チートも加護も無いんですが。~貧乏貴族の跡継ぎに生まれ変わったのでなんとかします~ 作:コロトック
「これが今年の帳簿です」
リタがドサッと机に置いた帳面は、思ったより分厚かった。
「……重っ。これ全部数字?」
「全部数字です」
「うちの領地、こんなに複雑な経理してたっけ」
「複雑なんじゃなくて、赤字の言い訳が多いだけです」
容赦ない一言。でも否定できない。パラパラめくると、案の定「不作」「不作」「不作」の三連発が目に飛び込んでくる。
「三年連続不作って、うちの畑呪われてない?」
「呪われてはいません。ただ、種の選び方と輪作の順番が、ずっと同じなだけです」
「え、それ問題じゃん」
「問題だと、坊ちゃんも今初めて気づいたんですね」
地味に刺さる。でも今はそれどころじゃない。
「輪作って、同じ場所に同じ作物を作り続けると土が痩せるってやつだよね。順番変えるだけで収穫変わるはず」
「詳しいんですね」
「まあ、色々本で読んだから」
前世で読んだ農業系の知識が、まさかこんな所で役に立つとは思わなかった。転生あるあるってやつか。
コンコン、と扉が鳴った。
「坊ちゃん。税吏様がいらっしゃいました」
執事の声。来た。本番だ。
「よし。リタ、帳簿持ってきて」
「はい……あの、大丈夫ですか? 今日の坊ちゃん、いつもと様子が違いますけど」
「違うって、悪い意味で?」
「良い意味かどうかは、これからの交渉次第ですね」
どっちとも取れる返事。褒めてるのか、それとも品定めしてるのか。リタはいつもこうだ。
◇
応接間に入ってきたのは、痩せ型で神経質そうな中年男。手には分厚い書類の束を抱えている。
「男爵代理、ノア様ですね。今年度の納税額についてご説明に上がりました」
「どうも。座ってください」
「……失礼ですが、いつもと雰囲気が」
「気のせいです。それより、納税額の件、詳しく聞かせてもらえますか」
税吏が怪訝そうな顔をしつつ、書類を広げる。
「昨年度未納分と合わせまして、金貨にして四十枚。期限までにご準備を」
「四十枚……」
思わず声が出た。リタの方をちらっと見ると、無言でこくりと頷かれた。本当らしい。
「今すぐには無理です。分割にしてもらうことは?」
「規則で分割は認められておりません」
「じゃあ、代わりに何か納める方法は? 現物とか」
「現物納入も可能ですが、査定額次第では追加費用が発生します」
「その査定、誰がやるんですか」
「私が」
あ、これは駆け引きの余地があるやつだ。
「なるほど。ちなみにあなたの査定基準って、何かに明記されてます? 王国の公定規則とか」
税吏の眉がぴくりと動いた。
「……規則はございますが、細部は担当官の裁量です」
「じゃあ聞き方変えます。裁量って、私が納得できる説明があれば、多少融通効くってことですよね?」
「それは、その」
「昨年の査定書、見せてもらってもいいですか。今年と比較したいので」
税吏の表情が明らかに固まった。
「い、今すぐには準備が」
「じゃあ後日で構いません。次回の訪問までに用意しておいてください。あ、あと、うちの畑の作付け予定も見直してますので、来年度の収穫見込みが変わる可能性がある旨、記録に残しておいてもらえますか」
「は、はあ」
完全に押されている。前世の記憶にあった「役所仕事は前例と書類に弱い」という知識、どうやらこの世界でも通用するらしい。
税吏はしどろもどろになりながら、結局その日は「後日改めて正式な査定を行う」ということで帰っていった。
◇
「……坊ちゃん」
扉が閉まった瞬間、リタがぽつりと言った。
「なに」
「今の、どこで覚えたんですか」
「さあ。前世の知識、かな」
「前世?」
「あ、いや、なんでもない。本で読んだって意味」
誤魔化した。まだ前世の話をリタにする気にはなれない。
「まあいいです。それより、四十枚は結局払わなきゃいけないんですよね」
「うん。でも即金じゃなくていい流れは作った。あとは、その間に稼ぐ方法を考える」
「稼ぐって、具体的には」
「輪作で収穫増やすのが本命だけど、それだと時間がかかりすぎる。だからもう一個、別の手も考えてる」
「別の手?」
俺はニヤリと笑ってみせた。前世の記憶にある、この手の話で使い古された展開。でも使い古されてるってことは、それだけ効果があるってことだ。
「うちの領地、何か特産品って無かったっけ」
「特産品……強いて言えば、裏山で採れる薬草くらいですけど」
「その薬草、詳しく聞かせて」
リタが少し驚いた顔をした後、また例の、どっちとも取れる笑みを浮かべる。
「坊ちゃんがそんなに目を輝かせるの、初めて見ました」
「悪い意味?」
「さあ」
今日二度目のはぐらかし。でもさっきよりは、ほんの少しだけ楽しそうに見えた。