最低ランク《鎮静》の俺、その正体は催眠能力者 ――勇者のヒロインを静かに奪う   作:催眠スキ

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第七話 隣の席

 変化は。

 

 大きいほど気づかれやすい。

 

 だから。

 

 小さい方がいい。

 

 本人が。

 

 自分で選んだと思える程度に。

 

 ◇

 

 朝。

 

「席、移動するぞ」

 

 黒瀬先生の一言で。

 

 教室が少しざわついた。

 

「え、今日?」

 

 火神が嫌そうな声を出す。

 

「前から言っていただろう」

 

「聞いてない!」

 

「お前が聞いてなかっただけだ」

 

「先生、今の席気に入ってるんだけど」

 

「知らん」

 

 黒瀬先生は容赦がない。

 

 教卓の上に紙の箱を置く。

 

「四月の仮配置は今日まで。新しい席はくじ引きだ」

 

 さらにざわつく。

 

 俺は今の席を見る。

 

 窓側。

 

 後ろから二番目。

 

 悪くない位置だった。

 

「相良」

 

「何」

 

 火神がこっちを見る。

 

「後ろ引けよ」

 

「なんで」

 

「近かったら話しやすい」

 

「授業中?」

 

「休み時間!」

 

「ならどこでもよくない?」

 

「細けえなあ」

 

 火神が先にくじを引きに行く。

 

「よっしゃ!」

 

 紙を開いて笑った。

 

「後ろ!」

 

「静かにしろ」

 

「はい!」

 

 次々に席が決まっていく。

 

 天城は中央寄り。

 

 前から三列目。

 

 どこにいても目立つ男には関係ないだろう。

 

「九条」

 

「はい」

 

 九条が前へ出る。

 

 箱から一枚取る。

 

 開く。

 

「……」

 

 少しだけ。

 

 視線が教室の後ろへ向いた。

 

 俺の方ではない。

 

 たぶん席を確認しただけ。

 

「どこだった?」

 

 天城が聞く。

 

「後ろから二番目。廊下側」

 

「結構後ろだな」

 

「たまにはいいわ」

 

 九条が答える。

 

 俺の今の席とは反対側。

 

 次。

 

「相良」

 

「はい」

 

 引く。

 

 紙を開く。

 

 後ろから二番目。

 

 廊下側から二列目。

 

「……」

 

 九条の隣だった。

 

「お」

 

 火神が覗き込む。

 

「相良、澪の隣じゃん」

 

「そうだな」

 

「うわー」

 

「何」

 

「澪、大丈夫?」

 

「何がよ」

 

 九条が眉を寄せる。

 

「毎日相良が隣だぞ」

 

「別に」

 

 即答だった。

 

 火神が止まる。

 

 俺も少しだけ見る。

 

「……何?」

 

 九条がこっちを見る。

 

「いや」

 

「席なんだから仕方ないでしょう」

 

「そうだけど」

 

 火神が首を傾げる。

 

「前ならもっと嫌そうな顔してなかった?」

 

「しないわよ」

 

「するだろ」

 

「しない」

 

「絶対してたって」

 

「朱音」

 

「はいはい」

 

 九条が小さくため息をつく。

 

 それだけ。

 

 嫌がらない。

 

 それ自体が。

 

 少し前ならなかった反応だ。

 

 俺は新しい席へ鞄を移した。

 

 隣。

 

 九条も座る。

 

 机と机の間。

 

 腕一本分もない。

 

「よろしく」

 

「何よ急に」

 

「隣だから」

 

「……よろしく」

 

 返ってきた。

 

 それだけで。

 

 少し面白い。

 

 ◇

 

 一限目。

 

 数学。

 

 俺はノートを開いた。

 

 九条が横を見る。

 

「今日は書くの?」

 

「席近いから監視されそうだし」

 

「誰が監視するのよ」

 

「委員長」

 

「そんな暇ないわ」

 

「じゃあ寝ようかな」

 

「起きなさい」

 

「まだ寝てない」

 

「寝るって言ったでしょう」

 

「言っただけ」

 

「本当に面倒ね……」

 

 小声。

 

 でも。

 

 怒ってはいない。

 

 教師が黒板に式を書く。

 

 俺も一応書く。

 

「……字、汚いわね」

 

「読めればいい」

 

「読めないじゃない」

 

「俺は読める」

 

「それは文字として成立してるの?」

 

