最低ランク《鎮静》の俺、その正体は催眠能力者 ――勇者のヒロインを静かに奪う   作:催眠スキ

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第二十六話 もう一回

 もう一回。

 

 昨日から。

 

 何度も同じ言葉が、頭に浮かんでいた。

 

 もう一度。

 

 あの感覚を味わいたい。

 

 ◇

 

 朝。

 

 教室へ入る。

 

「おはよう」

 

 返事をしながら、自分の席へ向かう。

 

 鞄を置く。

 

 斜め後ろを見る。

 

 相良は、まだ来ていなかった。

 

「澪」

 

「何?」

 

 澪が教科書を出しながら顔を上げる。

 

「相良は?」

 

「まだ来てないわよ」

 

「珍しいな」

 

「そう?」

 

「いつも眠そうなくせに、来るのは早いだろ」

 

「教室で寝るためでしょう」

 

「寮で寝てくればいいのに」

 

「私に言われても知らないわよ」

 

 澪が少し笑う。

 

 昨日。

 

 相良に言われたとおりに撃った。

 

 外殻へ触れず、核だけを壊した。

 

 音が澄んで。

 

 炎の熱も。

 

 身体の疲れも。

 

 全部が、成功したという感覚へつながった。

 

 最高だった。

 

 今まで、訓練で何度も成功してきた。

 

 蓮に勝ったこともある。

 

 それでも。

 

 昨日ほど気持ちよかったことはなかった。

 

「朱音」

 

「ん?」

 

「相良に何か用?」

 

「今日の訓練、見てもらおうと思って」

 

「昨日も見てもらったでしょう」

 

「昨日できたなら、今日もできるか確かめたいんだよ」

 

「肩は?」

 

「もう平気」

 

「本当に?」

 

「動くし、痛くねえよ」

 

 腕を回してみせる。

 

 澪は疑うように見ていたけど、何も言わなかった。

 

 教室の扉が開く。

 

 相良が入ってきた。

 

「おはよう」

 

「相良!」

 

 声をかけると、相良がこちらを見る。

 

「何?」

 

「今日の放課後、空いてる?」

 

「たぶん」

 

「訓練、付き合えよ」

 

「天城と九条は?」

 

「蓮は生徒会の手伝い。澪は委員会だろ?」

 

「ええ」

 

 澪が答える。

 

「だから相良だけ」

 

「俺だけ?」

 

「昨日みたいに、見てればいいから」

 

 言ってから。

 

 少し違うと思った。

 

 見ているだけではない。

 

 相良の声があると、見るべき場所が分かる。

 

 撃つ瞬間に迷わなくなる。

 

「指示も出せよ」

 

「分かった」

 

「第三訓練室、取ってあるから」

 

「もう取ったの?」

 

「昨日のうちに」

 

 相良が少しだけ目を細める。

 

「楽しみにしてた?」

 

「練習熱心って言えよ」

 

「火神らしいな」

 

「どういう意味だよ」

 

「褒めてる」

 

「ならいいけど」

 

 相良が自分の席へ座る。

 

 澪が、あたしを見る。

 

「何だよ」

 

「別に」

 

「その顔、何かあるだろ」

 

「無理はしないでね」

 

「分かってるって」

 

 ◇

 

 放課後。

 

 第二訓練区画の第三訓練室。

 

 扉の使用中表示が点灯している。

 

 予約したのは、最後の時間だった。

 

 終了まで、他の生徒は入ってこない。

 

 訓練区域には、五つの小さな標的が並んでいた。

 

 昨日の回転標的より小さい。

 

 一つずつ、中心の色が違う。

 

「これ、どうするんだ?」

 

 操作台の前にいる相良へ聞く。

 

「指定した色に光った標的だけ撃つ」

 

「他は?」

 

「撃ったら失敗」

 

「面倒だな」

 

「火神向け」

 

「澪と同じこと言うなよ」

 

 相良が小さく笑う。

 

「最初は二つのうち、一つ」

 

「簡単すぎない?」

 

「成功したら、標的も当てる数も増やす」

 

「最初から五つでいい」

 

「昨日、最初に失敗したけど」

 

「あれは狙いが少しずれただけだろ」

 

「だから、今日は二つから」

 

「分かったよ」

 

 開始位置へ立つ。

 

 相良は操作台から出て、訓練区域の外側へ移動した。

 

「火神」

 

「ん?」

 

「始める前に、呼吸を合わせるよ」

 

「また鎮静?」

 

「少しだけ」

 

「じゃあ頼む」

 

 前にも、それで呼吸が楽になった。

 

 断る理由はなかった。

 

「ゆっくり吸って」

 

 相良の声に合わせて息を吸う。

 

「吐いて」

 

 長く吐く。

 

