最低ランク《鎮静》の俺、その正体は催眠能力者 ――勇者のヒロインを静かに奪う   作:催眠スキ

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閑話 再生

 恋人の澪と過ごす時間が、好きだ。

 

 隣で同じ本を読んで、時々、感想を話す。

 

 手を伸ばせば、澪に触れられる。

 

 そういう時間が、俺は好きだ。

 

 ◇

 

 数日後の休日。

 

 澪と二人で、駅前のネットカフェへ来た。

 

 取ったのは、二人用のフルフラット個室。

 

 扉を閉めると店内の音が遠くなり、低い机とパソコン、二人で座っても余裕のあるマットだけが残った。

 

 澪は靴を脱いで上がり、壁側へ座る。

 

 今日の澪は、前と同じ大胆な服装だった。

 

 淡い青の短いトップス、両肩が大きく出て、丈が短く、座っただけで白い腹とへそが見える。

 

 黒いスカートは普段よりかなり短く、太ももがほとんど露出している。

 

 膝の上には、今日、書店で買ったばかりの本。

 

 俺も隣へ座り、同じ本を開いた。

 

「同じ速さで読むのよ」

 

「難しい」

 

「まだ開いてもいないでしょう」

 

「澪の方が早いから」

 

「追いつきなさいよ」

 

「待ってくれない?」

 

「同じところまで読んだら待つわ」

 

「じゃあ、先に読んで」

 

「それじゃ同じ速さにならないでしょう!」

 

 澪がほんの少し、俺の方へ近づく。

 

 肩が触れた。

 

 短いトップスの裾が上がり、白い腰の線がはっきりと見えた。

 

「ちゃんと読んでるか、見てるから」

 

「本を?」

 

「あなたをよ」

 

「じゃあ、読まないと」

 

「当たり前でしょう」

 

 澪が本を開く。

 

 俺も、最初のページを開いた。

 

 ◇

 

 しばらく、個室にはページをめくる音だけが続いた。

 

 澪は読むのが早い。

 

 俺が一つ目の章を読み終える前に、次の章へ進んでいた。

 

「澪」

 

「何?」

 

「待ってる?」

 

「待ってるわよ」

 

「ページ、進んでるけど」

 

「ここまでは前に読んだことがあるから」

 

「先に言って」

 

「聞かなかったでしょう」

 

「ずるい」

 

「何がよ」

 

 澪が笑う。

 

 本の上で、指が止まった。

 

「透は、どこが気になった?」

 

「最初の女の人」

 

「ええ」

 

「外に出たいって言ってるけど、本当は出たくない」

 

「どうしてそう思うの?」

 

「扉を開ける前に、必ず後ろを見てるから」

 

 澪が少し考える。

 

「……そうかもしれないわね」

 

「違う?」

 

「まだ言わない」

 

「当たってる顔」

 

「してないわよ」

 

「してる」

 

「続きを読めば分かるわ」

 

 澪が本へ視線を戻す。

 

 俺もページを見た。

 

 俺は、しばらくその横顔を見ていた。

 

 それからページへ戻り、右手を上げた。

 

 指を鳴らす。

 

「水泳の授業」

 

 澪がすぐに本を閉じた。

 

 栞を挿まず、低い机の端へ置く。

 

 表情は変わらない。

 

 ただ、今まで本を読んでいたことだけを忘れたように、マットの中央へ移動した。

 

 膝をつき、両手をマットへついて、うつ伏せになる。

 

 短いトップスが、うつ伏せの姿勢でさらに上へずれ上がる。

 

 白い背中と、ブラジャーのホックが見えた。

 

 豊かな胸が、マットに押し潰されるように沈んでいる。

 

 短いスカートは、尻の丸みをほとんど覆いきれず、黒い下着の端がわずかに覗いていた。

 

 大胆な私服のまま。

 

 水も、プールもない。

 

 澪は何の疑問も持たなかった。

 

「クロール」

 

 右腕が前へ伸びる。

 

 指先から水に入るように手のひらの向きを変え、存在しない水を胸の下へ引き込む。

 

 右手が太腿の横までかき切る間、左腕は前方へ伸びていた。

 

 次に左腕が水をかき始め、右腕は肩の横から前へ戻る。

 

 両脚は膝を大きく曲げず、右、左と小刻みに上下する。

 

 マットの上で、泳ぎの基本どおりにバタ足を続けた。

 

 短いスカートが、脚の動きでさらにめくれ上がる。

 

 黒い下着が、はっきりと見える。

 