「たぶん」

 

 九条が呆れた顔をする。

 

 そして。

 

 自分のノートを少しこちらへ寄せた。

 

「分からなくなったら見れば」

 

「いいの?」

 

「また、ノートを貸す方が嫌」

 

「優しいな」

 

「違う」

 

 すぐ否定。

 

 でも。

 

 ノートは戻さない。

 

 そのまま。

 

 俺との間に少し置かれている。

 

 前なら。

 

 わざわざ見せることはなかった。

 

 昨日。

 

 俺と話していると。

 

 少し落ち着く。

 

 そう感じた。

 

 今日は。

 

 隣にいる。

 

 それだけ。

 

 まだ。

 

 何もしていない。

 

 ◇

 

 二限目。

 

 国語。

 

「相良」

 

「ん」

 

「教科書は?」

 

「ある」

 

「出てない」

 

「今出す」

 

「早く」

 

 出す。

 

「遅い」

 

「厳しいな」

 

「普通よ」

 

 数分後。

 

 教師が本文の音読を指名する。

 

「相良」

 

「はい」

 

 読む。

 

 終わる。

 

 九条が少し意外そうに見る。

 

「何」

 

「普通に読めるのね」

 

「馬鹿にしてる?」

 

「少し」

 

「ひどい」

 

「普段が普段だから」

 

 俺は教科書を閉じる。

 

「まだ授業中よ」

 

「読むとこ終わった」

 

「閉じるな」

 

「はい」

 

 また開く。

 

 九条が小さく笑った。

 

「素直ね」

 

「九条がうるさいから」

 

「誰のせいよ」

 

 声は。

 

 やっぱり柔らかい。

 

 ◇

 

 昼休み。

 

「おー」

 

 火神がこっちへ来た。

 

「どう?」

 

「何が」

 

「隣生活」

 

「まだ半日だけど」

 

「澪は?」

 

「何が?」

 

「相良うざくない?」

 

「うざいわよ」

 

「即答」

 

「でも?」

 

 火神がにやにやする。

 

「でも何よ」

 

「前より平気そう」

 

「またそれ?」

 

「だってそうじゃん」

 

 九条が俺を見る。

 

「相良が前より静かなだけよ」

 

「俺?」

 

「そう」

 

「何も変えてないけど」

 

「……そう?」

 

「うん」

 

 九条が少し考える。

 

 そのまま。

 

 俺の机の横に置いてあるパンを見る。

 

「……それだけ?」

 

「昼飯のこと?」

 

「他に何があるのよ」

 

「パン二つ」

 

「また少ない」

 

「足りてる」

 

「昨日も言われてたでしょう」

 

「火神にも」

 

「私も言うわ」

 

「二人とも母親?」

 

「違う!」

 

「違う!」

 

 火神と九条が同時に言う。

 

 火神が笑う。

 

「また息合ってる」

 

「朱音!」

 

「あはは!」

 

 九条が火神を追い払う。

 

 俺はパンを開ける。

 

「九条」

 

「何?」

 

「今日プリンは?」

 

「食べない!」

 

「聞いただけ」

 

「毎日食べると思わないで」

 

「抹茶は来週だっけ」

 

「覚えてるのね……」

 

「秘密だから」

 

「それ関係ある?」

 

「ない」

 

「もう」

 

 九条はため息をついた。

 

 でも。

 

 口元は少し緩んでいる。

 

「相良」

 

「ん?」

 

「それ」

 

「何」

 

 九条が自分の弁当箱を見る。

 

 小さな卵焼き。

 

 一つ。

 

「食べる?」

 

「なんで」

 

「パンだけじゃ足りないでしょう」

 

「足りるけど」

 

「いいから」

 

 九条が卵焼きに刺さっていた小さなピックごと、俺の方へ差し出す。

 

「じゃあ貰う」

 

 受け取って口に入れる。

 

「うまい」

 

「……そう」

 

「九条が作った?」

 

「母が」

 

「そう」

 

「何、その反応」

 

「別に」

 

「母の方が上手よ」

 

「そういう比較?」

 

「あなたが聞いたんでしょう」

 

「聞いただけ」

 

 九条がまた呆れる。

 

 でも。

 

 俺に食べ物を分けた。

 

 たったそれだけ。

 

 それでも。

 

 前なら。

 

 絶対なかった。

 

 ◇

 

 午後。

 

