西部劇×ファンタジー ~長耳の不愛想娘と西へ旅する~ 作:ぬんぬ
暑い。
頭上の太陽が、容赦ない質量を持って落ちてくる。その分厚い熱の重みに圧し潰されながら、俺はただ、この果てしない荒野を睨みつけた。
開拓地へと続く、見渡す限りの赤土と干からびた低木。風が吹き抜けるたび、細かな砂粒が喉の奥まで入り込み、ジャリジャリと不快な感触を残していく。
腰の水筒を振ってみたが、返ってきたのは空虚なコトコトという音だけだった。つい先ほど革臭い最後の一滴まで飲み干したのを、もう忘れていた。
「……相変わらずついてないぜ、俺ぁ」
誰に聞かせるでもなく呟き、地面に唾を吐く。干からびた土に落ちた唾液は、一瞬で蒸発して消えてしまったように見えた。
昨日、立ち寄った荒野の集落で賞金首の情報を買ったまではよかった。だがその晩、同じ獲物を狙っていた性質の悪い連中に先回りされ、寝込みを襲われた。愛馬は射殺され、食料も旅の荷物も置いてけぼり。命からがら逃げ出して、残ったのは身一つと腰の銃、それに穴の開きかけたブーツだけだ。
自分の命が一番大事。危険な真似は極力避ける。それが俺の生き方だ。それなのに今、日陰ひとつない死の荒野を、靴底が溶けそうな熱に耐えながら二本の足で歩くハメになっている。昨夜の脇の甘さを思い出すたび、自分の頭をぶん殴りたくなる。
道の先から、乾いた風に混じってギチギチと鉄の軋む嫌な音が聞こえてきた。
目を凝らす。陽炎の向こうから、二頭の馬が引く馬車がやってくる。荷台に載っているのは木箱でも樽でもない。太い鉄格子で囲われた、人間を運ぶための檻だ。
馬車の周囲には、薄汚い男たちが四人。腰には泥塗れのホルスターと拳銃。先住民を狩って売り飛ばすか、死体から金目のものを引っぺがすくらいしか能のない、筋の悪い奴隷狩りの連中だ。
あいつらに関われば、損しかない。それぐらい赤子だってわかる。
俺はつばの広い帽子を深くかぶり直し、あからさまに道を譲るように路肩の枯れ草へ寄った。無駄なトラブルは寿命を縮める。視線を赤土に落とし、気配を殺す。情けないが、これも生き残るための知恵というやつだ。
「おい、停めろ。車軸が熱を持ってる。馬に水もやれ」
頭目らしき髭面の男が声を張り上げ、馬車が俺の目と鼻の先で止まった。間の悪さに口元が歪む。頼むから変に絡んでくれるなよ。そう願いながら、眉を伝って目に入った汗を拭う。
その時、檻の中から刺すような視線を感じた。
つられて顔を上げると、鉄格子の隙間、暗がりの奥にその少女はいた。
白髪。鋭く尖った長い耳。首筋から頬にかけて描かれた、日光を弾いて妖しく光る銀藍色の模様。そして何より、光の加減で星のように輝く青銀の瞳。
間違いなく、新大陸の西端に棲むとされる希少民族、アルカの民だ。本来なら、こんな中部の荒野で目にするはずのない存在だった。
年齢は十二、三といったところか。手首と足首を重い鉄の鎖で繋がれ、膝を抱えて座り込んでいる。全身泥と埃にまみれているのに、その瞳だけが、子供とは思えないほど冷ややかに俺を射抜いていた。
少女と目が合う。俺は即座に目を逸らし、足元のアリの行列に視線を戻した。
どう考えても厄介ごとの匂いしかしない。何も見なかった。あれはただの幻だ。
