最低ランク《鎮静》の俺、その正体は催眠能力者 ――勇者のヒロインを静かに奪う   作:催眠スキ

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第三十一話 誰を見てる

 見てほしい。

 

 少し前までは、それだけだった。

 

 相良があたしの訓練を見て、気づいたことを言う。

 

 それが分かりやすいから。

 

 次も見てほしいと思っていた。

 

 なのに。

 

 相良が見ていたのは、あたしではなかった。

 

 ◇

 

 数日後の放課後。

 

 第二訓練区画では、夏季能力競技へ出る生徒向けに訓練室が開放されていた。

 

 あたしは一時間ほど自主訓練をして、使用した標的を元へ戻したところだった。

 

 今日は相良に指示を頼んでいない。記録を取ってもらっただけで、狙う場所も撃つ瞬間も全部自分で決めた。

 

 楽しかったし、調子も悪くなかった。

 

 相良は訓練区域の外で、記録端末を確認している。

 

 片付けを終えたところで、同じ個人競技へ出る別のクラスの女子生徒に声をかけられた。名前は知らないが、何度か隣の訓練区域で炎を使っているのを見たことがある。

 

「火神さん、少しいいですか」

 

「何?」

 

「四つ目の標的だけ、いつも反応が遅れるんです。何か分かりませんか」

 

「あたしに聞くより、相良に見せた方が早いぞ」

 

「相良君?」

 

「あそこで記録見てる奴。細かいところまで見てるから」

 

 自分でそう言って、相良を呼ぶ。

 

「相良」

 

「何?」

 

「こいつの記録、見てやって」

 

「火神は?」

 

「水取ってくる」

 

「分かった」

 

 女子生徒が小さく頭を下げ、相良のところへ向かう。

 

「記録、消すなよ」

 

「消さない」

 

「変なところ押すなよ」

 

「触らない方がいい?」

 

「見てろよ!」

 

「分かった」

 

 相良の返事を聞いて、訓練室の端にある給水機へ向かった。

 

 戻ってくる途中で、相良の前に一人の女子生徒が立っていることに気づいた。

 

 女子生徒は自分の記録端末を持ち、相良の隣から画面を覗き込んでいた。

 

「ここです。四つ目だけ、いつも遅れるんです」

 

「少し戻して」

 

「この辺?」

 

「もう少し前」

 

 相良が画面を指す。

 

 女子生徒が映像を戻した。

 

 相良の目は、画面の中で動く女子生徒を追っている。

 

「三つ目を撃ったあと、右を見てる」

 

「次は左に来るのに?」

 

「うん。右の標的が下がるまで見てるから、左を見るのが遅い」

 

「あ、本当だ」

 

 女子生徒が笑う。

 

「よく分かりましたね」

 

「後ろから見ると分かる」

 

「火神さんの記録も取ってましたよね。いつも、こういうところを見てるんですか?」

 

「たぶん」

 

「すごいですね」

 

 相良は、女子生徒の画面を見たままだった。

 

 あたしが戻ってきたことにも、気づいていない。

 

 さっきまで。

 

 その目は、あたしの訓練を見ていた。

 

 今は、別の女子を見ている。

 

 それだけのことなのに。

 

 足が止まった。

 

 ◇

 

「相良」

 

 思っていたより、大きな声が出た。

 

 相良と女子生徒が同時にこちらを見る。

 

「戻ったの?」

 

「見れば分かるだろ」

 

「うん」

 

「何してんだよ」

 

「記録を見てました」

 

 女子生徒が答える。

 

「相良君、見るのが上手いから、少し教えてもらってて」

 

「ふうん」

 

「火神さんも見ますか?」

 

「別に」

 

 自分でも、感じの悪い答えだと思った。

 

 女子生徒は困ったように笑い、端末を胸元へ戻した。

 

「ごめんなさい。火神さんの記録を見てる途中でした?」

 

「そうじゃねえけど」

 

「なら、あと一つだけ聞いてもいいですか」

 

「相良に?」

 

「はい」

 

 何で。

 

 そう思った。

 

 相良は、あたしと一緒に訓練している。

 

 あたしが訓練を見ろと言った。

 

 他の奴へ助言するなと決めたわけではない。

 

 女子生徒は何も悪くない。

 

 分かっているのに、口が先に動いた。

 

「同じ競技の相手に、そんなに教えていいのかよ」

 

「え?」

 

「選考も本番もあるんだぞ」

 

