最低ランク《鎮静》の俺、その正体は催眠能力者 ――勇者のヒロインを静かに奪う   作:催眠スキ

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第二十話 私がここにいたい

 昨日。

 

 私は自分で選んだ。

 

 先約があったわけでも。

 

 頼まれたわけでもない。

 

 それでも。

 

 相良の隣を選んだ。

 

 そこまで認めてしまえば。

 

 その先にある答えも。

 

 もう分かっていた。

 

 ◇

 

 朝。

 

 教室へ入る。

 

「おはよう」

 

 いつもの返事が聞こえる。

 

 自分の席へ向かう途中で、蓮と目が合った。

 

「おはよう、九条」

 

「……おはよう」

 

 昨日と変わらない声。

 

 蓮はいつものように笑っていた。

 

「昨日はいい練習になったよ」

 

「一人でやったの?」

 

「途中から黒瀬先生が相手してくれた」

 

「それは大変だったわね」

 

「手加減してくれなかった」

 

「先生だもの」

 

「次は付き合ってくれよ」

 

「ええ。約束する」

 

「ならよかった」

 

 蓮が自分の席へ戻る。

 

 胸の奥にあった小さな重さが、少しだけ消えた。

 

「澪」

 

 朱音が近づいてくる。

 

「何?」

 

「昨日、図書館どうだった?」

 

「普通よ」

 

「ふうん」

 

「何よ」

 

「何も言ってねえって」

 

「だったら、その顔やめなさい」

 

 朱音が笑いながら自分の席へ戻る。

 

 最近。

 

 朱音には。

 

 何を言っても見透かされている気がする。

 

 隣の席はまだ空いていた。

 

 少しして、教室の扉が開く。

 

 相良が眠そうな顔で入ってきた。

 

「おはよう」

 

「……おはよう」

 

 相良が隣へ座る。

 

 鞄から、昨日借りた本を取り出した。

 

「もう読んだの?」

 

「少し」

 

「どこまで?」

 

「三章目まで」

 

「早いわね」

 

「寝る前に読んだ」

 

「最初の章に出てきた人、また出てきた」

 

「どの人?」

 

 相良が本を開き、机の間へ置く。

 

「この人」

 

 相良が指した名前を、私も指で追う。

 

 ページの上で、指先が少しだけ触れた。

 

 すぐに離れる。

 

 相良は何も言わなかった。

 

 私だけが、その一瞬を意識していた。

 

 好き。

 

 朱音に言われた言葉が、また頭に浮かぶ。

 

 前よりも。

 

 ずっと自然に。

 

 ◇

 

 放課後。

 

 授業が終わる。

 

 蓮は朱音と訓練室へ向かった。

 

「今日は壊すなよ」

 

「昨日も壊してねえ!」

 

 廊下から朱音の声が聞こえる。

 

 教室には、まだ何人か残っていた。

 

 私は委員会の書類を確認する。

 

 相良は隣で本を読んでいた。

 

 昨日と同じ。

 

 少しして、書類を揃える。

 

「終わった?」

 

「ええ」

 

 相良が本を閉じる。

 

「帰る?」

 

「その前に」

 

「何?」

 

「昨日のこと」

 

 手が止まる。

 

「昨日?」

 

「天城の訓練、断っただろ」

 

「まだ気にしてるの?」

 

「少し」

 

「どうして?」

 

「九条が後悔してないかと思って」

 

「してないわよ」

 

「本当に?」

 

「本当よ」

 

「ならいいけど」

 

 相良が鞄へ本をしまう。

 

 それで話を終わらせようとしている。

 

「相良」

 

「ん?」

 

「あなたは?」

 

「何が?」

 

「昨日、私が図書館へ行って、どう思ったの?」

 

 相良がこちらを見る。

 

「助かった」

 

「本を選ぶのに?」

 

「それも」

 

「それ以外は?」

 

 聞いてから。

 

 自分で何を言っているのかと思う。

 

 でも。

 

 もう引き返したくなかった。

 

 相良は少し黙った。

 

「嬉しかった」

 

「……そう」

 

 胸の奥が熱くなる。

 

 欲しかった答えを。

 

 ようやく聞けた気がした。

 

「だったら」

 

「うん」

 

「どうして、蓮のところへ行けばって言ったの?」

 

「九条が決めることだから」

 

「あなたが来てほしいって言ったら、私は自分で決めてないことになるの?」

 

「ならないかもしれない」

 

「何よ、それ」

 

「でも、九条は真面目だから」

 

「関係ないでしょう」

 

「俺が来てほしいって言ったら、気にすると思った」

 

「気にするわよ」

 

「だから」

 

「だからじゃない!」

 

 声が少し大きくなる。

 

 残っていた生徒がこちらを見る。

 

 私は声を落とした。

 

「あなたの気持ちを聞いた上で、私が決めればいいでしょう」

 

「そうだな」

 

「今さら納得しないで」

 

「ごめん」

 

 相良が素直に謝る。

 

 その顔を見ると、怒り続けることが難しくなる。

 

「相良は、私に来てほしかったの?」

 

