チートも加護も無いんですが。~貧乏貴族の跡継ぎに生まれ変わったのでなんとかします~ 作:コロトック
「で、その薬草って売ってるの? 今まで」
「売ってないですね。村の人が体調悪い時に、自分で摘んで煎じて飲むくらいです」
「え、じゃあお金になってないってこと?」
「そうです」
もったいない。前世の記憶が正しければ、薬草って結構いろんな用途があったはずだ。傷薬、解熱、下手すりゃ魔法薬の素材にもなる。
「よし、見に行こう」
「今からですか?」
「善は急げって言うでしょ」
「言いますけど、坊ちゃんが急いでるところ初めて見ました」
また始まった、リタのそれ。
「褒めてる?」
「……」
◇
裏山は思ったより近かった。屋敷から歩いて十五分程度。案内してくれたのは、村の少年フィン。リタの又従兄弟らしい。
「このへんに生えてるのが、みんな『ネムリグサ』って呼んでる薬草っす」
地面に群生している、細長い葉の植物。前世の知識と照らし合わせてみる。
「これ、匂い嗅いでいい?」
「え、いいっすけど」
摘んで匂いを嗅ぐと、少しミントに似た清涼感のある香り。葉の裏が銀色っぽい。
「フィン、これ食べたらどうなる?」
「眠くなるっすよ。だから『ネムリグサ』」
「煎じたら?」
「同じく眠くなる。あと、熱がある時に飲むと楽になるって、婆ちゃんが言ってました」
なるほど。解熱と鎮静効果。前世でいう睡眠導入剤とか鎮痛剤に近い成分がありそうだ。
「これ、この山にどれくらいある?」
「そこら中に生えてるっすよ。誰も採らないんで」
「なんで誰も採らないの? お金になりそうなのに」
フィンが不思議そうな顔をした。
「なるって、誰が買うんです? 村の人はタダで採れるから買わないし」
「村の外の人が買うかもしれないでしょ」
「村の外まで運ぶ手段が無いっす。行商人も滅多に来ないし」
なるほど、そういうことか。需要はあっても、流通が無い。前世でいうところの「ラストワンマイル問題」ってやつだ。
「リタ、街まで行商人使わずに荷物運ぶ方法って、他に無いの?」
「街道沿いなら、月一で来る巡回商人がいますけど。あとは、教会の馬車が定期的に街と行き来してます」
「教会?」
「治療院への薬の受け渡しとかで、月に何度か」
これだ。教会経由なら、薬草を「治療用の物資」として運んでもらえる可能性がある。しかも治療院なら、薬草の需要そのものがある。
「よし、方針決まった」
「もう決めたんですか。早くないです?」
「早いのが悪いこと?」
「さあ、どっちでしょうね」
三度目。数えてるわけじゃないけど、そろそろ数えたくなってきた。
「フィン、この薬草、村の人にお願いして採ってもらうことってできる?」
「そりゃできるっすけど、タダ働きさせるつもりっすか?」
「まさか。ちゃんと買い取る。あと、採る量に応じて報酬出す」
「マジっすか」
フィンの目の色が変わった。当然だ、貧乏領地の村人にとって、現金収入は貴重なはず。
「ただし条件がある。全部採り尽くさないこと。来年も再来年も採れるように、根っこは残す」
「え、なんでです? 全部採った方が早くないっすか」
「一回で全部採ったら、来年から無くなるでしょ。それだと一年で終わり。でも毎年少しずつ採れば、ずっと稼げる」
フィンとリタが顔を見合わせる。
「……坊ちゃん、それ、村の年寄りが知恵として言いそうなことですね」
「知恵っていうか、常識っていうか」
「常識で片付けるには、うちの領地、今まで誰もやってこなかったことですけどね」
地味に痛い指摘。でも今更止まらない。
「とにかく、まずは教会に話をつける。薬草を治療院に卸せないか、それと運搬を手伝ってもらえないか」
「私が話に行きましょうか? 教会の司祭様、私の顔は覚えてるので」
「頼めるならお願いしたい。俺だと『男爵家の坊ちゃんが急に何言い出すんだ』って警戒されそうだし」
「今まさに、その心配通りのこと言ってますよ」
「うっ」
言い返せない。
フィンが薬草を一束抱えて、興奮気味に言った。
「じゃあ俺、村のみんなに声かけてくるっす! 明日から採り始めるんで、いっすよね!」
「うん、頼んだ」
フィンが山を駆け下りていく後ろ姿を見送りながら、リタがぽつりと呟いた。
「本当に、稼げると思ってるんですか」
「分からない。でも、やらないよりはマシだと思う」
「その言い方、前より少しだけ、頼りがいがある気がします」
「それ、褒めてる?」
リタは今度は答えず、ただ小さく笑って山を下り始めた。
俺はその背中を追いかけながら、風に揺れるネムリグサの群生を、もう一度だけ振り返った。