西部劇×ファンタジー ~長耳の不愛想娘と西へ旅する~ 作:ぬんぬ
右腕の肌を苛む熱と激痛が、波が引くようにじわじわと遠のいていく。
うつろな視界の先で、必死な顔をした小さな影が揺れていた。
「……動かないで。じっとして!」
ウルの青銀色の瞳は涙で滲み、赤く腫れていた。首筋の銀藍色の模様が強く明滅する。焦げついた俺の右腕に重なる小さな手——そこから湧き出た温かな光が、肌の奥へとじわじわ吸い込まれていく。
引きつるような皮膚の痛みが和らぎ、酷い火傷だったはずの腕が、ある程度動かせる程度まで持ち直していく。処置が早かったのが幸いしたらしい。
「……ふぅ、助かったぜ、ウル。おかげで腕が残った」
息を吐きながら身を起こそうとすると、ウルが眉間にしわを寄せ、見たこともないほどの怒り顔で俺の胸をポカポカと叩いてきた。
「バカ! ダスティのバカ! 魔法、何でも治せるわけ違う! 無茶したら、普通に死ぬ! 死んだら、おしまい!」
「おいおい、叩くな痛ぇよ……。まあ、ウルがいるから無茶ができたんだよ。感謝してるぜ」
軽口を叩いて誤魔化そうとしたが、ウルは唇を固く噛み締め、その瞳に溢れんばかりの涙を溜めて俺を睨みつけた。
「……バカ。ほんとうに、やめて。私、心臓、止まるかと思った……」
いつもは生意気で不機嫌そうなガキが、珍しく本気で震えながら怒っている。その迫力に押され、俺はそれ以上おちゃらけることができず、気まずそうに頭を掻いた。
「……すまん。次からは気をつける」
「……絶対。約束」
ウルが鼻をすする音が、静まり返った峡谷に小さく響いた。
「……信じられないわね」
足元で倒れる巨大なフロストバイトの陰から、マリアが『ウィンズロー』を抱えたまま歩み寄ってきた。その琥珀色の瞳は、俺の治りかけた腕と、ウルの首筋でかすかに光を失っていく刺青を交互に見つめ、驚きを隠せずにいた。
「あんた、本当に先住民だったの……しかも、傷口を直接塞ぐほどの生体共鳴って……まさか」
マリアの不意の呟きに、ウルがビクッと肩を跳ねさせた。
考えなしに魔法を使い、正体が完全にバレてしまったことに気づいたのだろう。ウルの顔から血の気が引き、青ざめた肌で助けを求めるように俺の服の裾を強く引っ張ってきた。
「マリア、待ってくれ」
俺はよろよろと立ち上がるとウルを背中に隠す。腰の銃から手を離して両手を軽く挙げた。
「ウルの正体については、黙っておいてくれないか。……賞金の分前はいらない。金貨五枚、全部あんたにやる。だから、開拓委員会にも教会にも、この子のことは秘密にしてほしい」
背中でウルが息を呑む気配が伝わる。金貨五枚を手放すのは痛かったが、ウルの安全には代えられない。もしも、それでもマリアが引いてくれないのであれば、その時は——
だが、マリアは呆れたように息を吐き、肩をすくめた。
「あんた、私のことをどんな悪党だと思ってるのよ? 命を助けてもらっておいて、そんな不義理をするわけないでしょう。賞金は約束通り、ちゃんと山分けよ。この子の正体だって、誰にも話す気はないわ」
「……良いのかい?」
「ガリアの腐った連中や教会の言いなりになるのは、軍にいた頃に飽き飽きしたの。……今の私はただの賞金稼ぎ。契約と義理は守るわ」
マリアは腰の大型ナイフを引き抜くと、フロストバイトの胸元へ歩み寄り、撃ち抜いた生体魔石を手際よくくり抜き始めた。弾痕の残る青白い特大の魔石が、彼女の手に収まる。