男の一人が馬車の脇を離れ、こちらへ歩いてくる。手には革の水筒。だがその目は、路肩に佇む俺の薄汚れた格好を、品定めするように舐めまわしていた。
「おい、見かけない面だな。そこで何コソコソしてんだ」
男が顎をしゃくり、腰のホルスターに大きな手を置く。
「見ての通り、行き倒れ間近の迷い人ですよ、旦那。昨日馬に逃げられましてね。水の一滴でも恵んで貰えりゃ、ありがたく逆方向に消えまさァ」
口元に愛想笑いを貼り付け、両手を上げて後ずさる。万国共通で通じる、負け犬の仕草だ。相手の優越感を満たしてやれば、無用な弾丸を撃ち込まれることはない……はず。
男は鼻で笑い、水筒の栓を抜かずに腰へ戻した。
「ハッ、失せろ乞食が。お前にやる水なんてねえよ」
男が背を向け、馬車へ戻ろうとした、その時だった。
檻の中から、小さな、だがやけに通りの良い声が響いた。
「……
俺も男も、足を止めた。
鉄格子の中の少女が、心底呆れたような目で俺を見下ろしていた。
「お前、ヘラヘラして、靴の底でも舐めそう。あと、臭い」
カタコトで怪しい言葉遣いだが、明確に俺を馬鹿にしている。
「おいおい、お嬢さん。無駄な揉め事を起こさずに済めば、俺も旦那も皆ハッピー。これぞ大人の処世術ってやつだ。そうだろ?」
肩をすくめて溢すと、少女は冷ややかな目をさらに細めた。
「
「ヒゲは余計だ。これは無精髭と言ってだな——」
「おい、乞食」
男たちが嫌な笑みを浮かべて寄ってきた。髭面の頭目が煙草に火をつけ、紫煙を吐き出す。
「お前、まさかこの売り物と知り合いじゃねぇよな? 近づくんじゃねぇぞ。見ての通り、こいつはアルカのガキだ。体の中に上質の魔石を抱えててな。東部の闇市にでも持ち込めば、ひと財産になる代物だ」
上物が手に入ってよほど嬉しいのか、頭目は聞かれてもいないことまで機嫌よく並べ立てる。
「生きたまま抜くのが、一番純度が落ちねえんだとよ。畜生のくせに、手間のかかる荷物だぜ」
頭目は鉄格子を平手でバンと叩き、薄ら笑いを浮かべた。少女は身じろぎもせず、ただ強い眼差しで男を睨み返している。
そのやりとりを聞くうちに、胃の底が焼けるように熱くなった。喉はカラカラに乾いているはずなのに、苦い唾だけが口の中に溜まっていく。
あぁ、まただ。頭のネジが、またどこかへ飛んでいったらしい。自分の命が一番大事。危険な真似はしない。心からそう思っているのに、俺の口は勝手に回り出し、指先は意思に逆らう。
「なあ、旦那ァ」
溜息を吐きながら、右手の指先を腰の後ろへ滑らせた。
「あんたら、よく見りゃあ酷い面だな。俺は不細工が嫌いでね。どうにも我慢ならねぇ」
「あ? てめえ、何言って——」
「特に、鎖に繋いだガキをいびって悦に入る男の面なんてもんは、見てるだけで——反吐が出るぜッ!」
俺の右手が動いた。
腰の後ろから引き抜いたのは、無骨で重厚なリボルバーだ。金属のフレームは傷だらけだが、よく整備されている。撃鉄を起こすと、刻まれた聖紋回路にマナが通り、鈍い光が走った。
——魔導銃。
カチリ、とセレクターを「風」に切り替える小さな金属音。空気中のマナを引き込む「キーン」という高周波の駆動音が、荒野に弾ける。
「伏せてろ、ガキ!」
叫ぶと同時に、引き金を引いた。
バシュッ!
