西部劇×ファンタジー ~長耳の不愛想娘と西へ旅する~   作:ぬんぬ

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第11話:そして、また旅

 右腕の肌を苛む熱と激痛が、波が引くようにじわじわと遠のいていく。

 

 うつろな視界の先で、必死な顔をした小さな影が揺れていた。

 

「……動かないで。じっとして!」

 

 ウルの瞳は涙で滲み、赤く腫れていた。首筋の銀藍色の模様が強く明滅する。焦げついた俺の右腕に重なる小さな手——そこから湧き出た温かな光が、肌の奥へと染み込んでいく。

 

 引きつるような皮膚の痛みが和らぎ、酷い火傷だったはずの腕はどうにか動かせる程度まで持ち直していく。

 

 だが、光が収まった瞬間、ウルは急に自分の胸を強くかき抱くようにしてうずくまった。

 

「ッ……はぁ、くっ……」

 

 小さな肩が激しく上下し、さっきまで熱を帯びていた顔からすっと血の気が引き、唇も色を失っている。

 

「おい、ウル……!? 大丈夫か、もしかして俺の腕を治した反動なのか……!?」

 

 急激な異変に俺が焦って手を伸ばすと、ウルは固く目を瞑り、胸を押さえたままじっと動かず息を整え始めた。幾度か深い呼吸を繰り返し、青ざめていた頬にようやく薄っすらと血色が戻ってくる。

 

 そして次の瞬間——ウルは見たこともないほどの怒り顔で俺を睨みつけると、その勢いのまま俺の胸をポカポカと叩いてきた。

 

「バカ! ダスティのバカ! 魔法、何でも治せるわけ違う! 無茶したら、普通に死ぬ! 死んだら、おしまい!」

 

「おいおい、叩くな痛ぇよ……。ウルがいるからつい無茶をしちまった。結果、お前にまで負担をかけちまって、すまなかった」

 

 ウルは唇を固く噛み締め、その瞳に溢れんばかりの涙を溜めて俺を睨みつけた。

 

「……バカ。ほんとうに、やめて。私、心臓、止まるかと思った……」

 

 いつもは生意気で不機嫌そうなウルが、珍しく本気で怒っている。その迫力に押され、俺は気まずそうに頭を掻いた。

 

「……すまん。次からは本当に気をつける」

 

「……絶対。約束」

 

 ウルが鼻をすする音が、静まり返った峡谷に小さく響いた。

 

「……信じられないわね」

 

 足元で倒れる巨大なフロストバイトの陰から、マリアが『ウィンズロー』を抱えたまま歩み寄ってきた。その琥珀色の瞳は、俺の治りかけた腕と、ウルの首筋でかすかに光を失っていく刺青を交互に見つめ、驚きを隠せずにいた。

 

「あんた、本当に先住民だったの……。しかも、傷口を直接塞ぐほどの癒やしの術なんて……まさか」

 

 マリアの不意の呟きに、ウルがビクッと肩を跳ねさせた。

 

 考えなしに魔法を使い、正体が完全にバレてしまったことに気づいたのだろう。ウルの顔から再び血の気が引き、助けを求めるように俺の服の裾を強く引っ張ってきた。

 

「マリア、待ってくれ」

 

 俺はよろよろと立ち上がるとウルを背中に隠す。腰の銃から手を離して両手を軽く挙げた。

 

「ウルの正体については、黙っておいてくれないか。……賞金の分前はいらない。金貨五枚、全部あんたにやる。だから、開拓委員会にも教会にも、この子のことは秘密にしてほしい」

 

 背中でウルが息を呑む気配が伝わる。金貨五枚を手放すのは痛かったが、ウルの安全には代えられない。もしも、それでもマリアが引いてくれないのであれば、その時は——

 

 峡谷の風だけが、数秒、俺たちの間を通り抜けた。

 

 やがて、マリアは呆れたように息を吐き、肩をすくめた。

 

「あんた、私のことをどんな悪党だと思ってるのよ? 命を助けてもらっておいて、そんな不義理をするわけないでしょう。賞金は約束通り、ちゃんと山分けよ。この子の正体だって、誰にも話す気はないわ」

 

「……良いのかい?」

 

「ガリアの腐った連中や教会の言いなりになるのは、軍にいた頃に飽き飽きしたの。……今の私はただの賞金稼ぎ。契約と義理は守るわ」

 

 マリアは腰の大型ナイフを引き抜くと、フロストバイトの胸元へ歩み寄り、撃ち抜いた生体魔石を手際よくくり抜き始めた。弾痕の残る青白い特大の魔石が、彼女の手に収まる。

 