 思っていたより、きつい言い方になった。相良がこちらを見ていた。

 

「火神の記録は話してない」

 

「そういう問題じゃねえよ」

 

「じゃあ、何が問題?」

 

「それは……」

 

 答えられない。

 

 女子生徒が相良とあたしを交互に見る。

 

「今日は大丈夫です。教えてくれて、ありがとうございました」

 

「もういいの?」

 

「はい。また自分で見てみます」

 

 女子生徒が頭を下げる。

 

 あたしにも、小さく会釈した。

 

 そのまま自分の訓練区域へ戻っていく。

 

 背中を見送ると、胸の奥に嫌な重さが残った。

 

 追い払いたかったわけではない。

 

 ただ。

 

 相良があの女子を見ていることが、気に入らなかった。

 

 そこまで考えて、すぐに打ち消す。

 

 違う。

 

 同じ競技の相手へ、簡単に助言するのが気になっただけだ。

 

 ◇

 

「火神」

 

「何だよ」

 

「怒ってる?」

 

「怒ってねえ」

 

「声、大きかったけど」

 

「いつも大きいだろ」

 

「それもそう」

 

「納得すんな!」

 

 相良が端末をこちらへ差し出す。

 

「火神の記録」

 

「終わったのか?」

 

「うん。後半の方が出力は安定してる」

 

「他は?」

 

「三つ目のあと、少し右を見すぎてる」

 

「……あいつと同じ?」

 

「少しだけ」

 

 また、女子生徒の話が出た。

 

 自分から聞いたのに、面白くない。

 

「比べんなよ」

 

「比べてない」

 

「同じって言っただろ」

 

「似た動きだったから」

 

「なら、先にあたしに言えよ」

 

「今言った」

 

「そういう意味じゃねえ!」

 

 相良が少し黙る。

 

 それから、あたしの顔を見た。

 

「火神」

 

「何?」

 

「俺が他の女子を見てるの、気になった?」

 

「はあ!?」

 

 声が訓練室へ響いた。

 

 近くにいた何人かが、こちらを見る。

 

「違う!」

 

「そう?」

 

「競技相手に教えるのがどうかって言ってんだよ!」

 

「火神の記録は教えてない」

 

「だから、そういう問題じゃなくて!」

 

「じゃあ、どういう問題?」

 

 また、答えられない。

 

 相良の眠そうな目が、あたしへ戻っている。それで少し落ち着いたことが、余計に腹立たしかった。

 

「気になってねえ」

 

「分かった」

 

「本当に分かったのか?」

 

「火神は気にしてない」

 

「そうだ」

 

「うん」

 

 相良は、それ以上聞かなかった。

 

 いつものように、あたしが選んだ答えをそのまま受け取った。

 

 なのに。

 

 今度は、それも少し面白くなかった。

 

 ◇

 

 寮の自室。

 

 机の上には、数日前に買った深い赤の髪留めが置いてある。

 

 風呂の前に髪を下ろし、外したままにしていた。

 

 鏡を見る。

 

 相良に可愛いと言われた日の自分と、同じ顔が映っている。

 

 今日。

 

 相良は別の女子を見ていた。

 

 訓練の記録を見て、動きを教えていただけだ。

 

 近づいていたわけでもない。

 

 可愛いと言ったわけでもない。

 

 それなのに。

 

 あたしは、相良のところへ戻った瞬間から、ずっと機嫌が悪かった。

 

「俺が他の女子を見てるの、気になった?」

 

 相良の言葉を思い出す。

 

「違う」

 

 誰もいない部屋で、もう一度否定する。

 

 澪と相良が付き合っていることは知っている。

 

 自分で祝った。

 

 相良が誰を見るかなんて、あたしが決めることではない。

 

 だから。

 

 嫉妬する理由なんてない。

 

 そう思ったところで、手が止まった。

 

 嫉妬。

 

 頭に浮かんだ言葉を、すぐに消したくなる。

 

「違うって」

 

 もう一度言う。

 

 でも。

 

 あの女子が相良の隣で笑っていた顔を、まだ覚えていた。

 

 相良が画面を見ながら話していた声も。

 

 あたしが呼ぶまで、こちらを見なかったことも。

 

 全部。

 

 気になっていないなら。

 

 こんなに覚えているはずがなかった。

 

 机の上の髪留めを手に取る。

 

 明日も使うつもりで、鞄の横へ置いた。

 

 相良が誰を見ていたのか。

 

 あたしは。

 

 今も気にしていた。

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