西部劇×ファンタジー ~長耳の不愛想娘と西へ旅する~ 作:ぬんぬ
集めた風が手のひらの上で小さな渦を巻き、私の指先をくすぐる。
息を静かに整え、足元に落ちていた親指ほどの丸い石を、その渦の中心へとそっと乗せた。
「……
声とともに指先を弾く。
小石は鋭い風切り音を立てて一直線に飛び、十ヤードほど先に置いた練習用の干し草の的に深く突き刺さった。パラパラと乾いた藁の屑が舞い散る。
風の塊で直接敵をやっつけるような派手なものじゃない。投げた石やナイフが空気の邪魔を受けず、どこまでも速く、真っ直ぐに飛んでいくための風の通り道を作る魔法。
里長に何度も立ち位置や呼吸を直され、ようやく形になった。
胸の命石が、少しズキズキと痛む。魔法は使いすぎると動けなくなるから、これ以上の無理は禁物だ。
達成感に胸を躍らせて空を見上げると、いつの間にか太陽は山々の向こうへ沈みかけていた。空全体が燃えるような茜色に染まり、風走りの里に長い陰を落としている。
里長に向かって胸の前で手を合わせ、深々と感謝の礼を捧げた。腰掛けた里長は皺の刻まれた顔をわずかに緩め、満足そうに頷いてくれた。
お礼を告げて外へ出ると、夕暮れの風は急激に冷たさを増している。ダボダボの革コートの襟元をぎゅっとかき集め、あてがわれたティピーへと急ぎ足で向かった。
帳をめくって中に入った瞬間、喉を突くような酸っぱい酒の臭いと、焦げた肉の匂いが鼻を刺した。
「……うわ」
思わず顔を背ける。
薄暗いティピーの中では、中央の焚き火を囲んでダスティと風走りの男たちが地べたに座り込み、角杯を片手に盛大に酒を酌み交わしていた。すでに二人ほど壁際で横になり、豪快なイビキを上げている。
ちょうどダスティと、胸板の分厚い里の男が、どちらが多く飲めるか競い合っている最中だった。
男が真っ赤な顔で角杯を煽り、途中で喉を詰まらせて手を止めた。そのままガクリと膝から崩れ落ち、横へひっくり返る。ダスティの勝ちだ。
言葉が通じないはずなのに、倒れた男は何事か楽しそうにダスティへ語りかけている。ダスティも顔を真っ赤に熟させ、ヘラヘラと笑いながら角杯を叩きつけあっていた。
「だから何言ってんのか、さっぱりわかんねぇよ!」
酔いどれになりながらも、心底楽しそうに笑うダスティ。
私は入り口に立ったまま腕を組み、冷ややかな目でその背中を睨みつけた。私が必死になって魔法の手解きを受けていたというのに、この人は一体何をやっているのだろう。
刺すような私の視線に気づいたのか、ダスティの肩がビクッと跳ねた。
ゆっくりと振り返ったダスティの目が私を捉える。一瞬で顔から酒気が吹き飛んだように目を丸くし、血相を変えた。
「うおっ!? ウ、ウル……っ!?」
ダスティは慌てて角杯を放り出すと、倒れている男たちの背中を乱暴に叩き起こし始めた。
「おい! 撤収だ撤収! 飲み会はおひらき! ほら、さっさと自分の家に帰りやがれ!」
追い出される男たちは、理由も分からぬままヘラヘラと笑い、ダスティの肩を叩きながらゾロゾロと外へ出て行った。
騒がしい男たちが去り、静けさが戻ったティピーの中で、ダスティはドサリと干し草の上に座り込んだ。真っ赤な顔のまま、うつろな目で頭を抱えている。
「……お前が一生懸命頑張ってるのに、俺ぁバカみたいに飲んじゃって……悪いな、ウル」
おぼつかない舌足らずな声で、私を気遣う言葉が漏れる。
「……ダスティ、ろくでもない大人、知ってる」
呆れて小さく息を吐いたけれど、申し訳なさそうに眉を寄せる顔を見ていたら、怒る気も失せてしまった。向かい側に腰を下ろす。
「魔法の練習はどうだった。……成果は、あったのか?」
「うん。投げたもの、真っ直ぐ飛ぶ。風の通り道、作る魔法。覚えた」
さっき外で成功させたばかりの感覚を思い返しながら、私は短く答えた。
「へぇ……そいつはすごいな、よかったじゃないか……」
ダスティはふにゃりと口元を緩めて褒めてくれたが、そのまま頭を重そうに揺らし、クラクラと視線を泳がせた。完全に飲み過ぎていて、目線が定まっていない。
「……飲み過ぎ。水」
腰の水筒を外し、中の水を角杯に注いで渡してあげる。
ダスティは両手でおぼつかなく角杯を受け取り、ごくごくと音を立てて冷たい水を飲み干した。はぁ、と荒い息を吐き出し、胸のあたりを叩く。
パチパチと薪がはぜる音と、鼻をつく酒の臭いの中、ダスティは焚き火の小さな火種を見つめたまま、ぽつりぽつりと、掠れた声で話し始めた。
「……俺ぁな、旧大陸のアルビオンって国……わかんねぇか……。とにかく外の大陸のでっかい国の、出身なんだ」
揺れる炎の明かりが、彼の真っ赤な顔と翳った瞳を浮かび上がらせる。
