最低ランク《鎮静》の俺、その正体は催眠能力者 ――勇者のヒロインを静かに奪う   作:催眠スキ

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第五話 九条澪の弱点

 九条澪には弱点がある。

 

 プリンだ。

 

 本人がどう思っているかは知らないが。

 

 少なくとも俺は、そう認識している。

 

 ◇

 

 昼休み。

 

「今日食堂行かね?」

 

 火神が俺の机に手をついた。

 

「なんで」

 

「肉」

 

「購買にもあるだろ」

 

「今日の日替わり、唐揚げ」

 

「そう」

 

「興味持てよ!」

 

「唐揚げだろ」

 

「唐揚げだぞ?」

 

 同じ言葉なのに、火神が言うと妙に重い。

 

「蓮も行くだろ?」

 

「ああ」

 

 天城が教科書を鞄へ入れながら頷く。

 

「九条は?」

 

「行くわ」

 

「よし、決まり!」

 

 なぜか俺も人数に入っている。

 

「俺、購買でいいんだけど」

 

「付き合えよ」

 

「なんで」

 

「たまにはちゃんとした飯食え」

 

「母親?」

 

「相良の食生活見てると心配になるんだよ」

 

「余計なお世話だな」

 

「行こうぜ」

 

 天城まで笑いながら言う。

 

 三対一。

 

 多数決は嫌いだ。

 

 仕方なく立ち上がる。

 

 ◇

 

 天陵学園の食堂は広い。

 

 一学年だけでも百人以上いる上に、教員や研究棟の職員も利用する。

 

 昼休みは当然混む。

 

「唐揚げ!」

 

 火神が列へ向かっていく。

 

「走るなよ」

 

 天城が言う。

 

「走ってない!」

 

「今走ってただろ」

 

「早歩き!」

 

 元気だ。

 

「相良は何にする?」

 

 天城に聞かれる。

 

「適当」

 

「適当ってメニューあるのか?」

 

「空いてるやつ」

 

「食事くらい選びなさいよ」

 

 九条が横から言う。

 

「腹に入れば同じだろ」

 

「全然違うわよ」

 

「そう?」

 

「そう」

 

 この二日で。

 

 九条と話す回数が増えた。

 

 俺から増やしたわけじゃない。

 

 同じクラスだから。

 

 火神が絡んでくるから。

 

 学級委員長だから。

 

 理由はいくらでもある。

 

 それだけだ。

 

 少なくとも。

 

 今は。

 

「じゃあ俺、定食」

 

「何定食?」

 

「一番上の」

 

「本当に何でもいいのね……」

 

 九条が呆れる。

 

 怒ってはいない。

 

 昨日と同じだ。

 

 残っている。

 

「澪、早くしないと混むぞー!」

 

 列の先から火神が手を振る。

 

「分かってるわよ」

 

 九条がそちらへ向かう。

 

 その途中。

 

 足が止まった。

 

 ほんの一瞬だった。

 

 俺以外は気づいていない。

 

 九条の視線の先。

 

 食堂の端にある小さなデザートコーナー。

 

 プリン。

 

 今日もあった。

 

 しかも普通のやつじゃない。

 

 札が置かれている。

 

 期間限定。

 

 濃厚たまごプリン。

 

 九条の目が。

 

 僅かに変わった。

 

「……」

 

 分かりやすい。

 

 でも。

 

 九条はすぐ前を向いた。

 

 何事もなかったように列へ並ぶ。

 

 見なかったことにしておく。

 

 ◇

 

「うまっ!」

 

 火神が唐揚げを頬張る。

 

「食べながら喋るな」

 

「うまいもんは仕方ないだろ」

 

「何が仕方ないのよ」

 

 四人用のテーブル。

 

 俺の正面に火神。

 

 隣が天城。

 

 斜め前に九条。

 

「相良、それだけ?」

 

 火神が俺のトレーを見る。

 

「定食だけど」

 

「ご飯少なくね?」

 

「普通だろ」

 

「大盛りにしろよ」

 

「なんで火神基準なんだ」

 

「午後動けないぞ」

 

「動かない」

 

「だから動けって!」

 

 いつものやり取り。

 

 天城が笑う。

 

「火神、相良には相良の適量があるだろ」

 

「蓮まで甘やかすなよ」

 

「飯の量で甘やかすって何だよ」

 

「だってこいつ細いじゃん」

 

「別に困ってない」

 

「お前そればっかだな」

 

 九条が小さく笑った。

 

「本当ね」

 

「九条まで」

 

「事実でしょう」

 

 楽しそうだ。

 

 前より。

 

 少しだけ。

 

「そういえばさ」

 

 火神が箸を止める。

 

「今日デザートあるらしいぞ」

 

