最低ランク《鎮静》の俺、その正体は催眠能力者 ――勇者のヒロインを静かに奪う   作:催眠スキ

25 / 25
第二十四話 強いから

 強いから。

 

 相良はそう言った。

 

 能力が。

 

 火力が。

 

 そういう意味だと思ったのに。

 

 どうやら。

 

 少し違ったらしい。

 

 ◇

 

 第三訓練室を出たところで、澪に腕を掴まれた。

 

「医療棟へ行くわよ」

 

「何でだよ」

 

「まだ熱が引いてないでしょう」

 

「これくらい普通だって」

 

「普通なら、どうして壁に手をついてるの?」

 

「立ちやすいから」

 

「廊下は立つために壁を使わなくても歩けるのよ」

 

「細かいな」

 

 能力を使ったあとの熱は、まだ腕と胸の奥に残っていた。

 

 苦しいわけじゃない。

 

 少し体が重くて、肩が張っているだけだ。

 

 二回続けて全力で撃てば、いつもこのくらいにはなる。

 

「朱音」

 

 蓮が、返却した記録端末のケースを持ち直す。

 

「競技の申請を出したばかりなんだ。念のため診てもらった方がいいよ」

 

「蓮まで澪みたいなこと言うなよ」

 

「心配してるんだろ」

 

「二人とも心配しすぎなんだよ」

 

「じゃあ、異常がないって確認してもらえば終わりでしょう」

 

 澪が腕を離さない。

 

 このまま抵抗したら、本当に引きずっていきそうだった。

 

「分かったよ。行けばいいんだろ」

 

「最初からそう言いなさい」

 

 少し後ろでは、相良が眠そうな顔で立っていた。

 

「相良も何か言えよ」

 

「行った方が早そう」

 

「どっちの味方だよ」

 

「早く帰りたい方」

 

「お前な」

 

 相良が小さく笑う。

 

 さっき。

 

 こいつの声を聞いている間は、呼吸が楽だった。

 

 頭の中も、いつもより静かだった気がする。

 

 でも、今はいつもの相良だ。

 

 やる気があるのかないのか分からない顔で、あたしたちのあとを歩いてくる。

 

 ◇

 

 医療棟。

 

 受付の奥は、消毒薬の匂いがした。

 

 放課後だからか、待っている生徒は少ない。

 

 白い仕切りの向こうから、一人の女子生徒が出てきた。

 

 肩に触れるくらいの栗色の髪。

 

 琥珀色の目。

 

 制服の上から医療補助用の白い上着を羽織っている。

 

 笑うと、目元まで柔らかくなった。

 

 白峰先輩とは全然違う。

 

 あっちは立っているだけで背筋が伸びるけど、この人は近くにいるだけで力が抜けそうだった。

 

「いらっしゃい。怪我?」

 

「能力を使ったあとの熱が、少し残っているみたいで」

 

 澪が答える。

 

「あたしは平気です」

 

「平気かどうかを見るのが、ここだからね」

 

 女子生徒が笑う。

 

 それから、蓮に気づいた。

 

「あれ。蓮も一緒だったの?」

 

「うん。美月姉さん、今日は当番?」

 

「そう。先生は奥で処置中だから、軽い診察なら私が見るよ」

 

 美月姉さん。

 

 名前は知っている。

 

 三年の天城美月先輩。

 

 支援系能力者の中でも、学園で一番に近い評価を受けている人だ。

 

 蓮の幼馴染だという話も聞いたことがある。

 

「こっちへ座って。名前は?」

 

「火神朱音です」

 

「朱音ちゃんね。腕を見せてもらってもいい?」

 

「はい」

 

 椅子へ座り、右腕を差し出す。

 

 美月先輩の指が手首へ触れた。

 

 淡い光が、腕から肩までゆっくり上がっていく。

 

 熱の残っている場所だけ、少し温かくなった。

 

「痛いところは?」

 

「ないです」

 

「痺れは?」

 

「それもないです」

 

「胸が苦しいとか、息が吸いにくい感じは?」

 

「訓練の直後は少し。でも、今は平気です」

 

「うん。能力の使いすぎで熱が残ってるだけみたい。筋肉も少し張ってるけど、治療が必要なほどじゃないよ」

 

「ほら」

 

 澪を見る。

 

「平気だっただろ」

 

「それを確認するために来たのよ」

 

「今日はもう強い能力を使わないでね。水分を取って、湯船も長く入りすぎないこと」

 