破裂音が荒野を揺らす。銃口から放たれた実体弾は、風の属性エネルギーを纏って超音速で飛翔した。空気の抵抗を無視した弾頭は、手前の男の太腿を貫き、勢いを落とさぬまま後ろの馬車の車輪を粉砕する。
「ヒィッ!?」
「魔導銃!? こいつ、タダの乞食じゃねえ!」
悲鳴と硝煙が混ざり合う。激しい熱気が頬を撫でた。撃鉄を起こし直せば、連動したシリンダーが小気味よく回り、次弾が発射口に収まる。
「撃て! 殺せ!」
髭面の頭目が叫び、残りの男たちが泥塗れの銃を乱射した。砂煙が巻き上がり、俺の足元を弾が掠める。混乱した銃声のなかで、馬車を引く馬の一頭が悲鳴を上げて横倒しになった。
「狙いが雑なんだよ、狙いが!」
馬車の影に飛び込みながら、セレクターをもうひとつ回す。今度は雷の属性だ。過熱した銃身が、嫌な鳴き声を上げる。連射しすぎれば暴発の危険があるが、まだ心配はない。
車輪の隙間から、男二人の足元が見えた。躊躇なく、地面に向けて引き金を引く。
着弾の瞬間、弾丸は高圧電流を撒き散らした。青白い火花が地面を走り、傍らの車輪のスポークまで焦がしていく。男たちは悲鳴を上げて痙攣し、そのまま崩れ落ちた。
「狂人め……付き合ってられるか!」
最後に残った髭の頭目が血相を変えて逃げ出し、倒れた馬の脇を抜けようとした。俺は素早く間合いを詰め、そいつの額に銃口を叩きつける。
「止まれよ。じゃなきゃ、次はお前の頭を風通しよくしてやるぜ」
頭目は両手を上げ、ガタガタと震え出した。顔面は蒼白だ。
「た、助けてくれ! ガキが欲しいならやる! 持ってるモンも全部くれてやる!」
「ガキはもちろんだが、持ち物だってお前を始末してからゆっくり漁らせてもらうさ」
言いながら、撃鉄を起こす。恐怖が限界を超えたのか、そいつは白目を剥き、膝から崩れ落ちた。
「……情けねぇやつだ」
撃鉄をそっと戻す。弾丸もタダじゃない。得をしたと思うことにしよう。
荒野に静寂が戻った。硝煙と焦げた革の臭いが、風に乗って薄れていく。肩で息をしながら、背中に張り付いたシャツを引き剥がす。たいした相手じゃなかったのに、今になって心臓がうるさいほど脈打っていた。
またやってしまった。銅貨一枚の得にもならない、命がけのボランティアだ。
「……はあ、マジで何やってんだ俺は」
頭を掻きながら、檻へ歩み寄る。
頭目の腰から奪った鍵を錠前に差し込み、乱暴に回した。重い鉄扉が、キィと嫌な音を立てて開く。
中から、少女がゆっくりと出てきた。手足の鎖がジャラジャラと鳴る。少女は、俺と、転がっている男たちを交互に見つめた。握りしめた小さな拳が、わずかに震えている。
「おい、怪我はないか」
手を伸ばすと、少女はその手をパシッと叩き落とした。
「……乱暴。耳、キーンてなった。うるさい」
「はあ!? 命の恩人に対する第一声がそれか? 『ありがとうございます、お兄様』くらい言えないもんかよ」
「助けてなんて、頼んでない。勝手に暴れた、変人」
「変人扱いまで追加されたんだが……」
少女はぷいと横を向き、足元の鎖を自分で外そうと、不器用にいじり始めた。だが、頑丈な鉄の拘束具が子供の手で外れるはずもない。俺は深いため息をつき、少女の前にしゃがみ込んだ。
「枷の鍵は見当たらなかったが……貸しな。外してやる」
「……銃、うるさい、きらい」
「文句を言うな。そのまま歩く気か?」
鎖を靴底で踏んで押さえ、銃口を継ぎ目に押し当てる。手首、足首と順に引き金を引くたび、火花が散って金属の輪が弾け飛んだ。
少女は自由になった手首をさすり、じっと俺を見つめた。その青銀の瞳に、ほんの少しだけ戸惑うような光が混ざる。
「……お前、だれ」
少女がぽつりと呟いた。
「ただの流浪のガンマンさ。名乗るような大層な名はないね」
「かっこつけてる。気持ち悪い」
「お前なあ……!」
口が悪くて無愛想なガキの無遠慮な一言に言い返しながら、俺は儘ならない自分の性分と不運続きの人生を呪った。
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