最低ランク《鎮静》の俺、その正体は催眠能力者 ――勇者のヒロインを静かに奪う 作:催眠スキ
最近、相良がおかしい。
そう思ってから。
私はすぐに訂正した。
違う。
相良は前からおかしい。
授業中に寝ようとする。
能力訓練には興味がない。
試験では点を取れるくせに、普段はまともにノートすら取らない。
やればできる。
なのに。
やらない。
だから。
嫌いだった。
少なくとも。
そのはずだった。
◇
「おはよう、澪」
「おはよう、蓮」
朝。
教室へ入ると。
先に来ていた蓮が声をかけてきた。
「昨日の訓練、大丈夫だった?」
「何が?」
「朱音と何本もやってただろ。疲れ残ってない?」
「大丈夫よ」
「ならよかった」
蓮が笑う。
いつも通り。
昔から。
蓮はこういう人だ。
よく見ている。
誰かが疲れていれば気づく。
困っていれば手を貸す。
それを。
特別なことだと思っていない。
「蓮は?」
「俺?」
「昨日、朱音に付き合わされてたでしょう」
「ああ」
苦笑する。
「俺も大丈夫」
「朱音の相手、毎回してたら身体もたないわよ」
「九条が逃げるから」
「逃げてない!」
「あはは」
笑われた。
「蓮まで……」
「冗談だよ」
「分かってるけど」
こういう会話も。
昔から変わらない。
蓮と話していると。
安心する。
気を張らなくていい。
何を言っても。
変に受け取られない。
――好き。
そうなのだと思う。
たぶん。
ずっと前から。
昨日。
相良に言われた。
『九条が天城を好きでも、俺には関係ないし』
思い出した瞬間。
頬が熱くなった。
「澪?」
「何?」
「顔赤くない?」
「赤くない!」
「そう?」
「そうよ」
危ない。
よりによって本人の前で。
全部。
相良のせいだ。
「おはよー!」
朱音が教室へ飛び込んでくる。
「朝から元気ね」
「おう!」
その後ろから。
相良が入ってきた。
「おはよう」
小さく手を上げる。
「おはよう」
普通に返した。
そして。
相良が私の隣へ座る。
鞄を置く。
教科書を出す。
――いや。
出さない。
机に突っ伏した。
「相良」
「ん」
「朝から寝ないで」
「まだ授業始まってない」
「もうすぐ始まるでしょう」
「始まったら起きる」
「自分で?」
「たぶん」
「起きないでしょう」
「じゃあ頼む」
「なんで私なのよ」
「隣だから」
「……もう」
ため息が出る。
本当に。
こういうところが嫌い。
適当で。
人任せで。
やる気がない。
なのに。
「九条」
「何?」
「おはよう」
「さっき言ったでしょう」
「ちゃんと聞いてなかった」
「……おはよう」
「うん」
また目を閉じた。
腹が立つ。
はずなのに。
なぜか。
少しだけ。
笑いそうになった。
◇
一限目。
相良は起きていた。
珍しい。
もっとも。
起きているだけで褒める気にはならない。
「相良」
「何?」
「ノート」
「取ってる」
「……本当ね」
「なんで驚くの」
「普段の行いでしょう」
「信用ないな」
「自分でなくしたのよ」
「厳しい」
相良がペンを動かす。
字は相変わらず汚い。
「そこ」
「ん?」
「違う」
「また?」
「また」
私は自分のノートを指差す。
「ここ」
「ああ」
「ちゃんと見れば分かるでしょう」
「九条の見た方が早い」
「自分で考えなさい」
「はい」
素直に書き直す。
変な人。
私が言えば。
意外と聞く。
それなら最初からやればいいのに。
しばらくして。
先生が黒板へ向く。
その隙に。
相良が小さくあくびをした。
「……」
また眠るつもり?
