最低ランク《鎮静》の俺、その正体は催眠能力者 ――勇者のヒロインを静かに奪う 作:催眠スキ
可愛い。
相良は、そう言った。
能力が強いとか。
動きがいいとか。
そういう話ではなく。
あたしを見て。
◇
数日後の日曜日。
駅前で待ち合わせをしていた。
夏季能力競技の短期合宿に向けて、足りないものを買いに行くことになったからだ。
澪が作った一覧には、冷却用品、救急用品、予備の訓練用手袋、飲み物を入れる容器まで細かく書かれていた。
あたしが駅前へ着いたときには、澪と蓮と相良がもうそろっていた。
「悪い。待った?」
「まだ時間前よ」
澪が答える。
「朱音が最後なのは珍しいな」
蓮が笑った。
「遅れてねえだろ」
「言ってないよ」
「その顔が言ってる」
「どんな顔だよ」
蓮と言い合いながら、三人の前まで歩く。
今日は制服でも、訓練服でもない。
白いノースリーブの上に、深い赤の薄手のシャツを羽織っていた。前は留めず、下は動きやすい黒のショートパンツとスニーカー。
買い物くらいなら、これで十分だと思って選んだ服だった。
「朱音、その服似合ってるわね」
澪が言う。
「そうか?」
「ええ。あなたらしいわ」
「動きやすいからな」
「結局そこなのね」
澪が少し笑う。
その隣で、相良は何も言わず、さっきからあたしを見ていた。
「相良」
「何?」
「何見てんだよ」
「火神」
「それは分かってる」
「服」
「変か?」
「変じゃない」
相良の視線が、もう一度あたしの服へ向く。
「似合ってる」
「……そうかよ」
「うん」
それだけ言って、相良はいつもの顔へ戻った。
澪に言われたときは、普通に嬉しかった。相良に同じことを言われただけなのに、なぜかすぐに同じ返事ができなかった。
「行きましょう」
澪が先に歩き出す。
蓮がそのあとへ続く。
あたしも歩き出そうとして、もう一度だけ自分の服を見た。
さっきまでと、何も変わっていない。
◇
駅ビルの大きなスポーツ用品店。
澪が一覧を見ながら、買うものを読み上げる。
「冷却タオルが四枚。固定用のテープが二種類。携帯用の冷却材と、予備の手袋」
「肉は?」
「合宿の買い物でしょう!」
「食事は大事だろ」
「ここには売ってないわよ」
「じゃあ、あとで」
「まだ買うつもりなの?」
「食う分だよ!」
蓮が買い物籠を取る。
「二手に分かれた方が早いな」
「そうね。私と蓮で救急用品と飲み物用のボトルを見るわ。朱音は冷却用品と手袋、固定用のテープをお願い」
「分かった」
「透は朱音を手伝って」
「うん」
澪は透へ一覧の半分を渡した。
「勝手に増やさないでね」
「火神に言って」
「あたしが増やす前提かよ」
「さっき肉を追加しようとしてた」
「必要だろ」
「必要ない」
相良が買い物籠を持って歩き出す。
「置いてくなよ」
「ついてきて」
「何で相良が案内してんだ」
「冷却用品、こっち」
本当に売り場の表示を見つけていた。
仕方なく、その隣へ並ぶ。
◇
冷却タオルは、同じ商品でも青、黒、白、赤と色がいくつもあった。
「これでいいだろ」
赤を四枚まとめて取る。
「全員、赤?」
「強そうじゃん」
「澪は嫌がりそう」
「何でだよ。目立つだろ」
「それが嫌なんじゃない?」
「じゃあ、澪は白」
「天城は?」
「青」
「俺は?」
「黒でいいだろ」
「火神は赤?」
「当たり前だ」
四枚を籠へ入れる。
そのまま、携帯用の冷却材も必要な数だけ籠へ入れた。
相良が、赤いタオルとあたしを見比べた。
「何だよ」
「火神は赤が似合う」
「能力が炎だからだろ」
「それもある」
「ならいい」
赤い冷却タオルを相良の持つ籠へ押し込み、次の売り場へ向かった。
◇
訓練用手袋を選び、固定用のテープも籠へ入れた。
一覧にあったものは、これでほとんどそろった。
澪たちとの待ち合わせまでは、まだ少し時間がある。
「他にいるものある?」
相良が聞く。
「予備の髪留め」
「一覧にない」
「自分で使うんだよ」
「勝手に増やした」
「これは自分で払う!」
「ならいいけど」
小物の売り場へ移る。
運動用の髪留めが、壁一面に並んでいた。
いつも使っている黒いものへ手を伸ばす。その隣に、飾りのない深い赤色の髪留めがあった。
少し迷ってから、赤い方を手に取る。
