西部劇×ファンタジー ~長耳の不愛想娘と西へ旅する~ 作:ぬんぬ
夜明けの凍てつく冷気が去り、頭上から突き刺さる日差しが背中を焦がし始める。
視界を遮るもののない平原には、風と水が何千年もの時間をかけて削り出した赤褐色の岩塔が、まるで巨人の墓標のようにいくつも突き立っていた。馬の蹄が砕けた砂岩を踏みしだくたび、カツカツと硬い不協和音が響く。
開拓会社のコラルから掠め取ってきた黒鹿毛の雌馬は、二人分の体重を乗せているにもかかわらず、軽快な足取りで砕石の転がる地表を進んでいた。俺は手綱を握り直し、鞍の前方に乗せたウルのコートの肩越しに遠くを見やる。
「……おい、ガキ。鞍の角にしっかり捕まってろよ。揺れるぞ」
「ガキじゃない。ウル。……それと、お前の腕、邪魔。苦しい」
「無茶言うな。腕を回さずにどうやって俺は手綱を持つんだよ」
ウルは不満そうにだぼだぼのフードを揺らしたが、案外素直に鞍の角を小さな両手で掴み直した。
オールド・クリークを抜けてから数時間。背後に広がっていた線路や街の喧騒は完全に消え去り、周囲には乾いた草むらが擦れ合う寂しげな音だけが漂っている。
俺は腰の水筒を揺らした。モーリスからもらった水はまだ、半分ほど残っている。
「なぁ、ウル」
「……なに」
「前々から気になってたんだが……お前、なんで俺たちの使う言葉が話せるんだ? 東部の奴隷を除けば、先住民の連中は旧大陸の言葉なんて一言も解さねぇのが普通だぞ」
ウルは風になびくフードの端を押さえ、前を見つめたまま淡々と答えた。
「……アルカの祈祷師の教え。言葉知らないと、敵の考え、分からない。……村に、お前たちの商人いた。その男から、言葉と、文字、習った」
「へぇ、未開の地と言われちゃいるが、それでも辿り着くやつもいるんだな」
「マナの嵐、弱まった時、たまに迷い込む。でもその男、結局、村の場所や情報、外に売ろうとした。……お父さんたちが捕まえて、どうなったか、知らない」
「……そうか」
苦い沈黙が流れる。先住民と旧大陸人の間に流れる血と裏切りの歴史は、俺が想像するよりもはるかに根深い。
ウルは小さな肩を竦め、膝に置いた自分の細い手元を見つめた。
「……でも、習っておいて、良かった。お前が何言ってるか、わかる。バカにされてるのも、わかる」
「バカにしてねぇよ。……いや、たまにはしてるか」
俺が鼻で笑うと、ウルは肘で俺の腹を小突いてきた。上着越しでも案外尖った痛みが走り、思わず「おぐっ」と声が漏れる。
「痛ぇな! 馬上であばれるなよ」
「お前が余計なこと言った」
「はいはい、俺が悪かったよ」
息を吐き出し、馬の歩調に合わせて身体を揺らす。馬の温かな体温と、鞍の革が擦れる匂いが心地よい。
「……じゃあ、お前が捕まったのはどうしてだ? アルカの民ってのは、最西端の聖域からめったに出てこねぇんだろ。こんな中部まで、社会勉強にでも来たのか?」
俺の皮肉混じりの問いに、ウルはしばらく口を噤んでいた。だが、やがて絞り出すように小さな声を漏らした。
「……裏切り者。仲間のふりした、別の部族の男に騙された」
「裏切り者?」
「うん。……わたし、お父さんについて、こっちの部族の集落、きてた。話し合うため。待ってるとき、『
ウルの小さな拳が、鞍の革をギチギチと強く握りしめる。
「……アルカの子供、奴隷狩りに渡せば、金貨がたくさんになるって、言ってた。……仲間だったはずなのに、奴隷狩りと同じ顔して、笑ってた」
先住民だって、別に誰もが純粋無垢ではない。旧大陸人がそうであるように、いいやつも腐ったやつもいる。外国人と結びつく者もいるのだろう。
それでも、俺たちが新大陸に持ち込んだ文明とやらが、彼らの共同体そのものまで内側から腐らせているようで、なんとなく胸が詰まる思いを感じた。
「……辛かったな」
柄にもなく素直な言葉が口から出た。
ウルは驚いたようにその背中を硬くし、それからそっぽを向いた。
「……哀れむな。むかむかする」
「哀れんじゃいねぇよ。ただ、胸糞悪い話だと思っただけだ」
俺は腰のリボルバーのグリップを指先で撫でた。傷だらけの金属が、太陽の熱を受けて温かくなっている。
「……そう言えば、この前、お前が俺に吐き捨てた言葉はどういう意味だ?」
「どれ」
「最初に檻の中で言ったやつだよ。『スー・カー』だか何だか」
「……ああ」
ウルはわずかに口元を緩め、皮肉めいた響きを込めて言った。