 肩から余計な力が抜けた。

 

「俺の声が聞こえたら、見るべきものが自然に分かる」

 

「うん」

 

「成功した感覚は、すぐには消えない」

 

 相良の声だけが、近くに聞こえる。

 

「俺が『良い』と言えば、その感覚ははっきり残る」

 

「良いって言えば、残る」

 

「俺が『次』と言えば、その感覚を残したまま次へ進める」

 

「残ったまま、次へ」

 

「次も成功すれば、前の達成感と重なって、もっと大きくなる」

 

「もっと大きくなる」

 

「疲れも痛みも分かる。危ないと思ったら止まれる」

 

「分かる。止まれる」

 

「終わり」

 

 一度、瞬きをする。

 

 訓練室は、何も変わっていなかった。

 

「どう?」

 

「ちょっと落ち着いた」

 

「なら始めよう」

 

「おう」

 

 ◇

 

 一回目。

 

 二つの標的が、交互に光る。

 

 青。

 

 赤。

 

 撃つのは赤だけ。

 

「右」

 

 相良の声。

 

 右側の標的が赤く光る。

 

 小さく炎を撃つ。

 

 命中。

 

 標的が止まった。

 

〈成功〉

 

 機械の音声が流れる。

 

「良いね」

 

 相良が言った。

 

 胸の奥が、ふっと軽くなる。

 

 昨日の感覚よりは小さい。

 

 それでも。

 

 狙った場所へ当てた手応えが、いつもよりはっきり残った。

 

「次」

 

 相良が標的を一つ増やす。

 

「今度は三つ?」

 

「順番も変わる」

 

「いいぜ」

 

 二回目。

 

 三つの標的が動き出す。

 

 上下左右へ滑りながら、色が変わる。

 

 撃つのは青。

 

 一つ目。

 

 中心。

 

 二つ目。

 

 少し遅れる。

 

「上」

 

 相良の声に、視線が引かれる。

 

 上へ移動した標的が青く変わった。

 

 撃つ。

 

 中心。

 

 最後の一つが、他の標的の後ろへ隠れる。

 

「後ろから出る」

 

 炎を集める。

 

 標的が見えた。

 

 撃つ。

 

 青い中心だけが砕ける。

 

〈成功〉

 

「良い」

 

 相良の声が聞こえた瞬間。

 

 さっき残っていた手応えが、もう一度大きくなった。

 

 胸が熱い。

 

 もっと難しいものへ挑みたくなる。

 

「次」

 

「早くしろ」

 

 自分から言っていた。

 

 相良は何も言わず、標的を四つへ増やした。

 

 ◇

 

 三回目。

 

 指定されたのは、黄色。

 

 四つの標的が、不規則に上下する。

 

 色が変わる間隔も短い。

 

 一つ目。

 

 二つ目。

 

 続けて当てる。

 

 三つ目を撃とうとした瞬間。

 

「違う」

 

 相良の声。

 

 指を止める。

 

 標的は、撃つ直前に緑へ変わっていた。

 

「危ねえ」

 

「左奥から来る」

 

 見る。

 

 左奥の標的が、黄色へ変わる。

 

 炎を撃つ。

 

 中心に当たる。

 

 最後。

 

 二つが、ほとんど同時に黄色へ変わった。

 

「手前」

 

 迷わず撃つ。

 

 手前の標的だけが砕けた。

 

 直後、奥の標的は赤へ変わった。

 

〈成功〉

 

「良いね」

 

 身体の奥で、何かが跳ねた。

 

 一回目の手応え。

 

 二回目の熱。

 

 今の成功。

 

 三つが消えずに残っている。

 

 重なって。

 

 大きくなっていく。

 

「ははっ」

 

 笑いが漏れた。

 

 呼吸は少し速い。

 

 右腕にも、能力を続けて使った重さがある。

 

 分かっている。

 

 それでも。

 

 止まりたくなかった。

 

「次!」

 

「少し休む?」

 

「いらねえ。まだいける」

 

「肩は?」

 

「重いだけ。痛くはない」

 

 相良がこちらを見る。

 

 顔ではなく、呼吸と右腕を見ている。

 

「次。あと一回」

 

「五つだな」

 

「最後は難しくする」

 

「その方がいい」

 

 ◇

 

 五つの標的が並ぶ。

 

 今度は色だけではない。

 

 中心に出る数字と、周囲の色。

 

 指定された組み合わせだけを撃つ。

 

「赤の三」

 

 相良が言う。

 

「分かった」

 

「制限時間は十秒、一つでも外したら失敗」

 

「外さねえよ」

 

 開始位置へ立つ。

 

 胸の奥に、これまでの達成感が残っている。

 

 次に成功すれば。

 

 もっと大きくなる。

 

 そう思うだけで。

 