 美月先輩が言う。

 

「明日の訓練は?」

 

「軽めなら」

 

「全力は?」

 

「駄目」

 

「一回だけ」

 

「駄目」

 

「半分くらいなら」

 

「朱音ちゃん」

 

 笑顔のまま名前を呼ばれた。

 

 声は優しいのに、これ以上は駄目だと分かる。

 

「……分かりました」

 

「よろしい」

 

 美月先輩が満足そうに頷いた。

 

「蓮も、あとで手を見せて」

 

「俺?」

 

「右手。さっきから後ろに隠してるでしょう」

 

 蓮が少しだけ目を逸らす。

 

「標的の破片で、少し擦っただけだよ」

 

「少しでも怪我は怪我。昔から、隠すときは右手を後ろへ回すんだから」

 

「よく覚えてるな」

 

「何年一緒にいると思ってるの?」

 

 美月先輩が手招きする。

 

 蓮は諦めたように、その前へ座った。

 

「本当に少しだよ」

 

「それは私が決めます」

 

「はい」

 

 蓮が素直に右手を出す。

 

 いつもなら、澪やあたしを止める側なのに。

 

 美月先輩の前では、少しだけ年下に見えた。

 

「二人、姉弟みたいですね」

 

 思ったままを口にする。

 

「みたいじゃなくて、昔からほとんどそうなの」

 

 美月先輩が笑う。

 

「姉さんは心配しすぎなんだよ」

 

「蓮が心配させすぎるの」

 

「やっぱり姉弟じゃん」

 

「朱音まで言うのか」

 

 蓮が困ったように笑った。

 

 ◇

 

 診察が終わる。

 

 異常なし。

 

 明日は軽い訓練だけ。

 

 それだけだったのに、澪はようやく安心した顔をした。

 

「委員会へ行かないと」

 

 時計を見て、澪が言う。

 

「もうこんな時間」

 

「先に行っていいぞ」

 

「でも、朱音を寮まで送った方が」

 

「一人で帰れるって」

 

「相良くんが一緒なら大丈夫じゃない?」

 

 美月先輩が相良を見る。

 

「相良くん、お願いしてもいい?」

 

「俺?」

 

「同じ寮へ戻るんでしょう?」

 

「まあ」

 

「じゃあ決まり」

 

 美月先輩が笑う。

 

「蓮は残って。手当てがまだ終わってないから」

 

「もう痛くないけど」

 

「終わってないから」

 

「はい」

 

 また、蓮が素直に返事をする。

 

「じゃあ、相良。朱音をお願い」

 

 澪が鞄を持つ。

 

「分かった」

 

「朱音も、今日は大人しく帰るのよ」

 

「分かってるって」

 

「本当に?」

 

「たぶん」

 

「信用できない」

 

「相良みたいなこと言うなよ」

 

 澪が呆れた顔をする。

 

 相良は少しだけ笑っていた。

 

 ◇

 

 医療棟を出る。

 

 寮へ続く道を、相良と二人で歩く。

 

 夕方の風が、能力を使ったあとの体に気持ちよかった。

 

「相良」

 

「ん?」

 

「お前は言わないんだな」

 

「何を?」

 

「無理するなとか。明日は休めとか」

 

「美月先輩が、軽い訓練ならいいって言ってた」

 

「そうだけど」

 

「俺が止める理由ないだろ」

 

「澪と蓮は止めようとしたぞ」

 

「二人は心配したから」

 

「相良は心配してないのかよ」

 

 聞いてから、変な質問だったと思う。

 

 別に。

 

 相良に心配してほしかったわけじゃない。

 

 たぶん。

 

「必要ならする」

 

 相良は少し考えてから答えた。

 

「でも、火神なら自分で判断できるだろ」

 

「何でそう思うんだよ」

 

「強いから」

 

「能力が?」

 

「それもある」

 

「それ以外は?」

 

「負けたあと、すぐ記録を見てた」

 

 相良が前を向いたまま言う。

 

「悔しがってたけど、言われたことは聞いてた。二回目は威力を抑えて、減点もなくした」

 

「……見てたんだな」

 

「見ろって言っただろ」

 

「そうだけど」

 

「本当に危ないなら止める。でも、今日は火神が自分で変えられると思った」

 

 強い。

 

 相良が言ったのは、火力のことだけではなかった。

 

 負けたあと。

 

 次に勝つために考えたこと。

 

 威力を抑えたこと。

 

