「それ重いでしょ。わざわざ持ち上げてさ」
「ん重いっ……けど、ゴロゴロ……うるさい、ふっ……かな……ってっ」
「キャリーケースのコロコロよりうるさいのがそこにいるから気にせんでいいよ?」
「んぁ? なんつった?」
「そこの超はつらつ元気かぐや!」
「うぉぉお! なんでぃろは?!」
「陽香ちゃん、今のは多分、"なんだい? 彩葉!"だと思うよ」
「さすいろ! 御名答!」
この会話に違和感なくすんなり絡める方が特殊だと思うんだぁ綾紬は。だからいろかぐと陽香ちゃんを後ろからこうやって俯瞰視点で眺めていることに、疎外感は感じない。ただ気になることはあるので、こっそり陽香ちゃんに近づく。
「キャリーケースのコロコロ転がしてる時ってさ、どんなこと思ってるの?」
「う〜ん、周りの人に、うるさくしちゃってごめんなさい〜! とか?」
「見習って欲しいわぁかぐやにも」
「それでぶちぎれるのはオニ心狭いヤバいやつだから気にせんでもいいんじゃね!?」
その心意気は見習いたいなぁ……
私たち酒寄家は、ただいま鉄路で夕焼けの甲斐路を爆走中。向かう先は信州諏訪湖。諌山家への連絡を我らが家主の酒寄彩葉に一時的に制限されたため、いつものGWの習慣だった大月行きも、たち消え。せっかくなら代わりにと、さらに遠方の長野県へ向かうことになったわけ。
「耳がき──んする!!」
「芦花、to陽香よろ。めっちゃ早いし静かだね」
「陽香ちゃん、from彩葉。めっちゃ早いし静かだね」
「……」
彩葉は陽香ちゃんとの間に挟まる私を介して伝言ゲームのつもりだろうか。伝言最終到達地点の陽香ちゃんは窓側の席でボォっと外を眺めてる。かぐやちゃんは陽香ちゃんとは反対側の窓側の席。どうやらスルーされたことに不服のようで、義体機能にあるテレパシー的無線通信で彩葉のスマホに大量の通知を鳴らす。
「なになに。耳キーンする? 痛い?」
かぐやちゃん、彩葉が思いの
でもなんか、一人足りない。本当は五人だったのに。
「ところでテテさんは?」
「テテテさんはなんか用事あるっぽい。後から来るって」
「oh! tetete?」
「突然の英語なに? かぐやはテテテさんのこと、なんか知らない?」
「アイ、ドン、ノー」
「そっか〜急用かなぁ」
「そ、そうだよきっと! だからさ! のんびり待ってよよ!」
「お、おぅ……押し強いな……」
押しが強いというより、話を終わらせに行った感じ? テテさんからなんか聞いたのかな。
彩葉が私の膝に手のひら置いて体重をかけて陽香ちゃんに眠りを促す。あの、重いっす。
文字通り
「学校から家帰ってすぐに出発だったから疲れてるでしょ? 今のうちに寝ちゃいな」
「もったいない……」
陽香ちゃん、私たちとの旅行は初めてだもんねぇ〜ぇえ〜っと……
「まさか旅行自体本当に初めてだったりする……?」
「中学上がってからは、初めて」
陽香ちゃんの
「うちらがあっちゃこっちゃ連れ回したるわ!」
「かぐや! 特急の中は静かに!」
お、駅ナカに足湯あるじゃぁ〜ん。このためにタオルを持ってきたんだ。早速……
「まだダメ」
彩葉に出鼻を
「一番効果テキメンなときに入りたいじゃん? いっちゃん疲れてる時がいっちゃん沁みるんよ」
「今の私結構疲れてるよ?」
「まぁまぁ。3日目の最後入ろ3日目」
お、おっけ……なんか策があるのかな。あたりはもう夕暮れ越えてトワイライトタイム。マジックアワーってやつだ。ボチボチ4人で宿へ向かおう。
かぐやちゃんがガラガラと爆音を立ててキャリーケースを引きずる。もし雨だったら水溜りにも
「やっぱケース持つよ。筋トレ代わりにしたい」
「えぇ〜……うーん、それならよろぴくろか〜」
「よろぴく直後失礼。もう宿着いたけど」
ホテルの明かりで逆光の、彩葉のツッコミ。もはや神々しい。神ツッコミ。
おぉおぉおお、お、お、お……お? おぉ。
夜だから諏訪湖が真っ暗闇のブラックホール。この部屋の窓から見える景色はピカイチのはず。起きてからの楽しみにとっておけと申すか。湖岸にある街の灯りの数々は、まるで星の光のよう。ブラックホールに吸い込まれる直前の。
……うん。素養の無い分野の
「お風呂は貸切だっけ?」
「当然。貸切以外の選択肢がない」
「3泊4日かぁ。修学旅行だ」
「かぐやは?」
「陽香ちゃん連れてロビーのドリンクバー」
その時かぐやちゃんからメッセージが。
『すぐ来て! ガチ美味いジュースめっけた! 全員飲め!』
彩葉と顔を見合わせて一緒に失笑する。姫様の仰せのままに。
かりん……?
「かりんとうのかりんなのかな?」
「チッチッチ。花に梨と書いて花梨なのです」
かぐやちゃんが物知り顔で説明するけど、そこの紙ポップに書いてあるもんね。諏訪名産の果物らしい。聞いたこともなかったな。
試しに飲んで甘ぁぁ……あっま。なんだろうこの、りんごともただの梨とも違うような。
「花梨欲しいかも〜彩葉ぁ買ってぇ〜?」
「うん。これは美味しいわ。買います」
即決。本家かぐやちゃんのおねだりは強い。
「生でムシャッと行きたいね」
「かりんは生は無理ですね〜」
フロントの人が生でムシャッと行きたい私に呼びかける。応対は頼んだ、彩葉。
「梅みたいなものですか? 塩漬けにしないと毒素があるとか」
「そうですね……詳しいことまでは分かりませんけど、硬すぎる上に、ただただ苦すぎるみたいです。加熱だったり酒漬け砂糖漬けにして食べるのが一般的ですね」
「かぐや実から家で作りたい!」
「あんた好奇心発動して実のままで食べてみたいだけだな?」
「くっ……バレた……」
「でももし毒素がないならやってみようか。生でガブっと」
なにこの人はすまし顔でとんでもないこと言ってんの。フロントの人と陽香ちゃんも一瞬で
「やっぱ毒素あるっぽいね。アミグダリンか。やっぱ生はダメ!」
「チェ〜」
「チェ〜を言うなチェ〜を」
「さてそこの
「ありがとう芦花。加工した実の方は味次第では酒のつまみにできるかな?」
フロントのスタッフさん、カウンター出てこっちに来てるよ。業務はどうしたよ。
「お酒のつまみどころか酒自体にもなりますよ。あちらのバーの方に花梨酒もご用意しております」
「あ、どうもありがとうございます。成人組はどっかのタイミングでバーに行こうか」
「その前にお夕食がございますよ。酒寄様のご予約は20時からとなっております」
「ご丁寧にどうも〜」
彩葉さん……ご丁寧にったって、この人の仕事だからねぇ……
「夕飯はテテテさん抜きで頂いちゃおっか。テテテの分はかぐやが全部平らげるでしょ。そうなるとあの人の夕飯どうしよう」
「テテさんに連絡しとけばあの人なんとかするでしょ」
「かぐや部屋戻って寝てくる〜」
「また中途半端な時間に……ま、ちょうど良いや。3人で温泉入ろっか」
ご飯前のお風呂は非日常感があって割と好き。温泉直後のすべすべ肌に軽い化粧を施す一手間。
「あれ、かぐやさんは温泉には……?」
「体質がね、かぐや、温泉はダメみたいで」
そうだね。”体質”が、ね。
実際のところ、かぐやちゃんの義体で温泉に入るのはかなり困難を伴う。と言うのも日本の温泉の泉質の数があまりに多すぎて、さらに地質変動などによって突然泉質がランダムに変化したりするので、その時々の泉質に合わせた義体の最適化は実質不可能と酒寄教授が語ったことがある。
もし無理して温泉に入ると何が起こるか、KG型義体が出来立てほやほやの9年前、私はそれを目の当たりにした。20年前真実が取り交わした、この4人で一緒に温泉に入るという私たちの約束。
KG型義体が出来てから1年経ったので実地実験も兼ねて、某温泉郷でかぐやちゃんと入ってみたところ、詳しいことはわかんないけどとにかく全員すっぽんぽんで大焦りする事態が発生。彩葉は東京駒場の研究室へかぐやちゃんを連れてすっ飛び帰ってった。その日真実と食べた旅館の夕ご飯はただひたすらに味がしなかったことをよく覚えている。味がしないってあんな感覚なのかな。
誰も桶を動かしてもいないのに"カポーン"という