「次男坊でさ……。家を継げるわけもないから……小さい頃に教会へ修道士として入れられた……結構、物覚えもよくてよ。これでも期待されてたんだぜ? ……誰かを守れる大人になりたくて……必死に学んだよ……」
ダスティは赤く染まった目で遠くを見つめた。
「念願叶って……聖堂騎士になって……。ファビアンっていう……弟分の相棒ができて……。二人で悪い奴捕まえたり……自分は正しいことをしてるんだって……信じてたんだ……。でも……俺ぁ何も見えてなかった……」
言葉の合間にしゃっくりが混ざり、膝に添えた大きな手が小さく震えていた。
「二十四の時……新大陸に来て……現実を知った……。血を、いっぱい流した……。……たくさん殺した……。本当に、ろくでもない毎日だった……」
ダスティの顔が、苦痛と絶望で歪む。
「ファビアンがな……なんでもないように笑いながら……石を抉るんだ……。『これが救いだ』って。……狂ってるよ……この世界も……教会も……全部おかしいって……」
泳ぐように視線が定まらず、記憶の破片を辿るように言葉が途切れる。
「気づいたら……幼い先住民をいたぶって笑ってた上官の頭を……銃でボカン! それから三年……逃げて……酒ばっか飲んでた……」
重そうに頭を振り、私の方へ視線を巡らせる彼の青い瞳は、酒のせいだけではない熱と切なさに湿っていた。
「……でもよ、ウル。俺ぁ……お前に感謝してるんだ……。ゴミクズだった俺が……お前に出会って……もう一度、素面に戻れた……。必ず……お前を故郷に送り届ける……俺の……命に代えてもな……」
語り終える頃には、ダスティの瞼は重そうに閉じかけていた。頭が前後にゆらゆらと揺れ、今にも横に倒れそうだ。
「……ダスティ、寝床、行く」
立ち上がり、彼の大きな腕を肩に担ぎ上げる。
へべれけになったダスティは、うーうーと意味のわからない唸り声を上げながら私に体重を預け、敷かれた毛皮の寝床へとそのまま倒れ込んだ。すぐに、豪快な寝息が聞こえ始める。
私は彼の無防備な寝顔を見下ろした。口は半開きで、無精髭が伸びていて、相変わらず情けない格好だ。思わず呟きが溢れる。
「ダスティ……
ダスティは、私への手助けを通して、過去に対する贖罪をしているのかもしれない。
そんな彼を利用している自分を恥じて、今すぐ謝りたいとも思った。
感謝の言葉だって、彼の目を見てはっきりと伝えるべき。わかってはいるけれど、私の口はいつだって憎まれ口を吐き出す。
最初は打算だった。今は、甘えだと思う。命を賭けて守るという彼の真摯な想いに、私は何か少しでも、返すことができているのだろうか。
ティピーの帳の隙間から覗く月明かりを眺めながら、考えはまとまらず、そっと夜が更ける。
⬜︎ ⬜︎ ⬜︎
翌朝。
帳の隙間から差し込む白々とした光で目を覚ました。
隣を見ると、ダスティが頭を抱えて唸っている。
「うぐぐ……頭が割れそうだ……完全に飲み過ぎた……」
顔を顰めて身を起こしたダスティは、私と目が合うと、途端に気まずそうな顔をした。
「……おい、ウル。昨日の夜、俺……なんか変なこと言ってないよな? 酒の席の酔っ払いの戯言だ、もし何か言ってたとしても、全部忘れろ」
頭を掻きながら焦るダスティ。
私はすまし顔を作り、首を少しだけ傾けてみせた。
「……? 聞いてない。ダスティ、帰ってきたら、イビキかいて寝てた」
「そ、そうか……。ならいいんだ」
ダスティは拍子抜けしたような、どこか照れくさそうな表情を浮かべた。
「ダスティ。これから、どうする?」
「そうだな……あまりゆっくりもしていられない。お前を早く西部に連れていって、親父さんと会わせてやらないとな」
「……わかった。食料と水、もらってくる。旅の荷物、まとめる」
「助かる。任せたぞ」
ダスティは立ち上がり、腰の弾薬帯を確かめながら指を折った。
「ここからさらに山沿いを西へ向かい、『死の谷』を迂回、『スカル・メサ』を抜けたら南下して『クロイツ・バール』を目指す。まだまだ西部は遥か遠くだが、一歩ずつ……だな」
今後の予定を確認した私たちは、手際よく荷物をまとめ、出発の準備を進めていく。ソフィの背に鞍を載せ、荷物をしっかり括り付けた。
手綱を取って、里長たちに礼を告げにいこうと思った、まさにその時だった。
「
里の入口の方から、見張りの男の緊迫した叫び声が響き渡った。風走り特有の強い訛りのある叫びだ。集落全体が一瞬で静まり返り、次の瞬間には人々が慌ただしく走り出す。
「なんだ!?」
私たちの言葉がわからないダスティが眉をひそめ、私に確認を促した。
私は風に耳をすまし、遠くの気配を探った。胸の命石が、チリチリと嫌な予感で震える。
「……見張りの人、『敵が来た、集まれ』って叫んでる」
フードの影から遠くの地平線を見つめ、息を呑んだ。
「砂煙、上がってるの見えるって……! 何か、たくさん、この里近づいてる……!」