西部劇×ファンタジー ~長耳の不愛想娘と西へ旅する~   作:ぬんぬ

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第3話:歪んだ天秤とアズールの影

 明け方の冷気が骨の髄まで浸み込み、足先が感覚を失っていた。

 

 固い岩肌に背中を預けたまま目を覚ますと、すぐ横でだぼだぼのコートに包まれた丸い物体が、規則正しい寝息を立てていた。

 

 頭からすっぽりコートを被ったガキ——ウルだ。毒舌で生意気なやつだが、眠っている姿は小動物のようで、不思議と可愛げがあった。

 

 固まった腰を叩きながら立ち上がり、消えかかった焚き火の灰を靴の先で散らす。

 

 さて、この厄介な荷物をどうしたもんか。

 

 煙草ケースを叩いて最後の湿気た一本を引っ張り出し、冷え切った指先で揉みほぐしながら考えを巡らせる。

 

 新大陸が見つかって二百年。この大陸にだけ満ちるマナと呼ばれるエネルギーと、それが凝縮された魔石。

 

 当初の穏当な交流で得られた先住民の知恵は、旧大陸の技術と混ざり合い、魔導革命と呼ばれる変革を起こした。

 

 ここまでは良かった。世界が本当におかしくなったのは、聖律暦1672年の教皇勅令からだ。

 

「体内に魔石を持つ先住民と魔獣は同一の汚れた存在。その身体も魔石も、私たちが活用するからこそ神の御心に適う」

 

 そんな主旨の勅令ひとつで、先住民は人間という区分から除外された。質のいい生体魔石を宿した開拓の邪魔になる先住民。理由なんざ、どうせ後付けだ。ともかく、彼らを狩り、石を抉り出し、鉱山で使い潰すことが、一方的に合法化された。

 

 ウルが寝返りを打ち、フードの隙間から尖った耳の先がこぼれた。俺は無言で、それをコートの中へ押し戻す。

 

 そんなわけで、この世界にウルが安全に生きられる場所なんて、基本的には存在しない。

 

 開拓の進んだ東部はもちろん、この中部フロンティアだって奴隷狩りの猟場だ。唯一の安全地帯は、開拓の及ばぬ西端——先住民がアルカの聖域と呼ぶ場所くらいだろうが、出会って一日かそこらのガキを、大陸の果てまで送り届ける義理も思い入れもない。

 

 そういえばコイツは、そもそもどこでどうして捕まったのだろう。西部奥地にいるとされるアルカの民は、聖域に引きこもって出てこないからこそ、希少価値が高いはずだが……。

 

 いずれにせよ、消去法で残された道筋は、ひとつしかなかった。

 

 教皇勅令を拒み続ける『原理派』を頼る。先住民を匿う裏ルートを持っているのは、あいつらくらいのものだ。幸いにも、俺には原理派について多少の知識がある。奴らが隠れ家に使う場所や接触手順も、おおよその見当がついた。

 

「おい、起きろガキ。出発だ」

 

 コートの裾を靴の先で小突くと、中の物体がモゾモゾと蠢き、フードの隙間から不機嫌そうな青銀の瞳が覗いた。

 

「……お前、起こし方、雑」

 

「お姫様扱いを期待するなら相手を間違えてるぜ。ほら、馬に乗れ。今日中にオールド・クリークに着かねえと、今夜は干し肉すら食えねぇ」

 

 ウルは不満そうに鼻を鳴らしながらも、素直に立ち上がった。ブカブカの裾を引きずって馬の横に立ち、昨日はあれだけ渋った鞍へ、今朝は文句ひとつ言わずに飛び乗る。身のこなしだけはやたらと軽い。

 

 俺は栗毛の馬の手綱を引き、再び乾いた赤土の道を歩き始めた。

 

 

 ♤ ♢ ♧ ♡

 

 

 太陽が頭上高く上り詰める頃、風景に人工の建造物が混じり始めた。

 

 地平線の向こうに伸びる、黒々とした鉄の道。グラン・アルビオン帝国の資本が敷いた魔導鉄道の線路だ。その線路に沿うようにして、切り倒された樹木と、トタン屋根を並べた雑多な町並みが見えてきた。

 

 オールド・クリーク。

 