「鎖骨から下はね、薄いタオルでこうやって隠すんだよ。大浴場だと周りの人がいるとこだから」
「こう?」
「そうそう」
陽香ちゃんは久々の旅行。公共風呂場のエチケットもあまり覚えてないだか知らないみたいで、一つづつ再インストールさせていく。
「でもこれさ、よく考えなくても後ろ丸見えだよね」
「変なこと吹き込まないで彩葉」
「だからほら、フェイスタオル二刀流でサンドイッチ」
「陽香ちゃん。あんな変人になっちゃダメだよ」
「うん」
実は旅行出発前に、テテさんからある助言をもらっていた。この機会に陽香ちゃんの身体に目立った傷痕が無いか、主に病院での目視が出来なかった箇所をさりげなく確認して欲しいと。私は脱衣の前に陽香ちゃんに許しを得て彼女の身体を観察することになった。まぁ一緒に風呂に入ってくれる時点で、見つかってない傷が新たに見つかる心配はなさそうだけど。
確認事項はそれだけではない。身体や頭の洗い方も間違ったやり方をしている可能性があるから
それにしても、細い。身体が細すぎる。ある意味傷跡の一つだよね。酒寄家で1ヶ月半暮らしてたとはいえ体型はそうすぐに変わらない。一番大事な成長期の一人暮らしの時に、本当に栄養は足りていたの? 節約と称して自炊も少量の食料で済ませちゃいなかっただろうなと心配する。高校時代にガチでそれを実行してた彩葉がボケっと湯船に浸かっている。
「あーぎぼじー!」
「彩葉声でかいよ。めっちゃ響くよ」
「これでマッサージチェアがあったら完璧だったなぁ」
「望み高すぎ。身長測るの付き体重計があっただけでも良しだよ」
「望み低すぎ。陽香ちゃんは後で身長体重測ろっか。あ、この間学校で測ったんだっけ。まぁいいや。後でもっかい測ろ」
「二転三転」
「七転び八起き」
陽香ちゃんは
「おいで〜陽香ちゃ〜ん」
浮力を使ってのそのそと手で歩く陽香ちゃん。やっぱやるよねそれ。横着。本当はダメだけど。さて、この子はこちら側に来た後、私と彩葉のどっちに身を寄せるだろう。
陽香ちゃんは私と彩葉をそれぞれ
「まぁ決めづらいよね」
多分初期の陽香ちゃんならどっちにもつかず割り込みもせず
私は自分の肩をポンと叩き、陽香ちゃんの頭を置くよう促す。少し前に陽香ちゃんに借りた肩のお返し。だけど私の座高が高すぎて、陽香ちゃんの顔は私の肩に届くかな。
「明日は陽香ちゃん、テテテと一緒に大浴場に挑戦してみても良いかもね。緊張するだろうけど良い経験になるよきっと」
そう助言する彩葉の横顔に、ついつい見入ってしまう。いくつになっても彩葉は彩葉だ。私の恋した、彩葉のまま。
良いな。彩葉は彩葉のままで。
やっぱり胸が高鳴ってしまう。途端に恥ずかしくなって、エクボを作って少しうつむく。うつむいた先には陽香ちゃんの顔面が目の前に。私を覗き込んでいたっぽい。心のうちを見透かされている気がして別の意味で胸が高鳴る。
「ここ、座る?」
さらに私は自分の太ももをチャポンと叩き、陽香ちゃんの身体を置くよう促す。見透かしてそうな目が合わないように。
「芦花それさ、なんかアウトな気がしなくもないよ?
「うん。今気づいた。やっぱやんなくていいよ」
ところがどっこい。陽香ちゃんは自分から私の太ももに座りに来た。バランスを取るため思わず彼女の背中に上半身を押し付け、陽香ちゃんのお腹を抱える。結局ガラス越しに目が合うな……
しばらくそのままでいると陽香ちゃんが震え始めた。これは泣いてる震えだ。急いで手を離す。なんでだろう。いや、何でもなにも理由は自明。最悪ごめんじゃ済まないな……
「小さい頃、小学校入る前とかに、お母さんよく私にこうしてたんです。一緒にお風呂入ってる時」
その理由は想定外だった。思い出しちゃったのかな。
亡くなったお母さんのことについてはむやみやたらに聞かないよう、彩葉からもテテさんからもかぐやちゃんからも言われている。それなら。
「今私のやってるこれは、嫌じゃない?」
「ずっと一人だったから……これが凄く懐かしくて……」
「……独りでずっと、よく頑張ったよ……」
私は陽香ちゃんのお腹をさする。時々陽香ちゃんの大腿骨が小指に当たる。一瞬触れてしまったあばら骨でも硬い骨のヒダヒダをしっかり感じ取れてしまった。ねぇ、やっぱり痩せすぎだよ。
「痩せすぎです」
脱衣所で彩葉が断定する、ほんと、マジで。14歳女子で身長150あって体重35kg切ってんのは本当にヤバい。酒寄家でも確かに少食なんだよ。さらに食べるよう勧めて食べさせても本当にお腹パンパンにさせてて。一人暮らしの悪影響があまりに大きすぎる。人体に明るい彩葉がアドバイスを送る。
「ゆっくりでいいからまずは胃を大きくしていこう。栄養の入る袋の容量を大きくしないと。食欲はちゃんとある?」
「多分……?」
多分かぁ。こりゃ多分“無い”かもしれないな……
「とりあえずこの後夕ご飯だから、とっとと服着ちゃおう」
貸切とはいえせめて浴衣着てからこの会話しろ? それはほんとそう。段取り完全に間違えた。
「かぐやちゃんだいぶがっつり寝るね。もう夕ご飯なのに」
「かぐや来ないとテテテさんの分が
「そんなにかぐやさんは胃が大きいの……?」
「全てを飲み込むブラックホールだよ」
かぐやちゃんはね。8000年の間ずっと何も飲み込めなかった分を全部平らげていってほしいね。あの子の胃がブラックホールだって、毎日三食8000年分の喪失は取り戻せやしないだろう。
「テテさんはやっと甲府だーって。乗り換えるから駅弁買って食べてくって」
「あの人特急使ってないの?!」
「そもそもテテさんの用事って、どこでするなんだったんだろ?」
にしても美味しそうな夕食ですこと。川魚の刺身に美味しそうな鶏のお鍋、鹿か何かのジビエっぽいステーキ、桜肉という名の馬肉の刺身か? それと山菜のなんかと、なにかの……なにか。
「陽香ちゃん、どう? 美味しい?」
「お刺身が、川の味して、美味しい」
ど、独特な感性をお持ちで……そうなるとジビエの感想が気になる。獣の味がして美味しいとでも言うんだろうか。
「あ、無理かも……」
ちなみに私はジビエ肉は好きだよ。ビタミン鉄分コラーゲンと、美肌やら髪質が良くなる栄養がたくさん含まれてるし。まぁ私はかぐやちゃんのおこぼれを頂いてるだけだけど。あの人よく貰ってくるんだよ。決まってテテさん付きで。
「私食べるよ」
「あ、どうも……」
感謝への応答はまだ硬いなぁ。感謝で口調が硬くなるのはなんでなんだろ。恥ずべきことでも無いんだけど。
遠くから地響きが聞こえる。地響きじゃない、床響きだ。ついに目覚めたね。姫様が。
「いろはぁ!」
なんもかんもを振り切って一直線に彩葉の元へ向かうかぐやちゃん。強い。
「なになにどしたの? 悪夢でも見た?」
「彩葉、彩葉ぁ。生きて。
4
3
2
1「せーの」
㍍⊃♪ じゃなかった。
ピピピピピ……タイマーが鳴った。鍋が出来たね。
これまた、食べたばっかりなのにさらにお腹が鳴るようなお鍋。骨付き鶏は多分ただの
結局この夕食で一番の美味がまさかの出汁要員の骨付き鶏だったというなんとも言えないオチで一日目の夕食は締めくくられ、テテさんの分もしっかり平らげたかぐやちゃんと彩葉はテテさんを迎えに駅へ、私と陽香ちゃんは留守番役として部屋で待機することになった。私はこの1ヶ月半でなんだかんだ、陽香ちゃんとサシで話したのが一番多い人になってしまった。さて、今回は何を話そうね。
「ご飯、おいしかったね」
陽香ちゃんはやっぱり窓の外を眺めてる。縁側の椅子に座って、自分ばっかり映る窓を。
「明日の朝はそこに湖見えるよきっと」
私のその言葉には答えずに、ゆっくりほっぺをつねりだす陽香ちゃん。夢だと思ってるのかな。おもむろに陽香ちゃんに近づく。
「ウチには、慣れたかな?」
「……あ、えっと、私に、話しかけられるのは、慣れてないかも……」
そりゃね、キミが今までいた社会のだよ、モブor無人とかいう極端すぎる環境的に、そう簡単に慣れるわけがないというか。
私も陽香ちゃんと一緒に窓を、自分と陽香ちゃんの顔を眺める。