 自分では当たり前だと思っていたところまで、相良は見ていた。

 

「何だよ」

 

「何が?」

 

「そういうの、先に言えよ」

 

「聞かれなかったから」

 

「聞かれなくても言え」

 

「難しいな」

 

 相良が小さく笑う。

 

 不思議と、腹は立たなかった。

 

 ◇

 

 寮へ向かう道から少し外れたところに、小さな休憩所がある。

 

 屋根と長椅子だけの場所で、今は誰もいなかった。

 

「少し座る?」

 

 相良が聞く。

 

「あたしは平気だって」

 

「足、遅くなってる」

 

「相良が遅いから合わせてたんだよ」

 

「じゃあ休まなくていい?」

 

「……少しだけな」

 

 長椅子へ座る。

 

 相良も隣へ腰を下ろした。

 

 人の気配はない。

 

 遠くから、訓練室の音がかすかに聞こえるだけだった。

 

「競技」

 

 相良が言う。

 

「ん?」

 

「絶対勝つって言ってただろ」

 

「勝つよ」

 

「不安はない?」

 

「あるわけないだろ」

 

 すぐに答える。

 

 相良は何も言わなかった。

 

 疑うでもなく。

 

 信じるでもなく。

 

 ただ、続きを待っているように見えた。

 

「……少しはある」

 

 口から出た。

 

「選考もあるし。強い奴も出るし」

 

「うん」

 

「速いだけじゃ駄目で、威力が強すぎても減点だろ。あたしが今まで勝ってきたやり方だけじゃ、負けるかもしれない」

 

「うん」

 

「笑わないのかよ」

 

「何を?」

 

「絶対勝つって騒いでたのに、負けるのが怖いって言ってる」

 

「それだけ勝ちたいんだろ」

 

 相良は、いつもと同じ声で言った。

 

「怖いならやめれば、とは思わない?」

 

「火神はやめないだろ」

 

「当たり前だ」

 

「なら、どう勝つか考えればいい」

 

「簡単に言うなよ」

 

「一人で考える必要もないし」

 

「相良も考えるのか?」

 

「見てるって約束したから」

 

「それだけ?」

 

「応援もする」

 

「軽いな」

 

「重い方がいい?」

 

「そういう意味じゃねえよ」

 

 でも。

 

 少しだけ、肩の力が抜けた。

 

 怖いと言っても。

 

 相良は心配しすぎなかった。

 

 無理だとも言わなかった。

 

 あたしが勝つつもりでいることを、最初から疑っていなかった。

 

「相良」

 

「ん?」

 

「さっきの、もう一回できる?」

 

「鎮静?」

 

「ああ。まだ少し熱いから」

 

「いいよ」

 

 相良がこちらを見る。

 

「ゆっくり息を吸って、吐いて」

 

 言われたとおりに呼吸する。

 

 一度。

 

 もう一度。

 

 相良の声を聞いていると、遠くの音が薄くなった。

 

 風の音。

 

 葉が揺れる音。

 

 必要のないものだけが遠くなる。

 

「俺の声が聞こえると、見るべき場所と、必要な情報へ意識が向く」

 

「見るべき場所と……必要な情報」

 

「俺の声を聞いて、迷わず動いて、狙ったとおりにできたとき。成功したって、自分で分かる」

 

「成功したって……分かる」

 

「その瞬間、嬉しさと達成感が、今までより大きく広がる」

 

 胸の奥に、言葉が落ちてくる。

 

「頑張った分だけ、強く広がる」

 

「頑張った分だけ……強く広がる」

 

「俺の声で集中できたあとも同じ。成功した瞬間の嬉しさを、もっとはっきり感じられる」

 

「もっと……はっきり感じられる」

 

 相良の声が近い。

 

 その声だけが、まっすぐ頭へ入ってくる。

 

「痛みも、疲れも消えない。危ないことも分かる」

 

「うん」

 

「ただ、俺の声を聞いて、うまくできたときの達成感だけが、大きくなる」

 

「達成感だけが……大きくなる」

 

「次に俺の声を聞いて成功したとき、自然に分かる」

 

「自然に分かる」

 

「もう一度、息を吐いて」

 

 長く息を吐く。

 

「終わり」

 

 遠くなっていた音が戻ってくる。

 

 体の熱は、さっきより少し落ち着いていた。

 

「どう?」

 

「楽になった」

 

「ならよかった」

 

 相良が立ち上がる。

 

「帰る?」

 

「ああ」

 

