西部劇×ファンタジー ~長耳の不愛想娘と西へ旅する~ 作:ぬんぬ
タァン——ッ!
乾いた破裂音が鼓膜を刺した。
至近距離、絶対に外れない死の射線。だが、放たれた一弾は俺の頭部をかすめ、右肩へと深々と喰い込んだ。
凄まじい衝撃。遅れて、焼けた鉄棒を直接突き刺されたような熱さが全身の神経を駆け巡る。
「があッ……!?」
肉が弾け、骨が砕ける嫌な感触。生温かい血が傷口から勢いよく噴き出し、身につけたばかりの革コートの生地を瞬時に重く湿らせていく。右手の指先から急速に力が抜け、握っていたパシファイアのグリップが滑り落ちた。傷だらけの愛銃が、乾いた赤土の上に虚しく音を立てて転がる。
膝が折れた。
赤土の地表が急速に視界に迫る中、ファビアンが滑らかな手つきでサクラメントの撃鉄を起こすのが見えた。美しく輝く銀色の銃身が、再び俺を寸分の狂いもなく捉える。
「おとなしくして下さいね。……次は両足を撃ちますから」
急所をわざと外されたのだと、激痛の中で悟った。逃げ場はない——そう思った、次の瞬間だった。
「ダスティ——ッ!!」
裂けるような金切り声が荒野に響き渡った。
直後、耳元をつんざく凄まじい風切り音。
ギィンッ!
ファビアンの掲げたサクラメントの側面に、拳大の赤砂岩が高速で激突した。
激しい火花と硬質な金属音が響く。強烈な物理衝撃にファビアンの右腕が不自然に上へと跳ね上がり、放たれた二射目の弾丸は、俺の左耳をかすめるように虚空を穿った。衝撃波で耳たぶが熱く痺れる。
「おやぁ……?」
ファビアンの翡翠色の瞳に、初めて微かな驚きの色が浮かぶ。
俺は流れる血を必死で押さえ、薄れゆく意識の中で今起こった出来事を理解しようと目を剥いた。
風の通り道——ウルが昨日、里長の手解きで覚えたばかりの魔法だ。加速された石礫が、寸前のところでファビアンの射撃を逸らしてくれた。
ウルの首筋の刺青が、コートの隙間から青白く強く脈動しているのが見えた。
「
ウルが喉を締め上げるような声で、先住民の言葉を叫んだ。
その叫びに鼓舞されるように、風走りの男たちの瞳に死を辞さない怒りの火が点る。
里を侵され、同胞を殺された無念を爆発させ、彼らはファビアンが体勢を大きく崩した千載一遇の隙へ一斉に襲いかかった。
「「「オオオオオアアアアッ!!」」」
十数人の男たちが、手に狩猟ナイフや槍を掲げ、獣のような雄叫びを上げてファビアンとアズールの騎士どもへ雪崩を打って飛びかかった。
狂乱の怒号。肉を切り裂く生々しい音。血飛沫と硝煙が集落の中央広場を瞬時に呑み込んでいく。
「家畜が僕とダスティンの時間に割り込むなど……躾が必要ですねぇ」
ファビアンは初撃を交わし体勢を立て直すと、襲いかかる風走りの男たちへサクラメントを向ける。
バシュッ!
風の魔弾が男たちの身体を容易く撃ち抜き、後ろのティピーまで吹き飛ばす。ファビアンが銃身を折ると空薬莢が弾け飛び、次弾が滑り込む。S&V Model 3特有の高速再装填機能が、ファビアンの神業のような手さばきと相まって一瞬の隙も生まない。
「ぐ……あ……ッ」
俺は右肩口を左手で必死に押さえ、赤土の上に膝をついたまま激痛に歯を食いしばっていた。視界が赤くブレ、明滅を繰り返す。傷口から溢れ出る熱い血が指の隙間からボタボタとこぼれ落ち、体中の体温を奪っていく。
目の前で繰り広げられる惨劇に、思考が追いつかない。俺の不始末のせいだ。また人が死んでゆく。立たなければ、戦わなければ——
ヒヒィィン!
その時、切迫した馬の嘶きと、荒々しく泥と砂を跳ね上げる蹄の音が近づいてくるのが聞こえた。
砂煙の向こうから、漆黒の毛並みを躍らせたソフィが突進してくる。その鞍の上には、だぼだぼのコートを着た小さな影が必死にしがみついていた。
「ダスティ! 手を! 早く乗って!」
ウルの叫び声。小さな手が、大きすぎるコートの袖口から必死に伸ばされてくる。その目が、見たこともないほど見開かれ、血に染まる俺の姿を捉えていた。
「おい……ウル……何してんだ……」
俺は口の中に溜まった苦い血を吐き出し、かすれる声で言い返した。
「俺……俺が戦わなきゃ……風走りの連中を……置いて逃げるわけにはいかな——」
「バカ! 分からず屋!!」
ウルが馬上から泣きそうな顔で怒鳴り散らした。その頬を涙が伝い、赤土に溢れる。
「右肩、穴あいてる! 今のダスティ、ただの足手まとい! 邪魔!」
「っ……!」
「ここにいても、みんな死ぬ! 何も変わらない! 早く乗って……お願い、ダスティッ!」
その必死の叫びが、出血過多で麻痺していた俺の脳髄を叩き起こした。俺がここで無駄死にすれば、ウルもファビアンの手に落ちる。それだけは——絶対に阻止しなければならない。
「く……そっ……!」
俺は足元に転がっていた泥まみれのパシファイアを左手で拾い上げ、よろよろと立ち上がった。死に物狂いで鞍の背へと這い上がり、小さなウルの背中に縋り付く。
「行け、ソフィ!