「これが討伐証明よ。さあ、さっさとこの冷え切った穴ぐらから出ましょう。怪我人を長居させる場所じゃないしね」
マリアとウルが左右から俺に肩を貸し、俺たちはノロノロと足を進めた。
峡谷の入り口まで戻ると、岩の窪みで待っていた黒鹿毛の雌馬が、無事を喜ぶようにぬるい鼻息を吹きかけてきた。俺はその鞍に体を預け、三人は静まり返った北の荒野を抜け、夕暮れ時のクロウ・リッジへと引き返した。
⬜︎ ⬜︎ ⬜︎
開拓委員会の詰所にフロストバイトの魔石を提出すると、受付の男は目を見開き、バタバタと何やら調べた後、震える手で金貨十枚の入った重い革袋を手渡してきた。
証明が済んだフロストバイトの魔石も返ってきたが、これは口止め料としてマリアに押し付けた。彼女は断ろうとしたが、貸しを作ったままにするのは俺の主義に反すると押し通す。
詰所の外、埃っぽいメインストリートの端で、俺たちはマリアと最後の言葉を交わすために足を止めた。
「はい、約束の金貨五枚よ」
マリアが革袋から均等に分けた金貨を、俺の手のひらに握らせてくる。冷たい金貨の重量が、手袋越しに心地よく響いた。
「助かったよ、マリア。あんたがいなきゃ、あのバケモノを仕留めきれなかった」
「それはこっちの台詞よ。……威勢の良いことを言ったけれど、私一人じゃ間違いなく死んでた。あんたたちの度胸とアシストのおかげ。ありがとね」
マリアは琥珀色の瞳を柔らかく和らげ、俺とウルに視線を送った。そして、どこか小悪魔的な笑みを浮かべると、ゆっくりと俺に顔を近づけてきた。
「特に……ダスティ。あんたのあの無茶苦茶な特攻、痺れたわ。……ウルちゃんがいなかったら、今夜あたり一晩を共にしても良かったくらいよ?」
「へっ……!? いや、あの、それは……っ!」
突然の言葉に、俺の思考が真っ白にフリーズした。
喉の奥がカラカラに乾き、顔面が一瞬で沸騰したように熱くなる。視線をあちこちに泳がせながら完全に狼狽えてしまう。
そんな俺の無様な様子を、足元から冷ややかな視線が射抜いていた。
ウルがジトっとした、心底不機嫌そうな顔で俺の服の裾をギチギチと引きちぎらんばかりに引っ張っている。腰の狩猟ナイフの柄に手が伸びており、静かな怒りがひしひしと伝わってきた。
「……ダスティ。ニヤニヤしてる。きもちわるい」
「ニヤニヤなんてしてねぇよ! ただ、驚いただけだろ!」
あたふたする俺たちのやり取りを見て、マリアは耐えきれずにくすくすと声を上げて笑った。
「ふふ、冗談よ、冗談。……ウルちゃん、その様子じゃ心配ないと思うけど、しっかり捕まえておきなさいよ」
「……言われなくても、逃がさない。この男、私と旅する、約束した」
ウルがプイと横を向くと、マリアは愛銃ウィンズローのストラップを肩に掛け直し、自分の馬の手綱を握った。
「それで、ダスティ。あんたたち、これからどうするの?」
「さてね。風の向くまま、気の向くままさ」
俺が帽子を軽く指で押し上げて答えると、マリアは満足そうに頷いた。
「いいわね、荒野のガンマンらしくて。……あんたたちとは、またどこかで会える気がするわ。それまで死なないでね」
マリアは軽やかに馬の背に飛び乗ると、小さく馬の腹を蹴り、夕暮れの赤土の道を南へと去っていった。そのロングコートが、風にたなびいて小さくなっていくのを俺たちはしばらく見送った。
⬜︎ ⬜︎ ⬜︎
