最低ランク《鎮静》の俺、その正体は催眠能力者 ――勇者のヒロインを静かに奪う   作:催眠スキ

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第八話 勇者の隣

 九条の隣の席になって。

 

 三日目。

 

 特に何かが変わったわけじゃない。

 

「相良」

 

「ん?」

 

「そこ、間違ってる」

 

「どこ」

 

「三行目」

 

「合ってない?」

 

「符号が逆」

 

「あ」

 

「ちゃんと見なさいよ」

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 こんな会話が。

 

 少し増えただけだ。

 

 九条は相変わらず俺に呆れる。

 

 時々怒る。

 

 俺も相変わらず授業中に眠くなる。

 

 ただ。

 

 それが以前ほど特別なことじゃなくなっている。

 

 隣にいる。

 

 話す。

 

 それだけ。

 

「お前ら、最近ほんと普通に喋るようになったよな」

 

 火神が前の席から振り返った。

 

「授業中よ、朱音」

 

「まだ先生来てないじゃん」

 

「そういう問題じゃないわ」

 

「出た」

 

「何が?」

 

「それ。最近相良にもよく言ってるやつ」

 

「……何の話?」

 

「知らないならいい」

 

 火神が笑う。

 

 九条が眉を寄せる。

 

 俺は教科書を閉じた。

 

「相良」

 

「何?」

 

「なんで閉じるの」

 

「先生まだ来てないから」

 

「予習しなさい」

 

「火神には言わないの?」

 

「朱音に言って聞くと思う?」

 

「ひどくね!?」

 

「自覚あるでしょう」

 

「ある!」

 

「威張らないで」

 

 騒がしい。

 

 でも。

 

 悪くない。

 

 そんなことを考えていると。

 

 前の扉が開いた。

 

「席につけー」

 

 能力戦術担当の教師が入ってくる。

 

「今日は第一訓練場を使う。二人一組で連携戦術の基礎確認だ」

 

 教室の空気が変わった。

 

「やった!」

 

 火神だけ。

 

 明らかに喜んでいる。

 

「火神、遊びじゃないぞ」

 

「分かってます!」

 

「一番信用できない返事だな」

 

 笑いが起きる。

 

「組み合わせは自由。ただし同じ相手とばかり組むなよ。実戦で相手は選べないからな」

 

 自由。

 

 周囲が立ち上がる。

 

 そして。

 

 九条も立った。

 

「蓮」

 

「ああ」

 

 前方にいた天城が振り返る。

 

 それだけ。

 

 確認するまでもないように。

 

 二人が並んだ。

 

 自然だった。

 

 火神が俺の机を叩く。

 

「相良!」

 

「はい」

 

「あたしら組むぞ」

 

「なんで」

 

「余ったから」

 

「正直だな」

 

「ほら行くぞ!」

 

 腕を引っ張られる。

 

 九条と天城はもう教室を出ていた。

 

 ◇

 

 第一訓練場。

 

「今回は単純な模擬戦じゃない」

 

 教師が説明する。

 

 訓練場には小型の自律標的が並べられていた。

 

「一人が攻撃。一人が防御及び索敵。途中で組み合わせも変える。個人の強さではなく、相手との連携を見る」

 

「先生!」

 

 火神が手を挙げた。

 

「なんだ」

 

「両方攻撃じゃ駄目ですか!」

 

「説明を聞いていたか?」

 

「聞いてました!」

 

「なら駄目だと分かるだろ」

 

「はい!」

 

 元気だけはいい。

 

「相良」

 

「何」

 

「お前防御担当な」

 

「なんで」

 

「あたし攻撃したい」

 

「知ってた」

 

 黒に近い濃灰色の訓練着へ着替えた火神が、拳を合わせる。

 

「安心しろ。相良の分まで倒す」

 

「連携の授業って事、わかってるか?」

 

「細けえなあ」

 

 開始位置へ向かう。

 

 その途中。

 

 隣の区画を見る。

 

 九条と天城。

 

 二人も準備をしていた。

 

「蓮、私が攻撃でいい?」

 

「ああ。守りは任せて」

 

「分かったわ」

 

 短い。

 

 それだけで話が終わった。

 

「……何見てんの?」

 

 火神が横から覗く。

 