 身体の内側が熱くなった。

 

「始めるよ」

 

「来い」

 

 標的が動き出す。

 

 色が変わる。

 

 数字も変わる。

 

 赤の一。

 

 青の三。

 

 違う。

 

 撃たない。

 

 残り七秒。

 

 標的が交差する。

 

「右奥見といて」

 

 相良の声。

 

 視線を移す。

 

 右奥。

 

 赤。

 

 数字は二。

 

 まだ違う。

 

 残り五秒。

 

 二つの標的が重なる。

 

「後ろから出る」

 

 炎を集める。

 

 手前の標的が下へ動く。

 

 その後ろ。

 

 赤の三。

 

「今」

 

 撃つ。

 

 炎が、二つの標的の隙間を抜ける。

 

 中心の数字へ当たった。

 

 数字が砕ける。

 

 他の標的は、どれも傷ついていない。

 

〈成功〉

 

 機械の声。

 

 その直後。

 

「良い」

 

 相良の声が聞こえた。

 

 ◇

 

 胸の奥で重なっていたものが、一気に弾けた。

 

「……っ!」

 

 息を呑む。

 

 砕けた数字が、床へ落ちる音。

 

 炎の残った匂い。

 

 速くなった自分の鼓動。

 

 全部が、成功したという感覚へ変わっていく。

 

 一回目。

 

 二回目。

 

 三回目。

 

 それまでの成功まで、今の一撃へ集まってくる。

 

 昨日より。

 

 ずっと大きい。

 

「ははっ……!」

 

 笑いが止まらない。

 

 腕は重い。

 

 呼吸も苦しい。

 

 額から汗が落ちる。

 

 それなのに。

 

 頭の中だけは、何もかもが軽かった。

 

 じっとしていられなかった。

 

 走り出したい。

 

 叫びたい。

 

 次の標的を壊したい。

 

 今なら。

 

 もっと難しいものでも当てられる。

 

 そんな気がした。

 

「火神」

 

 相良が呼ぶ。

 

 振り返る。

 

「できたな」

 

「ああ!」

 

 声が勝手に大きくなる。

 

「見たか? 二つの間、抜いたぞ!」

 

「見てた」

 

「一個も触ってない!」

 

「うん。出力も合ってた」

 

「だろ!」

 

 相良が見ていた。

 

 全部。

 

 最初から最後まで。

 

 自分でも気づかなかった出力まで。

 

 胸の奥の高揚が、また少し強くなる。

 

「最高だ……」

 

 口に出すと。

 

 昨日と同じ言葉なのに、意味が違って聞こえた。

 

「相良」

 

「何?」

 

「もう一回」

 

「終わり」

 

「まだ時間あるだろ」

 

「火神の右腕が限界」

 

「まだ動く」

 

「動くのと、続けていいのは別」

 

「あと一回だけ」

 

 相良が首を振る。

 

「今日は終わり」

 

「何だよ。今ならもっといける」

 

「今だから止める」

 

 言われて。

 

 自分の右手を見る。

 

 指先が少し震えていた。

 

 握ろうとすると、前腕に鈍い痛みが走る。

 

 痛い。

 

 疲れている。

 

 それは、ちゃんと分かる。

 

 続ければ、次は出力を抑えきれないかもしれない。

 

 それも分かった。

 

 でも。

 

 やめたくなかった。

 

「……分かったよ」

 

 長椅子へ座る。

 

 相良が水を持ってくる。

 

「飲んで」

 

「分かってる」

 

 受け取って、一気に半分ほど飲む。

 

 高揚は、まだ胸の奥に残っていた。

 

 少しずつ薄くなっている。

 

 それが。

 

 もったいないと思った。

 

「相良」

 

「ん?」

 

「次、いつ空いてる?」

 

「またやるの?」

 

「当たり前だろ」

 

「競技のため?」

 

「それ以外に何があるんだよ」

 

 すぐに答えた。

 

 もっと正確に撃つため。

 

 もっと強くなるため。

 

 今日より難しい課題を成功させるため。

 

 だから。

 

 もう一度、相良に見てほしい。

 

「じゃあ、また今度」

 

「絶対だからな」

 

「うん」

 

 相良が小さく笑う。

 

 帰り道でも。

 

 砕けた標的を思い出した。

 

 炎が隙間を抜けた瞬間を。

 

 成功の音を。

 

 何度も。

 

 でも。

 

 一番はっきり残っていたのは。

 

 標的の色でも。

 

 炎の熱でもなかった。

 

 成功した直後に聞こえた。

 

 相良の。

 

 短い声だった。

 

 良い。

 

 その一言を思い出すたび。

 

 薄くなったはずの熱が。

 

 胸の奥で。

 

 ほんの少しだけ戻ってきた。

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