ウルが短く叫び、手綱を強く引いた。
ソフィが力強く前脚を跳ね上げ、風のように集落の出口へと突進する。
俺は鈍い痺れを感じる頭を振り、離れゆく乱戦の血煙と硝煙の先に目を遣る。
まるで逃亡を手助けするかのように、風走りの男たちが射線を切る形でファビアンに飛びかかる。それを迷いなく撃ち落とし、跳ね除けながら、ファビアンがゆっくりと顔を上げた。
返り血を浴びた濃紺の法衣。その真ん中で、翡翠色の瞳が遠ざかる俺たちの背中を射抜いていた。
「すぐに——また会いましょう、ダスティン!」
ファビアンの声が、混乱と喧騒の中にあっても真っ直ぐに俺の耳に届いた。
そこには怒りも焦りもなく、どこまでも穏やかで、それ故におぞましい。まるで呪いの言葉だ。
「どれほど遠く、どれほど暗い場所へ逃れようと……あなたの魂は、必ず僕に救済される定めにあります! 天主のご加護が、あなたと共にありますように……!」
背後に遠ざかるファビアンの言葉が、冷たい荒野の風に乗っていつまでも耳底にこびりついて離れなかった。
⬜︎ ⬜︎ ⬜︎
どれほど走っただろうか。
風走りの隠れ里を包んでいた蜃気楼の壁を突き抜け、赤土の荒野をソフィはただひたすら西へ向かって疾走し続けた。
背後の怒号が完全に途絶え、周囲に再びセージブラシと荒々しい赤褐色の岩肌だけが広がる場所まで来て、ようやくウルは手綱を緩めた。
ソフィの荒い鼻息と、力強い蹄の音が、少しずつ落ち着いたリズムを取り戻していく。
「……ハッ……はぁ……すまねぇ……」
俺は左手だけでソフィの鬣を必死に掴み、ウルの小さな背中に半ば覆い被さるように体を預け、浅く途切れ途切れの呼吸を繰り返していた。
右肩の傷口から、だらだらと温かい血液が溢れ続けている。シャツも革コートも血を吸って鉛のように重くなり、特有の鉄の臭いが鼻を突く。激痛は、いつしか皮膚を麻痺させる鈍い痺れへと変わり、全身の体温が急速に奪われていくのが分かった。指先が氷のように冷たい。
「ダスティ……! 喋るダメ、じっとしてて!」
前で手綱を握るウルの声が、微かに震えている。
ウルはソフィを歩かせながら、必死に後ろへ手を伸ばし、崩れ落ちそうになる俺の腰や背中を小さな体で支えようとしていた。
「は……はは……情けねぇな……また……お前に助けられた……」
俺は口の中に溜まった苦い血を吐き捨て、掠れた声で笑おうとしたが、頬の筋肉がうまく動かない。
「……ダスティ、血、いっぱい出てる……。傷、早く治さないと……」
「……ウル……聞いてくれ……」
俺は薄れかかる意識を強引に引き戻し、ウルの耳元へ掠れた声を絞り出した。ここで伝えておかなければ、俺たちは二人揃ってファビアンの網にかかる。
「……ルートを……変えなきゃならねぇ……」
「え……?」
「元々……予定してたスカル・メサを通るルートは……ダメだ……。ファビアンの奴なら……アイツの頭があれば、俺たちが通りそうな街道や水場、全て予想される……追いつかれる……」
ソフィの一歩一歩の揺れが、頭骨の奥にズキンズキンと響く。視界の端から、黒いモヤがじわじわと広がり始めていた。
「……追手が想定しにくい別ルート……あいつらの目を眩ますには……それしか……っ」
「わかった、わかったから! もう喋るやめて!」
ウルの手が、血で汚れた俺の左手を強く握りしめてきた。小さな手のひらの温もりが、痺れた指先にわずかに伝わる。
「……ごめんな……ウル……。ダセぇ姿、見せちまった……」
「そんなの、どうでもいい! お願いだから……死なないで……!」
ウルの必死な声が、荒野を吹き抜ける風の音に混じって遠くなっていく。
視界が急速に狭まり、光が失われていく。身体の輪郭がボヤけ、ソフィの背から滑り落ちていく感覚。重力に抗う力が、指先から完全に抜け落ちた。
「ダスティッ!!」
ウルの泣き叫ぶ声が闇の底へと溶けていき、俺の意識は深い沈黙の中へと落ちていった。