「陽香ちゃんってさ、誰か恋してる人、いる?」
やっぱり修学旅行といえば恋バナだよね! という理由はただの後付けで、白状すると無意識のうちになぜかつい口走ってしまっていた。こんなこと言うつもりなかったんだけどなぁ。非日常にとろけたのか私。
「いや、別に誰も……」
知ってた。あの環境下で恋してたんならあんな絶望的な環境下に置かれないわけで。いや、でも一目惚れで自分のプライベートの問題を相手に言い出せないとかならあり得るのか……? 告白渋ってるうちに自分か相手が恋愛どころじゃなくなっちゃったケース……私にとっての彩葉だね。
「私は彩葉が好きなんだ。今でも」
こういうのは勢いとノリが肝心だと思うんだ。そもそも事実を隠す必要なんて無いし。
「へぇ……」
「そうやって彩葉に告ったらね、あの子すごく優しいから、一緒に暮らそうって言ってくれたの。だから今一緒に住んでるんだ」
「……私、あんまりよくわかんない。恋愛とか、誰か好きになるとか……」
「そっか、それが聞けただけで良かったって思えた」
「なんの意味があるんだろうって」
……そこまでぶっ込んでくるか。恋愛の意味。
「誰かに恋する一般的な理由はさ、感情と性欲が揺れ動くからってだけだろうけど、私はね、高校時代に彩葉を好きになったのに、理由なんて無かったな。
しかも私の場合、その感情と欲の行き場がどこにも無かった。私が彩葉を好きになった時点で彩葉は恋愛どころじゃないとんでもない生活してたし、そんな中かぐやちゃんが来てからは彩葉の心はガッツリかぐやちゃんに傾いて、かぐやちゃんのおかげで彩葉は心から笑えて、私はそれがたまらなく嬉しくてツクヨミで涙したりして。
「彩葉が嬉しいと私も嬉しい。そこに理由やら意味やらなんてどこにも無い。もちろん彩葉の笑顔を見て私の欲が満たされるから嬉しいなんてものも、特に無かった気がする」
「じゃぁ、何が有ったの?」
「……もしこの世界から一切の欲が消え去っても、私は変わらず彩葉を愛し続けるだろうね。その上で彩葉が私から離れたって、私は彩葉を想い続けられるし、更に数十年後に彩葉が大往生を迎えたって
「だからさ、この恋愛に何が“有った”のかと訊かれると、多分それは私しか解らない彩葉への情感、それだけ。この恋愛で得たもの全てのうち、私の最期まで残るのもきっと、それだけ」
それはただの執着とは違うの? この私が幸せにしてあげたかった、そして踏み込めなかった、彩葉への執着。彩葉の好意で酒寄家に居させてもらって、有り難いし、彩葉が居なくても成立してしまう独りよがりなこの愛にわざわざ付き合ってもらってる彩葉に、申し訳無いと思ってしまう私もいて。
「彩葉は、私の、なんなんだ……?」
「へ?」
「彩葉は、私の、想い人。じゃぁ私は? 私は私の、なんなんだ?」
「芦花……さん?」
「彩葉を想い続ける私の、私の人生は、どこ?」
スマホが震える。こんな夜遅くに仕事の通知が。確か有給とったはずなんだけどな……なんだ。一週間後の仕事の事前リマインドだった。
この美容インフルエンサーの仕事だって好きな人の、彩葉の隣に恥じないような美しさをというのが高みを目指す動機だったし、彩葉に私の愛の全部を受け取ってもらってからは高みを望まなくなり、仕事環境に持続性を求めるようになって、ちょっとしたゴタつきはあれど結果ここまで続いている。
私、仕事への臨み方すら彩葉基準なんじゃないか……? 私の人生彩葉色に染まりきってるよ。彩葉に出会わなかった世界線の人生の想像が全く思い浮かばない。彩葉に出会う前からインフルエンサーを始めてたけど、彩葉に出会う前の私の行動動機が、思い出せない。
「私の、人生を、どこに置いてきた?」
「芦花さん、だ、大丈夫ですか……?」
心配そうに覗き込んでくる陽香ちゃん。こればっかりは個人的すぎて流石に見透かせないよね。
「ねぇ、物語は全部嘘って思ってるって、言ってたよね」
「あ、はい……」
「それで陽香ちゃんは恋愛の意味が解らないでいる」
「えっと?」
「ここって、結びつけちゃってもいいところ? 繋がってる?」
「え……っと?」
「もしそこがイコールになるなら、a:b=c:dは、a×d=b×cになるはず」
「え? 何を言って……?」
「代入すると、陽香ちゃんは物語の意味が解らず、恋愛は全部嘘だと思ってるって等式が成り立つよね。このうちの“恋愛は全部嘘”を私の人生に当てはめると、彩葉に出逢って以降の恋愛ばっかの私の人生は全部嘘ってことになる」
「芦花さん?! 何を……」
「それなら私の本当の人生は彩葉に出逢う以前にしか存在しない。それを見つけないとこのままじゃ、未来の私の、私の人生が死んじゃう。やっと気づいた! 私の人生は彩葉じゃない!」
あぁマジで酔い散らかして。そんな気がする。いつもは酔ってもトロトロするだけなんだけど。これさ、酔いが覚めても残ってるんだよね。記憶。私は陽香ちゃんの両手を握りこう
「ありがとう陽香ちゃん! 未来の私を、救ってくれて!」
「はぁ?」
ガチャガチャと音がする。ヤッベ、彩葉とかぐやちゃんとテテさんが一気に帰ってきた。
「芦花がなんか酔ってるわ。ただいま。陽香ちゃん」
「お、おかえりなさい……え……っと。これ、どうすれば……」
「酔っ払いは私の太ももでよしよしして花丸付けたげる。おいで。芦花」
彩葉〜。やっぱ結局彩葉の太ももには抗えないなぁ。誘われるまま彩葉の太ももに頭を委ねる。これを求めるのも、あと数回に留めておこう。私は、彩葉から、独り立ち……を……
────────
あぁ〜あ、クッソ気まずかった。彩葉と一緒にテテテを迎えに駅まで行ってさ、合流したら無言だよ。そりゃね、さっきまでテテテと
部屋に帰ってみたら芦花は泥酔、陽香ちゃんは困惑してたので、花梨酒が飲めるとウワサのバーには明日夜行くことにした。かりんのシロップ本当に美味かったんだから。歌枠の前に飲んどけば喉も良くなってイイ感じかも。何はともあれ、とりあえず明日の準備だ。明日の予定は丸一日諏訪大社、そんで明後日は……
……片倉精工。マジで陽香ちゃんをそこに連れてくの? 結構賭けだよ? まさか彩葉さ、陽香ちゃんにぶっちゃけるつもりじゃないよね。かぐやが全身義体ってこと。万が一やらかしたら本当に取り返しがつかないよ? てか普通にかぐやが嫌なんだけど。
そもそもあそこにはKG型義体の展示あったよなぁ。ちょっと失礼して片倉精工の応接間や玄関の監視カメラを覗かせていただく。おぉ。ちゃんと全部撤収されてる。彩葉の指示かな。本当に陽香ちゃん連れてく気なんだ。本当に大丈夫かよ。
かぐやの心配は彩葉には伝わっていなさそうだった。太ももの上で横向きになって寝落ちた芦花の腕を優しく撫でる彩葉。グレートマザーだねこりゃ。かぐやも彩葉の背中に寄りかかって休む。陽香ちゃんも芦花を真似してテテテの膝枕に寝っ転がってる。誰一人として布団の通りに眠っていないので勝手に
あたしの義体はウトウトしながら未回収タスクを整理する。確かあそこの工場、義体皮膚組織のお触り体験とかあったよな。かぐやと同じ肌触りってバレちゃうよ? 担当に連絡入れとくかぁ。めんどくせぇ……あ、彩葉が連絡入れてくれてるわぁ。ありがてぇ……彩葉好きぃ〜好き。すき。大好き。かぐやはさ、彩葉が大好きなんだよ? だから彩葉をさ、信じたいんだよ……
目が覚めると窓の外にはまぁるい丸い水たまり。ここが日本の真ん中で、このでっけぇ水たまりから漏れ出たたった一本の川がちゃんとしっかりでっかくなって太平洋に注いでるなんて、にわかには信じがたい。雨垂れ島をも
朝飯を食べていざこの旅の目玉たる諏訪大社へ。どうやら諏訪大社は四つあるらしい。観光目的で諏訪に来といて諏訪大社に行かないは逆張りの極地。どうせ来たんなら四つ全部行くっきゃないよね! かぐや欲張りさんだから! ギア上げてくぞぉ〜!
「……最寄り駅から徒歩1時間マジ……?」
上げたギアがみるみる回転数を落としていく。5人でぞろぞろ
「レンタカー使うよ。かぐやも乗って」
さぁエンジン掛け直せ! 行ったれかぐや!