横を見る。
相良と目が合った。
「何?」
「別に」
「監視?」
「違う」
「委員長怖いな」
「寝なければ見ないわよ」
「じゃあ起きとく」
「最初からそうしなさい」
前を向く。
少しして。
気づく。
私は。
何回。
相良の方を見ているんだろう。
先生。
黒板。
ノート。
相良。
また黒板。
おかしい。
隣だから。
視界に入るだけ。
それだけだ。
◇
二限目が終わった。
「澪」
朱音が私の机へ来る。
「購買行こうぜ」
「今?」
「パン買いたい」
「昼休みにすれば?」
「限定の焼きそばパンなくなる!」
「知らないわよ」
「付き合って!」
「一人で行きなさい」
「冷たい!」
騒ぎながら。
朱音が今度は相良を見る。
「相良!」
返事がない。
「……いない」
隣を見る。
空席。
「どこ行った?」
「知らないわよ」
そう答えてから。
私は机を見る。
教科書は置いてある。
鞄も。
飲み物だけない。
たぶん。
自販機。
「飲み物じゃない?」
「なんで分かんの?」
「……たまたま」
「ふーん」
「何よ」
「いや?」
朱音が妙な顔をする。
「じゃ、あたし一人で行ってくる!」
「最初からそうしなさい」
「澪の分も買ってこよっか?」
「いらない」
「了解!」
走っていった。
「廊下は走らない!」
「はーい!」
まったく。
私はため息をつく。
そして。
隣を見る。
空いている。
「……」
静か。
当然だ。
相良がいないんだから。
前までなら。
それでよかった。
むしろ。
静かな方がよかったはず。
私は教科書を開く。
次の授業の準備をする。
一分。
二分。
「……遅くない?」
声に出して。
自分で止まった。
何が?
飲み物を買いに行っただけなら。
少しくらい時間がかかる。
そもそも。
どこへ行ったかも知らない。
私には関係ない。
ページをめくる。
文字を読む。
頭に入らない。
「何してるんだろ……」
「俺?」
「っ!?」
横から声。
顔を上げる。
相良。
ペットボトルを持って立っていた。
「びっくりした……!」
「ごめん」
「いつ戻ったのよ」
「今」
「声かけて」
「かけた」
「そうじゃなくて!」
胸に手を当てる。
心臓が速い。
「何してるんだろって言った?」
「言ってない」
「聞こえたけど」
「気のせい」
「俺のこと?」
「違う!」
「じゃあ誰?」
「……朱音」
「火神?」
「そう」
「購買行ったけど」
「知ってる」
「じゃあ何してるか分かってるじゃん」
「うるさい!」
「理不尽」
相良が座る。
また。
隣が埋まる。
「どこ行ってたの?」
聞いてから。
しまったと思った。
「自販機」
やっぱり。
「それだけ?」
「途中で黒瀬先生に捕まった」
「何したの?」
「何もしてない」
「本当に?」
「信用ないな」
「普段の行い」
「九条それ好きだな」
「事実でしょう」
「進路調査また出せって」
「まだ出してなかったの!?」
「出した」
「じゃあなんで?」
「ほぼ空欄だったから」
「それを出したって言わないの!」
思わず声が大きくなる。
相良が少し笑う。
「元気だな」
「誰のせいよ」
「俺?」
「他に誰がいるの!」
言って。
止まる。
他に誰が。
いるとか。
いないとか。
そういう話じゃない。
「九条?」
「……何でもない」
前を向く。
隣から。
ペットボトルを開ける音がした。
なぜか。
少しだけ。
落ち着いた。
◇
昼休み。
私は蓮と朱音と一緒に食堂へ向かった。
相良はいない。
「相良は?」
蓮が聞く。
「購買じゃない?」
朱音が答える。
「今日も?」
「たぶん」
私も答える。
「澪、詳しいな」
「何が?」
「相良の昼飯」
「隣なんだから分かるでしょう」
「そう?」
「そうよ」
朱音が笑っている。
「何よ」
「なんでもない」
最近。
朱音のこれが多い。
気にしないことにする。
席を確保する。
蓮が正面。
朱音が隣。
いつものような配置。
「そういえば」
蓮が言う。
「来週、第二訓練場で合同演習あるらしいな」
「聞いたわ」
