西部劇×ファンタジー ~長耳の不愛想娘と西へ旅する~ 作:ぬんぬ
伸ばされた騎士の太い指先が、ウルのフードの布地に触れる直前だった。
俺は左手で持っていた木製の麦酒ジョッキを、そのまま騎士の鼻頭に向けて全力で叩きつける。
重い衝撃音と、ぬるい麦酒の飛沫が散り、男は低く呻くと顔面を押さえてのけぞった。間髪入れず、俺の右手が腰の後ろから魔導リボルバーを引き抜く。親指で瞬時にセレクターを叩き込み、「火」の回路を起動させた。
「貴様、その銃はッ——」
後ろの二人が驚愕に目を見開くより早く、撃鉄を起こし天井から吊るされていた巨大な油ランプの鎖を撃ち抜く。
ドカンという破裂音とともに、火属性エネルギーを帯びた弾丸がランプを破砕した。飛散した火種と炎が、安酒のビンと吸い殻が転がる床一面へ広がっていく。
店内が一瞬で叫び声と怒号の渦に叩き落とされる。客たちがテーブルをひっくり返し、蜘蛛の子を散らすように出口へと殺到した。
「伏せて走れ、ガキ!」
俺は左手でウルの首根っこを鷲掴みにし、そのまま床すれすれまで引きずり倒しながら、カウンターの脇にある裏口へ向かって突進した。
背後で雷鳴のような咆哮が轟く。レジーナ&ローレル社製の二連式魔導ショットガンだ。大量の鉛弾が壁を濡れ雑巾みたいに吹き飛ばし、頭上から大量の木片と土埃が降り注ぐ。少し掠ったのか首筋に鋭い痛みが走り、生温かいものが伝い落ちた。
「待てッ! 背教者め!」
「背教者ね……見解の相違ってやつだな!」
俺は後ろも見ずに薄い裏扉を足蹴にし、ヘドロの匂い漂う裏路地へと躍り出た。
昼間だというのに日陰になった狭い路地は、雨樋から漏れた汚水と吐瀉物でドロドロにぬかるんでいる。ブーツが沈み込み、足を取られそうになるのをこらえ、無理やり脚力で押し通す。
「……ダスティ、引っ張るな! 苦しい!」
ウルのブカブカのコートが引っ張られ、首元が詰まっている。
「文句はアズールどもを巻いてから言え! ほら、足動かせ!」
路地の角を曲がる直前、俺は壁の角に肩を押し付け、セレクターを切り替えると後ろへ向けてリボルバーの撃鉄をファニングで二発叩いた。
属性は「風」だ。高周波のドライブ音が聞こえた直後、空気抵抗を削ぎ落とした超音速の弾頭が路地のレンガ壁を削り取り、激しい砂煙を巻き上げた。追撃してきていた聖堂騎士の一人が悲鳴を上げて派手に転倒する音が聞こえる。
これで数秒の時間が稼げる。
俺たちはひたすら北へ向かって走り続けた。線路を跨ぎ、開拓地の雑多な街並みをすり抜ける。風に乗って流れてくる魔導列車の白煙が見え、焦げた魔石粉の臭いが鼻腔を突く。
ウルの呼吸が荒くなっていた。だぼだぼのコートの裾を手で抱え込み、必死に俺の背中を追いかけている。足取りは重く、喉の奥からひゅうひゅうと乾いた呼吸音が漏れていた。
「おい、生きてるか?」
「……アルカの民、これぐらいで、死なない。でも、お前、走るの、速すぎ」
「死にたくねぇからな!」
入り組んだ路地を幾度も曲がり、俺たちは次第に人通りの途絶えた区画へと踏み込んだ。
建物の作りが変わってくる。木造の新しい小屋から、赤錆びた鉄骨と崩れかけたレンガ造りの構造物群へ。かつて魔石精錬用の化学物質を精製していたが、老朽化して打ち捨てられた旧区画だ。
巨大な蒸留タワーの残骸が、骨組みだけを晒して赤土の上に突っ立っている。周囲には割れた硝子片と、油の混ざった黒い水溜まりが広がっていた。
「ここだ……親父が言ってた精錬所は」
俺は荒い息を整えながら、膝に手を突いた。肺が焼けるように熱い。腰の魔導銃のシリンダーからは、連射による熱気と硝煙の匂いが立ち上っていた。金属が冷える小さなパチパチという音が耳に届く。
ウルも俺の横でへたり込み、地面に手をついて肩を大きく上下させていた。フードの隙間から、額に張り付いた白い髪と汗が見える。青銀の瞳が、疲れ果てたように路面の油膜を映していた。
「……あいつら、しつこい。何で、あんなに怒ってる?」
「お前が金貨五十枚の歩くお宝で、俺が教会の教義を踏みにじって上官をぶち殺した大馬鹿野郎だからだよ」
「お前、本当に、ロクでもない」
「知ってるよ! ……他の誰よりもな」
俺は煙草ケースを取り出そうとしたが、もう吸い切って中身が空だったのを思い出した。苦い唾をペッと吐き捨て、周囲の気配に耳を澄ます。
遠くで犬の遠吠えと、鉄のブーツが乾いた地面を叩くかすかな音が響いていた。聖堂騎士どもはまだ諦めていない。この広い旧区画をシラミ潰しに探すつもりだろう。
「休んでる時間はないぞ。地下へ行く」
俺は崩れかけた精錬所の建物の隙間をぬって奥へと進む。割れた木の樽が転がる暗がりの奥、地盤沈下で歪んだ鉄の扉を見つけた。
扉の表面には、かつて刻まれた聖堂教会の天秤のマークが残っており、左右の皿には赤インクで丸印が書き加えられている。この丸印は「命」を意味し、旧大陸人も先住民も等価である、という主張を表したものだ。
『教皇勅令』以前の古き教義を守る原理派が使うシンボル。
「ビンゴだ」
俺は鉄扉の取っ手に手をかけ、体重をかけて引っ張った。ギィと不快な摩擦音が静まり返った敷地に響き渡る。
扉の奥からは、カビと湿った土、そしてほのかに乳香と薬草の匂いが漂ってきた。真っ暗な階段が、地下深くへと伸びている。
「早く入れ、ウル。足元に気をつけろ」
ウルは一瞬、暗闇の奥を警戒するように鼻をヒクつかせたが、背後の喧騒とブーツの足音が徐々に近づくのを聞きつけると、躊躇なく暗闇の中へと滑り込んだ。
俺も続いて足を踏み入れ、重い鉄扉を内側から引き戻す。完全には閉まりきらなかったが、外からの光をほとんど遮る程度の隙間を残して噛み合わせた。
暗闇の中で、ウルの荒い息遣いと、俺の心臓の脈動だけが大きく聞こえる。
「ダスティ……真っ暗。何も見えない」
「静かにして、目が慣れるまでじっとしてろ」
暗闇の奥、階段のさらに下から、人の気配と小さな靴音が近づいてくるのが伝わってきた。
レジーナ&ローレル社:
レジーナとローレル、二人の真反対の設計士により設計された極端にタイプが違う魔導銃を取り扱う。
レジーナは精密性の高い軽火器を。ローレルはショットガンなど、大口径・一撃必殺の無骨な重火器の設計を得意とする。