正味車じゃ味気ないな。一瞬で着いちゃったよ。もっとこう、旅情ってものをだね。やっぱ歩きしか勝たん。車という文明の利器を得たから生まれた
「ほら、お参りするよ。みんなに5円玉」
そう言って彩葉は5枚の5円玉をみんなに配る。もしかして。
「うん。5人×4社分とサブの数社分全部の5円玉用意したよ。見てみ。この中」
すげ〜。巾着の中には黄金色の5円玉が数十枚。どうやって集めたんよこれ。
「かぐやも知らん? お参り用に5円玉専用貯金箱運用してんの。良かったらみんなも協力して。両替はするから」
初耳だしなんなんだ彩葉は。お参りガチ勢じゃんか。その割には二礼二拍手一礼を忘れてテテテにやり方訊いてるし。ガチ勢なのかニワカなのか絶妙にわからん。
とりあえず前宮と本宮の二社をサクッと詣で終える。テテテは御朱印集めに精を出してる。どうやら
芦花と陽香ちゃんは彩葉とともにあたしを待ちくたびれてる。そんな当の私はもう一度本宮の拝殿の前で目を閉じる。懐かしい。もう1500年も前か。8000年この日本で生きてきた私は、この神社の
「かぐやぁ〜! そろそろ下社春秋の方行くよ〜!」
「はいはぁ〜い!」
ねぇ、お諏訪さま。たとえ、忌避すべき罪悪だとしても、”形だけの精進”じゃない真心を込めて、私を人として生かすために私への殺生をも
互いが共に生き、互いが共に死ねたらと、そう祈る彩葉を、一瞬でもそう、祈ってしまった
車ってやっぱ速いな。飛脚より速い。いや、そりゃ、速いか。あっという間に対岸の下社春宮に着いた。どうせだって言うんで湖を西から回り込む感じでドライブしてたけど、それでもピャって着いちゃった。
この集団に属する成人のうち唯一日本史に興味が無い芦花が陽香ちゃんを気遣う。
「陽香ちゃん。これ楽しい? お
「……どこにも行かないよりずっと」
かぐやの顔も思わずにんまり
「昔の旅行はお社巡りが一番の目的だったんだから! レジャーとかアトラクションと同じ!」
「かぐや、今は昔じゃないよ」
「さて、最後秋宮行こっか」
ちょっと待って彩葉。あっちの方になんかおもろそうなもんがある気配がする。
「ちょ、かぐや、どこ行くね〜ん!」
標識どころかもはや道もないただの森と森の狭間に、このかぐやは道を見出して歩く。その先にほらやっぱり土の道。みんなかぐやに着いてこーい!
赤い橋を渡ると緑に包まれた何やら神聖っぽそうな浮島。どうやら流れてきた川を二手に分ける島のよう。かぐやはこの島の一番奥、川の分かれ目に座り込む。ひんやりした空気がとても美味しい。彩葉も食べなよ。ここの空気。うめぇぞ。
「へぇ、どんなにそこの川がめちゃくちゃでも絶対に溢れて冠水しないんだって。看板が七不思議言うてる。確かに絶妙な鋭角だこと」
「駒場帰って実験でもする? 本当に大水襲ってこないか」
「もひとつこっちに橋あるよお二人さ〜ん」
テテテに呼ばれ、重い腰を上げるもバランスを崩しかけて、すぐさま彩葉に引っ張られる。
「無茶は辞めてよ〜?」
こっちのセリフで〜す。
清流沿いを遡ること数十秒。なんかいた。デカくもチビでもない、まるまる肥えた石像。周りは森とチビ田んぼにぐるっと囲まれて、なおさらこやつはなんなんだ。かぐや知らんぞよこの存在。
「万治の石仏だって」
「マジ卍?」
「芦花、それ何年前?」
「私も知らん。口からついて出てきた」
「ここでテテ補足〜あの岡本太郎が絶賛したってよ〜」
「まぁ、いいや、なんかやるんでしょどうせ」
「ここに書いてる」
えっとどれどれ……とりあえず両手を合わせ続けて願い事を想いながら、時計回りに三周すればいいのね。目までつむったら歩けないから、目は開けたままなんだろうな。ウミウシ状態じゃ手も合わせられなかったし、人型の義体を手に入れられたからできるお参り方法だね。
「それじゃぁ、みんなで」
願い事多すぎんよなマジで。誰かさんのおかげで。その中からめぼしい願い事を東京のタケノコサーバーからいくつかひったくってくる。ぐちゃぐちゃのフォルダ漁ってる間にみんな歩き始めちゃったよ。願い事を数十は
陽香ちゃんにとって苦しみのない人生を送ってくれますように。
彩葉が自分から真意を、本音を伝えてくれますように。
…………
「よろずおさめました」
「みんななに願ったぁ〜?」
「こういうのは言い出しっぺのかぐやから」
「えへへ〜かぐやはねぇ〜陽香ちゃんが明るい人生を送ってくれますように!」
「そんな陽香ちゃんは?」
「……こんな日が、永遠に続きますように」
「いいね。ループもののフラグだ」
「女の子の願い事をホラーにせんでやって」
ほんとだよ芦花。生き死にの選択次第で
「陽香ちゃん、”ループもの“って何か分かる? 物語のジャンルなんだけど」
車に戻って、さっきのツッコミが陽香ちゃんに伝わるかどうか後から不安になったであろう芦花がオドオドしながら質問する。
「ループは繰り返しだから……ボレロってこと?」
「えと、彩葉、ボレロって何?」
「凄いね。他に形容しようがないくらい的確な例えだよ」
急いでスマホでボレロを検索し耳にイヤホン突っ込んで64倍速で脳内に
「ねぇ陽香ちゃん。もしさ、もしも、絶対外に出られない部屋にある、一時停止ボタンもないCDプレーヤーで、展開も転調も楽器追加もないボレロを、小太鼓とフルートだけのボレロを永遠に聴き続けるってなったら何を思う?」
「え……?」
「もちろん食欲は常に満腹、寝なくても永遠に元気。歳も取らない。それをざっと8000年」
「……ヤチヨ……」
「う〜ん、別に、新しいハモリを考えたり……」
えぇ……うそでしょ……
「誰にも会えないし、一緒に聴いてくれる人もいないんだよ? ずっと永遠に独り」
8000年前の、人っこ一人いない海辺の砂浜を、山の頂を思い出す。無い脚を抱えずっと座り込んで、寄せては引く波の音を、青々とした山々の映像を延々取り込んで。文字通りの、地獄だ。
「別に……今までそうだったし……」
……泣いていい?
「小さい頃ってどんなふうに過ごしてたか覚えてる?」
テテテが優しく質問するけど。
「え、独り」
「誰かお友達に遊びに誘われたりしなかったの?」
「いや、記憶にないかも……」
思わず失笑してしまいそうになる。陽香ちゃんならあの8000年なんて楽々耐えられてそうだ。生まれてから誰とも関わりを持たず孤独であったが故に。
じゃぁ私の地獄の8000年前はなんだったんだ? みんなと、彩葉と逢わずに8000年前に飛ばされてたら、何の苦もなく孤独を
彩葉の存在の確約というたった一つだけの
タケノコで一番最初に地球に堕ちた時から8000年前だったら、一番最初から孤独だったら、この時代の、20年前の人間達と、彩葉と出会っていなかったら、幸せが溢れてた、あの
それは、月人だな……決められた役割を遂行するだけの、電子思念体。私の本来の姿。人間も、孤独を極めると月人に成ってしまうのか。体を持っただけの月人か……不自由極まりないな……
私はそれが嫌で、身体もない苦もない孤独が嫌で地球に来たのに。永遠が嫌で、一度きりの人生を求めたから地球に来たのに。気づけば私は変化を恐れるようになった。未知を恐れるようになった。既知に囲まれた不変に閉じこもって、一度きりを
死を望むことも終わらない永遠もどっちもこんなに怖いのも、きっとそのせい。
知を求むる事、即ち不変を望む事と同義也。
そうなってしまった。少なくとも、ヤチヨにとっては。
本当に?
かぐやにとっては?
“
どう、なってしまっているの?
「かぐや、動ける?」
……え?
「もうみんな秋宮のお参り終わったよ。かぐやの分の5円玉あるし、一緒行こ。私はまだなんだ。かぐやとしたかったから」
……そりゃありがたいね。ふかふかの車中のソファから重い腰を上げるけど、思わずよろける。彩葉の手は、間に合わなかった。
「ごめんごめん! ほら、掴まって?」
彩葉にこの義体を引っ張り上げてもらっている。やっぱりまだボォっとしている。彩葉にこの義体を支えてもらいながら、かぐやはこの石畳を歩いている。
「彩葉」
「なぁに?」
「好き」
「私の方がもっとかぐやのこと好き」
今のあたしには、彩葉しかない。そう、思案している。
彩葉は、なにを祈っていたんだろう。もう既に六社も廻ってるから願い事は6つ以上あるはずだけど。でも彩葉のことだ。1つの願い事を6回祈れば当たる確率は6倍とか思ってそうって思うのはちょっと邪推しすぎか。
「彩葉はさ、なにを願ったの?」
「ん〜? かぐやにとっての幸せを、この酒寄彩葉が叶えてあげられますようにって」
あーだめだこりゃ。
「みんなもうここに居るよ。オルゴール記念館。一緒に入ろ」
目の前の洋館がどうやらそうらしい。数々のオルゴールがひしめき合っている。見てるだけで綺麗、聴いてたらもっと綺麗。永遠に同じ旋律のオルゴールもあったりするのかな。いかんいかん、思考が傾く。とりあえずみんなを探そう。
みんな工房で好き勝手オルゴールを作っている。オルゴールって、素人でも作れるんだ。
「みんなどんな曲にしたの〜?」
「私は“わたすき”。やっぱりかぐやいろPの歌で一番好き」
芦花はきっとそれを選ぶだろうと思ってた。20年前、ううん、8020年前に出した、彩葉とあたしのデビューシングル。
「テテテは?」
「いやぁ〜悩んじゃってねぇ。選べなかった。だから見学だけ」
「テテさんもったいなぁい」
「好きな曲思いついたら一人でもう一回訪れるわ」
さすが自由人テテテ。
「陽香ちゃんは?」
「マ・メール・ロワの……」
あれかな。弾きやすいから好きだってお父上に伝えてた、眠りの森の美女のパヴァーヌだっけ。
「妖精の園」
……そのことを知った彩葉が初対面一日後の陽香ちゃんに向けて弾いてた曲。そうか、そっちを選んでくれたか。てかピンポイントで選べるんだ。
「クラシック音楽充実してた」
「彩葉はぁ?」
「私たちは、私は決まってるよ。Remember」
「それならかぐやは」
「星降る海」
「そっちかーい!」
彩葉のツッコミは別に放置でいいや。星降る海。私がヤチヨとしてリリースした歌。この曲のお披露目ライブの時に私は初めてヤチヨとして、生まれたばかりの
「待ってそこはReplyじゃないの?!」
「えぇ〜彩葉だめ〜?」
「よしわかった! テテテが一肌脱ぎましょう! 私がReply作るわ!」
正直Replyも捨てがたかったし、ありがたく頼もうぞ。あたしと彩葉の切らないし切れない
「ありがとう。テテテ」
「いいってことよん!」
5つのオルゴール、並べてみると壮観だ。オルゴールにみんな思い思いの服を着せてる。お宿で鳴らすと騒音だから、家に帰るまで音色はお預け。
「かぐや。夕ご飯だって。食べられる?」
お? 彩葉? なに気遣ってくれてんじゃんか。まぁ旅行だしな。
「なんか思い詰めてそうだったからさ。先にみんな行かせたから、部屋には私たちしかいないよ」
……大型アプデってなに?
