最低ランク《鎮静》の俺、その正体は催眠能力者 ――勇者のヒロインを静かに奪う   作:催眠スキ

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第二十五話 最高の一撃

 火神の一撃は、間違いなく本物だった。

 

 標的を見て、力を抑え、正しい瞬間に撃った。

 

 一撃そのものは、全部、火神自身のものだ。

 

 俺が今日、新しく変えたのは。

 

 そのあとに広がる感情だけだった。

 

 ◇

 

 医療棟へ行った日から、数日が過ぎた。

 

 その間、火神は美月先輩に言われたとおり、軽い訓練だけで済ませたらしい。

 

 少なくとも。

 

 澪が見ているところでは。

 

 放課後。

 

 第二訓練区画の第三訓練室。

 

 俺たちの前には、新しい標的が置かれていた。

 

 円形の外殻。

 

 その内側に、赤い核がある。

 

 外殻は一定の速さで回転し、核が見えるのは一周のうち、ほんの一瞬だけ。

 

 核を破壊すれば成功。

 

 外殻を壊せば失敗。

 

 攻撃が弱すぎても、核は壊れない。

 

「面倒な標的だな」

 

 火神が楽しそうに笑う。

 

「あなた向けでしょう」

 

 澪が記録端末を起動する。

 

「どこがだよ」

 

「壊していい部分があるもの」

 

「一部分だけじゃねえか」

 

「だから練習になるんでしょう」

 

「全部吹き飛ばした方が早い」

 

「競技では失格よ」

 

「分かってるって」

 

 天城が標的の前へ立つ。

 

 右手には、訓練用の剣。

 

「先に俺がやっていいか?」

 

「いいぜ」

 

 火神が腕を組む。

 

「手本にしてやるよ」

 

「俺が先なんだけど」

 

「失敗の手本」

 

「始まる前から決めるなよ」

 

 天城が苦笑する。

 

 澪が端末へ手を置いた。

 

「始めるわよ」

 

「いつでも」

 

「開始」

 

 標的が動き出す。

 

 外殻の隙間から、赤い核が見える。

 

 消える。

 

 また見える。

 

 天城は剣を構えたまま、二周待った。

 

 三周目。

 

 剣を振る。

 

 風の刃が、外殻の隙間を通り抜けた。

 

 赤い核へ当たる。

 

 小さな破裂音。

 

 外殻が止まった。

 

「成功。外殻への接触なし」

 

 澪が結果を読む。

 

「さすが蓮ね」

 

「よし」

 

 天城が剣を下ろす。

 

 火神は、もう次の標的を見ていた。

 

「三周目だな」

 

「毎回同じ速さとは限らないぞ」

 

「分かってる」

 

「本当に?」

 

「見れば分かる!」

 

 火神が前へ出る。

 

 肩を回す。

 

 能力使用後の痛みは、もうないらしい。

 

 動きにも迷いはなかった。

 

「火神」

 

「ん?」

 

「全力は禁止よ」

 

 澪が念を押す。

 

「核を壊すんだろ?」

 

「外殻は壊さないで」

 

「分かってるって」

 

「前にも聞いたわ」

 

「今日はできる!」

 

 火神が開始位置へ立つ。

 

「相良」

 

 こちらを振り返る。

 

「ちゃんと見てろよ」

 

「見てる」

 

「始まってからもだぞ」

 

「分かった」

 

 火神が笑う。

 

 澪の合図で、標的が動き出した。

 

 ◇

 

 一周目。

 

 火神は撃たなかった。

 

 二周目。

 

 右腕を上げる。

 

 核が見えるより先に、火が集まった。

 

「まだ」

 

 俺が言う。

 

 火神の指が止まる。

 

 核が一瞬だけ見え、外殻の向こうへ消えた。

 

「今のじゃねえの?」

 

「早い」

 

「見えてただろ」

 

「さっきのは外殻に当たる」

 

「次!」

 

 三周目。

 

 火神が呼吸を整える。

 

 俺の声を聞いたからか。

 

 周りの音が少し遠くなったように、表情から余計な力が抜けた。

 

 見るべき場所。

 

 必要な情報。

 

 火神の視線が、回転する外殻の一点を追う。

 

「まだ」

 

 火が腕へ集まる。

 

 核が見える。

 

「今!」

 

 火神が撃った。

 

 爆ぜる音。

 

 火球は外殻の縁へ触れ、そのまま弾けた。

 