「あの二人」

 

「ああ」

 

 火神も見る。

 

「慣れてるよな」

 

「よく組むの?」

 

「昔からじゃね?」

 

「昔?」

 

「澪と蓮、中学の頃から大会で顔合わせてたから」

 

「へえ」

 

「知らなかった?」

 

「興味なかった」

 

「お前ほんとそういうとこだぞ」

 

「どういうとこ」

 

「知らん」

 

 知らないのか。

 

 開始を告げる電子音が鳴る。

 

「来た!」

 

 火神が飛び出した。

 

「ちょっと待て」

 

 待たない。

 

 一体目の標的が起動する。

 

 火神の右手に炎が集まる。

 

「おらっ!」

 

 爆発。

 

 一撃。

 

 標的が吹き飛んだ。

 

「防御いらなくない?」

 

「まだだ!」

 

 二体。

 

 三体。

 

 左右から出る。

 

「相良、右!」

 

「無理」

 

「なんで!?」

 

「俺、防御能力ないし」

 

「そうだった!」

 

「今気づいたの?」

 

 仕方なく身体を動かす。

 

 標的から放たれた模擬弾を避ける。

 

「火神」

 

「ん?」

 

「後ろ」

 

「え?」

 

 爆発。

 

「うわっ!」

 

 別方向から出た標的の攻撃を、火神が慌てて躱す。

 

「先に言えよ!」

 

「言った」

 

「もっと早く!」

 

「見えてなかった」

 

「役に立て!」

 

「努力する」

 

「今しろ!」

 

 連携は難しい。

 

 ◇

 

 一回目の結果。

 

「火神、相良。撃破数は高いが連携評価は最低だ」

 

「なんで!?」

 

 火神が叫ぶ。

 

「分からない方が問題だ」

 

「いっぱい倒したのに!」

 

「だから個人戦じゃないと言っただろう」

 

「相良が悪い!」

 

「俺?」

 

「もっとこう、あたしを支援しろよ!」

 

「何で?」

 

「相方だから!」

 

「俺の能力、鎮静だけど」

 

「……落ち着かせろ!」

 

「火神を?」

 

「敵を!」

 

「機械に効くかな」

 

「もう!」

 

 教師が頭を抱えている。

 

 隣を見る。

 

「天城、九条。総合評価A」

 

 周囲から声が上がる。

 

 当然か。

 

 撃破数も高い。

 

 被弾なし。

 

 役割をしっかりこなしていた。

 

「相変わらずだな、お前たちは」

 

 教師が感心したように言う。

 

「何度か組んだことがありますから」

 

 天城が答える。

 

「何度かってレベルじゃないだろ」

 

 火神が横から言った。

 

「中学の大会でも一緒だったじゃん」

 

「毎回じゃないわよ」

 

 九条が言う。

 

「でも昔から相性いいよな」

 

「能力の話でしょう?」

 

「それ以外も?」

 

「朱音」

 

「はい」

 

 火神が笑う。

 

 九条は少し頬を赤くした。

 

 天城は困ったように笑っている。

 

 周囲も。

 

 似たような反応だ。

 

 二人が並ぶ。

 

 それが。

 

 誰にとっても自然らしい。

 

 九条自身にも。

 

 天城自身にも。

 

「相良」

 

 天城が俺を見る。

 

「ん?」

 

「次、組むか?」

 

「俺と?」

 

「ああ。先生も同じ相手ばかりは駄目って言ってたし」

 

「いいの?」

 

「もちろん」

 

「蓮!」

 

 火神が不満そうに声を上げる。

 

「じゃああたし澪!」

 

「いいけど」

 

 九条が答える。

 

 組み替え。

 

 俺の横に天城が来る。

 

「よろしく」

 

「よろしく」

 

「最初、相良が攻撃やってみる?」

 

「鎮静で?」

 

「……俺が攻撃する」

 

「助かる」

 

 天城が笑った。

 

「相良は周りを見て、どこから来るか教えてくれればいい」

 

「それだけ?」

 

「それだけでも十分だよ」

 

 なるほど。

 

 火神とは違う。

 

「来たら言って」

 

「ああ」

 

 開始音。

 

 一体目。

 

「正面」

 

「了解」

 

 天城が動く。

 

