西部劇×ファンタジー ~長耳の不愛想娘と西へ旅する~   作:ぬんぬ

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第15話:最悪の再会

 悲鳴と怒号が、隠れ里の平穏を容赦なく踏みつぶした。先住民たちの切迫した叫びが交錯し、響き渡る馬の足音が大地を揺らす。

 

 俺とウルは、目の前で起こりつつある混乱に対応できず、数秒、その場に立ち尽くすことしかできなかった。

 

 外からは何もない荒野に見えるはずの蜃気楼の魔法。それを越えて、何者かがこの隠れ里へ踏み込んできたのだ。

 

 ガシャンと、乾いた木箱が激しく粉砕される音が響く。続いて、ティピーが引き裂かれる音。さらに、空気を切り裂く連続した硬い銃声。

 

「ダスティ……ッ!」

 

 ウルがコートの袖を固く握りしめ、青銀の瞳を恐怖に揺らして俺を見上げてきた。

 

 俺は思考の麻痺を強引に振り払い、腰の『パシファイア』のグリップへと手を伸ばす。傷だらけの金属の感触が、冷たく掌に伝わった。腹を括るしかない。

 

「離れるなよ、ウル!」

 

 俺が覚悟を決めたそのときだった。

 

 巻き上がる赤土の砂煙を突き破り、十数騎の馬群が怒涛の勢いで集落の中央広場へと雪崩れ込んでくる。

 

 馬上に跨がるのは、濃紺と白の整った法衣——聖堂騎士団だ。手にした魔導ライフルや二連式ショットガンの銃口から、薄い硝煙が立ち上っていた。

 

 そして、その騎馬隊の先頭に立つ男の姿を目にした瞬間、俺の全身の血が氷水に変わった。

 

 ウェーブがかった栗色の髪に、温かみのある翡翠色の瞳。

 

 整った穏やかな顔立ちに、あの頃と変わらぬ柔らかな微笑みを浮かべた男。

 

 聖堂騎士時代の相棒、ファビアン・メルシエ。

 

 ファビアンの視線が、混乱する集落の中で立ち尽くす俺の姿を正確に捉えた。

 

 その瞬間、奴の翡翠色の瞳が狂おしい熱を帯びて爛々と輝き、その美しい顔立ちが陶酔に歪む。

 

「あぁ……ダスティン。ようやく……ようやく会えました! 天主よ、感謝いたします……!」

 

 恍惚とした声が、喧騒を切り裂いて俺の耳に届いた。粘りつくような嫌に甘い響き。

 

「再会を……心待ちにしておりました。あなたもそうでしょう? いえ、言わずともわかります。あなたの悦びの声が聞こえますよ」

 

 胸元で手を組み、感極まったように溜息を漏らすファビアン。その姿を見つめながら、俺の口からは、苦く呪わしい言葉が吐き出された。

 

「……生憎だが、おまえだけには会いたくなかったよ、ファビアン。更に派手にイカれたか? 言ってることが意味不明すぎて吐き気がするぜ」

 

 俺は身構え、右手の指先をパシファイアの撃鉄に引っ掛けた。火傷のせいか、僅かに右腕が引き攣り、思わず舌打ちを漏らしそうになる。

 

「出世したんだってな。風の噂で聞いた。わざわざこんなところまで、隊長様直々に何の用だ。どうして、この場所を知っている」

 

 俺の冷ややかな問いかけに対し、ファビアンは馬上で困ったように首を傾げて見せた。

 

「……口調がずいぶん変わりましたね、ダスティン。ですが、荒っぽいのもなんだか……ふふ、意外と似合っていますよ」

 

 ファビアンが大仰な手振りで俺を指さして続ける。

 

「目的はもちろんあなた。あなたに会いに来たのですよ」

 

 そして、ふと思い出したように指を一本立てて補足した。

 

「……ああ、それとついでに。本国の総長から直々にアルカの民の確保指示が出ていましてね」

 

 その言葉に、俺の背中の後ろでウルが息を呑む気配がした。

 