 元はただ清流が湧き出るだけの休憩所だったそうだが、鉄道の補給拠点に指定されたことで、一気に膨れ上がった。一攫千金を狙うならず者、行き場を失った流民、悪徳商人と人間がごった返している。

 

「いいか、ウル。もう一度言うが、街に入ったら口を開くな。何を聞かれても首を横に振るか、耳が聞こえないフリをしろ」

 

 俺は馬の脇を歩きながら、低い声で念を押した。

 

「……もう聞いた。それより、お前たちの街、臭い」

 

「俺だって好きでこんな泥沼に来るわけじゃないが、メシや弾薬、情報も必要なんでな」

 

 街の入口には、立派な木製のアーチが掲げられており、「神の祝福と平等を」なんていう聖堂教会の標語が刻まれていた。

 

 平等、ね。

 

「言葉を話し涙を流す者はみな兄弟である」——『十二の聖律』に基づいた本来の教えを捨てた教会が言うのだからとんだ皮肉だ。

 

 そのすぐ下には、雨風でボロボロになった賞金首の貼り紙が、何枚も重ねて打ち付けられている。

 

 俺は帽子を深くかぶり直し、顔を軽く伏せた。前に来た時、自分の顔がこの街の手配書に載っていないことは確認済みだが、警戒するに越したことはない。

 

 泥交じりのメインストリートを進む。車輪が掘り返した深い溝に汚水が溜まり、立ち込める馬糞や家畜の臭いが鼻を刺した。通りを行き交う連中の目は誰もが濁り、お互いを警戒するように腰のホルスターに手を添えて歩いている。

 

 木造二階建ての大きな建物が見えてきた。屋根の上に歪んだサボテンの看板が掲げられている。この街で一番マシな酒場兼宿屋『サボテン・スカル』だ。

 

 馬を外の繋ぎ柱に預け、ウルの手首を掴んで、馬から降りるのを助ける。

 

「よし、行くぞ。離れるなよ」

 

「……手助け、いらない」

 

「口を噤めと言ったろ」

 

 ウルのフードの上から頭を軽く小突き、スイングドアを押し開ける。

 

 店内に満ちていたのは、安酒の酸っぱい臭いと、汗、そして煙草の紫煙だった。

 

 昼間だというのに薄暗い店内では、数人のガンマンや鉱山労働者がテーブルを囲み、カード遊びに興じている。魔石で動く自動演奏機が、カチカチと狂ったリズムで不協和音を奏でていた。

 

 俺たちが足を踏み入れると、数人の目がこちらを向いた。だが、ダボダボのコートを着た子供と、服の破れたうだつの上がらないガンマンという組み合わせに興味を失ったのか、すぐに手元のカードへと戻っていく。

 

「カウンターへ行くぞ」

 

 奥のバーカウンターへ向かい、丸椅子に腰掛ける。ウルもその隣に不器用に滑り込んだ。足が床に届かず、プラプラと揺れている。

 

 カウンターの奥で、片目の潰れたバーテンダーが、汚れた布でグラスを磨いていた。

 

「前に一度見た気がするな。何にする」

 

「ぬるくない麦酒を一杯。それと、このガキに水を。まともな肉料理もふたつもらおうか」

 

 俺は奴隷狩りから掠め取った銀貨をひとつ、カウンターの上に滑らせた。バーテンダーは銀貨をサッと指で浚い、表と裏を確認してから、ポケットに仕舞い込んだ。

 

「あいよ。肉はシャカルの塩漬けを焼いたやつだ。硬くて臭いが食い出があって腹には溜まる」

 

「それで十分だ」

 

 すぐに木製のジョッキに入った泡の少ない麦酒と、白く濁った水の入ったコップ、そして黒く焦げた肉の塊が乗った皿が運ばれてきた。

 

 ウルは水のコップを両手で包み込むように持ち、フードの影から警戒するようにバーテンダーの動きを追った後、ちびちびと口をつけて、小声で呟いた。

 

「……不味い。カビの味がする」

 

「贅沢言うな。砂が入ってなけりゃ上等だ」

 

 俺は麦酒をぐっと喉に流し込んだ。酸味が強く、エグみのある味だが、喉の渇きが癒やされていく感覚が心地よい。

 

「なあ、親父」

 