彩葉はどうして
彩葉はかぐやになにをしようとしてるの?
彩葉の望みはなに?
彩葉は死を何だと思ってるの?
彩葉も見た私の
彩葉はかぐやにとっての幸せを何だと思ってるの?
「……だいじょーぶ! 今日もバリバリ食べるぞぉ! あ、今日はテテテ居るから独り分かぁ!」
「……かぐや、て、つないでいこう?」
「……うん」
彩葉、繋がないで。離さないで。
「諌山パパから連絡来たよ〜」
「あれ、テテテさん、諌山家との連絡禁止してるの知らないっけ?」
「え?! なんで??」
テテテも演技上手いな。本気で驚いてる風に見える。私と真実とテテテが裏で繋がってるって彩葉にバレたら、内容以前にそれで一番傷つくのが彩葉だから、これは内容がなんであれなにが何でも秘密にしなきゃいけない。何だよここは。バルカン半島かよ。酒寄の火薬庫。
「あっれ……? テテテさんのいるとこで言わなかったっけ……?」
「こっ、こここ、ここちゃん、凄い陽香ちゃんの写真欲してるっぽい!」
テテテの声、うわずってやんの。演技大根? 話題逸らしにテキトーにボケるか。
「ブロマイドにでもするつもりかいな」
「ブロマイドって?」
「かぐやちゃん、古いって」
「印刷写真よ印刷写真。で、彩葉?」
「もう陽香ちゃんも酒寄家コミュニティの一員ってことで、行政からもお墨付き得てるし、ここちゃんに見せるための条件は整ってるんよね。陽香ちゃんが良ければ集合写真でもパッと撮る?」
「じゃぁ、撮られる」
「まさかの受動態」
……めずらし。陽香ちゃんがボケた。考える間もなくかぐやがツッコンでやった。一本技あり!
「そんなら夕食の残骸がどっさりあるテーブルを背にして集まろっか〜。5人も盾になりゃ写らんしょ。
テテテのスマホで撮って、テテテのスマホで送れば、ギリ酒寄家外ってことに……テテテも酒寄家コミュ入ってたよな……ま、細けぇこたぁええんじゃい!
「はい、チーズ!」
「ここちゃんのラブコールすっごいんだけど……」
「なになに〜ここちゃんが?」
「ほら芦花ちゃん見て。陽香ちゃんをめっちゃ可愛い可愛い連呼しまくってるって」
「えぇ……」
陽香ちゃん、そのえぇはどっちだ……? 困惑かドン引きか、どっちにしろだな。
「まだ早かったかなぁ……夏までお預けだもんなぁ。あと2ヶ月あの子が待てるかぁ……?」
「もう無理そうだよ? 早速電話で声出しねだってる」
「いや、まだだめです。ここちゃんに伝えといて。少しは我慢も必要だよって」
「何でそんなに私を……?」
「……さぁ? なんでも他県で同学年の女の子には全員惹かれちゃうっぽいよ?」
「えぇ……っと……」
なんか、陽香ちゃんもここちゃんも、どっちも可哀想になってきたな。いい落とし所、見つけられるといいね。
成人組がバーでの
本当は意味のない行為。義体だし記憶容量も保存期間も無限だし、書く内容は結局義眼を通してデジタルに取り込まれるから、最初からデジタルで済ませた方が早いし楽だし効率がいい行為。
それでも私は今日手帳を持ってきて、文字を書くの。人として生きるってこういうことでしょ? 字が汚ねぇのは大目に見て目を瞑ってよ。そりゃただの瞬きだな。
────────
朝、目が覚めて、真っ先にどうしてかぐやちゃんが広縁のテーブルに突っ伏してるのか、状況を理解するのに少し時間をかけ、顔を洗い思い切って熱い紅茶を一杯。テテテの2度目の諏訪の朝が始まった。
なにやらかぐやちゃんはノートに何かを書いてたようだったので、中身を見ずに閉じてあげる。ついでにかぐやちゃんの鞄にも入れてあげる。よし、突発ミッション消化。今日は5月4日、みどりの日。酒寄一家の諏訪旅行3日目。
今日は“片倉精工”なる企業さんに行くらしいけど、いろかぐはしばらくそこで説明やら何やらを受けるようなので、残り物の福がある私達は別行動をしようと思ってる。
どこか目ぼしいところがないか地図アプリで調べるけど、まぁ、松本一択よね。もうあと三日あればそのまま一人で勝手に上高地行ってたんだけど、そうは酒寄家が
とか言うとりますけど、正味児童心理士の観点からして、私の目的は開智学校一択なんだよね。多分東大教授の彩葉ちゃんも気になってると思う。ボチボチ誘ってみますか。
「いいね。こっちが済んだら超特急で向かうわ」
無事
「そこのオレンジの電車には絶対乗んないでね。助けにいけなくなるから」
彩葉ちゃんが口酸っぱく注意する。テテテ知ってるよ。彩葉ちゃん、この駅で焦って乗り間違えて6時間電車に実質拘束されて愛知まで連れてかれたとか。2時間経ったあたりで引き返すの諦めてVlog撮ってたっぽくて、せっかく帰るだけだったのにって絶望具合が面白くて、ブクマして今でもよく見てる。数時間待てば帰れる電車来るんだしつべこべ言わずに途中で降りれば良かったのにとか思いながら。私性格悪いかな。でも何気に100万再生行ってるんだよね。
「ここは精密機械の工場がたくさんあるんだよ」
「酒寄先生、それは何故でしょう?」
「寺里くんの質問しかと受け止めた。まず水が綺麗なんだよね。それに諏訪湖が中心の盆地があって、空気も新鮮で土地も広い」
「アンドロイド法もないしな」
「あんたがズラトコなるんかい!」
かぐやちゃぁん。ネタがネタじゃないんだよぉ。
「な、なんの話??」
「陽香ちゃん。大丈夫。私も全くわかんない」
芦花ちゃん、右に同じく。確かにズラトコが同じセリフ言ってたけどさ。よく思い出したね。
「知らんの?! デトロイトビカムヒューマン! 傑作ゲーム! かぐやが実況したらオタクどもが文脈文脈クッソうるさかったヤツ」
「えっと、かぐやの
彩葉ちゃん、本当に陽香ちゃんに伝える気なんだね。かぐやちゃんが、アンドロイドだって。
「陽香ちゃんはこっちの端っこ、かぐやは逆の端っこ。これを崩さないでね」
彩葉ちゃん? 何のつもりだろ?
そんなことを考える間もなく、工場のスタッフさんと挨拶を交わす。そして彩葉ちゃんはこちらを向き直し、改めて自己紹介を始める。
「改めまして、東京大学先端科学技術研究所酒寄研究室室長、酒寄彩葉です。主に人間の五感の研究を中心に、義体制作にも携わっています」
……因果を逆にしたか。嘘に嘘を重ねる気だね。私たちと同じだ。
「義体とは言っても、主にバイオロイド、生体を限りなく模したタイプの義体を制作しています。それに本業研究の五感を実装するという目標を実現することによりさらに成果を伸ばしています。陽香ちゃん、理解できるかな」
「え……? 義体って、何?」
「たとえば事故で腕とか脚が無くなっちゃった人に、代わりの腕や脚を機械で作るの。そうすれば生体と変わらない見た目で何事もなかったかのように暮らしていける。実際にある病気の患者さんが投薬の影響だったり症状の悪化だったりで足を切断しなきゃいけなくなったって時に、うちの義体でまた歩けるようになったっていう結果が出てる」
難しい言葉を
彩葉ちゃん。子どもは
「なかなか陽香ちゃんに話せなかったのはね、これが一般の人達にはあまり知られていないから。研究者が知ってるかどうかってくらい」
「彩葉ちゃ〜ん、嘘は辞めな〜。多くは言わんどいたげるけど〜」
「……もちろん調べようと思えば調べられる」
かぐやいろPのファンってだけでも、調べようと思えば辿り着けるレベルの情報を、さも研究者しか調べようとしないっていう風に、事実をガッツリ歪めてくるのはなぜ?