 速い。

 

 二体目。

 

「右」

 

「分かった」

 

 三体目。

 

「左後ろ」

 

「了解」

 

 俺が言う。

 

 天城が処理する。

 

 簡単だ。

 

 俺は何もしていない。

 

 ただ見て。

 

 伝える。

 

 それだけ。

 

 なのに成立している。

 

「相良、次は左見てて」

 

「分かった」

 

「正面は俺が見る」

 

「うん」

 

 また標的。

 

 こいつは。

 

 人を使うのが上手い。

 

 俺みたいなEランクに。

 

 無理に何かをさせない。

 

 できることだけ見つける。

 

 そして。

 

 それを普通に頼る。

 

 能力が強いだけじゃない。

 

 こういうところも。

 

 九条が天城を好く理由なんだろう。

 

「終了!」

 

 教師の声。

 

 天城が息を吐く。

 

「お疲れ」

 

「ほとんど天城がやってたけど」

 

「索敵助かったよ」

 

「誰でもできるだろ」

 

「でも相良がやった」

 

「そう」

 

「だから助かった」

 

 面倒な奴だ。

 

 悪い意味ではなく。

 

 少し離れた場所。

 

 九条がこちらを見ていた。

 

 目が合う。

 

「……」

 

 何かと思ったら。

 

 小さく笑った。

 

 よかったじゃない。

 

 そんな顔に見えた。

 

 すぐ。

 

 火神に何か言われてそちらへ向く。

 

 天城の隣にいる俺を見て。

 

 九条が笑った。

 

 別に。

 

 意味はない。

 

 でも。

 

 以前なら。

 

 俺のことなんて見ていなかっただろう。

 

 ◇

 

 訓練のあと。

 

「疲れたー!」

 

 火神がベンチへ倒れ込む。

 

「朱音、汗だらけよ」

 

「動いたからな!」

 

「タオル使いなさい」

 

「取って」

 

「自分で取りなさい」

 

「冷たい!」

 

「すぐそこでしょう」

 

 九条が呆れながら自分の飲み物を開ける。

 

 天城がこちらへ来た。

 

「相良」

 

「何?」

 

「さっきの、結構よかったな」

 

「何が」

 

「索敵」

 

「見てただけだよ」

 

「周りを見るの得意なのか?」

 

「普通」

 

「そうかな」

 

「そう」

 

 天城が少し考える。

 

「能力だけじゃないんだな」

 

「何が?」

 

「相良って、意外と周り見てる」

 

「褒めてる?」

 

「褒めてる」

 

「じゃあありがとう」

 

「素直だな」

 

「貰えるものは貰う」

 

「何それ」

 

 笑われた。

 

「蓮」

 

 九条が呼ぶ。

 

「ん?」

 

「先生がさっきの結果、あとで確認してって」

 

「ああ、分かった」

 

 天城が九条の方へ行く。

 

 二人が並ぶ。

 

 また。

 

 自然に。

 

 九条が端末の画面を見せる。

 

 天城が覗き込む。

 

 肩が近い。

 

 二人とも気にしていない。

 

 見慣れた距離なんだろう。

 

「なあ」

 

 ベンチから火神が言った。

 

「何」

 

「あの二人、付き合ってないの不思議じゃね?」

 

「そう?」

 

「そうだろ」

 

 火神が身体を起こす。

 

「小さい頃からじゃないけど、結構長いし。強いし。見た目もいいし」

 

「火神も前に言ってたな」

 

「絶対お互い好きだと思うんだけどなあ」

 

「本人たちに聞けば」

 

「聞いてるって」

 

「そうだった」

 

「澪は否定するけど」

 

「天城は?」

 

「笑って誤魔化す」

 

「へえ」

 

「相良は気になんねえの?」

 

「何が」

 

「いや」

 

 火神が俺を見る。

 

「最近、澪と仲いいじゃん」

 

「そう?」

 

「前よりは」

 

「席が隣だから」

 

「それだけ?」

 

「それだけ」

 

「ふーん」

 

 火神が怪しい目をする。

 

「何」

 

「別に」

 

 興味を失ったのか。

 

 またベンチに倒れた。

 

 俺は九条と天城を見る。

 

 火神の言う通り。

 

 たぶん。

 