 俺はジョッキの縁を指でなぞり、身を乗り出して声を落とした。

 

「この街に、まだ『古くさい天秤』を本気で信じてる偏屈な奴らはいないか? 路地裏で古い羊皮紙をありがたがってるようなのが理想的だね」

 

 原理派の潜伏先を探るための隠語だ。

 

 バーテンダーは手を止め、潰れていない方の目で、じっと俺の顔を見つめた。

 

「……あんた、厄介な探し物をしてるな。そういう『偏屈者』は、ここじゃ異端者として首を吊るされるか、鉱山に売られる」

 

 親父がちらりとウルを見て、続ける。

 

「だが……もし本当に探したいなら、北の旧区画にある壊れた精錬所の地下を探してみるといいかもしれん。あそこには、色んなネズミが集まってるって噂だ」

 

 やはりいた。この開拓地にも原理派の隠れ家が存在している。そこへこのガキを叩き込めば、俺の役目は終了だ。

 

 そう安堵しかけた俺の耳に、バーテンダーの冷ややかな追加の言葉が届いた。

 

「……ただし、今はお勧めはしねえ。教会が派遣してきた聖堂騎士団の巡察部隊が、今朝からこの街に居座ってる。逃げ出したアルカのガキと、それを手助けした阿呆を追ってな。懸賞金は金貨五十枚だとよ」

 

 胃のあたりが重く沈んだ。

 

 もう情報がここまで回っているのか。あの奴隷狩りどもは、教会の奴らと落ち合う手はずだったのかもしれない。だとしても、想定より早い。

 

「……金貨五十枚ね。そいつは目の色が変わる額だな」

 

 俺は隣のウルを見た。ウルは肉を咀嚼しながら、他人事のような顔で俺のジョッキを眺めている。

 

「……ダスティ。それ、美味しそう」

 

「酒だ、ガキが飲むもんじゃない」

 

「一口。喉、乾いた」

 

「お子様は水飲んでろ、てか喋るな」

 

 俺がジョッキを遠ざけると、ウルはあからさまに不満そうな顔をして、皿の上の肉を拾いもののナイフでガツガツと突き刺した。

 

 この状況で危機感が皆無なのは、肝が据わっているのか、単なるバカなのか。

 

 その時、酒場のスイングドアが乱暴に蹴り開けられた。

 

 店内の空気が凍りつく。

 

 入ってきたのは四人の男たちだった。全員が濃紺と白の長衣の上に頑丈なガンベルトを締め、胸元には聖堂教会の聖印である天秤の真鍮プレートを輝かせている。手には、レジーナ・アンド・ローレル社製の無骨な二連式魔導ショットガンや、特注の大口径リボルバー。アズール・ガンマンとも呼ばれる、聖堂騎士団の巡察部隊だ。

 

「おい、店主。冷たい水を出せ」

 

 先頭の男が唾を吐き捨てながら、威圧的な足取りでカウンターへと歩いてきた。

 

「それと、怪しい奴は見かけなかったか? 属性可変型の魔導銃を使うガンマンと、逃げたアルカのガキを探してる」

 

 男の鋭い視線が、カウンターに座る俺とウルの背中に注がれる。

 

 俺はジョッキを口に当てたまま、静かに呼吸を整えた。脈拍が跳ね上がり、体中の皮膚がぴりぴりと痺れるような感覚が広がる。

 

 ウルのフードを被った頭が、微かにこちらに回った。

 

「……ダスティ」

 

「喋るな」

 

 俺は低く呟き、右手の筋肉を緊張させた。

 

 男の重いブーツの足音が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 

「おい、そこのコートのガキ。フードを外せ」

 

 男の手が、ウルの肩へと伸ばされた。

 

 俺の右手が、腰の後ろの傷だらけのグリップへと滑り落ちる。削り落とした天秤のシンボルの感触が、指先に冷たく伝わっていた。

 

 




シャカル:

 コヨーテによく似た小型の魔獣。体内には小粒な魔石しか生成されない。不気味な高音の遠吠えで仲間と連携し、開拓街の残飯や荷馬車の物資を盗み出す。雑魚。

 害獣として駆除対象になっており、新米ガンマンの試射相手にされがち。死体は安価で肉屋に売れる。
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