「オールド・クリークでお会いしたモーリス神父たちから、あなた方が西部に向かったとお聞きしました。そこで思い出したのです。そこのアルカの子供を売った先住民の男から、この里の存在を聞き出していたことを。……ああ、もちろんその男の魔石は、綺麗に抜かせていただきましたのでご心配なく」

 

 ファビアンは事も無げに笑う。

 

「そうしたわけで、わざわざ特務用の魔導列車まで使って急行してみたのですが……幸運でした。まさに天主の思し召しですね」

 

 モーリスの名が出た瞬間、俺の胃の底がズシリと重くなった。

 

 あの優しかった老司祭や、地下で身を寄せ合う人々。彼らがファビアンの手によってどういう末路を辿ったか、嫌でも想像できてしまい、口の中に鉄の味が広がる。

 

 胸を押し潰すような激しい怒りと、巻き込んでしまった罪悪感が全身を駆け巡る。

 

「……胸糞悪い、人でなしが」

 

 俺が絞り出すように呟くと、ファビアンは心底不服だと言わんばかりに眉を下げた。

 

「はて? 人でなしとは心外ですね。教義を汚す原理派の異端や、恩寵を受けぬ先住民こそが、人でなしと呼ばれるべき存在でしょうに」

 

 ファビアンは馬上の聖堂騎士たちへ、軽く手を振って命じた。

 

「周囲の先住民を捕獲しなさい。抵抗する者は撃っても構いませんが、胸元は避けるように。魔石が傷ついてしまうのは具合が良くありません」

 

 騎士たちが一斉に馬を進め、悲鳴を上げる風走りの人々へ襲いかかる。必死で反撃する里の男たち。銃声と怒号が周りで乱反射し始めた。

 

 その混乱の中、ファビアンは軽やかに馬から降り立ち、一人で俺たちに向かってゆっくりと歩み寄ってきた。

 

 濃紺の法衣の裾が、風に静かにたなびく。

 

「さて、ダスティン。……いえ、ダスティン・アーサー・ミルヴァートン特務騎士。もう一度、私たちと一緒に聖堂騎士団に戻りましょう」

 

 ファビアンは目の前数ヤードの距離で足を止め、まるで聖者のような面で慈愛に満ちた手をこちらへ差し伸べた。

 

「上官殺しと背教の罪……本来なら間違いなく八つ裂きに処されるところですが、安心してください。あなたは錯乱していたのです。私が上層部に掛け合って、何とかしてみせます。……そこにいるアルカの子供を手土産として差し出せば、きっと納得してくれますから」

 

 当たり前のことをするだけで大罪を赦免する。このクソッタレな世界の常識を踏まえれば、きっと酷く甘い、慈(・)愛(・)に満ちた提案なのだろう。

 

「普通に考えれば良い話なんだろうな。元相棒として、お前なりに骨を折ろうとしてくれているのもわかる」

 

 俺は吐き捨てるように、ふっと自嘲の笑いを漏らしながら続ける。

 

「それでも——断る」

 

 ファビアンの瞳を睨みつける。

 

「お前の知ってるダスティンはもうくたばった。俺の名はダスティだ」

 

 右手が、パシファイアのグリップを力強く握りしめる。

 

「……俺は、今の俺は、かつて無いほど素面(しらふ)だぜ」

 

 指先から伝わる傷だらけの金属の感触。セレクターを『風』に合わせ、カチリと撃鉄を起こした。

 

 聖紋が励起し、甲高い高周波音が荒野の風に混じって響き渡る。

 

 ファビアンは差し出していた手をゆっくりと下ろし、寂しそうに溜息を吐いた。

 

「……ダスティン。可哀想に。未だ病状は改善していないのですね。正気に戻っていてくれればとも思いましたが、やはり私が救済してあげねばならないようです」

 

 言いながら、こちらを見つめるファビアンの瞳は狂気と熱を増していく。

 

「あなたのお父様、ミルヴァートン伯からも生死を問わず連れ帰るよう頼まれています。……少しだけ乱暴にしますが、わかって下さいね」

 