 核には届かない。

 

 標的が停止する。

 

「失敗。外殻へ接触」

 

 澪が告げる。

 

「くそっ!」

 

 火神が拳を握る。

 

「今って言っただろ!」

 

「言った」

 

「遅かったのか?」

 

「違う。狙いが少し下だった」

 

「方向かよ」

 

 火神が記録端末を覗き込む。

 

 火球の軌道が、赤い線で表示されていた。

 

 外殻の縁。

 

 中心から、ほんの少し下。

 

「もう一回」

 

「朱音」

 

 澪が止める。

 

「一度、記録を見なさい」

 

「見てる」

 

「見るだけじゃなくて、考えて」

 

「考えてるって」

 

 火神は端末から目を離さない。

 

「相良」

 

「ん?」

 

「次はどこを見ればいい?」

 

「核じゃなくて、外殻の上」

 

「上?」

 

「小さい傷がある」

 

 外殻の上側を指す。

 

 一周するたび、細い傷が同じ位置へ戻ってくる。

 

「あれが来たあとに核が見える」

 

「先に傷を見るのか」

 

「核を見てからだと遅い」

 

「なるほど」

 

 火神が笑う。

 

 諦めた顔ではなかった。

 

「次は当てる」

 

「威力も少し抑えて」

 

「核が壊れなかったら?」

 

「今の七割で十分だと思う」

 

「七割か」

 

 火神が自分の右手を見る。

 

 少しだけ指を動かす。

 

「分かった」

 

 ◇

 

 二回目。

 

 新しい標的が設置される。

 

 火神は開始位置へ立った。

 

 さっきまでの笑顔は消えている。

 

 怒っているわけではない。

 

 集中している。

 

「準備は?」

 

 澪が聞く。

 

「いつでも」

 

「開始」

 

 外殻が回り始める。

 

 火神の視線は、核を追わない。

 

 上側の傷だけを見ている。

 

 一周目。

 

 傷の位置を確かめる。

 

 二周目。

 

 呼吸を合わせる。

 

 火神の右腕に、炎が集まる。

 

 大きすぎない。

 

 さっきより、ずっと小さい。

 

「火神」

 

 声をかける。

 

 火神の目が、一度だけこちらへ動いた。

 

 すぐに標的へ戻る。

 

「傷」

 

 外殻の上。

 

 細い線が近づく。

 

 火神の呼吸が止まる。

 

「次に来たら、やれ」

 

 傷が正面を通る。

 

 その直後。

 

 赤い核が見えた。

 

「今」

 

 炎が走る。

 

 外殻の隙間を抜けた。

 

 核の中心へ当たる。

 

 一瞬。

 

 音が消えたように感じた。

 

 次の瞬間。

 

 赤い核が内側から砕けた。

 

 外殻は回転したまま。

 

 傷一つ増えていない。

 

「成功!」

 

 澪の声。

 

「核を完全破壊。外殻への接触なし!」

 

 火神の一撃は成功した。

 

 俺の声を聞いて。

 

 迷わず動いて。

 

 狙ったとおりに。

 

 その条件が、全部揃った。

 

 ◇

 

 火神の目が、大きく見開かれる。

 

 息を呑む。

 

 それから。

 

 笑った。

 

「……っ」

 

 声にならない息が漏れる。

 

 右手で胸元を押さえる。

 

 肩が大きく上下していた。

 

 能力を使った疲れは消えていない。

 

 呼吸も苦しい。

 

 右肩には、炎を撃ったあとの鈍い痛みが残っているはずだ。

 

 それでも。

 

 火神は笑っていた。

 

 止めようとしても、止まらないように。

 

「はは……」

 

 火神が自分の手を見る。

 

「何だ、これ」

 

「朱音?」

 

 澪が近づこうとする。

 

「大丈夫!」

 

 火神がすぐに答える。

 

「大丈夫。違う。すげえ……」

 

 言葉がまとまらない。

 

 視線が、砕けた核と自分の右手を何度も行き来する。

 

 火神の反応は、置いておいた言葉どおりだった。

 

 成功した瞬間の音。

 

 砕けた核の赤。

 

 炎の残光。

 

 自分の呼吸。

 

 その全部が、成功という感覚へつながっている。

 

 視線と笑い方を見る限り、暗示は狙いどおりに働いていた。

 

 身体は疲れている。

 

 肩も痛い。

 