 九条の動きが止まった。

 

 本当に一瞬。

 

「へえ」

 

 天城が反応する。

 

「何?」

 

「プリン」

 

 火神が言った。

 

 九条は水を飲んだ。

 

「期間限定だって。食おうかな」

 

「唐揚げ大盛り食べた後に?」

 

 九条が平静な声で言う。

 

「甘いもんは別腹だろ」

 

「朱音の場合、全部別腹でしょう」

 

「失礼な」

 

「事実じゃない」

 

「澪はいらない?」

 

「私は別に」

 

 即答だった。

 

「そう?」

 

「ええ」

 

「じゃあ蓮は?」

 

「俺も今日はいいかな」

 

「相良」

 

「いらない」

 

「なんだよ。じゃああたしだけか」

 

 火神が残念そうに言う。

 

 九条は何でもない顔で食事を続けている。

 

 へえ。

 

 そこまでして隠したいらしい。

 

 俺が知っていること自体も。

 

 九条にとっては相当恥ずかしいらしい。

 

 理由はよく分からない。

 

 でも。

 

 本人が嫌がるなら。

 

 言う必要もない。

 

「そういや澪って甘いもん――」

 

 火神が言いかけた。

 

 九条の箸が止まる。

 

「――食べそうにないよな」

 

 火神が続ける。

 

「なんかブラックコーヒー飲んでそう」

 

「どういうイメージよ」

 

「だって澪だし」

 

「意味が分からないわ」

 

「相良もそう思わね?」

 

 こっちに振るな。

 

 九条の視線が向く。

 

 少しだけいつもより鋭い。

 

 言うな。

 

 そう書いてある。

 

「そうだな」

 

 俺は答えた。

 

「九条は甘いの苦手そう」

 

「……でしょう?」

 

 九条が言う。

 

「ほら!」

 

 火神が得意げになる。

 

「相良もそう言ってるじゃん」

 

「別に褒められてる気はしないけど」

 

「大人っぽいってことだよ」

 

「朱音に言われても説得力ないわね」

 

「なんでだよ!」

 

 話題が逸れる。

 

 九条が俺を見る。

 

 一瞬だけ。

 

 それから。

 

 何も言わずに食事へ戻った。

 

 ◇

 

 昼休みが終わる少し前。

 

 俺は飲み物を買うために、もう一度食堂へ寄った。

 

 自販機で水を買う。

 

 戻ろうとしたところで。

 

 デザートコーナーが目に入った。

 

 残り一つ。

 

 濃厚たまごプリン。

 

「……」

 

 別に食べたいわけじゃない。

 

 そのまま通り過ぎようとする。

 

「まだあった……」

 

 後ろから。

 

 小さな声。

 

 振り返る。

 

 九条。

 

 目が合った。

 

「…………」

 

「…………」

 

 九条が固まる。

 

「買えば?」

 

「な、何を?」

 

「プリン」

 

「違うわよ」

 

「何が」

 

「たまたま通りかかっただけ」

 

「そう」

 

「本当よ」

 

「うん」

 

「信じてないでしょう」

 

「信じてる」

 

「その言い方やめて」

 

 面倒だ。

 

 九条がデザートコーナーを見る。

 

 そして。

 

 俺を見る。

 

 またプリンを見る。

 

「最後の一個だぞ」

 

「……見れば分かるわ」

 

「誰かに取られるんじゃない?」

 

「別に」

 

「いらない?」

 

「……」

 

 沈黙。

 

「いらないなら俺が買うけど」

 

「え?」

 

「食ったことないし」

 

 九条の目がプリンへ向く。

 

「……食べたいの?」

 

「別に」

 

「じゃあ買わなくていいでしょう」

 

「九条もいらないんだろ」

 

「私は……」

 

 止まる。

 

「……少しだけ、興味があるだけ」

 

「じゃあどうぞ」

 

「え?」

 

 俺はプリンの前から一歩退いた。

 

「興味あるんだろ」

 

「でも、あなたも――」

 

「別に食いたくない」

 

「さっき食べたことないって」

 

「食べたいとは言ってない」

 

「……そう」

 

 九条が少し迷ってから。

 

 プリンを手に取った。

 

 顔は平静。

 

 でも。

 

 口元が僅かに緩んでいる。

 

 本人は気づいていないだろう。

 

「よかったな」

 

「何が」

 

「最後の一個」

 

「だから、別にそこまで欲しかったわけじゃ――」

 

「はいはい」

 

「その反応、腹立つ」

 

「今日は怒るんだな」

 

「怒るわよ!」

 

 安心した。

 

 全部消えたわけじゃない。

 

 俺は自販機の水を開ける。

 

 九条が会計を済ませるのを待つ。

 

「相良」

 

