぜか。
少しだけ腹が立った。
◇
昼休み。
教室で弁当を広げる。
隣では、相良が私の本を読んでいた。
「食べながら読まないでよ」
「まだ食べてない」
「これから食べるんでしょう」
「あと少し」
「汚したら許さないからね」
「気をつける」
相良が栞を挟み、本を閉じる。
机の端ではなく、鞄の中へしまった。
「最初からそうしなさいよ」
「はい」
返事だけは素直だった。
「九条」
蓮が私の席へ来る。
「何?」
「今日の放課後、時間あるか?」
「委員会はないけど」
「少し訓練に付き合ってほしいんだ」
「訓練?」
「新しい動きを試したくて。九条の光剣なら、ちょうどいいと思う」
「あたしじゃ駄目なのかよ」
朱音が、向かいの席から口を挟む。
「火神は昨日壊した標的の始末があるだろ」
「壊してねえ! 少し形が変わっただけだ!」
「先生は壊れたって言ってたぞ」
「先生が細かいんだよ!」
「訓練用の標的を二つにしたら、壊したって言うのよ」
「綺麗に割れたんだから使えるだろ!」
「何に使うのよ!」
蓮が苦笑する。
「そういうわけで、今日は九条に頼みたい」
「そうね……」
断る理由はない。
蓮との訓練は久しぶりだった。
新しい動きというのも気になる。
いつもなら、その場で頷いていたと思う。
なのに。
すぐには答えが出なかった。
隣を見る。
相良は購買のパンを開けている。
こちらを見ていない。
放課後の約束はない。
図書館へ行くとも聞いていない。
私が迷う理由なんて、どこにもなかった。
「九条?」
「あとで答えてもいい?」
「ああ。急がなくていいよ」
蓮はいつものように笑った。
「訓練室は取ってあるから、都合がついたら来てくれ」
「ええ」
蓮が自分の席へ戻る。
朱音が私と相良を交互に見る。
「何よ」
「何も」
朱音が少しだけ微笑む。
この前から、その顔ばかりする。
隣では、相良が食べ終えたパンの袋を畳んでいる。
蓮の誘いについては、何も聞かなかった。
◇
午後の休み時間。
相良が、机の下から本をこちらへ差し出した。
「読み終わった」
「授業中に読んでないでしょうね」
「休み時間」
「本当に?」
「たぶん」
「自分のことなのに、どうして分からないのよ」
本を受け取る。丁寧に扱われていて、傷も折り目もなかった。
「今回は大丈夫そうね」
「今回は?」
「前も大丈夫だったけど」
「じゃあ信用して」
「次も大丈夫だったら考える」
「次」
「え?」
「次も貸してくれる?」
「もう読み終わったのに?」
「面白かったから」
相良が、私の手の中にある本を見る。
「最後の話が一番好き」
「どうして?」
「最初の三つが、全部同じ日に起きてたって分かるところ」
「そこまで気づいたのね」
「九条が選んだ本、そういうの多い」
「嫌だった?」
「逆」
短い返事。
でも、少し嬉しくなる。
「次は自分でも探すって約束したでしょう」
「覚えてる」
「なら、図書館で探しなさい」
「今日行く」
「今日?」
「放課後」
相良が窓の外を見る。
「何かある?」
「……別に」
蓮との訓練。
そう言いかけて、やめる。
相良は一人で図書館へ行くつもりらしい。
私を誘ったわけではない。
それなのに。
胸の奥が落ち着かなくなった。
◇
放課後。
授業が終わる。
朱音は、壊した標的のことで黒瀬先生に呼ばれていた。
「壊してねえって言ってるだろ!」
そう言いながら教室を出ていく。
蓮が訓練用の鞄を持って、私のところへ来た。
「九条、どうする?」
「……」
隣では、相良が鞄へ教科書をしまっている。
蓮と訓練する。
相良は一人で図書館へ行く。
それだけのこと。
今までなら、迷わなかった。
蓮との訓練を選んでいた。
それが自然だった。
「九条」
相良がこちらを見る。
「何?」
「天城のところへ行けば?」
「……どうして?」
「誘われてたから」
「聞いてたの?」
「隣だから」
「あなたは?」
「図書館」
