最低ランク《鎮静》の俺、その正体は催眠能力者 ――勇者のヒロインを静かに奪う   作:催眠スキ

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第三十話 女の子扱い

 可愛い。

 

 相良は、そう言った。

 

 能力が強いとか。

 

 動きがいいとか。

 

 そういう話ではなく。

 

 あたしを見て。

 

 ◇

 

 数日後の日曜日。

 

 駅前で待ち合わせをしていた。

 

 夏季能力競技の短期合宿に向けて、足りないものを買いに行くことになったからだ。

 

 澪が作った一覧には、冷却用品、救急用品、予備の訓練用手袋、飲み物を入れる容器まで細かく書かれていた。

 

 あたしが駅前へ着いたときには、澪と蓮と相良がもうそろっていた。

 

「悪い。待った?」

 

「まだ時間前よ」

 

 澪が答える。

 

「朱音が最後なのは珍しいな」

 

 蓮が笑った。

 

「遅れてねえだろ」

 

「言ってないよ」

 

「その顔が言ってる」

 

「どんな顔だよ」

 

 蓮と言い合いながら、三人の前まで歩く。

 

 今日は制服でも、訓練服でもない。

 

 白いノースリーブの上に、深い赤の薄手のシャツを羽織っていた。前は留めず、下は動きやすい黒のショートパンツとスニーカー。

 

 買い物くらいなら、これで十分だと思って選んだ服だった。

 

「朱音、その服似合ってるわね」

 

 澪が言う。

 

「そうか?」

 

「ええ。あなたらしいわ」

 

「動きやすいからな」

 

「結局そこなのね」

 

 澪が少し笑う。

 

 その隣で、相良は何も言わず、さっきからあたしを見ていた。

 

「相良」

 

「何?」

 

「何見てんだよ」

 

「火神」

 

「それは分かってる」

 

「服」

 

「変か?」

 

「変じゃない」

 

 相良の視線が、もう一度あたしの服へ向く。

 

「似合ってる」

 

「……そうかよ」

 

「うん」

 

 それだけ言って、相良はいつもの顔へ戻った。

 

 澪に言われたときは、普通に嬉しかった。相良に同じことを言われただけなのに、なぜかすぐに同じ返事ができなかった。

 

「行きましょう」

 

 澪が先に歩き出す。

 

 蓮がそのあとへ続く。

 

 あたしも歩き出そうとして、もう一度だけ自分の服を見た。

 

 さっきまでと、何も変わっていない。

 

 ◇

 

 駅ビルの大きなスポーツ用品店。

 

 澪が一覧を見ながら、買うものを読み上げる。

 

「冷却タオルが四枚。固定用のテープが二種類。携帯用の冷却材と、予備の手袋」

 

「肉は?」

 

「合宿の買い物でしょう!」

 

「食事は大事だろ」

 

「ここには売ってないわよ」

 

「じゃあ、あとで」

 

「まだ買うつもりなの?」

 

「食う分だよ!」

 

 蓮が買い物籠を取る。

 

「二手に分かれた方が早いな」

 

「そうね。私と蓮で救急用品と飲み物用のボトルを見るわ。朱音は冷却用品と手袋、固定用のテープをお願い」

 

「分かった」

 

「透は朱音を手伝って」

 

「うん」

 

 澪は透へ一覧の半分を渡した。

 

「勝手に増やさないでね」

 

「火神に言って」

 

「あたしが増やす前提かよ」

 

「さっき肉を追加しようとしてた」

 

「必要だろ」

 

「必要ない」

 

 相良が買い物籠を持って歩き出す。

 

「置いてくなよ」

 

「ついてきて」

 

「何で相良が案内してんだ」

 

「冷却用品、こっち」

 

 本当に売り場の表示を見つけていた。

 

 仕方なく、その隣へ並ぶ。

 

 ◇

 

 冷却タオルは、同じ商品でも青、黒、白、赤と色がいくつもあった。

 

「これでいいだろ」

 

 赤を四枚まとめて取る。

 

「全員、赤?」

 

「強そうじゃん」

 

「澪は嫌がりそう」

 

「何でだよ。目立つだろ」

 

「それが嫌なんじゃない?」

 

「じゃあ、澪は白」

 

「天城は?」

 

「青」

 

「俺は?」

 

「黒でいいだろ」

 

「火神は赤?」

 

「当たり前だ」

 

 四枚を籠へ入れる。

 

 そのまま、携帯用の冷却材も必要な数だけ籠へ入れた。

 

 相良が、赤いタオルとあたしを見比べた。

 

「何だよ」

 

「火神は赤が似合う」

 

「能力が炎だからだろ」

 

「それもある」

 

「ならいい」

 

 赤い冷却タオルを相良の持つ籠へ押し込み、次の売り場へ向かった。

 

 ◇

 

 訓練用手袋を選び、固定用のテープも籠へ入れた。

 

 一覧にあったものは、これでほとんどそろった。

 

 澪たちとの待ち合わせまでは、まだ少し時間がある。

 

「他にいるものある?」

 

 相良が聞く。

 

「予備の髪留め」

 

「一覧にない」

 

「自分で使うんだよ」

 

「勝手に増やした」

 

「これは自分で払う!」

 

「ならいいけど」

 

 小物の売り場へ移る。

 

 運動用の髪留めが、壁一面に並んでいた。

 

 いつも使っている黒いものへ手を伸ばす。その隣に、飾りのない深い赤色の髪留めがあった。

 