「ん?」

 

「さっき」

 

「何?」

 

「朱音に聞かれたとき」

 

「ああ」

 

「……ありがとう」

 

 珍しい。

 

「何が?」

 

「分かってるでしょう」

 

「甘いもの苦手そうって言ったこと?」

 

「そう」

 

「嘘ついたけど」

 

「言い方!」

 

 九条が周囲を見る。

 

 誰も近くにいないことを確認する。

 

「約束、守ってくれたから」

 

「約束したからな」

 

「……そう」

 

「それだけ?」

 

「それだけ」

 

 九条はプリンの入った小さな袋を見る。

 

「あなたって」

 

「うん」

 

「思ってたより……」

 

 止まった。

 

「何?」

 

「何でもない」

 

「気になるな」

 

「別にいいでしょう」

 

「人には聞くのに」

 

「うるさい」

 

 また怒られた。

 

 でも。

 

 九条は少しだけ笑っていた。

 

 ◇

 

 放課後。

 

 俺が教室を出ようとすると。

 

「相良」

 

「何?」

 

 九条が呼び止めた。

 

「今日、図書館に寄る?」

 

「なんで」

 

「寄らないならいい」

 

「用事?」

 

「……別に」

 

「なら帰るけど」

 

「待って」

 

 九条が鞄の中を探る。

 

 取り出したのは、小さな紙。

 

「これ」

 

 渡される。

 

 食堂のレシートだった。

 

「何これ」

 

「下」

 

 見る。

 

 期間限定デザート。

 

 来週、新商品入荷。

 

 そんな案内が印刷されている。

 

「来週は抹茶プリンだって」

 

「へえ」

 

「……それだけ?」

 

「何て言えばいい?」

 

「別に!」

 

「九条、抹茶も好きなの?」

 

「嫌いじゃないわ」

 

「好きなんだ」

 

「嫌いじゃないって言ったの」

 

「はいはい」

 

「その返事やめて」

 

「で、なんで俺に?」

 

 聞くと。

 

 九条が黙った。

 

「……あなた」

 

「うん」

 

「誰にも言わないでしょう?」

 

「ああ」

 

「だから」

 

「だから?」

 

「……見せただけ」

 

 なるほど。

 

 秘密を知っている人間。

 

 それだけか。

 

「来週も買う?」

 

「まだ決めてない」

 

「絶対買うだろ」

 

「分からないでしょう!」

 

「今日も最後の一個見てたじゃん」

 

「相良!」

 

 声が響く。

 

 教室に残っていた何人かがこちらを見る。

 

 九条が慌てて口を閉じた。

 

「……もう」

 

 小声になる。

 

「あなたと話してると調子狂う」

 

「そう?」

 

「そうよ」

 

 レシートを俺の手から取り返す。

 

「今のも忘れて」

 

「何個忘れればいいんだ」

 

「全部!」

 

「無理だな」

 

「でしょうね」

 

 九条がため息をつく。

 

 それから。

 

「でも」

 

「うん」

 

「本当に、他の人には言わないでね」

 

「言わないよ」

 

「……分かった」

 

 今回は。

 

 疑うような目をしなかった。

 

 ただ。

 

 普通に頷いた。

 

 それだけ。

 

 俺は今日は何もしていない。

 

 昨日も。

 

 暗示を入れていない。

 

 九条が俺にプリンの話をしたのも。

 

 レシートを見せたのも。

 

 俺が命令したからじゃない。

 

 約束を守った。

 

 秘密を漏らさなかった。

 

 最後の一個を譲った。

 

 その結果。

 

 九条自身が。

 

 俺なら話してもいいと判断した。

 

 小さい。

 

 昨日沈めた一滴よりも。

 

 ずっと小さな変化かもしれない。

 

 でも。

 

 これは俺が作った感情じゃない。

 

 九条自身が。

 

 自分で選んだ。

 

「じゃあ、また明日」

 

 九条が言う。

 

「ああ。また明日」

 

 教室を出ていく。

 

 その後ろ姿を見送りながら。

 

 少しだけ考える。

 

 九条澪の弱点。

 

 プリン。

 

 そう思っていた。

 

 どうやら。

 

 少し違ったらしい。

 

 甘いものが好きなのを知られること。

 

 完璧に見られている自分の中に。

 

 似合わない部分があること。

 

 それを見られるのが恥ずかしい。

 

 だから隠している。

 

 なら。

 

 プリンそのものより。

 

 秘密を共有しているという事実の方が。

 

 使えるかもしれない。

 

 俺は鞄を持つ。

 

 今日はこれでいい。

 

 暗示を入れる必要すらなかった。

 

 九条の方から。

 

 少しだけ。

 

 俺との距離を縮めたんだから。

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