懐が温かくなった俺たちは、その足でクロウ・リッジの雑貨屋へと向かった。
昼間は足元を見てきた嫌みな店主も、金貨を見せると掌を返したように揉み手で出迎えてきた。俺は鼻で笑いながら、汎用弾を三箱と、日持ちするトウモロコシのパン、干し肉、それに清潔な水筒と塩をたっぷりと買い込んだ。
次に仕立屋へ足を運び、フロストバイトのおかげでズタボロになった服を一式買い直す。頑丈な綿のシャツと厚手の革ズボン、新しいブーツ。そして新しい上着——ウルにあげて以来、ずっと羽織っていなかった革コートも買い足した。新品の革の匂いが鼻をくすぐり、身につけると背筋がシャキと伸びる気がした。
「おい、ウル」
俺は店内を見回し、ダボダボのコートを引きずって歩くウルに声をかけた。
「お前もそのコート、サイズも合ってないしボロボロだろ。新しい上着でも買い直すか? 金ならあるぞ」
ウルは足をとめ、自分の体をすっぽりと包むダボダボの革コートを見つめた。袖口を触り、鼻を近づけてくんくんと匂いを嗅ぐ。
「……ううん。このままで良い」
「そうか? 丈が長すぎて歩きにくそうだが」
「十分。わたしは……新しいのより、これが良い」
ウルはコートの裾をぎゅっと握りしめ、首を横に振った。
かつてコートを投げ渡した時、臭いと着るのを渋っていたのを思い出し、どういう心境の変化だと訝しげに感じながらも、本人が言うならと認めることにする。
「……好きにしろ。じゃあ、行くぞ」
疲れた身体を休ませ、火傷の痕をしっかり癒やすため、俺たちはその夜、街の小さな宿屋に部屋を取り、温かいスープを胃に流し込んで泥のように眠った。
⬜︎ ⬜︎ ⬜︎
翌朝、東の空が白み始め、うっすらと赤い日差しが地平線から差し込む頃。
俺たちは宿を出て、黒鹿毛の馬に鞍を載せ、出発の準備を整えていた。冷ややかな朝の空気に、馬の吐く白くぬるい息が混じる。
馬の腹帯を締め直していると、隣で荷物をまとめていたウルが、不意に遠く北西の空を見上げて呟いた。
「……ダスティ」
「なんだ」
「……『
ウルの言葉に、手綱を握る手が止まった。ウルは静かな青銀の瞳を足元に落とし、ポツリポツリと言葉を繋ぐ。
「……もしかしたら、お父さん、まだあそこでわたしを探して、待っているかも」
その一言が、俺の胸の奥にストンと重い石のように落ちてきた。
もし父親が無事でそこにいたら、ウルを渡して、俺の役目は終わる。追手から逃げ回り、先住民のガキの子守をするという厄介な旅は、そこでおしまいだ。
望んでいたはずのことだった。一人になれば気楽だし、自分の命だけを気にして荒野を渡り歩く元通りの生活に戻れる。
……それなのに。
胸の奥で、どことなく名残惜しさを感じている自分がいることに気づいてしまった。
——んなわけねぇだろ。
俺は即座に自分の思考を打ち消し、荒々しく頭を振った。
「……ダスティ? どうしたの?」
無言で立ち尽くす俺の顔を、ウルが不思議そうに覗き込んでいた。その青銀の瞳に見つめられ、俺は慌てて帽子のつばを深く引っ張り、素っ気ない声を捻り出した。
「なんでもねぇよ。……親父さん、いるといいな」
「……うん」
ウルは少し複雑そうな顔をした後、口元を微かに緩め、小さく頷いた。
俺は馬の背にウルを抱え上げ、続いて自分も後ろに跨がった。黒鹿毛の腹を軽く蹴ると、馬は力強い足取りで砕石を踏みしだく。
冷たい朝風を浴びながら、俺たちは北西に広がる荒野の先——