 なのに。

 

 胸の奥から、浮き上がるような高揚が溢れてくる。

 

 能力を使ったあとの熱まで。

 

 今だけは、成功の余韻として心地よく感じる。

 

 痛みを快感へ変えたわけではない。

 

 疲れを消したわけでもない。

 

 成功したという本物の達成感だけを。

 

 普通なら届かないところまで、大きくした。

 

「火神」

 

 呼ぶ。

 

 火神がこちらを向いた。

 

 頬が赤い。

 

 目が輝いている。

 

「当たったな」

 

「ああ!」

 

 返事が大きい。

 

「当たった。見たか? 外殻、触ってない!」

 

「見てた」

 

「七割で足りた! 傷を見たら、全部分かった!」

 

「うん」

 

「音が、すげえ綺麗に聞こえて。身体はきついのに、頭の中が一気に軽くなって。成功したって感じが、全部吹き飛ばすくらい気持ちよくて」

 

 火神が笑う。

 

「最高だった」

 

 一度。

 

 息を吸う。

 

「本当に、最高だった!」

 

 天城が砕けた標的を見る。

 

「きれいに中心だ。すごいな、火神」

 

「だろ!」

 

「でも、少し座った方がいい。息が上がってる」

 

「分かってる。でも、ちょっと待って」

 

 火神はまだ立っていた。

 

 今の感覚を、少しでも長く残そうとしているようだった。

 

 澪が記録端末を確認する。

 

「出力は前回の七十二パーセント。外殻への接触は本当にゼロよ」

 

「七割って言っただろ」

 

「二パーセント多いわよ」

 

「誤差だ!」

 

「あなたの場合、その誤差が壁を壊すの!」

 

 火神が声を上げて笑った。

 

 いつもの笑い方より、ずっと大きい。

 

 澪も天城も。

 

 難しい課題に成功したから、興奮しているのだと思っている。

 

 間違ってはいない。

 

 成功したのは事実だ。

 

 喜ぶ理由もある。

 

 違うのは。

 

 その強さだけだった。

 

 ◇

 

 火神がようやく長椅子へ座る。

 

 水を飲む。

 

 それでも、笑顔は消えなかった。

 

「相良」

 

「ん?」

 

「今の指示、よかった」

 

「傷?」

 

「それも。声が聞こえたら、本当にそこしか見えなくなった」

 

「周りは見えてた?」

 

「見えてたよ。危ない音も分かった」

 

「ならいい」

 

「でも、余計なものだけ消えた。撃つ瞬間も迷わなかった」

 

 火神が右手を握る。

 

「あれなら、もっと難しいのもいける」

 

「今日は終わり」

 

 澪が先に言う。

 

「分かってるって」

 

「本当に?」

 

「今日はな」

 

「今日は?」

 

「明日ならいいだろ」

 

「肩の状態を見てからよ」

 

「大丈夫だって」

 

「今、自分で痛いって言ってたでしょう」

 

「痛いけど動く!」

 

「駄目!」

 

 火神と澪が言い合う。

 

 天城が間に入る。

 

 いつもの三人。

 

 いつもの訓練後に見える。

 

 火神自身も。

 

 今日の調子がよかっただけだと思っているように見える。

 

 俺の指示と、自分の集中がうまく噛み合った。

 

 最高の一撃を出したから。

 

 今までで一番強く喜んだ。

 

 それだけだと。

 

 ◇

 

 標的は本物。

 

 火神の一撃も本物。

 

 成功も本物。

 

 今回、新しく手を加えたのは。

 

 そのあとに生まれた感情の大きさだけだった。

 

 何もないところに作るより。

 

 すでにあるものを広げる方が、ずっと深く届く。

 

「相良!」

 

 火神が長椅子から呼ぶ。

 

「何?」

 

「次も見ろよ!」

 

「まだやるの?」

 

「今日はやらねえよ。次だよ」

 

「分かった」

 

「絶対だからな」

 

「うん」

 

 火神が満足そうに笑う。

 

 さっきの高揚は、少しずつ薄れている。

 

 痛みと疲れは、そのまま残っている。

 

 それでも。

 

 火神の中には、もう記憶が残った。

 

 今までで一番気持ちよく勝てた瞬間。

 

 その直前に。

 

 何が聞こえていたのかも。

 

 次に同じ感覚を求めたとき。

 

 火神が探すものは。

 

 勝てる相手だけではなくなる。

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