「これが討伐証明よ。さあ、さっさとこの冷え切った穴ぐらから出ましょう。怪我人を長居させる場所じゃないしね」

 

 マリアとウルが左右から俺に肩を貸し、俺たちはノロノロと足を進めた。

 

 峡谷の入り口まで戻ると、岩の窪みで待っていた黒鹿毛の雌馬が、無事を喜ぶようにぬるい鼻息を吹きかけてきた。俺はその鞍に体を預け、三人は静まり返った北の荒野を抜け、夕暮れ時のクロウ・リッジへと引き返した。

 

 

 ♤ ♢ ♧ ♡

 

 

 開拓委員会の詰所にフロストバイトの魔石を提出すると、受付の男は目を見開き、バタバタと何やら調べ始める。しばし待たされた後、男は震える手で金貨十枚の入った重い革袋を手渡してきた。

 

 証明が済んだフロストバイトの魔石も返ってきたが、これは礼代わりにマリアへ押し付けた。彼女は断ろうとしたが、貸しを作ったままにするのは俺の主義に反すると押し通した。

 

 詰所の外、埃っぽいメインストリートの端で、俺たちはマリアと最後の言葉を交わすために足を止めた。

 

「はい、約束の金貨五枚よ」

 

 マリアが革袋から均等に分けた金貨を、俺の手のひらに握らせてくる。冷たい金貨の重みが、指の間に心地よく響いた。

 

 その上へ、小さな手がちょんと重ねられる。

 

「四枚、わたしの。……でも、ダスティに預けておく」

 

「……お前、本気だったのかよ」

 

「約束。マリアが五、わたしが四、ダスティが一」

 

 当然とばかりに胸を張るウルを見て、マリアが楽しそうに続ける。

 

「ふふっ、約束は約束ね」

 

 手のひらにはたしかに金貨五枚の重みがあるはずなのに、四枚が『預かり物』に変わった途端、やけに軽く思えた。

 

「でもまあ、助かったよ、マリア。あんたがいなきゃ、あのバケモノを仕留めきれなかった」

 

「それはこっちの台詞よ。……威勢の良いことを言ったけれど、私一人じゃ間違いなく死んでた。あんたたちの度胸とアシストのおかげ。ありがとね」

 

 マリアは琥珀色の瞳を柔らかく和らげ、俺とウルに視線を送った。そして、どこか小悪魔的な笑みを浮かべると、ゆっくりと俺に顔を近づけてきた。

 

「特に……ダスティ。あんたのあの無茶苦茶な特攻、痺れたわ。……ウルちゃんがいなかったら、今夜あたり一晩を共にしても良かったくらいよ?」

 

「へっ……!? いや、あの、それは……っ!」

 

 突然の言葉に、俺の思考が真っ白にフリーズした。顔が熱くなり、視線をあちこちに泳がせて、完全に狼狽えてしまう。

 

 そんな俺の無様な様子を、足元から冷ややかな視線が射抜いていた。

 

 ウルがジトっとした半目で俺を見上げている。次の瞬間、俺の足の甲に、ウルのサンダルのかかとがぐりっとめり込んだ。

 

「いてっ!?」

 

「……ダスティ。ニヤニヤしてる。きもちわるい」

 

「ニヤニヤなんてしてねぇよ! ただ、驚いただけだろ!」

 

 あたふたする俺たちのやり取りを見て、マリアは耐えきれずにくすくすと声を上げて笑った。

 

「ふふ、冗談よ、冗談。……ウルちゃん、この人、目を離すとすぐ無茶するから、ちゃんと見張っておきなさいよ」

 

「……言われなくても、見張る。無茶しない、約束した」

 

 ウルがプイと横を向くと、マリアは愛銃ウィンズローのストラップを肩に掛け直し、自分の馬の手綱を握った。

 

「それで、ダスティ。あんたたち、これからどうするの?」

 

「さてね。風の向くまま、気の向くままさ」

 

 俺が帽子を軽く指で押し上げて答えると、マリアは満足そうに頷いた。

 

「いいわね、荒野のガンマンらしくて。……あんたたちとは、またどこかで会える気がするわ。それまで死なないでね」

 

 マリアは軽やかに馬の背に飛び乗ると、小さく馬の腹を蹴り、夕暮れの赤土の道を去っていった。そのロングコートが、風にたなびいて小さくなっていくのを、俺たちはしばらく見送った。

 

 

 ♤ ♢ ♧ ♡

 

 

 懐が温かくなった俺たちは、その足でクロウ・リッジの雑貨屋へと向かった。

 

 昼間は足元を見てきた嫌みな店主も、金貨を見せると掌を返したように揉み手で出迎える。

 