「一人で行くの?」
「そのつもり」
相良はいつもと同じ顔をしていた。
私が蓮と行っても。
本当に何とも思わないように見える。
それが。
少しだけ腹立たしい。
「迷ってるなら、九条が選んでいいよ」
選んでいい。
相良はそう言った。
蓮のところへ行ってもいい。
自分を選ばなくてもいい。
そう言われたような気がした。
「相良」
「ん?」
「あなた、私に来てほしくないの?」
「図書館に?」
「他に何があるのよ」
「来たいの?」
「今は私が聞いてるの!」
相良が少し考える。
「来てくれるなら助かる」
「何が?」
「自分で選ぶと外れを選びそう」
「少しは努力しなさいよ!」
相良が小さく笑う。
その顔を見て。
ようやく答えが決まった。
「蓮」
「うん」
「ごめんなさい。訓練は、また今度でもいい?」
蓮が一瞬だけ止まる。
でも、すぐにいつもの笑顔へ戻った。
「もちろん。急に頼んだのは俺だから」
「本当にごめん」
「謝らなくていいよ。また付き合ってくれればそれでいい」
「ええ。次は必ず」
「じゃあ、また明日」
「また明日」
蓮が教室を出ていく。
その背中を見送る。
少しだけ胸が痛んだ。
蓮は何も悪くない。
誘ってくれたことも嬉しかった。
それでも。
「九条」
「何?」
「俺、誘ってないけど」
「知ってるわよ」
「天城を断ってまで来る?」
「図書館で変な本を選ばれたら困るでしょう」
「九条の本じゃないけど」
「あなたに勧めた責任があるの!」
「そういうもの?」
「そういうものよ」
理由なら、すぐに出た。
相良に読ませる本を間違えたくない。
一人では適当に選びそうだから。
どれも嘘ではない。
でも、それだけでもなかった。
「行く?」
「行くわよ」
二人で教室を出る。
◇
図書館へ向かう廊下。
相良は、いつもと同じ速さで歩いている。
私はその隣を歩く。
「九条」
「何?」
「本当に、天城の方じゃなくてよかった?」
「まだ言うの?」
「訓練したかったかもしれない」
「したかったわよ」
「じゃあ」
「でも、今日は図書館へ行くの」
「どうして?」
また。
理由を聞かれる。
さっきと同じ答えなら言える。
本を選ぶため。
相良一人では心配だから。
でも。
相良がいなければ。
私は今日、図書館へ行こうとは思わなかった。
「選んでいいって言ったでしょう」
「言った」
「だから、私が選んだの」
「図書館を?」
「……そうよ」
相良がこちらを見る。
何か言いたそうな顔。
「何?」
「別に」
「その返事やめなさい」
「九条もよく言う」
「私はいいの」
「ずるい」
「うるさい」
相良が小さく笑う。
私も少しだけ笑った。
◇
図書館。
本棚の間を二人で歩く。
「今日は自分で探すんでしょう」
「そのつもり」
「なら私の後ろをついてこないで」
「九条が詳しそうな方へ行くから」
「それは自分で探してるって言わないわよ」
「棚は見てる」
「背表紙だけでしょう」
「まだ一分しか経ってない」
「言い訳しない」
相良が立ち止まり、一冊の本を抜く。
「これは?」
表紙を見る。
私が読んだことのない本だった。
「あら」
「何?」
「ちゃんと自分で選んだのね」
「失礼だな」
「少し見直したわ」
「少し?」
「読んでから決める」
「九条も読む?」
「私が?」
「同じ本なら、感想を話せる」
「……」
相良は。
たぶん、深い意味なく言っている。
それでも。
悪い気はしなかった。
「面白そうならね」
「じゃあ、もう一冊探す?」
「まず、その本の中を確認しなさい」
「厳しい」
「当然よ」
相良が本を開く。
私は、その隣からページを見る。
肩が触れそうな距離。
相良は何も言わない。
私も離れなかった。
蓮との訓練を断ったのは、図書館へ来たかったから。
そう言えば、まだ説明はできる。
でも。
本当に選んだのは。
図書館ではなかった。
相良は、私に選んでいいと言った。
だから。
私は。
相良を選んだ。