 次の瞬間、奴の胸元から銀色の光が滑り出した。

 

 スミス&ヴァレンティン社製『S&V Model 3』カスタム——“サクラメント”。

 

 精緻な聖紋が刻まれた美しい銀色の中折れ式リボルバー。

 

 ファビアンがそれを構えた瞬間、奴の全身から一切の隙が消え去り、周囲の空間から音が消えたように感じられた。

 

 視線が交錯する。

 

 息の詰まるような沈黙。その沈黙を破るように、心臓が激しく胸郭を叩き始める。

 

 ファビアンは、史上最年少で聖堂騎士に叙された。また何度となく隣でその腕を見てきたからこそ分かる。奴はいわゆる天才と呼ばれる類の人間。一瞬でも判断を誤れば、その瞬間にぶち抜かれる。

 

 汗が眉毛を伝い、目元を濡らした。

 

 ——動いたのは、俺が先だった。

 

 右足を強く踏み込み、身体をやや左へ倒しながら、パシファイアの撃鉄を掌でファニングした。

 

 バシュッ! バシュッ! 

 

 空気抵抗を殺した『風』の超音速弾頭が、一直線にファビアンの急所へ向かって飛翔する。

 

 だが、奴は最小限に身を捻るだけで俺の初弾を紙一重でかわした。銀色のサクラメントの銃口が、すでに俺の胸元を正確に捉えている。

 

「天主の御名において——」

 

 祝詞とともに、サクラメントの撃鉄が落ちる。

 

 音すら置き去りにするような、完璧な軌道を描く魔弾。

 

 俺はその弾道を予測し、地面を転がりながら同時にセレクターを『火』に弾く。前方の砂利へ向けて榴弾を叩きつける。

 

 ドカンッ! 

 

 爆炎と砂塵が立ち上り、互いの視界を遮る。

 

「そこだッ!」

 

 俺は砂煙を突っ切り、ファビアンの懐へ滑り込んだ。至近距離からの連続射撃。相手がどれほど天才的なガンマンだろうと、この間合いなら回避も防御も不可能なはず。

 

 熱を帯びたパシファイアの引き金を絞り切る、その刹那——

 

 ひどく落ち着いたファビアンの瞳が目に入った。

 

 奴は俺の動きを完全に読み切っていた。かつて相棒として、幾度となく背中を預け合ってきたからこそ。俺の間合いの詰め方、視線の動き、引き金を引く癖のすべてを、知り尽くしていたのだろう。

 

 ファビアンの銀色の銃身が、まるで舞うような滑らかさで俺のパシファイアを弾いた。

 

 金属同士が激しく打ち合い、硬質な音が響く。

 

 手首を砕くような激しい衝撃。俺の狙いが大きく逸れ、放たれた熱線が虚しく空を撃ち抜いた。

 

「おやすみ、私のダスティン」

 

 目の前に突きつけられる、サクラメントの美しい銀色の銃口。

 

 避ける隙も、祈る時間すらもない。

 

 視界がファビアンの翡翠色の瞳と、銃口から放たれる眩い光だけで埋め尽くされた。

 

 




 スミス&ヴァレンティン社(Smith & Valentin Co. / S&V)

 中折れ式(トップブレイク)による高速排莢メカニズムと、精密で芸術的な高級聖紋回路を得意とするメーカー。聖堂教会の高官やエリート騎士からも愛用される。

『S&V Model 3』
 中折れ式魔導リボルバーの傑作。銃身を開くだけで全薬莢が一斉に排出される高速再装填機構と、高精細な属性ドライブ回路を内蔵。属性切り替えはできず、単一属性仕様。

 ファビアンのサクラメントは、グリップ材を標準のウォールナットから、アイボリー(象牙)へ換装。本体素材はスチールだが、ニッケルメッキの上でフレームやシリンダーにエングレービング(彫刻)も施された高級仕様。また、ラッチ(留金)を研磨しより軽い力で素早く中折れできるように調整されている。
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