チートも加護も無いんですが。~貧乏貴族の跡継ぎに生まれ変わったのでなんとかします~ 作:コロトック
「坊ちゃん、いい加減起きてください。今日は税吏が来る日ですよ」
「税吏……ああ、うん。分かった」
目を開けると、見知らぬ天井。定番すぎて逆に笑えてくる。
いや正確には見知らぬというか、この三年間ずっと見てきた天井なんだけど。前世の記憶が戻ったのは昨日の話だから、俺にとってはまだ「見知らぬ」で合ってる。
「分かってないですよね、その顔」
目の前でジト目を向けてくるのは、俺付きの侍女リタ。同い年くらいに見えるけど、実際は俺より二つ上らしい。
「分かってるって。税吏でしょ。怖い顔したおじさんが来て、うちにお金無いですねーって言って帰る、あれ」
「毎年恒例の儀式みたいに言わないでください……」
リタがため息をつく。
俺の名前はノア・ハミルトン。貧乏男爵家、ハミルトン家の跡継ぎだ。
昨日の夜、寝てる間に前世の記憶がドバっと戻ってきた。日本人だった記憶、異世界転生系の小説を読み漁っていた記憶、そして色々。
で、思ったわけですよ。
「よし。俺にもチートがあるはずだ」
「はい?」
「ステータスオープン」
何も起きない。
「……もう一回。ステータスオープン」
やっぱり何も起きない。目の前には相変わらずリタの怪訝な顔があるだけ。
「坊ちゃん、また変な熱でも出ました?」
「いや、待って。鑑定は? 鑑定スキルとか」
「何を鑑定するんですか」
「リタを」
「やめてください」
真顔で拒否された。解せぬ。
俺は布団から起き上がって、もう一度目を閉じる。集中、集中。前世の知識によれば、こういう時は焦らずじっくりイメージするのが大事なはず。
「アイテムボックス」
何も出てこない。
「収納魔法」
やっぱり何も出てこない。
「……剣聖の加護とか」
「坊ちゃん、寝ぼけてるなら二度寝していいですよ」
「寝ぼけてない! 本気だ!」
リタが半目で見てくる。この視線、なんか懐かしい。前世でも似たような目で見られてた気がする。
「あの、坊ちゃん。うちにお金が無いのはご存知ですよね」
「知ってる。今日税吏来るんでしょ」
「そのお金を用意するために、私は昨日徹夜で帳簿を見直してたんですけど」
「お疲れ様」
「労いより先に、何か手伝う気はないんですか」
ぐうの音も出ない。正論すぎる。
「いや、だからその手伝う手段として今、超能力を探ってるんじゃん」
「無いものを探すのはやめて、ある物を数えてください」
辛辣。でも間違ってない。
俺は仕方なく起き上がって、窓の外を見た。ハミルトン男爵領。畑が広がっていて、遠くに小さな村が見える。正直、豊かとは言い難い景色だ。
「なあリタ、この世界にステータスとかスキルとかって、本当に無いの?」
「聞いたことないですね。あるとしたら、それこそ勇者様とか、そういう特別な人だけの話じゃないですか」
「俺、勇者じゃないもんな……」
「男爵家の三男が勇者だったら、それはそれで国が荒れると思います」
「三男じゃなくて跡継ぎな」
「あ、そうでした。上のお二人が家を出られたから、繰り上がりでしたね」
地味に傷つく事実をさらっと言われた。繰り上がり跡継ぎ。かっこよくない。
「じゃあ本当に、チートは無いってこと?」
「無いですね。あるのは、税吏対策の頭痛と、坊ちゃんの寝癖くらいです」
言われて頭に手をやると、たしかに盛大に跳ねていた。
「……分かった。チートが無いなら、無いなりにやるしかないか」
「急に真面目になりましたね」
「元々真面目だし」
「今の会話の、どこにです?」
鋭い。何も言い返せない。
でも、内心では結構本気だった。前世の記憶と知識はある。魔法もこの世界にはちゃんと存在してる。だったら、チートなんて無くても、知識と工夫でどうにかできるはずだ。
「リタ、帳簿見せて」
「え、本当に手伝うんですか」
「言ったじゃん、無いなりにやるって」
リタが少し驚いた顔をしたあと、ふっと表情を緩めた。
「……坊ちゃんがそう言うの、初めて聞きました」
「今までの俺、そんなにダメだった?」
「ダメというか、税吏が来る日は大体、布団に潜って現実逃避してましたね」
「うっ」
身に覚えがありすぎて何も言えない。それ多分、前世の記憶が戻る前の、素のノアの行動だ。
「今日は逃げないんですか?」
「逃げない。ついでに言うと、税吏が帰ったあとの作戦も考えてある」
「作戦、ですか」
リタの声のトーンが、少しだけ変わった気がした。呆れなのか、期待なのか、俺には判断がつかない。
「そう。まずはこの領地、何がどのくらい足りてないのか、ちゃんと数字で把握するところから始めよう」
「……坊ちゃんが数字の話をするの、初めてかもしれません」
「褒めてる?」
「さあ、どっちでしょうね」
リタは答えをはぐらかすように、くすっと笑って部屋を出ていった。
残された俺は、寝癖を直しもせず、しばらくその後ろ姿を見つめていた。
チートは無い。
でも、やれることはある。
俺はベッドから完全に起き上がって、税吏との戦いへ向かう準備を始めた。