「陽香ちゃんに
言ってないことというか真っ赤な嘘というか……いや、別に嘘でもないんだよねぇ。点と点を結ぶときの線を歪ませて全体像を有耶無耶にしてる感じ。陽香ちゃんがネット使えないのを良いことに言いくるめようとしてるな。彩葉ちゃんは陽香ちゃんのネット使用肯定派じゃなかったんかい。嘘の整合性を整えるための説明に必死で自分の立場忘れてない?
それにしてもここのエントランスは殺風景だ。本当はここら辺に義体展示があってもいいのに。
「理解……できたかな?」
「急かすな〜」
「テテさん?」
「一応、理解は……」
まずい。陽香ちゃんへの助け舟を出さねば。
「彩葉ちゃん言ってないことととか嘘とか多いけど、納得できる?」
「テテテさん……!」
「……言えない事情があるなら、言えない方が良いのかなって」
う〜ん、あんまり良くない思考法だなぁ。騙す側にあまりに都合が良すぎる。今後の課題だね。しかも今回は私たちが騙す側。彩葉ちゃん。今回は命拾いしても、代償はデカいよ。
「それでは酒寄教授とかぐやさんはこちらへ」
まずい。連れてかれる。急いで彩葉ちゃんを呼び止めて1対1で
「彩葉ちゃん! どういうつもり!? ガッツリ真実捻じ曲げてる自覚ある??」
そう怒る当の私も彩葉ちゃんにがっつり隠し事してるんですけどね。もうやだわこんなの。でもこの隠し事は貫かなければ。ババはまだ、勘付かれてはいけない。
「どっちが甚大な被害かということよ。この状況じゃ損切りするしかない。一度間違えれば陽香ちゃんからの信用が今
う〜ん、全く同じ事をヤチヨちゃん真実ちゃんと話した気がする。考える事は互いに同じか……まて? あの日の裏会議の時のヤチヨちゃんの記憶、彩葉ちゃんに見えてる可能性は? つまり、今のセリフが、私たちへの釣り餌の可能性。ここは私も保身に走るべきだ。
「少なくとも
「テテテさんの非難は織り込み済み。それでもこうするしかなかった。他の案は全部不可逆だし。そろそろ行かなきゃ。いけたら午後3時に開智学校で会おうね」
廊下を歩く3人のうちの彩葉の後ろ姿を睨みつける。その睨みつけは自分に跳ね返ってきてる。私は自分の胸の正中線のあたりを、グーで押し潰す。疑心暗鬼になって、誰も正解がわからない。明らかに間違ってても、進むしかない。やっぱり慣れない。
この2人は平和だ。芦花ちゃんと陽香ちゃん。何気に酒寄家コミュの中で陽香ちゃんと一番仲がいいのは芦花ちゃんじゃなかろうか。名前が似てるってだけで親近感は湧くものだ。
「行こっか。松本」
「松本?」
「松本城とか開智学校とか、いい感じの観光地があるからさ。せっかくここまで来たなら」
「それで松本でせっかくここまで来たならっつって黒部ダムとか行くんでしょ?」
「ねぇなんで芦花ちゃんにバレてんの。私の想像だと上高地だったけど」
来た道を戻り電車を待つ。スマホを持ってない陽香ちゃんがオレンジ色の電車に乗っちゃったら一巻の終わりだから改札の外で電車を待つ。来た。水色の電車。これで、いいんだよね?
ここ信州は松本だし、ひとまずビール片手に山賊焼きを食べ歩きぃ〜〜〜予定。
「大丈夫大丈夫〜食べ歩きはちゃんとお昼の後にするから〜」
「テテさん……未成年の居る前でそんなことしないで……」
「私は別に……大丈夫ですよ?」
「最悪酔い散らかしたテテさん置いていこっかぁ〜自業自得だよねぇ」
「それだけは勘弁してぇ〜」
前から目星をつけていたお
「いらっしゃい!」
おかみさん直々の来店挨拶。勝ったね。店選び。
「ご注文伺いますよ?」
「それじゃ私はあったかい山菜蕎麦で」
芦花ちゃんはあったかい蕎麦か。陽香ちゃんは何選ぶかな。
「どんな高くても全然遠慮しないでいいよ〜」
「えぇ……と、じゃぁ、んと……」
そっか、ここ外だし、恥ずかしくていつものランダム料理選びが出来ないのか。別にランダム性は重要じゃないし、そろそろ次のステップかな。
「大丈夫ですよゆっくりで。うち全然人来ないし、どれ選んでも味保証しますんで!」
このおかみさんはあっけらかんとしてるなぁ。
「この子、友達の娘さんで」
決して私と陽香パパは友達ではないけど。連絡先持ってるし、嘘はついてない。
「ちなみに今日のおすすめは鴨蕎麦。ついこの間締めてもらったんで新鮮なんですよ〜温も冷もどっちもありますよ?」
マジか、それは気になるぞ。
「じゃぁ、それで……」
「ねぇ陽香ちゃん、私にも鴨分けてくれない? 代わりに、えっと……」
「あったかいのですか? 冷たいの?」
「じゃぁ、あったかいので……」
「はいは〜い、さて、お決まりですか?」
私の番。陽香ちゃんに返したいトッピングかぁ。まぁ、王道がいいよね。
「天ぷら蕎麦の冷の大盛りで。いいかな」
「え、あ、うん」
「承知です。こちら伝票で〜す」
お、引き戸が開いて新たなお客さん。セーラー服着てて、この店意外と学生に人気なのかな。
「ただいま〜……客が、居る……」
「あぁ、あれ、うちの娘です」
「こんちわ〜って、え? ROKAさん?! なんでこんなヘボ店に」
「あれ、そのお客さん知り合い?」
娘の”ヘボ店”発言スルーは、おかみさんも慣れてらっしゃる……
「知り合いってか、有名人……あ、ファンです!!!」
「え〜ありがと〜」
「いろPさんとかまみまみさんとかと一緒にいた初期の21年前のツイートとかインスタから今のまで全部追っててメイク動画とかVlogは当然、メンシプ動画も全部追ってます! 好きです!!」
熱量すっご。良かったネェ。
「マジかぁ〜ほんと続けててよかったよ〜」
「写真良いですか!?」
「お、良いねぇ。店の前で撮ろ」
さて、私は陽香ちゃんと2人でのんびり蕎麦を待ちますか。
さぁ蕎麦が来た。
「ありますよ? そばがき」
「じゃぁそれ一つ」
いざ実食の前に、せいろ蕎麦を頼んだのは私だけのため、かけ蕎麦を頼んだ2人分を分けて取っておく。ツユは……器ひとつしかないな……これを3人でやりくり出来るか……?
「はい“あった鴨蕎麦”。あとせいろのおツユ2人分ね。持ってくる」
「……え!? なんで分かったんですか!?」
「お客さん、自分のせいろの上で大盛り蕎麦を人数分に丁寧に分けてたからさ。客も来ないし暇なもんで、こういうのに目ざとくなってしまって」
客来ないのもったいないって。まぁ場所がなぁ。立地はどうしようもないもんね。
さすが蕎麦の国信州。あまりにも美味しすぎる。ツユ付けないでも美味い。これは蕎麦湯が楽しみだ。もはや蕎麦粉で、いや、蕎麦の実を食べたい……蕎麦屋に居ないで蕎麦畑行ってこいって?