「……『
「やっぱり酷い意味じゃねぇか!」
「本当のこと。あの時のお前、ヘラヘラして、情けなかった」
「あれは大人の処世術だって言ったろ……。じゃあ、モーリスと別れる時に言ってたのは?」
「『
「ふん……案外、風流な言い回しをするんだな」
「私たちの言葉、綺麗。……お前たちの言葉は、角が多くて、硬い」
ウルはそう言って、乾燥した風を深く吸い込んだ。
「……『
「ダー・ルイン、か。お前が俺にそれを言う機会はなさそうだな」
「……言わない。お前、調子に乗るから」
「言ってくれるぜ」
思わず苦笑すると、ウルもフードの影でフッと小さく鼻を鳴らした。最初に出会った時の、心を完全に閉ざした死人のような目つきは、すでにない。
その後もいくつかの言葉を教わりながら、昼前に大きな赤岩が作る薄暗い日陰を見つけ、馬を止めた。
馬を干し草の残る岩の隙間に繋ぎ、俺たちは影になった岩肌に腰を下ろす。
モーリスからもらったトウモロコシのパンを割ると、乾いた粉が指先からこぼれ落ちた。半分をウルに差し出す。
「食え。固ぇが、噛んでりゃ腹は膨らむ」
「……ん」
ウルはパンを受け取り、小さな歯でガリッと噛み砕いた。パサパサとしたパンを飲み込むのに苦労しているのを見て、俺は水筒の栓を抜いて渡してやる。
「水分も取れ。ちびちび飲めよ」
ウルは水筒を受け取ると、両手で大事そうに抱えて口をつけた。ごくぐっと喉が鳴る。数口飲んだあと、満足そうに息を吐き、水筒を俺に返してきた。
「……ダスティ」
「なんだ」
「……お前、変なヤツ」
「またそれか。何回目だ」
「だって、変。……お前、私に手、出さない」
思わずパンを吹き出しそうになった俺を、ウルの青銀の瞳が、じっと覗き込んできた。
「奴隷狩りの男たち、私を触ろうとした。東部でも、アルカの女、珍しがるって聞いた。……お前、私と二人きりなのに、変な目で見ない。触らない」
唐突な問いかけに、俺は喉の奥が詰まるような感覚を覚えながらも、パンを飲み込み答える。
「……当たり前だろ。前も言ったが、俺はガキの身体に欲情するような変態じゃない」
「そうじゃない。お前、私を見る時、たまに困った顔する。……妹を見るみたいな目?」
「俺に妹なんかいねぇよ」
俺は照れくささを誤魔化すように、また自分のパンを大きく口に放り込んだ。モソモソとしたパンの味が口いっぱいに広がり、うまく声が出ない。
幼い頃から教会の厳格な戒律のもとで育ったせいか、俺は女に対して下世話な欲望を向けるような真似がどうにも苦手だ。
教会から足抜けした後、騎士時代の罪悪感を誤魔化す時だって、女に逃げることだけはできなかった。いわゆる身持ちが固いというやつだが、それを十二歳かそこらのガキに指摘されるのは何とも決まりが悪い。
「……お前、実は、すごくイイ奴?」
「バカ言え。言ってるだろ、俺は荒野のゴミクズだって。お前を西へ連れて行くのだって、モーリスに拝み倒されたからで、本当はオールド・クリークで捨てていくつもりだったんだからな」
「嘘つき。……照れてる」
「照れてねぇ!」
ウルはくすくすと声を立てて笑った。彼女がこんな風に声を上げて笑うのを、俺は初めて見た。どこか冷ややかで大人びていた少女の顔に、年相応の幼さが覗く。
「……ダスティ」
「何だよ」
「……『
「……あ? なんだそれ」
「……同胞。仲間。……友人のこと」
ウルは足元のアリの群れを見つめながら、ボソリと呟いた。
「……ダスティは、もう、ただの『
異邦人を意味するサー・エルではなく、仲間を意味するメル・オール。
その言葉の意味を理解した瞬間、胸の奥が少しだけ温かくなるような、それでいてむず痒いような、奇妙な感覚が広がった。俺のような手垢と血に塗れた臆病者に、そんな大層な呼び名が似合うはずもないのに。
「……勝手に仲間扱いすんなよ。俺は仕方なしにお前の里帰りに付き合ってるだけだ」
「素直じゃない。……やっぱり、へそ曲がり」
ウルは膝を抱え、満足そうにパンの残りを口に運んだ。
遠くの岩山から、再び乾いた風が吹き抜けていく。
俺は空になった手元を払い、立ち上がった。
「休息終わりだ。日が落ちる前に、次の岩場まで進むぞ」
「……うん」
ウルはだぼだぼのコートの裾を持ち上げ、黒鹿毛の待つ場所へと小さな足取りで歩き出した。
お盆明けからは、一週間に一度、週一投稿になります。