西部劇×ファンタジー ~長耳の不愛想娘と西へ旅する~   作:ぬんぬ

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第10話:白銀の王(2)

 鼓膜をへし折るような甲高い破裂音が、凍てつく峡谷に木霊した。

 

 マリアが放った『ウィンズロー M1853』の先制弾だ。風の超音速弾が、フロストバイトの足元に侍っていたガルムの頭部を容赦なく撃ち抜く。頭蓋を叩き割られた一匹が、声もなく砂利の上へ転がった。

 

 同時に、マリアは風のようにしなやかな動作で、谷の側面にそり立つ切り立った岩棚へと駆け上がった。ロングコートを翻し、一瞬で高所の狙撃ポイントを確保する。

 

「グルオアアアッ!」

 

 地鳴りのような咆哮が上がった。王の近衛たるガルムたちが一斉に牙を剥き、散開する。

 

「俺が時間をつくる! 任せたぞ、マリア!」

 

 マリアに向けて叫びながら前進する。俺の仕事は弾除けと前座の相手——中距離でやつらを引きつけるポジションを取る。ウルは俺の更に後方、巨大な赤岩の死角へ潜ませた。

 

 左側面から弧を描くように飛びかかってきたガルムに対し、腰の『パシファイア』を引き抜く。撃鉄を起こして引き金を引いた。『風』の弾丸が頭部を貫き、一匹目が倒れる。間髪入れずに撃鉄を起こし、右から迫る二匹目の喉元へ二射目を叩き込んだ。

 

 さらに後方に抜け出そうとした二匹に対し、セレクターを『雷』へ弾き、三射、四射と連続で叩き込む。毛玉どもに紫電の鉄槌が下り、着弾と同時にその身体を吹き飛ばした。

 

 そこへ、白銀の毛並みを揺らす『フロストバイト』が地鳴りを立てて踏み出す。胸元で青白く光る生体魔石が狂ったように脈動し、猛烈な冷気が吹き荒れる。

 

 この巨獣の意識を俺に引きつけ、マリアの狙撃の機会を作らなければならない。

 

 俺は一歩も引かず、フロストバイトの足元の砂利へ向けて『火』の威嚇射撃を叩きつけた。爆熱の火花が弾け、やつの進路を阻む。間髪容れず、巨獣の視界を遮るようにもう一射。激しい爆炎がやつの視界を奪い、その巨体が足を止める。

 

 シリンダーの全六発を使い切り、カチリと空撃ちの感触が指に伝わった。

 

「チッ、ひとまず引くぜ!」

 

 俺は身を翻し、近くの分厚い赤岩の陰へと滑り込んだ。

 

 身体にしみついた熟練の動作で、撃鉄をハーフコックに倒す。ゲイトを開き、熱を帯びた空薬莢を叩き落としながら、手慣れた指先で新しい弾をひとつずつ滑り込ませていく。わずか数秒の早技でシリンダーを満たし、再度フロストバイトに意識を向ける。

 

「ダスティ! 上! 冷たいマナ、集中してる!」

 

 後方の岩陰からウルの鋭い叫びが飛んだ。

 

 言われるが早く、俺は岩壁を強く蹴って斜め前方へ身を投げ出した。

 

 直後、凄まじい質量を持った巨大な氷の塊——『氷槍』が砲弾のごとき勢いで頭上から撃ち下ろされた。ドカンと大地を揺らす凄まじい衝撃音とともに、俺が直前まで潜んでいた岩場が丸ごと爆ぜ、鋭い氷片と砕石の嵐が背中に降り注ぐ。

 

「助かったぜ、ウル!」

 

 冷や汗を拭う暇もなく、俺は砂利を滑りながら体勢を整える。近衛のガルムは既に全滅。残るは白銀の王ただ一匹だ。

 

「ダスティ、退きなさい! マナの集束が終わったわ!」

 

 頭上の岩棚からマリアの鋭い叫びが響く。『ウィンズロー』の風の聖紋が限界ギリギリまで励起し、甲高い高周波音が峡谷を満たしていた。

 

「——撃つッ!」

 

 ドォンッ!! 