「赤にするの?」
「悪いかよ」
「似合うと思う」
「まだつけてねえだろ」
「これにする?」
「うん」
「相良が言ったからじゃねえぞ」
「うん」
相良は、それ以上何も言わなかった。
◇
会計を終え、店の外にある休憩場所へ向かう。
通路の壁に、大きな鏡があった。
「ちょっと持ってて」
相良へ袋を渡し、買ったばかりの髪留めを取り出す。今まで使っていた黒い髪留めを外すと、高い位置でまとめていた髪が肩より下へ落ちた。
鏡を見ながら手ぐしで整える。その間も、鏡の中で相良がこちらを見ていた。
「何だよ」
「長いなと思って」
「いつも結んでるからな」
深い赤の髪留めで、いつものように高く結び直す。色が変わっただけなのに、鏡の中の自分は少しだけいつもと違って見えた。
「どうだ?」
鏡越しに聞く。
「似合ってる」
「そればっかりだな」
「本当に似合ってるから」
相良は視線を逸らさなかった。鏡の中で目が合い、先に逸らしたのはあたしだった。
髪を結び終えると、相良から軽い袋を返された。相良は大きい袋を持っている。
「逆じゃないか?」
「何が?」
「あたしの方が力あるだろ」
「知ってる」
「なら重い方よこせよ」
「俺が持てるから大丈夫」
「無理して落とすなよ」
「落とさない」
袋を取り返そうと手を伸ばす。
相良が少しだけ腕を上げた。
「よこせって!」
「危ない」
「何がだよ!」
さらに手を伸ばす。
相良が袋を反対側へ動かす。
「逃げんな!」
「火神が取るから」
「あたしの荷物だぞ!」
「班の荷物」
「同じだ!」
何度か取り合っているうちに、先にあたしが笑った。
「何やってんだよ、あたしたち」
「荷物の取り合い」
「分かってるよ!」
相良も少し笑う。
結局、大きい袋は相良が持ったままだった。
「火神」
「何?」
「笑ってる方が可愛い」
足が止まった。
「……誰が?」
「火神」
「何でそうなるんだよ」
「笑ってたから」
「そうじゃねえ!」
周りを見る。
休憩場所には知らない人が何人かいる。
誰も、あたしたちの話なんて聞いていない。
それでも、急に声を落としたくなった。
「相良」
「何?」
「本気で言ってんのか?」
「うん」
「からかってねえ?」
「可愛いと思ったから、可愛いって言った」
「嫌なら、もう言わない」
相良は笑っていなかった。からかってもいない。嫌なら言わないと、あたしが答えるまでまっすぐこちらを見ている。
言われなくなるところを考えると、胸の奥が少しだけ落ち着かなかった。
「……嫌じゃねえよ」
「うん」
「でも、急に言うな」
「分かった」
ちょうど、澪と蓮が店から出てきた。
「二人とも、何を騒いでるの?」
「何でもねえ!」
「朱音、顔が赤いわよ」
「暑いんだよ!」
「店の中、冷房が効いてたでしょう」
「荷物持って動いたからだ!」
澪が疑うようにあたしを見る。
相良は何も言わなかった。笑ってごまかすことも、あたしが照れていたと教えることもしない。
「買い物、終わったの?」
「終わった」
相良が袋を持ち上げる。
「一覧の分だけ」
「こっちも、救急用品とボトルはそろったわ」
澪が、結び直した髪を見る。
「それ、新しいもの?」
「自分で買ったんだよ」
「似合ってるわ」
「……ありがと」
今度は、すぐに答えられた。
そのあと、あたしは少しだけ相良を見た。
相良も、赤い髪留めを見ていた。
◇
寮へ戻る道。
四人で並んで歩く。
澪と蓮が、合宿の予定について話している。
相良は少し後ろを歩いていた。
駅の窓へ映った自分を見る。動きやすい服も、勝負の邪魔にならないよう結んだ髪も、買い物へ来たときと大きくは変わっていない。
違うのは、髪留めの色だけだった。
それなのに今は、自分がどう見えているのか、少しだけ気になった。
「朱音?」
澪に呼ばれる。
「何?」
「聞いてる?」
「聞いてるよ。合宿だろ」
「本当に?」
「たぶん」
「それ、透の真似?」
「違う!」
澪が笑う。
蓮も笑った。
あたしも笑いながら、駅の窓へもう一度目を向ける。
訓練で成功したときのように身体が軽くなるわけでも、何もかもが鮮明になるわけでもない。ただ、相良に言われた言葉を思い出すたび、自分の髪や服が気になった。
相良に女の子として見られたことが。
嫌ではなかった。