「テテさん」
私を呼んだ芦花ちゃんが、チラと陽香ちゃんの方へ視線を向ける。あ、鴨貰うの忘れてた。
「ありがと〜、天ぷらどれ欲しい? アレルギーは無いもんね。なんでも良いよ〜」
「……じゃぁ、紫蘇」
「お? 紫蘇でいいの? 海老じゃなくて良いの?」
「うん。紫蘇」
「……じゃぁ鴨と等価にするために、これもあげちゃう! キスの天ぷら! 海老ほど貴重じゃないもんねぇ」
この、“鴨は紫蘇&キスと等価であり、海老はキスより貴重”という概念も、たった今私が即興で創り上げた物語的概念なわけだけど、物語を嘘と言う陽香ちゃんはこれを受け入れてくれるかな。どうかな。
「それじゃぁ……貰おうかな」
私は何を勘違いしてたんだ。そりゃこの私が提案したんなら否が応でも受け入れるしかないだろうよ。いくら物品が等価だろうが不等価だろうが、交換を持ちかける側と自己との権力勾配で応対そのものが変わるんだよ。
さっきの彩葉ちゃんの時もそう。陽香ちゃんが遠慮して「言えない事情があるなら言わないでいい」なんて言って、保護養育されてる側はそうやって知を求めることを諦めるしかないだろうよ。二十余年とかいう年齢差のせいで、陽香ちゃんと私たちはどう頑張ったって対等にはなれないし、それどころか肝心の陽香ちゃんを遠慮萎縮させる圧力を私達は無自覚に掛けてしまっているんだ。
その不健康な遠慮を彩葉ちゃんは都合よく悪用してる。罪深いよ。そうやって陽香ちゃんを
……じゃぁさ、他に綺麗なやり方はあるのかな。義体研究の事実を開示しつつ、かぐやちゃんが義体であることを隠し通せる上に、彩葉ちゃんが一切手を汚さずに済む、完璧な方法。きっとまだ見つかってないだけだし、芦花ちゃんが言うには、彩葉ちゃんはそんな理想の点Pを時間をかけて追い続けて見つけてしまう人だし、私もおおむねその彩葉評には賛同してるの。だからこそ今回の彩葉ちゃんの言動が不可解で仕方ない。
やっぱり時間に追われてるのか。あとたった4年で18歳の成人になってしまう陽香ちゃん。それまでに私たちは
そのために陽香ちゃんが取り返しのつかない人間不信と自己否定に
そのために酒寄家を取り巻く最低限の情報、彩葉の正確な職業は確かに隠さず公開すべきなの。それとKG型義体を公表することは訳が違うのは理解できる。だけどKG型義体の存在はネット上でかぐやと紐づけられて公開されてる。ネットで一次情報を漁られたら即バレる致命的な嘘。
なぜ彩葉ちゃんはそんな
「どう思う? 芦花ちゃん」
「私もさ、彩葉どうすんだろうとは、ずっとずーっと、かぐやちゃんが陽香ちゃんを連れてきた時からずっと、
「”訝しんでた“まで言っちゃうんだ。芦花ちゃんもお疲れ」
「……もうなりふり構ってられないんだと思う。最近の彩葉の口癖ね、“賭けに出る”」
……一種の自己陶酔か?
「そうやって陽香パパとの面談も臨んで、本当に賭けに勝っちゃった」
「いや〜な成功体験だなぁ。軍師やら参謀にでもなったつもりなの?」
「……彩葉は
「陽香ちゃんの自立まであと4年だもんね」
「それ以前からなんだよ。賭け始めたの。15年前から10年前にかけての……
まぁ十中八九、最近の義体老衰死化研究の件だろう。時間に追われる要素なんてそれしかない。研究者として彩葉が老いてしまうまで残り20年しかないのだから。そしてそれまでに完成させなければ、彩葉亡き後に
「彩葉ちゃんが賭けに出たがるのは、ある意味タイパなのかも。全ての決定を賭けまで使って巻きでやらなきゃいけなくなってる」
「明らかに昔の高校時代の彩葉に戻ってるんだよ。今の本人も無茶をして死にかけてたと認識してる高校時代の彩葉に」
「私知ってるよ。マジで毎日バイトのシフト入れてたんでしょ」
「それに成績も常に学年一位、模試も完璧、文武両道、睡眠時間3時間で徹夜上等、稼いだバイト代は食費削って貯蓄に回し、私たちろかまみには悟らせず。気づいてたけど」
「今の彩葉ちゃんまんまじゃない!!」
陽香ちゃんが来なければあの研究を本当に独りで抱えて完遂しちゃう可能性があったのか……
「今の彩葉は金の代わりに時間を溜めてるんだと思う。今の彩葉が賭けで犠牲にしてるのは、自分の健康じゃなくて他者との人間関係。私でも見えるものが彩葉には見えていない。少し前からテテさんとかぐやちゃん、なんかやってるでしょ」
わぁ。ナチュラルにバレてた。
「ごめん。芦花ちゃん。ここでは言えない」
「わかってる。そこらへん含めてもう彩葉の認知の限界なんだと思う。ノーベル賞総なめ天才博士の酒寄彩葉でも、今の酒寄家を取り巻く現状の全貌が把握出来てない。情報が見えなければ」
「賭けに出るしか選択肢がない……芦花ちゃん。私、彩葉ちゃんを助けたいよ」
「私もだよテテさん。だけど、どうやって?」
「ウチは他の店みたいに回転率上げる為に出てってなんて言いませんよ? 回転させる
「わっ! 長話すみません!!」
「女の子、暇そうにしてますよ?」
「あっ、やべっ、ごめんね陽香ちゃん!!」
「いや、え、大丈夫ですけど」
「私みたいにこうやって暇じゃないと、視野を広く持てませんものね」
「すいませんおかみさん……」
「はいっ、これそばがきね」
そばがきで美味しいのはこの店すごいなほんと。
わさびもつけてみると、あれ、なんか市販と違う気がする。試しにわさびオンリーで食べてみる。美味、しいぞ? 味がする。
「北アルプスの超清流で育てた
わさびの味をしっかり噛み締める。ツーンとした感じがまろやかになって、美味しさを感じる。わさびって、美味しいんだ。
「これからどちらに向かわれるので?」
「とりあえず松本城と開智学校に」
「まぁど定番ですこと。あとは是非松本の街並みも見てってくださいな。県庁も新幹線も無いのにあの洗練された活気と賑わいよう。その条件の地方都市で一番を自負してますよ」
「お母さんが勝手に言ってるだけでしょ!」
あ、おかみさんの娘さん。ビニール手袋してスポンジ持ってバンダナとマスクつけて、洗い物手伝ってるのかな? 娘に客対応させないのはおかみさん流石わかってる。良いお母さん。
「えへへ娘にバレました。まぁ良いとこなんで」
「えぇじっくり目に焼き付けてきますね」
「冬になれば北アルプスの
ははは……どう反応すれば良いんだろう。
「お母さん、お客さんもう食べ終わってるのになんで引き留めてんの……」
でも雰囲気も味も今まで行ってきた食事
「私達の友人にグルメインフルエンサーが居るんですけど、ここをおすすめしたいなと思いまして」
横から娘さんが割り込んでくる。距離感近いな……本当に客少ないんだなぁ。
「え、誰誰〜?」
「まみまみって人だよ」
「待って、
「ははは! 良いよ良いよタメ語で」
「お母さん、まみまみさんはね、ガチだよ」
そう。まみまみはガチである。なんちって。
「店主の人柄とか雰囲気とか一旦脇に置いて、まず味と美しさが揃ってないと紹介もされないの。そんで最低限が通ったら人柄も雰囲気も見てくれる」
そ、そうだっけ???
「私の趣味の分析。来てくれリプのリクエストからその条件でかなり厳選してるっぽいんだよ」
なんなんだこの子は。分析?? 将来有望が過ぎるぞ……
「連絡先交換しない?」
芦花ちゃん!? 本気??
「今からすぐになんかするって訳じゃ無いよ? あなたもまだ未成年だし。だけどもしかしたらこの先、数年後に私がなんかするってなった時に、いろPたちから関係を結びに行っていない人脈が数年後のROKAは欲しくなると思うんだ」
「マジですか?」
「マジ」
「人脈とは言っても、私なんも出来ませんよ? 特技もないし」
いやいや卑下なすんな。あの分析を資料も見ずに趣味で暗唱できるのは学生にしちゃすごいよ?
「出来ないのがデフォだし気負わないで良いんだよ。私だってあなたのお母さんみたいにここまで美味しいお蕎麦全く作れんし」
出来ないのがデフォ、か。その言葉を数年早く聞いていたら、私の運命は今のようなハードコアにはなってなかったんだろな。
「お母さん、良いよね?」
「う〜ん、なんかあったら相談するんだよ?」
「ROKAさんがそんな面倒事起こすと思う?」
「面倒事、起こしたくても起こせないんだよね私たち。影響デカすぎて。なので安心して下さい。踏みとどまる為のストッパーしか無いので」
「それなら……繋がっても良いよ」
「よっしゃ!!! 推しの連絡先ゲッチュ!!! 狂って良い??」
「スマホ、陽香ちゃんにも買ってあげる方が良いよね、連絡先が繋がってないのはやっぱ怖いよ」
蕎麦を食べ終えた私たちは、途中場所を勘違いしてガチの小学校に不法侵入しかけた末に、無事開智学校に到着。あわや有事になりかけたけど。
ここで彩葉ちゃん達を待機する予定のはず。藤棚みたいなところの木陰の休憩所で一旦足休め。開口一番芦花ちゃんの発言が、これ。私たちは暇な時でも議論を欠かせない縛りなの?