「三年も参加するって」
「美月先輩も?」
「たぶん」
天城美月先輩。
蓮とは昔から家族ぐるみの付き合いがある。
私も何度か話したことがある。
優しくて。
綺麗で。
少し羨ましくなるくらい。
人との距離を自然に縮められる人だ。
「蓮、また美月先輩に世話焼かれるんじゃね?」
朱音が笑う。
「俺、そんな世話されてないだろ」
「されてるされてる」
「澪もそう思う?」
「……まあ」
「九条まで」
蓮が困った顔をする。
楽しい。
こういう時間は好きだ。
ずっと。
そうだった。
蓮がいて。
朱音がいて。
私がいる。
自然な時間。
なのに。
「……」
私は。
空いている椅子を見た。
四人用のテーブル。
一席。
空いている。
昨日は。
そこに相良がいた。
「澪?」
「何?」
朱音が私を見る。
「ぼーっとしてた」
「してないわよ」
「してたって」
「少し考え事してただけ」
「何?」
「別に」
また。
空席を見る。
何を考えてるの。
私は。
別に。
相良と一緒に食べたいわけじゃない。
ただ。
昨日も四人だったから。
一人いないと。
少し違って見えるだけ。
それだけ。
◇
午後。
能力倫理。
黒瀬先生が教壇に立っていた。
「能力の影響というものは、必ずしも使用中だけ続くとは限らない」
教室が静かになる。
「身体強化なら疲労。炎熱系なら残留熱。感覚干渉なら知覚の違和感。能力によって形は違うが、作用後も影響が残る場合がある」
私はノートを取る。
「特に厄介なのは、本人が影響を自覚できない場合だ」
一瞬。
黒瀬先生の視線が。
教室をゆっくり横切った。
「だから能力者は、自分の感覚を過信するな。違和感があれば記録を残す。他人の指摘も聞く。これは基本だ」
感覚を。
過信しない。
私はペンを止めた。
最近。
変わったこと。
相良と話していても。
前ほど腹が立たない。
隣にいても。
思っていたより平気だった。
声を聞いていると。
疲れているときは。
少し落ち着く。
「……」
まさか。
私は横を見る。
相良。
真面目に黒板を見ている。
珍しい。
「何?」
視線に気づいた。
「……別に」
「また?」
「授業見てなさい」
「見てるけど」
「ならいい」
前を向く。
馬鹿馬鹿しい。
相良の能力は【鎮静】。
人の緊張を。
ほんの少し和らげるだけ。
測定だってEランク。
そもそも。
授業中に勝手に使うなんて。
規則違反。
相良が。
そんな面倒なことをする理由がない。
それに。
最近の変化には。
ちゃんと理由がある。
隣の席になった。
話す時間が増えた。
プリンのことを黙っていてくれた。
約束を守った。
思っていたより。
悪い人じゃなかった。
それだけ。
私は。
相良を誤解していただけかもしれない。
そう考えれば。
全部説明できる。
「九条」
「何?」
小声。
相良がノートを指差す。
「先生、今どこのこと言ってる?」
「……聞いてなかったの?」
「ちょっと」
「まったく」
私は自分のノートを少し寄せた。
「ここ」
「ありがとう」
「ちゃんと聞きなさいよ」
「努力する」
「今しなさい」
「火神みたいなこと言うな」
「誰のせいよ」
また。
いつもの会話。
私は。
少しだけ笑った。
ほら。
何も。
おかしくない。
◇
放課後。
「澪、帰る?」
蓮が聞いた。
「今日は図書館に寄るわ」
「そっか」
「蓮は?」
「朱音に捕まった」
「訓練!」
後ろから朱音。
「元気ね……」
「澪も来い!」
「今日は嫌」
「逃げた!」
「逃げてない!」
昨日と同じ。
蓮が笑う。
「じゃあ、また明日」
「ええ。また明日」
二人が出ていく。
教室が静かになる。
私は鞄へ教科書を入れる。
隣を見る。
相良も。
まだいた。
机に突っ伏している。
「……相良」
「ん」
「帰らないの?」
「帰る」
「じゃあ起きなさいよ」
「あと五分」
「ここで寝ないで」
「五分だけ」
「寮で寝ればいいでしょう」
「そこまで歩くのが面倒」
「子供じゃないんだから」
返事がない。
「相良?」
「……」
本当に寝た?