「来てほしかった」

 

 今度は迷わず答えた。

 

「最初からそう言いなさいよ」

 

「次からは」

 

「次があるの?」

 

「あると思う」

 

「何よ、それ」

 

 少し笑ってしまう。

 

 相良も小さく笑った。

 

 ◇

 

 教室を出る。

 

 相良と並んで廊下を歩く。

 

 まだ話は終わっていなかった。

 

 でも、教室では続けられない。

 

 残っている人が多すぎた。

 

 中庭へ出る。

 

 夕方の風が少し冷たい。

 

 雨の日に入った東屋が見えた。

 

 あの日。

 

 二人で雨宿りをした場所。

 

「少し寄っていく?」

 

 相良が聞く。

 

「ええ」

 

 二人で東屋へ入る。

 

 雨は降っていない。

 

 ベンチへ座る。

 

 相良も隣へ座った。

 

 あの日と同じくらいの距離。

 

 今は、傘も雨もない。

 

 近くにいる理由はなかった。

 

「九条」

 

「何?」

 

「まだ何かある?」

 

「あるわよ」

 

「何?」

 

 言わなければ。

 

 このままでもいられる。

 

 隣の席で話して。

 

 一緒に本を読んで。

 

 たまに図書館へ行く。

 

 それでも、十分楽しいと思う。

 

 でも。

 

 もう、それだけでは嫌だった。

 

「私、昨日あなたを選んだでしょう」

 

「うん」

 

「先約があったからじゃない」

 

「うん」

 

「図書館に行きたかっただけでもない」

 

「……うん」

 

「あなたがいなかったら、私は図書館へ行かなかった」

 

 相良は何も言わない。

 

 ただ、私の言葉を待っている。

 

 昨日も。

 

 相良は待っていた。

 

 私が選ぶまで。

 

 だから。

 

 今度は。

 

 私が自分で言う。

 

「気づけば、私からあなたに話しかけてた」

 

「うん」

 

「隣に座って。いなかったら探して」

 

「うん」

 

「あなたが誰かと話してたら、気になった」

 

 あの朝のことを思い出す。

 

 知らない女子と笑っていた相良。

 

 胸の奥が落ち着かなかった理由。

 

 今なら分かる。

 

「相良」

 

「何?」

 

「私、あなたのことが好き」

 

 言った。

 

 言ってしまった。

 

 思っていたより。

 

 声は震えなかった。

 

 相良が目を見開く。

 

「そんなに驚く?」

 

「少し」

 

「どうしてよ」

 

「九条から言うと思ってなかった」

 

「悪かったわね」

 

「悪くない」

 

 相良が、少しだけ笑う。

 

「俺も九条が好き」

 

「……本当に?」

 

「本当」

 

「いつから?」

 

「気づいたのは、九条が最初の本を選んでくれたとき」

 

「そんなに最近なの?」

 

「それより前から、気になってた」

 

「じゃあ、いつから?」

 

「それは考えておく」

 

「ちゃんと考えておいて」

 

「分かった」

 

 いつものやり取り。

 

 なのに。

 

 今は全部が違って聞こえる。

 

「それで」

 

 相良が少し姿勢を正す。

 

「俺と付き合ってくれる?」

 

「……私から言ったのに、あなたが聞くの?」

 

「大事だから」

 

 真面目な声。

 

 いつもの眠そうな顔なのに。

 

 目だけは、まっすぐこちらを見ていた。

 

「ええ」

 

 一度。

 

 息を吸う。

 

「私も、あなたと付き合いたい」

 

「うん」

 

「……そう」

 

 顔が熱い。

 

 きっと赤くなっている。

 

 でも、もう逸らしたくなかった。

 

 相良を見る。

 

 相良も私を見ている。

 

 手は触れていない。

 

 肩も離れている。

 

 それでも。

 

 今までで一番近い気がした。

 

 ◇

 

 寮へ向かう道。

 

 相良と並んで歩く。

 

 さっきまでと。

 

 何も変わっていない。

 

 同じ道。

 

 同じ速さ。

 

 同じ距離。

 

 でも。

 

 隣にいる人は。

 

 もう。

 

 ただの隣の席の人ではなかった。

 

「相良」

 

「ん?」

 

「明日になって、やっぱり違うとか言わないでよ」

 

「言わない」

 

「本当に?」

 

「九条は?」

 

「言うわけないでしょう」

 

「なら大丈夫」

 

「何が?」

 

「二人とも変わらない」

 

「そういう問題?」

 

「たぶん」

 

「またそれ」

 

 相良が小さく笑う。

 

 私も笑った。

 

 前まで。

 

 私は理由を探していた。

 

 委員長だから。

 

 席が隣だから。

 

 約束したから。

 

 本を選ぶだけだから。

 

 相良の隣にいるための理由を。

 

 でも。

 

 もう。

 

 そんな言い訳を探さなくていい。

 

 今。

 

 相良の隣にいることも。

 

 好きだと伝えたことも。

 

 私が選んだ。

 

 私が。

 

 ここにいたいから。

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