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「…………」
ヒグマは、遠くを見つめていた。先ほどまで轟音を響かせていた戦場が、静まり返っている。ロジャーとガープ。そして、ロックス。三人の怪物がぶつかり合った戦い。その気配が今、途絶えた。
「……決着が、ついたか。」
ヒグマは小さく呟いた。遠くには、倒れ伏したロジャーとガープ。
そして、そのすぐ近くには、満身創痍のロックスがいる。
「…………」
ヒグマは二人を一瞥した。
(……ロックスの勝ち……ってわけじゃねぇな。)
戦場に残された痕跡を見れば分かる。三人とも、限界まで戦った。
(……終わりか。)
ヒグマがそう思った、その時だった。戦場の奥から、複数の気配が近づいてくる。ヒグマの目が細くなる。一つや二つじゃない。神の騎士団が、戦場の奥から姿を現した。
「──いたぞ!」
「ロックスはあそこだ!」
「ロジャーもいる!まとめて始末しろ!」
複数の足音がロックスへと近付いていく。だが、ヒグマは動かなかった。ただ、神の騎士団がいる方向へ視線を向けることすらしない。
「…………」
静かに息を吐く。大地が震えた。空気そのものが爆発したかのような覇王色が、ゴッドバレーを一直線に駆け抜けていく。
「──なッ!?」
「何だ、この覇気は……!!」
神の騎士団達の身体が、一斉に宙へ浮いた。
「ぐああああああッ!!」
「お前ら──!!」
姿を確認する暇すらない。彼らは凄まじい勢いで吹き飛ばされ、山の向こうへと消えていった。ヒグマは、最後までそちらを見なかった。
「……よォ。」
「……お前……。」
ロックスが呆然とヒグマを見つめる。
「ん?」
「今の……覇気だけでやったのか?」
「ああ。」
「…………ハハ。」
ロックスから渇いた笑いが出る。
「最後まで……とんでもねぇ奴だな、お前は。」
「お前にだけは言われたくねぇよ。」
その時、遠くから二つの気配が近づいてきた。
「──ロジャー!」
「ガープ!」
瓦礫を蹴散らしながら、二人の男が駆けてくる。ギャバンとレイリーだった。二人は倒れているロジャーとガープを見つけると、すぐに駆け寄った。
「おい!大丈夫か、ロジャー!」
「ガープも生きてる。」
「よし……!」
レイリーが二人の身体を確認する。そして、レイリーの視線が、僅かに横へ逸れる。
「…………?」
そこに立っていたのは、一人の男。黒刀を携え、何事もなかったかのように立っているヒグマだった。
「……この男は?」
ギャバンもヒグマへ視線を向ける。
「さあな。だが……」
ギャバンの表情が僅かに険しくなる。
「さっきの覇気。あいつからだ。今は全く感じねえが。」
「………。」
レイリーはヒグマを見つめる。先ほどゴッドバレー全域を覆った、異常な覇王色。そして、島に刻まれた巨大な斬撃の跡。
「……とんでもない奴がいたもんだな。」
ヒグマは二人を見る。
「……あ?」
「いや──」
レイリーはそれ以上何も言わなかった。
「──今はロジャーを連れていくのが先だ。」
「ああ。」
そして、ギャバンがロックスを見る。
「……ロックスもいるぞ。……こいつも連れて帰るか?」
レイリーがロックスへ近づく。
「お前も来い。ここに残れば、また連中が来る。」
レイリーはロックスへと手を伸ばす。だが、ロックスは自分の身体を見て首を横に振った。傷だらけの身体。震える指。呼吸をするだけでも肺が焼けるように痛む。もうまともに立つことすらできない。
「……無理だ。」
「何?」
「俺の身体は……もう持たねぇ。」
ギャバンが眉をひそめる。
「何言ってやがる。まだ生きてるだろ。」
「今こうして生きてるのが……奇跡なくらいなんだよ──このまま動けば……長くねぇ…。」
ロックスは苦笑する。
「行け。」
レイリーが黙る。ロックスの目を見れば分かった。覚悟を決めている男の目だ。
「……そうか。」
レイリーはそれ以上、何も言わなかった。ギャバンも拳を握る。
「……行くぞ、レイリー。」
「ああ。」
二人はロジャーとガープを担ぎ上げる。そして最後に、ロックスを見る。
「……じゃあな。」
「……ああ。」
ギャバンとレイリーは、その場を離れていった。再び、静寂が訪れる。ヒグマとロックス、二人だけになった。
「…………。」
しばらく、どちらも何も言わなかった。やがてロックスが口を開く。
「……なぁ、ヒグマ。」
「なんだ。」
「俺の……女と息子は……どうなった?」
「…………。」
ヒグマの目をじっと見つめる。そして、ヒグマは静かに答えた。
「生きてる。」
「…………」
ロックスの表情が止まった。
「……何?」
「お前の女も、息子も、生きてる。」
ヒグマは続ける。
「悪魔の実を食ったガキがいた。」
「………。」
「そいつが能力を使って、お前の家族を逃がしてた。」
ロックスはしばらく何も言わなかった。ただ、空を見上げる。
「……そうか。」
その声は、驚くほど穏やかだった。
「……生きてるのか。」
「ああ。」
「……そうか──」
ロックスの肩から、ゆっくりと力が抜けていく。
「──よかった。」
それだけだった。世界を獲ると言い続けた男が。最後に願ったのは、自分の家族が生きていることだった。ヒグマはその穏やかな表情を見て、目を伏せる。
「……ヒグマ。それを聞けただけで……十分だ。」
「……。」
ロックスが笑う。
「もう……心残りはねぇ。」
そして、ヒグマを真っ直ぐ見つめる。
「……だからよ。」
「………。」
「おれを……殺してくれ。おれが死ぬのも時間の問題だ…。」
ロックスは自分の手を見つめる。
「神の騎士団のやつらに殺されるくらいなら──お前に殺されてぇ。」
ゆっくりとロックスは顔を向ける。ヒグマは黙っていた。
「……そうか。」
「……ああ。」
ヒグマが黒刀の柄へ手を置く。
「最後まで……世話になったな。」
ロックスはそうヒグマに告げる。
「…逆だ。……お前には世話になった。」
「…………。」
「酒も飲ませてもらった。」
「お前、酒の話ばっかだな……ヴォハハッ……。」
ロックスが笑う。だが、その笑みは弱々しい。
「……でもよ。」
ロックスは少しだけ間を置く。
「お前を拾って……悪くなかった。」
ヒグマは何も答えない。ただ、黒刀をゆっくりと抜く。
「…………。」
ロックスがその刀身を見つめる。
「なぁ、ヒグマ。」
「なんだ。」
「……おれで、何人目だ?」
ヒグマの動きが止まった。
「…………」
ロックスは笑っていた。しばらくの沈黙。やがてヒグマは、ロックスを真っ直ぐ見つめる。
そして──
「…………56人目だ。」
ロックスの目が僅かに細くなる。
「……そうか。」
小さく笑った。
「なら……」
ロックスは目を閉じる。
「……悪くねぇな。
ヒグマは黒刀を構えた。その顔には、いつもの笑みはない。ただ静かに、自分を拾ってくれた男を見つめる。
「……じゃあな、ロックス。」
「…………ああ。」
そして──
ヒグマの黒刀が、静かに振り上げられた。
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