 澪の視線は、何もないマットの先を見ている。

 

 そこに、泳ぐべきレーンが延びているように。

 

 左腕が後ろへ水を押し、マットから離れる。

 

 伸びたままの右腕の横で、澪の顔が左へ向いた。

 

 口が開く。

 

 存在しない水面から、短く息を吸いかける。

 

「停止」

 

 澪の動きが止まった。

 

 右腕は前へ伸び、左腕は後ろへ抜けかけたまま。

 

 顔だけが左を向き、口は息継ぎの形に開いていた。

 

 少し寄った眉。

 

 真横の水面を捕らえるように据えられた目。

 

 開いた口元に、笑いも戸惑いもない。

 

 次の一かきへつなげようとする、水泳の授業中の真剣な顔だった。

 

 その顔と四肢は止まっている。

 

 胸だけが、自然な呼吸で小さく上下していた。

 

 短いトップスの下で、マットに押しつけられた胸の形が、呼吸のたびにわずかに動く。

 

 俺は机の上からカップを取り、飲み物を一口飲んだ。

 

 それから本を持ち上げ、次の数行を読む。

 

 視界の端には、息継ぎの瞬間で止まった澪がいた。

 

 段落の終わりまで読み、顔を上げる。

 

 俺は立ち上がり、澪の傍へ寄った。

 

 止まったままの身体を、上から見下ろす。

 

 短いスカートがめくれ、黒い下着が完全に露わになっている。

 

 太ももの内側まで、白い肌が続いている。

 

 俺は膝をつき、澪の横顔を覗き込んだ。

 

 開いた唇の内側が、わずかに濡れている。

 

 次に、伸びた右腕の下へ視線を落とす。

 

 トップスの裾を、指先でそっと上へまくり上げる。

 

 ブラジャーに包まれた胸の膨らみが、マットに押し潰されて横に広がっているのが、はっきりと見えた。

 

 豊かな曲線が、布の下で息をするたびにゆっくりと動いている。

 

 俺はスカートの裾も、少しだけまくり上げた。

 

 黒い下着の生地が、尻の丸みをしっかりと包んでいる。

 

 下着の縁から、白い肌がわずかに覗いている。

 

 澪の表情は変わらない。

 

 息だけが、静かに続いている。

 

「再生」

 

 澪の身体が、止まった瞬間から動き始めた。

 

 開いていた口から短く息を吸い終える。

 

 顔をマットすれすれへ戻し、息を吐きながら次の腕を前へ伸ばす。

 

 脚も前と同じ速さで上下し始めた。

 

 途中からでも、リズムは崩れない。

 

 止められていた時間は、澪の中には最初から存在していない。

 

 ◇

 

 今日、この個室で新しく暗示を入れたわけではない。

 

 澪と二人きりになれる時間を使って、短い言葉を一つずつ沈めておいた。

 

 俺が指を鳴らして「水泳の授業」と言えば、授業が始まる。

 

 泳法の名前を言えば、澪の身体は授業で覚えたその泳ぎへ切り替わる。

 

 服も、床も、周りに水がないことも、泳ぎをやめる理由にはならない。

 

 「停止」と「再生」で、呼吸を妨げないまま、授業は止まり、また動き出す。

 

 最後に「授業終了」と言えば、指を鳴らされた瞬間から終わりまでの記憶が消える。

 

 前後の時間は自然につながり、澪は何かを忘れたとも思わない。

 

 澪が気づかないのは、この場所で泳ぎ、俺の言葉で止められることの異常さだった。

 

 ◇

 

「平泳ぎ」

 

 澪のクロールが止まり、両腕が前へそろえられる。

 

 うつ伏せのまま、身体が新しい泳法の始まりへ自然に組み直された。

 

 そろった両手が左右へ開き、存在しない水を抱え込むように胸元へ引き寄せる。

 

 その動きに合わせて顔を上げ、口から息を吸った。

 

 短いトップスがさらにずれ、ブラジャーの縁が完全に見えた。

 

 両腕を再び前へ伸ばすと、顔をマットすれすれへ戻し、細く息を吐く。

 

 同時に、両脚のかかとが後ろへ引き寄せられ、膝が左右へ開く。

 

 足先を外側へ向け、足の裏で水を後方へ押すように、両脚が外側から後ろへ弧を描いた。

 

 最後に脚を内側へ閉じ、まっすぐそろえる。

 

 短いスカートが、大きく開いた脚の動きで完全にめくれ上がる。

 