 

 重厚な発砲音とともに、風の聖紋を全開にした貫通弾が放たれた。限界まで高められた超音速の一撃が、フロストバイトの胸元——青白く光る生体魔石を目がけて一直線に飛翔する。

 

 だが、着弾の瞬間、フロストバイトの体表を覆う数インチ厚の氷片が怪しく光った。氷片——極低温の装甲が、弾丸の持つ物理的な運動エネルギーを強引に殺しにかかる。マリアの強烈な一撃は、激しい回転により氷の装甲を抉りながらも、ついに魔石に届く手前で動きを止め、無残に砕け落ちた。

 

 削られた装甲は、胸の魔石から溢れ出る異常な冷気によって瞬時に再結晶化し、元通りに塞がっていく。

 

「そんな……!? 貫通し切れない!」

 

 マリアが焦りを滲ませ、荒々しくレバーを操作して連続射撃を叩き込む。だが、二射、三射と放たれる風の弾丸も、重厚な氷の壁に阻まれて甲高い音を弾き返すのみだった。

 

「グアアアアッ!」

 

 激怒したフロストバイトが凄まじい踏み込みを見せ、地上の俺を飛び越えてマリアの潜む岩棚の根元へと跳躍した。バカみたいにデカい爪が、切り立った岩壁に食い込み、三メートルを超える巨躯を駆け上がらせるべく撓む。

 

 岩壁全体を揺らすその巨大な衝撃により、マリアは体勢を崩して狙撃姿勢を失った。

 

「させねぇよッ!」

 

 俺は岩棚へとりついたフロストバイトの無防備な懐へと、そのまま身を投げ込んだ。

 

『パシファイア』の可変セレクターは『火』のまま、グリップを固く握り締め、銃身内の聖紋回路を限界まで励起させる。銃身が赤く熱を持ち、眩いばかりの熱気を噴き上げた。

 

「おい、バケモノ! こっちを向きな!」

 

 フロストバイトが巨大な頭部を俺へ向けた瞬間、俺はその氷の装甲が最も厚く覆う胸元——心臓の直上へ、密着距離から銃口を深々と突き立てた。

 

 引き金を絞る。放たれた超高熱の弾頭が、極低温を纏う氷の装甲へと一直線に突き刺さる。

 

 その瞬間、極低温と超高熱が密着面で激突し、破滅的な物理反応——『水蒸気爆発』を引き起こした。

 

 ドカンッッ!! 

 

 激しい閃光と衝撃波が牙を剥く。フロストバイトの胸元を覆っていた分厚い氷晶装甲が急激な熱変化に耐えきれず、白煙を上げて豪快に弾け飛んだ。

 

 焼き焦げた肉が露出され、その奥で無防備に輝く巨大な『生体魔石』が白日の下に晒される。

 

 至近距離での爆発の余波が、ダイレクトに俺を襲った。右腕の感覚がなくなり、灼熱と激しい衝撃波が全身を叩く。激痛に視界が白く明滅する中、俺は吹き飛ばされながらも渾身の力で叫んだ。

 

「今だ、マリアッ! 撃ち抜けぇッ!!」

 

 崩れかけた岩棚の上で、瞬時に体勢を立て直していたマリアの琥珀色の瞳が、極限の集中で研ぎ澄まされる。彼女の指が、迷いなく『ウィンズロー』の引き金を絞り切った。

 

 ドォン!! 

 

 パキィンとガラスが粉々に砕け散るような澄んだ高音が峡谷全体に響き渡る。

 

 露出した生体魔石へ一直線に突き刺さった『風の魔弾』は、その青白く光る魔石ごと、フロストバイトの心臓を完全に穿った。

 

「グ……オ……」

 

 地鳴りのような掠れた呻きを残し、ドスンと重い音を立てて白銀の王が崩れ落ちる。巨獣は一度だけ大きな足を有機的に痙攣させ、やがて一切の動きを止めた。

 

 周囲を支配していた息もできないほどの極冷の風が、潮が引くようにすうっと霧散していく。

 

 激しい硝煙の焦げくさい臭いと、焦熱と冷気が混ざり合った白い霧だけが、静まり返った峡谷の谷底に静かに漂っていた。

 

「もう……指先だって、動かせねえ」

 

 俺は煤けた右腕を押さえ、荒い息を吐いて砂利の上に倒れ込んだまま呟く。

 

「ダスティ!」

 

 岩陰から、ウルの小さく切迫した足音がこちらへ駆け寄ってくるのが聞こえた。

 

 




【変異個体】『フロストバイト (Frostbite)』:

 通常の約2倍(体長3メートル超)に達し、胸部中央の魔石が肥大化したアルファ個体。長命を経て岩山や雪渓谷といった寒冷環境に適応した結果、肥大化した魔石の莫大なエネルギーを本能的に「強力な吸熱・極冷(氷属性)」へと変換・放出することができるようになった。

 周囲を常時氷点下にして獲物の動きを麻痺させ、体表には水分とマナを凝固させた数インチ厚の「氷晶装甲」を構築する。
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