 あたしも立ち上がる。

 

 足には、まだ少し重さが残っていた。

 

 次に成功したとき。

 

 どんな感じがするのか。

 

 少しだけ楽しみだった。

 

 ◇

 

 寮の前。

 

「相良」

 

「ん?」

 

「明日の練習も来いよ」

 

「軽いやつだろ」

 

「分かってる」

 

「全力出しそう」

 

「出さねえよ」

 

「本当に?」

 

「たぶん」

 

「信用ないな」

 

「誰の真似だよ」

 

 相良が小さく笑う。

 

「じゃあ、明日」

 

「おう」

 

 相良が男子寮の方へ歩いていく。

 

 その背中を、少しだけ見送った。

 

 強いから。

 

 相良が見ていたのは、あたしの火力だけではなかった。

 

 そう思うと。

 

 さっきよりも。

 

 明日の練習が楽しみになった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ヒロイン達の好感度を、何故か友人キャラの俺が知っている(作者:こなひー)(オリジナル現代/恋愛)

https://syosetu.org/novel/392769/▼先日投稿した「ヒロイン達の好感度を友人キャラが知っているのは何故なのか」の長編化版です。▼2章まですでにマルチ投稿済なので、そこまではまとめて投稿します。▼以降は週2話、水曜と日曜に更新していく予定です。▼「友田、今の彼女たちからの好感度を教えてくれ」▼「ああ、わかった」▼ 自称主人公の青野…


総合評価:3435/評価:7.96/連載:61話/更新日時:2026年08月23日(日) 23:00 小説情報

【完結】争いは他所でやってくれ!最後は平穏無事に過ごしたい(作者:大気圏突破)(原作:ハイスクールD×D)

 サービス残業・休日出勤・パワハラで疲弊していたサラリーマンはデスクワーク勤務中に心臓の鼓動が止まり亡くなってしまった。憐れんだ神は第2の人生として彼を『リリカルなのは』の世界に送るつもりだったが書類の手違いで『ハイスクールD×D』の世界に送ってしまった▼ 神は送る直前に間違いに気付き彼に与えた力の他に原作主人公の能力を奪って付与させた。赤龍帝になってしまっ…


総合評価:2193/評価:6.45/完結:86話/更新日時:2026年08月08日(土) 15:14 小説情報

科(化)学系チート持ち転生者のお話(作者:金属粘性生命体)(原作:多重クロスオーバー)

▼ 数百世紀先の技術と創作上の技術を持って転生した男の好き勝手生活。▼ ディストピアルート、闇堕ちルート、どちらから先に読んでも問題ないようになってます。作者の個人的には闇堕ちルートの方がおもろいと思う。▼(作者の架空科学なので一切整合性はとりません、雰囲気で読め)▼ オタクルートを外伝にしました。↓がリンクです▼ https://syosetu.org/n…


総合評価:3520/評価:7.52/連載:107話/更新日時:2026年05月06日(水) 10:00 小説情報

カードゲーム世界で考察配信したら、黒幕っぽくて楽しい(作者:暁刀魚)(オリジナル現代/冒険・バトル)

カードゲーム世界で無名配信者をしていたヒカルは、ある時カードのイラストやフレーバーに関する考察配信をしてみることにした。▼転生者特有のメタ読みを活用した結果、見事にカードの裏に潜む悪の組織の意図に気付き、組織が壊滅。▼まるで黒幕のようだと、ヒカルは思う。▼そんな状況でヒカルは――喜んで配信を続けることにした。▼なぜなら彼は人の嫌がることが大好きな陰湿デッキ使…


総合評価:28726/評価:8.64/連載:23話/更新日時:2026年08月30日(日) 18:05 小説情報

この乙女ゲームの攻略情報は、妹だけが知っている〜主人公の師匠ポジになってしまった兄より〜(作者:ゲスト047562)(オリジナル現代/冒険・バトル)

どうやら俺は転生したらしい。▼と思ったら妹?その口調、さては貴様も前世覚えてるな?というか今世でも兄妹とか、どんな偶然だよ。▼おい、この世界お前の好きな乙女ゲーだよな?俺ゲームしかしてないから知らないんだよ。基本的に主人公周りとは関わらない方針で行くからよろしく。▼ねえ?何で主人公ちゃんが俺に銃向けてんの?おかしくない?え?ラスボスクリアしたよな?後方師匠面…


総合評価:5005/評価:8.1/連載:22話/更新日時:2026年08月31日(月) 17:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>