 少し迷ってから、赤い方を手に取る。

 

「赤にするの?」

 

「悪いかよ」

 

「似合うと思う」

 

「まだつけてねえだろ」

 

「これにする?」

 

「うん」

 

「相良が言ったからじゃねえぞ」

 

「うん」

 

 相良は、それ以上何も言わなかった。

 

 ◇

 

 会計を終え、店の外にある休憩場所へ向かう。

 

 通路の壁に、大きな鏡があった。

 

「ちょっと持ってて」

 

 相良へ袋を渡し、買ったばかりの髪留めを取り出す。今まで使っていた黒い髪留めを外すと、高い位置でまとめていた髪が肩より下へ落ちた。

 

 鏡を見ながら手ぐしで整える。その間も、鏡の中で相良がこちらを見ていた。

 

「何だよ」

 

「長いなと思って」

 

「いつも結んでるからな」

 

 深い赤の髪留めで、いつものように高く結び直す。色が変わっただけなのに、鏡の中の自分は少しだけいつもと違って見えた。

 

「どうだ?」

 

 鏡越しに聞く。

 

「似合ってる」

 

「そればっかりだな」

 

「本当に似合ってるから」

 

 相良は視線を逸らさなかった。鏡の中で目が合い、先に逸らしたのはあたしだった。

 

 髪を結び終えると、相良から軽い袋を返された。相良は大きい袋を持っている。

 

「逆じゃないか?」

 

「何が?」

 

「あたしの方が力あるだろ」

 

「知ってる」

 

「なら重い方よこせよ」

 

「俺が持てるから大丈夫」

 

「無理して落とすなよ」

 

「落とさない」

 

 袋を取り返そうと手を伸ばす。

 

 相良が少しだけ腕を上げた。

 

「よこせって!」

 

「危ない」

 

「何がだよ!」

 

 さらに手を伸ばす。

 

 相良が袋を反対側へ動かす。

 

「逃げんな!」

 

「火神が取るから」

 

「あたしの荷物だぞ!」

 

「班の荷物」

 

「同じだ!」

 

 何度か取り合っているうちに、先にあたしが笑った。

 

「何やってんだよ、あたしたち」

 

「荷物の取り合い」

 

「分かってるよ!」

 

 相良も少し笑う。

 

 結局、大きい袋は相良が持ったままだった。

 

「火神」

 

「何?」

 

「笑ってる方が可愛い」

 

 足が止まった。

 

「……誰が?」

 

「火神」

 

「何でそうなるんだよ」

 

「笑ってたから」

 

「そうじゃねえ!」

 

 周りを見る。

 

 休憩場所には知らない人が何人かいる。

 

 誰も、あたしたちの話なんて聞いていない。

 

 それでも、急に声を落としたくなった。

 

「相良」

 

「何?」

 

「本気で言ってんのか?」

 

「うん」

 

「からかってねえ?」

 

「可愛いと思ったから、可愛いって言った」

 

「嫌なら、もう言わない」

 

 相良は笑っていなかった。からかってもいない。嫌なら言わないと、あたしが答えるまでまっすぐこちらを見ている。

 

 言われなくなるところを考えると、胸の奥が少しだけ落ち着かなかった。

 

「……嫌じゃねえよ」

 

「うん」

 

「でも、急に言うな」

 

「分かった」

 

 ちょうど、澪と蓮が店から出てきた。

 

「二人とも、何を騒いでるの?」

 

「何でもねえ!」

 

「朱音、顔が赤いわよ」

 

「暑いんだよ!」

 

「店の中、冷房が効いてたでしょう」

 

「荷物持って動いたからだ!」

 

 澪が疑うようにあたしを見る。

 

 相良は何も言わなかった。笑ってごまかすことも、あたしが照れていたと教えることもしない。

 

「買い物、終わったの?」

 

「終わった」

 

 相良が袋を持ち上げる。

 

「一覧の分だけ」

 

「こっちも、救急用品とボトルはそろったわ」

 

 澪が、結び直した髪を見る。

 

「それ、新しいもの?」

 

「自分で買ったんだよ」

 

「似合ってるわ」

 

「……ありがと」

 

 今度は、すぐに答えられた。

 

 そのあと、あたしは少しだけ相良を見た。

 

 相良も、赤い髪留めを見ていた。

 

 ◇

 

 寮へ戻る道。

 

 四人で並んで歩く。

 

 澪と蓮が、合宿の予定について話している。

 

 相良は少し後ろを歩いていた。

 

 駅の窓へ映った自分を見る。動きやすい服も、勝負の邪魔にならないよう結んだ髪も、買い物へ来たときと大きくは変わっていない。

 

 違うのは、髪留めの色だけだった。

 

 それなのに今は、自分がどう見えているのか、少しだけ気になった。

 

「朱音?」

 

 澪に呼ばれる。

 

「何?」

 

「聞いてる?」

 

「聞いてるよ。合宿だろ」

 

「本当に?」

 

「たぶん」

 

「それ、透の真似?」

 

「違う!」

 

 澪が笑う。

 

 蓮も笑った。

 

 あたしも笑いながら、駅の窓へもう一度目を向ける。

 

 訓練で成功したときのように身体が軽くなるわけでも、何もかもが鮮明になるわけでもない。ただ、相良に言われた言葉を思い出すたび、自分の髪や服が気になった。

 

 相良に女の子として見られたことが。

 

 嫌ではなかった。

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