 黒い下着が、両脚の付け根まで露わになった。

 

 丸いお尻の膨らみが、下着の生地を押し上げるように浮かび上がっている。

 

 脚を開いた瞬間、尻の谷間がわずかに深く見える。

 

 両腕が開く。

 

 顔が上がる。

 

 息を吸う。

 

 腕と顔が前へ戻り、脚が水を後ろへ蹴る。

 

 澪は同じ動きを、真剣に繰り返した。

 

 次の一かきで、両腕を前へ伸ばし、顔をマット側へ戻す。

 

 かかとが後ろへ引き寄せられ、膝と足先が外側へ開いた。

 

「停止」

 

 澪が、次の一蹴りの直前で止まった。

 

 両腕は前へ伸び、かかとは後ろへ引き寄せられている。

 

 膝は左右へ開いたまま。

 

 顔は呼吸を妨げないよう、わずかに横を向いていた。

 

 姿勢は止まっていても、息は普通に続いている。

 

 開いた両脚の間から、黒い下着に包まれたお尻の形が、はっきりと見えた。

 

 丸く張りのある尻が、下着の生地を両側から押し広げている。

 

 谷間の線が、脚の開き方に合わせてわずかに深く沈んでいる。

 

 俺はスカートの裾を、さらに上へまくり上げた。

 

 下着の生地が、お尻の丸みをぴたりと張り付くように包んでいるのが、間近で見えた。

 

 次に、前へ伸びた腕の下へ視線を落とす。

 

 トップスの裾を、ゆっくりとまくり上げる。

 

 ブラジャーに包まれた胸が、マットに押しつけられて形を変えている。

 

 豊かな膨らみが、布の下で息をするたびにわずかに上下している。

 

 澪の真剣な表情は、何一つ変わらない。

 

「再生」

 

 止まっていた脚が、後ろへ弧を描いて水を蹴る。

 

 両脚がそろい、腕が再び開く。

 

 顔を上げて息を吸った。

 

 一度も迷わず、同じ平泳ぎを続ける。

 

 澪にとっては、今も授業の途中だった。

 

 俺にとっては、再生して、止めて、また再生しただけだった。

 

 ◇

 

 平泳ぎを、あと二回だけ繰り返させた。

 

「授業終了」

 

 澪の動きが止まる。

 

 数秒後、両手をマットへつき、ゆっくり身体を起こした。

 

 元の場所へ戻り、机の端に置いた本を取る。

 

 栞のない本を開いた指先が、さっき読んでいた行を自然に捕らえた。

 

 短いトップスの裾が、元の位置より少し上にずれたままだった。

 

 白い腹が、まだ露わになっている。

 

 澪の中では、本を閉じていない。

 

 泳いでも、止まってもいない。

 

 俺と話した後、そのまま本へ戻っただけだった。

 

「透」

 

「ん?」

 

「さっきの話だけど」

 

「うん」

 

「やっぱり、あの人は外へ出たいわけじゃないと思う」

 

「どうして?」

 

「戻る場所が残っているか、確かめているんじゃないかしら」

 

「戻りたい?」

 

「戻れると分かっていたいのよ」

 

「そっか」

 

 澪が少し得意そうにページをめくる。

 

 呼吸は普段どおり。

 

 髪がほんの少し乱れているが、澪はそれにも気づかない。

 

 何分間かの記憶がないことにも、気づかなかった。

 

 その上、すぐに俺の肩へ寄ってくる。

 

 短いトップスの胸元が、俺の腕に柔らかく当たった。

 

「また読んでないでしょう」

 

「読んでた」

 

「どこまで?」

 

「最初の章、もう少し」

 

「まだそこなの?」

 

「澪が待っててくれたから、急がなかった」

 

「ちゃんと待ってたでしょう?」

 

「うん。ずっと」

 

「なら、少しは信用しなさい」

 

 そう言いながら、澪は俺の肩から離れない。

 

 俺は澪の手へ自分の手を重ねた。

 

 澪が指を絡めてくる。

 

 恋人として、澪が好きだ。

 

 一緒に本を読む時間も、触れてくる手も、俺の肩へ寄る距離も。

 

 全部、好きだ。

 

 それと、指を鳴らせば澪を泳がせられることは、俺の中で矛盾していなかった。

 

 澪が覚えているのは、二人で本を読み、同じ人物について話し、俺の肩へ寄って手をつないだことだけ。

 

 間にあった時間は。

 

 俺が止めて。

 

 俺が再生して。

 

 最後に。

 

 消した。

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