最低ランク《鎮静》の俺、その正体は催眠能力者 ――勇者のヒロインを静かに奪う 作:催眠スキ
見てほしい。
少し前までは、それだけだった。
相良があたしの訓練を見て、気づいたことを言う。
それが分かりやすいから。
次も見てほしいと思っていた。
なのに。
相良が見ていたのは、あたしではなかった。
◇
数日後の放課後。
第二訓練区画では、夏季能力競技へ出る生徒向けに訓練室が開放されていた。
あたしは一時間ほど自主訓練をして、使用した標的を元へ戻したところだった。
今日は相良に指示を頼んでいない。記録を取ってもらっただけで、狙う場所も撃つ瞬間も全部自分で決めた。
楽しかったし、調子も悪くなかった。
相良は訓練区域の外で、記録端末を確認している。
片付けを終えたところで、同じ個人競技へ出る別のクラスの女子生徒に声をかけられた。名前は知らないが、何度か隣の訓練区域で炎を使っているのを見たことがある。
「火神さん、少しいいですか」
「何?」
「四つ目の標的だけ、いつも反応が遅れるんです。何か分かりませんか」
「あたしに聞くより、相良に見せた方が早いぞ」
「相良君?」
「あそこで記録見てる奴。細かいところまで見てるから」
自分でそう言って、相良を呼ぶ。
「相良」
「何?」
「こいつの記録、見てやって」
「火神は?」
「水取ってくる」
「分かった」
女子生徒が小さく頭を下げ、相良のところへ向かう。
「記録、消すなよ」
「消さない」
「変なところ押すなよ」
「触らない方がいい?」
「見てろよ!」
「分かった」
相良の返事を聞いて、訓練室の端にある給水機へ向かった。
戻ってくる途中で、相良の前に一人の女子生徒が立っていることに気づいた。
女子生徒は自分の記録端末を持ち、相良の隣から画面を覗き込んでいた。
「ここです。四つ目だけ、いつも遅れるんです」
「少し戻して」
「この辺?」
「もう少し前」
相良が画面を指す。
女子生徒が映像を戻した。
相良の目は、画面の中で動く女子生徒を追っている。
「三つ目を撃ったあと、右を見てる」
「次は左に来るのに?」
「うん。右の標的が下がるまで見てるから、左を見るのが遅い」
「あ、本当だ」
女子生徒が笑う。
「よく分かりましたね」
「後ろから見ると分かる」
「火神さんの記録も取ってましたよね。いつも、こういうところを見てるんですか?」
「たぶん」
「すごいですね」
相良は、女子生徒の画面を見たままだった。
あたしが戻ってきたことにも、気づいていない。
さっきまで。
その目は、あたしの訓練を見ていた。
今は、別の女子を見ている。
それだけのことなのに。
足が止まった。
◇
「相良」
思っていたより、大きな声が出た。
相良と女子生徒が同時にこちらを見る。
「戻ったの?」
「見れば分かるだろ」
「うん」
「何してんだよ」
「記録を見てました」
女子生徒が答える。
「相良君、見るのが上手いから、少し教えてもらってて」
「ふうん」
「火神さんも見ますか?」
「別に」
自分でも、感じの悪い答えだと思った。
女子生徒は困ったように笑い、端末を胸元へ戻した。
「ごめんなさい。火神さんの記録を見てる途中でした?」
「そうじゃねえけど」
「なら、あと一つだけ聞いてもいいですか」
「相良に?」
「はい」
何で。
そう思った。
相良は、あたしと一緒に訓練している。
あたしが訓練を見ろと言った。
他の奴へ助言するなと決めたわけではない。
女子生徒は何も悪くない。
分かっているのに、口が先に動いた。
「同じ競技の相手に、そんなに教えていいのかよ」
「え?」
「選考も本番もあるんだぞ」
思っていたより、きつい言い方になった。相良がこちらを見ていた。
「火神の記録は話してない」
「そういう問題じゃねえよ」
「じゃあ、何が問題?」
「それは……」
答えられない。
女子生徒が相良とあたしを交互に見る。
「今日は大丈夫です。教えてくれて、ありがとうございました」
「もういいの?」
「はい。また自分で見てみます」
女子生徒が頭を下げる。
あたしにも、小さく会釈した。
そのまま自分の訓練区域へ戻っていく。
背中を見送ると、胸の奥に嫌な重さが残った。
追い払いたかったわけではない。
ただ。
相良があの女子を見ていることが、気に入らなかった。
そこまで考えて、すぐに打ち消す。
違う。
同じ競技の相手へ、簡単に助言するのが気になっただけだ。
◇
「火神」
「何だよ」
「怒ってる?」
「怒ってねえ」
「声、大きかったけど」
「いつも大きいだろ」
「それもそう」
「納得すんな!」
相良が端末をこちらへ差し出す。
「火神の記録」
「終わったのか?」
「うん。後半の方が出力は安定してる」
「他は?」
「三つ目のあと、少し右を見すぎてる」
「……あいつと同じ?」
「少しだけ」
また、女子生徒の話が出た。
自分から聞いたのに、面白くない。
「比べんなよ」
「比べてない」
「同じって言っただろ」
「似た動きだったから」
「なら、先にあたしに言えよ」
「今言った」
「そういう意味じゃねえ!」
相良が少し黙る。
それから、あたしの顔を見た。
「火神」
「何?」
「俺が他の女子を見てるの、気になった?」
「はあ!?」
声が訓練室へ響いた。
近くにいた何人かが、こちらを見る。
「違う!」
「そう?」
「競技相手に教えるのがどうかって言ってんだよ!」
「火神の記録は教えてない」
「だから、そういう問題じゃなくて!」
「じゃあ、どういう問題?」
また、答えられない。
相良の眠そうな目が、あたしへ戻っている。それで少し落ち着いたことが、余計に腹立たしかった。
「気になってねえ」
「分かった」
「本当に分かったのか?」
「火神は気にしてない」
「そうだ」
「うん」
相良は、それ以上聞かなかった。
いつものように、あたしが選んだ答えをそのまま受け取った。
なのに。
今度は、それも少し面白くなかった。
◇
寮の自室。
机の上には、数日前に買った深い赤の髪留めが置いてある。
風呂の前に髪を下ろし、外したままにしていた。
鏡を見る。
相良に可愛いと言われた日の自分と、同じ顔が映っている。
今日。
相良は別の女子を見ていた。
訓練の記録を見て、動きを教えていただけだ。
近づいていたわけでもない。
可愛いと言ったわけでもない。
それなのに。
あたしは、相良のところへ戻った瞬間から、ずっと機嫌が悪かった。
「俺が他の女子を見てるの、気になった?」
相良の言葉を思い出す。
「違う」
誰もいない部屋で、もう一度否定する。
澪と相良が付き合っていることは知っている。
自分で祝った。
相良が誰を見るかなんて、あたしが決めることではない。
だから。
嫉妬する理由なんてない。
そう思ったところで、手が止まった。
嫉妬。
頭に浮かんだ言葉を、すぐに消したくなる。
「違うって」
もう一度言う。
でも。
あの女子が相良の隣で笑っていた顔を、まだ覚えていた。
相良が画面を見ながら話していた声も。
あたしが呼ぶまで、こちらを見なかったことも。
全部。
気になっていないなら。
こんなに覚えているはずがなかった。
机の上の髪留めを手に取る。
明日も使うつもりで、鞄の横へ置いた。
相良が誰を見ていたのか。
あたしは。
今も気にしていた。