 授業が進む。

 

 隣に九条がいる。

 

 それだけで。

 

 普段より話す。

 

 消しゴムを落とした。

 

 拾ってくれた。

 

 教科書のページを聞いた。

 

 わからない所を教えてくれた。

 

 教師が板書を消すのが早かった。

 

 九条のノートを見せてもらった。

 

 特別なことはない。

 

 だからこそ。

 

 意味がある。

 

 催眠を使わなくても。

 

 隣にいるだけで。

 

 会話が増える。

 

 会話が増えれば。

 

 俺と話すことが日常になる。

 

 日常になれば。

 

 警戒する理由が減る。

 

 俺は何もしなくてもいい。

 

 今は。

 

 ◇

 

 放課後。

 

 黒瀬先生が教室を出ていく。

 

 生徒たちも帰り始める。

 

「蓮!」

 

 火神が呼ぶ。

 

「今日も訓練!」

 

「昨日やっただろ」

 

「今日も!」

 

「元気だな……」

 

 天城が苦笑する。

 

「九条も来る?」

 

「今日はやめておくわ」

 

「逃げた!」

 

「逃げてない!」

 

 昨日と同じ。

 

 火神が笑いながら天城を連れていく。

 

 教室が静かになる。

 

 俺は鞄を持つ。

 

 九条も片づけていた。

 

「帰る?」

 

「図書館」

 

「また?」

 

「またって何よ」

 

「よく行くなって」

 

「静かだから好きなの」

 

「へえ」

 

「相良は?」

 

「寮」

 

「でしょうね」

 

「分かるんだ」

 

「あなたが放課後に勉強するとは思えないもの」

 

「失礼だな」

 

「違う?」

 

「違わない」

 

「ほら」

 

 九条が笑う。

 

 鞄を肩にかける。

 

「じゃあ」

 

「ああ」

 

 二人で教室を出る。

 

 図書館と寮。

 

 途中までは同じ方向だ。

 

 歩く。

 

 隣。

 

 特に話すこともない。

 

 でも。

 

 九条は先へ行かない。

 

 俺も合わせていない。

 

 自然に同じ速さ。

 

「相良」

 

「何?」

 

「今日から」

 

「うん」

 

「隣の席になったでしょう」

 

「知ってる」

 

「そうじゃなくて」

 

「何?」

 

 九条が少し言葉を探す。

 

「……思ったより」

 

「うん」

 

「平気だった」

 

 俺は横を見る。

 

「何が?」

 

「あなたが隣なの」

 

「ひどい感想だな」

 

「だって」

 

 九条が少し笑う。

 

「最初は、もっと面倒だと思ってたから」

 

「実際どうだった?」

 

「面倒ではあった」

 

「じゃあ同じじゃん」

 

「でも」

 

 少しだけ。

 

 間が空く。

 

「……そこまで嫌じゃなかった」

 

 九条自身が。

 

 口にした。

 

「へえ」

 

「何よ」

 

「別に」

 

「その反応やめて」

 

「どの反応」

 

「なんか……勝ったみたいな顔」

 

「してない」

 

「してる」

 

「気のせい」

 

「絶対してる」

 

 九条が少し怒る。

 

 でも。

 

 すぐに笑った。

 

 図書館へ向かう分かれ道。

 

「じゃあ、私こっちだから」

 

「ああ」

 

「また明日」

 

「また明日」

 

 九条が歩いていく。

 

 俺は寮へ向かう。

 

 今日は。

 

 本当に何もしていない。

 

 暗示も。

 

 誘導も。

 

 何も。

 

 席を決めたのはくじだ。

 

 俺の隣になったのも偶然。

 

 九条がノートを見せたのも。

 

 卵焼きをくれたのも。

 

 帰り道を一緒に歩いたのも。

 

 全部。

 

 九条自身が選んだ。

 

 そのうえで。

 

 最後に言った。

 

 そこまで嫌じゃなかった。

 

 俺は少しだけ笑う。

 

 催眠は。

 

 人を好きにさせる力じゃない。

 

 そんなものは。

 

 必要ない。

 

 俺がするのは。

 

 邪魔なものを。

 

 少しずつ退かすだけ。

 

 その先で。

 

 誰を選ぶかは。

 

 本人が決めればいい。

 

 今のところ。

 

 九条澪は。

 

 俺の隣を。

 

 そこまで嫌ってはいない。

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