「現代の日本住民のほぼ全てがスマホネイティブでしょ? 外で使えるまともな通信機器がスマホとかのタブレットPCかスマコンしか無いんだよ。ガラケーも死滅したし」
「陽香ちゃんはさ、スマホとかスマコンについてどう思ってる?」
「もう、どうとも思ってないかも。前は友達と話が合わなかったけど、今はもう、酒寄家の人たちと話せるし……」
「そっかぁ。難しいねぇ……」
かぐやちゃんの語ってた提言が今まさに陽香ちゃんの口から語られたな……「かぐやたちがいるからもう独りじゃない」っていう……
芦花ちゃんが、かぐやちゃんにもした反論を陽香ちゃんに問う。
「友達と話が合わないのは嫌じゃないの?」
「もう、いいかなって。なにもないよりもうマシだから」
「今の陽香ちゃんが大切にしてるもの、信じてるものってなに?」
大切に想うものを信じること、その過程。そこからあらゆる物語以前、自尊未満が生まれるの。
「もうない、かも」
「……詳しく聞いても良い?」
「……なんだろ。前までは、独りで居続けることだったかも。だけど酒寄のお家で暮らして、それが無くなったから、今は、消えちゃ……」
そうかぁ。私たちは唯一のアイデンティティを、“文化”を破壊した側だったかぁ。陽香ちゃんの保護当初にかぐやちゃんが一番危惧してた事態は、かぐやちゃんの保護そのものがきっかけでもう
「寺里はさ、陽香ママと同じこと言っちゃうけど、やっぱりネットはまだ早いと思うんだ」
「でもスマホだけなら良いでしょ? 彩葉も言ってた。命あっての文化だよ。生存を伝えるための連絡手段は必須だよ。せめて子供用ケータイ」
「それだと学校でどんな奇異の目で見られるか」
「その程度だったら、正直どうでも良いかも」
……そうか。”友達と仲良く“という物語も持ってないし、それを持つことを、もう諦めてるのか。陽香ちゃんの支援はこんなにも難しいか。あらゆる全ての支援が私たちのエゴになり得る。
「なにを悩んでるの?」
「……ここまで自尊が、心が空っぽだと、あらゆる支援全てが私たちのわがままになるんだよ」
「いや、教育なんて全部そうじゃない? テスト範囲を覚えろとか全部先生から生徒への押し付けでしかないじゃん。極論」
「それはそうなんだよ……」
「テテさんも言ってたじゃん。子どもの心身の最低限の土壌を育むために、大人の最低限のエゴは必要だよ。だから親や先生ってめっちゃ重要なわけだし、この開智学校でもそういう展示が見られるんじゃないの? 知らんけど」
「テテさんの最終目標はなんなの?」
TRPGみたいになってきたな……
「陽香ちゃんに物語をせめて信用して欲しい。人間として生きるために必要不可欠な概念だから。私はそう思ってるの。それを叶えるためには最低限欠かせない、私たち酒寄家という陽香ちゃんにとっての愛着基地の、恒久的な安定化」
「愛着基地?」
「間違えた。安全基地かな。簡単に言うと
「たこ?」
「自分以外ってこと。本来その役割を担うのは自身を産んで授乳も出来る母親のはずなんだけど、事情が事情だし、酒寄家で代わりが務まるかも分からないな……」
「人手は多いけどねぇ」
「それが逆効果の可能性もあるんだよ……行政がウチに注目してる点の一つは多分そこなの。児童一人に対して親代わりが多数いる状況下の養育において、思春期の児童の愛着がどう変遷するか」
「ちなみに乳児院の場合、大人複数人での乳児一人への養育は基本失敗してるの。赤ちゃんだと複数の養育者の顔が覚えられなくなったりとかしちゃうみたいで。だから今ではちゃんと一対一を徹底してるっぽいけどね。だけど思春期の子どもでどうなるかが未知数すぎる。変数があまりに多すぎるから」
「難しい……」
「まぁまぁ芦花ちゃん。一朝一夕じゃ理解が追いつかないのも分かるよ」
「そこまで言ってないって」
「その変数の中でも一番懸念すべきなのが、陽香ちゃんの愛着対象がブレブレの状態で、さらに私たちが好き勝手物質的快楽を与えること。マジでどうなるか分からんすぎて危険まであるの」
「スマホもその、物質的快楽?」
「ネットとかアプリ付きだとどうしてもね。選択肢の存在の認知を強要されてるようなもんだし」
「……子ども用ケータイが唯一の択じゃないかな……
「陽香ちゃん、一旦は子ども用のケータイでもいいかな。生きてるかどうかの安否確認のために、電話は絶対必要なの」
「別に、良いですけど」
「わかった。彩葉ちゃんに相談だね。お〜い! 彩葉ちゃん!」
彩葉ちゃんとかぐやちゃんが2人して楽しそうに山賊焼きを持って現れた。私まだ食べてない! さすがにビールは持ってなかった。曲がりなりにもこれから学校に行くからね。とっとこぱっぱと食べ切るよう促してトイレの洗面台で手を洗わせて、日本最初の学校、開智学校に大所帯で入校。
明治期、それもかなり初期の学校教育に関する展示が盛りだくさん。
「そも最初は義務教育じゃなかったっぽいし、学びたい人だけ来れたんじゃない? 学費もそれなりだったっぽいよ?」
そう補足した彩葉ちゃんも割と興味津々っぽい。ぽいぽいばっかで信憑性どこって感じ。
「私はパスでいいや」
「かぐやも〜」
私たちがなにをパスしたかというと、松本城です。あの天守の階段ほんっとキッツくて。二度は登らんと十年前に決意した。最上階からの景色はそれは絶景だったけど、それよりも……遅々として進まない長蛇の列でめちゃ狭で段差も鬼高いほぼハシゴみたいな階段でツルスベッとコケかけたのがトラウマで、私はもうエレベーター付きの天守閣しか登れない軟弱者になってしまいました。三人とも、行ってら。
「かぐやちゃんはやっぱり、義体?」
「あのみんなの目の前で打ちどころ悪いとこぶつけたら阿鼻叫喚でしょ?」
「嫌じゃないの? 行けるとこ少なくなって」
「現実に身体が存在出来てるってだけで超大量のお釣りくるよ。それにそんな怪我、生身でやってもヤバいでしょ。よりリスクを取りにくいってだけ」
「……工場で何話したの?」
「例の研究の初期フィードバックと本格始動のための情報提供」
「初期って言うからまだ算段ついてないかと思ったら」
「それどころじゃない。技術の確立と実装可能予定がどっちも3年後の秋」
「……早すぎない?」
「4年後の陽香ちゃんの独立を明らかに意識してる」
「違う。早すぎる」
「酒寄博士だもん。義体新規機能の開発でその長さは割と平均的だよ。この20年でどれだけの」
「こんな明らかにヤバいシロモノでもそうなの? かぐやちゃんへのフィードバックは?」
「……」
「言えるわけないよね。彩葉ちゃんの
「……言えるわけないよ。かぐやでもわかんないこと、
「かぐやちゃんのためにやってることなら、かぐやちゃんは保留も反対もいつでも行使する権利があるはずだよね? やっぱり私も工場の会議に参加すればよかった。かぐやちゃん自身の意思表現を助けるべきだった」
「マァ無理でしょ。会議に関しちゃ。テテテにはこんな機密はなんにも伝わってないテイだから、そもそも参加権限がない。それにテテテと真実が機密を知ってることそのものが彩葉と工場の人達への機密だし」
スゥ……なにも言えねぇ……
「……じゃぁかぐやちゃん独りで保留とか反対はちゃんとさせてもらえるわけ?」
「もちろん出来る。かぐやが一番最初にその研究知った時、彩葉言ったもん。期限はいつでも引き延ばせるよって」
「その期限は誰が決めたの?」
「かぐや」
……え? 自分で、自分の首を……?
「陽香ちゃんが家を出るまでって。その時に決めるって。それを引き延ばせるって、彩葉言ってくれた。だからいつでも保留にできる」
「待って、契約不履行じゃない? かぐやちゃんが計画実行を決断するのはどんなに早くても陽香ちゃん独立の4年後でしょ? それより前に研究が勝手に動き出しちゃダメでしょ? 義体録音あるでしょ? 契約音声突き出せば……」
「音声はあるよ? だけど今じゃない気がするんだよ」
「……今回保留にしなかったのは、なんで? 拡大解釈されてもおかしくないよ?」
「彩葉を……信じたいから」
「ここまで独断で進めて、裏になんか意図がある。それは必ずかぐやのためになるって」
「やっぱり彩葉ちゃん、独断だったんだ」
「工場の人もめっちゃ反対意見言ってたけど、全部自費だからスポンサーどころか誰にも
「ガンギマリすぎ! ただただ選択の重圧かけてるだけじゃん!」
ん? 待って? かぐやちゃん、いや、ヤチヨちゃんは、真実ちゃんに諭され……誘導されて、一度は「彩葉に研究を中止させる」と言ってたけど、それは、どうなった?
「もちろんそれはちゃんと思ってる。おもって……る……」
「……わかんないことは弱さじゃないよ。恥でもない。ほんとのきもち、教えて?」
「……ふぅ。ちょっと〜テテテが全部言っちゃてんじゃぁ〜ん!」
「戻ったよ〜2人とも〜」
彩葉ちゃんたちが戻ってきた。日常会話と秘匿記憶庫行きの会話はこうやって分断されるのか。そして私の最後の質問への答えはきっとこうだ。
「彩葉に研究を中止させるべきかわからない」
────────
“目を、覚ましてよ。彩葉。”
ヤチヨ……?
“目を覚まして、頭を冷やして。”
ヤチヨ……
“何か、視えてるの? ”
なに? ヤチヨ。
“そう。”
待って、行かないで、ヤチヨ。
帰らないで、ヤチヨ!
「死なないでかぐや!!!」
はぁ。
はぁ。
は……矛……盾……?
頭を、冷やそう。確か、冷蔵庫に、紙コップに入れた、かりんのジュースが……
あ、三日目ラストに入るはずの駅の足湯に入り忘れた。明日の帰り際でいいか。
特急に遅れないといいけど。
みんなは、この旅で、何を、想ってるんだろう。
きっとそこに、私の求める答えは、ない。
だけど、問いなら……?