「もう……」
放っておけばいい。
私は図書館へ行く。
相良がここで寝ていても。
私には関係ない。
鞄を持つ。
二歩。
歩く。
止まる。
「……相良」
「んー」
「風邪ひくわよ」
「教室で?」
「知らないけど」
「じゃあ大丈夫」
「何が大丈夫なのよ」
また返事がなくなる。
「……」
私は。
ため息をついた。
自分の席へ戻る。
椅子に座る。
図書館は。
別に逃げない。
少しくらい。
いい。
鞄から本を出す。
昨日借りた小説。
一ページ開く。
隣では。
相良が寝ている。
静か。
窓から。
夕方の風が入る。
ページをめくる。
五分。
それくらい経った頃。
「……ん」
相良が顔を上げた。
「おはよう」
「おはようじゃない」
「九条、まだいたの?」
「あなたが五分って言ったからでしょう」
「待ってた?」
「違う」
「じゃあ何してたの?」
「本読んでた」
「図書館は?」
「これから」
「そっか」
相良が伸びをする。
「じゃあ帰る」
「ええ」
立ち上がる。
また。
二人で教室を出た。
途中まで。
同じ道。
「九条」
「何?」
「今日、静かだな」
「そう?」
「うん」
「普通よ」
「ならいいけど」
歩く。
私は横を見る。
相良。
寝癖みたいに髪が少し跳ねている。
「相良」
「ん?」
「髪」
「何?」
「跳ねてる」
「どこ」
「後ろ」
手を伸ばしかけて。
止める。
「……自分で直して」
「見えない」
「知らないわよ」
「九条やって」
「嫌」
「即答」
「当たり前でしょう」
相良が適当に手で髪を押さえる。
「直った?」
「全然」
「難しいな」
「寮で鏡見なさい」
「そうする」
また。
歩く。
図書館への分かれ道。
「じゃあ」
私が言う。
「ああ。また明日」
「……ええ」
相良が寮の方へ行く。
私は図書館へ向かう。
数歩。
歩いて。
振り返る。
相良は。
もうこちらを見ていない。
「……」
何をしてるんだろう。
私は。
最近。
相良を見すぎている。
相良のことを。
考えすぎている。
前なら。
もっと。
どうでもよかった。
嫌いだったから。
関わりたくなかったから。
でも。
今は。
嫌い。
その言葉を。
頭の中で繰り返してみる。
相良透が。
嫌い。
「……」
違和感があった。
嫌いなところなら。
いくらでも言える。
だらしない。
やる気がない。
適当。
人をからかう。
腹が立つ。
でも。
相良そのものが嫌いかと聞かれたら。
少し。
答えに困る。
だって。
約束は守る。
秘密も漏らさない。
意外と人のことを見ている。
話していると。
思ったより。
楽しい。
それに。
疲れているときは。
少しだけ。
落ち着く。
「……何考えてるのよ、私」
小さく呟く。
違う。
別に。
好きになったわけじゃない。
そんなわけない。
蓮とは。
全然違う。
相良なんて。
ただのクラスメイト。
たまたま。
隣の席になって。
たまたま。
話すようになっただけ。
だから。
嫌いじゃなくなったとしても。
別に。
おかしくない。
人への印象なんて。
話してみれば変わる。
普通のこと。
そう。
普通。
私は。
そう結論づける。
それなら。
全部。
説明がつく。
相良透は。
嫌い。
だった。
たぶん。
今は。
そこまででもない。
ただ。
それだけだ。