 俺は鼻で笑いながら、汎用弾を三箱と、日持ちするトウモロコシのパン、干し肉、それに清潔な水筒と塩をたっぷりと買い込んだ。ついでに、店先の籠から赤いリンゴを二つ。黒鹿毛との約束も、約束だ。

 

 次に仕立屋へ足を運び、フロストバイトのおかげでズタボロになった服を一式買い直す。頑丈な綿のシャツと厚手の革ズボン、新しいブーツ。そして新しい上着——ウルにあげて以来、ずっと羽織っていなかった革コートも買い足した。新品の革の匂いが鼻をくすぐり、身につけると背筋がシャキと伸びる気がした。

 

「おい、ウル」

 

 俺は店内を見回し、ダボダボのコートを引きずって歩くウルに声をかけた。

 

「お前もそのコート、サイズも合ってないしボロボロだろ。新しい上着でも買い直すか? 金ならある。……お前が預けた金だけどな」

 

 ウルは足をとめ、自分の体をすっぽりと包むダボダボの革コートを見つめた。袖口を触り、鼻を近づけてくんくんと匂いを嗅ぐ。

 

「……ううん。このままで良い」

 

「そうか? 丈が長すぎて歩きにくそうだが」

 

「十分。わたしは……新しいのより、これが良い」

 

 ウルはコートの裾をぎゅっと握りしめ、首を横に振った。

 

 かつてコートを投げ渡した時、臭いと着るのを渋っていたのを思い出し、どういう心境の変化だと訝しげに感じながらも、本人が言うならと認めることにする。

 

「……好きにしろ。じゃあ、行くぞ」

 

 俺たちはその夜、街の小さな宿屋に部屋を取り、温かいスープを胃に流し込んで泥のように眠った。

 

 

 ♤ ♢ ♧ ♡

 

 

 翌朝、東の空が白み始め、うっすらと赤い日差しが地平線から差し込む頃。

 

 俺たちは宿を出て、黒鹿毛の馬に鞍を載せ、出発の準備を整えていた。冷ややかな朝の空気に、馬の吐くぬるい息が白く混じる。

 

 腹帯を締める前に、俺は約束のリンゴを一つ、手のひらに載せて黒鹿毛の鼻先へ差し出した。黒鹿毛は賢そうな目で俺を見つめ、しゃくり、と一口で半分を齧り取る。

 

「……ダスティ、わたしの分は?」

 

「あるよ。ほら」

 

 もう一つを放ってやると、ウルは両手でぱしっと受け止めた。ほんの少しだけ、口元が緩んでいる。

 

 リンゴを齧りながら荷物をまとめていたウルが、不意に遠く北西の空を見上げ、手を止めて呟いた。

 

「……ダスティ」

 

「なんだ」

 

「……『風走り(シュラ)』の隠れ里。あそこ、わたしが攫われた場所」

 

 ウルの言葉に、手綱を握る手が止まった。ウルは静かな瞳を足元に落とし、ポツリポツリと言葉を繋ぐ。

 

「……もしかしたら、お父さん、まだあそこでわたしを探して、待っているかも」

 

 その一言が、俺の胸の奥にストンと重い石のように落ちてきた。

 

 もし父親が無事でそこにいたら、ウルを渡して、俺の役目は終わる。追手から逃げ回り、先住民のガキの子守をするという厄介な旅は、そこでおしまいだ。

 

 望んでいたはずのことだった。一人になれば気楽だし、自分の命だけを気にして荒野を渡り歩く元通りの生活に戻れる。

 

 ……それなのに。

 

 胸の奥で、どことなく名残惜しさを感じている自分がいることに気づいてしまった。

 

 ——んなわけねぇだろ。

 

 俺は即座に自分の思考を打ち消し、荒々しく頭を振った。

 

「……ダスティ? どうしたの?」

 

 無言で立ち尽くす俺の顔を、ウルが不思議そうに覗き込んでいた。その瞳に見つめられ、俺は慌てて帽子のつばを深く引っ張り、素っ気ない声を捻り出した。

 

「なんでもねぇよ。……親父さん、いるといいな」

 

「……うん」

 

 ウルは少し複雑そうな顔をした後、口元を微かに緩め、小さく頷いた。

 

 俺は馬の背にウルを抱え上げ、続いて自分も後ろに跨がった。黒鹿毛の腹を軽く蹴ると、馬は力強い足取りで砕石を踏みしだく。

 

 冷たい朝風を浴びながら、俺たちは北西に広がる荒野の先——風走り(シュラ)の隠れ里を目指し、クロウ・リッジをあとにした。

 

 

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