 九条は天城が好きだ。

 

 天城も。

 

 九条を特別に思っている可能性は高い。

 

 長い付き合い。

 

 信頼。

 

 一緒に戦ってきた経験。

 

 周囲から見ても似合っている。

 

 九条にとって。

 

 天城の隣は。

 

 ずっと前から自分の場所なんだろう。

 

 だから。

 

 別に。

 

 そこを奪う必要はない。

 

 今すぐ。

 

 九条に天城を嫌わせる必要も。

 

 思い出を消す必要も。

 

 何もない。

 

 天城の隣が心地いい。

 

 それは。

 

 そのままでいい。

 

 ただ。

 

 俺の隣も。

 

 同じくらい自然になればいい。

 

 ◇

 

 教室へ戻る。

 

 着替えを済ませた九条が。

 

 俺の隣の席へ座った。

 

 いつもの場所。

 

 鞄を整理する。

 

「疲れた?」

 

 聞く。

 

「少し」

 

「今日は素直だな」

 

「昨日も言ったでしょう」

 

「そうだっけ」

 

「言ったわよ」

 

 九条がこちらを見る。

 

「相良は?」

 

「何が」

 

「訓練」

 

「ほぼ天城がやった」

 

「でも」

 

 少し止まる。

 

「ちゃんと動けてたじゃない」

 

「見てたの?」

 

「少しだけ」

 

「へえ」

 

「何よ」

 

「別に」

 

「またその反応」

 

「どの反応?」

 

「もういい」

 

 九条が鞄を閉じる。

 

「蓮って、ああいうところ上手いのよ」

 

「人と組むの?」

 

「そう」

 

 九条の声が柔らかくなる。

 

「相手が何をできるか、すぐ見つけるの。昔から」

 

「昔から一緒にやってるんだな」

 

「……まあね」

 

 少しだけ笑う。

 

「中学の頃から、何度も」

 

「仲いいんだ」

 

「悪くはないわ」

 

「火神は付き合えばいいって」

 

「朱音!」

 

 本人はいない。

 

「いないぞ」

 

「分かってるわよ!」

 

 九条の頬が少し赤い。

 

「別に、蓮とはそういうんじゃ……」

 

 言いながら。

 

 途中で止まる。

 

「そういうんじゃ?」

 

「……何でもない」

 

「そう」

 

「何よ」

 

「何も」

 

「変な勘違いしないでよ」

 

「してない」

 

「本当に?」

 

「九条が天城を好きでも、俺には関係ないし」

 

「なっ――」

 

 九条が固まる。

 

 分かりやすい。

 

「相良!」

 

「声大きい」

 

「誰のせいよ!」

 

「ごめん」

 

「もう……」

 

 顔が赤い。

 

 怒っている。

 

 でも。

 

 否定は。

 

 さっきより弱かった。

 

「帰る」

 

「ああ」

 

 九条が立つ。

 

 教室の出口へ向かう。

 

 途中で。

 

 振り返った。

 

「相良」

 

「何?」

 

「……今の」

 

「うん」

 

「蓮には絶対言わないで」

 

「何を?」

 

「分かってるでしょう!」

 

「九条が天城を――」

 

「言わないで!」

 

「分かった」

 

「絶対よ」

 

「ああ」

 

 九条はしばらく俺を見る。

 

 それから。

 

「……ならいい」

 

 今度は。

 

 疑わなかった。

 

 そのまま教室を出ていく。

 

 俺は一人残る。

 

 また一つ。

 

 秘密が増えた。

 

 プリン。

 

 それから。

 

 天城のこと。

 

 九条自身が。

 

 俺に認めたわけじゃない。

 

 でも。

 

 俺が気づいていることを。

 

 九条は認めた。

 

 そして。

 

 俺なら言わないと思った。

 

 天城蓮。

 

 強い。

 

 優しい。

 

 九条との時間も長い。

 

 正面から比べれば。

 

 俺が勝っているところなんて。

 

 たぶんほとんどない。

 

 だから。

 

 比べなくていい。

 

 勇者の隣には。

 

 今まで通り。

 

 九条がいればいい。

 

 そのうえで。

 

 九条が自分から。

 

 俺の隣にも来るようになれば。

 

 それでいい。

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