西部劇×ファンタジー ~長耳の不愛想娘と西へ旅する~ 作:ぬんぬ
「ダスティ! 右から!」
ウルの叫び声が、荒野に鋭く響いた。
返事をする暇すらない。俺は馬の背で強引に身体を捻り、右手のリボルバーの撃鉄を起こして引き金を叩く。
バシュッ!
『風』の超音速弾が、躍りかかったガルムの喉元を撃ち抜く。
破裂音と飛沫。沈む巨体。だが、間髪入れずに二匹目、三匹目が岩陰から躍り出た。
「チッ、どんだけ群れてやがる!」
瞬時に親指でセレクターを弾き、属性を『火』へ。キーンと高周波音が鳴り、熱気が頬を撫でる。
──ドンッ!
爆炎が迫る胸板を吹き飛ばす。だが、止まらない。
倒れ込む影の裏から、次のお客が足元へ滑り込んでくる。黒鹿毛が嘶き、派手に前脚を跳ね上げた。
「倒れるな、踏ん張れ!」
手綱を掴み直し、すれ違いざまにその眉間へ二発、三発と叩き込む。
「左、そっちからもう一匹!」
ウルの指示に従い、銃口を左へ閃かせる。
飛びかかる影を片っ端から撃ち落とし、シリンダーが空になった瞬間、荒野に静寂が戻った。
激しい硝煙の臭いと、焦げた毛皮の臭いが風に乗って漂う。俺は上下する胸を抑え、荒い息を吐きながら、一発ずつ空薬莢を排出する。赤熱した空薬莢が、赤土の大地をカラカラと転がっていった。
「はあ、はあ……平気か、ウル」
「……ん、平気。ダスティこそ、大丈夫?」
ウルが下から気遣わしげに俺の顔を見上げる。
「大丈夫だ。だが、あんなの毎回相手してたら、弾がすっからかんになっちまう」
俺は腰の弾薬袋を揺すり、中を覗く。……まだ一、二戦はできる。できるが、かなり心許ない。オールド・クリークで弾薬の補給ができなかったツケが、一瞬で回ってきた。
ウルが馬から飛び降り、倒れているガルムの死体へ歩み寄った。狩猟ナイフの先で、死体の毛並みを突ついている。
「おい、ウル。遊んでる暇はないぞ」
「
言われて気づいた俺も馬から下り、ウルの隣にかがみ込んだ。
ガルムの体表を撫で、胸元の魔石——ウルたちは『命石』と呼ぶそれを、ナイフで抉り出す。ガルムは旧大陸のオオカミに似た魔獣で、群をなす狡猾な狩人だ。体内魔石はそれほど大きくはないが、集めて売れば弾を買う金の足しにはなるだろう。
ふと魔石を集めるウルを見ると、なんだか妙な顰めっ面をしている。
「ウル、どうした? 生で食べちゃダメだぞ」
「食べない! ……ダスティ、こいつらの毛皮、変。霜ついてる。この霜、嫌なマナ、冷たいマナ感じる」
ウルが遠く北を見つめながら、青銀の瞳を細める。
「冷たいマナ、ね」
嫌な予感が胃のあたりを重くさせる。俺はシリンダーに貴重な残弾を込め直すと、再び黒鹿毛の手綱を取った。
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幸い再び魔獣に襲われることはなく、さらにしばらく馬を進めると、目的地である峡谷の開拓集落『クロウ・リッジ』が見えてきた。
北に向かう峡谷の入り口、赤褐色の岩山にへばりつくように作られたその集落は、活気という言葉からは程遠い、どんよりとした重苦しい空気に包まれていた。
通りを行き交う人々、その顔のどれもが妙に暗く見える。
俺たちは馬を繋ぎ、目についた雑貨屋へ足を踏み入れた。
「親父、魔石をいくらか売りたい。それと、汎用弾を貰えるか」
カウンターの奥で汚れたエプロンを着けた店主が、薄い目で俺をちらりと見やり、無造作に棚から弾薬箱を叩き付ける。そこに貼られた値札を見て、俺は思わず目を疑った。
「……おいおい、冗談だろ? 汎用弾一箱で銀貨十枚って、オールド・クリークの三倍以上じゃねぇか」
「嫌なら買わんでいいよ、ガンマンさん」
店主は鼻で笑い、唾を吐き捨てた。
「峡谷から下りてきたガルムの群れが、このへんの交易路を通る隊商を片っ端から襲ってやがるんだ。物資がまともに入ってこねぇから、あらゆるモンが高騰してんだよ。食い物も弾も、今じゃ贅沢品さ。買えないなら失せな」
俺はポケットの中の小銭を手のひらの感触で数え直した。いくら数え直しても、銀貨は残すところ数枚。魔石を売り払っても汎用弾一箱すら買えやしない。
「……ダスティ。お金、たりない?」
「足りないどころじゃねぇよ。このままだと干し肉すら食えずに路傍で干からびるぞ」
結局、俺たちは重い溜息を吐き出しながら店を出た。
腹を減らした馬を手綱で引き、情報収集のために、噂が集まるであろう酒場兼集会所『岩山亭』へと向かう。
店内の客はまばらでやはり活気はない。流れの賞金稼ぎと見られる男たちが安酒を呷りながら、隅でなにやらボソボソと話を交わしている。
壁際の掲示板には、無数の貼り紙が乱雑に打ち付けられていたが、俺の目は、その中央に掲げられた真新しい手配書に留まった。
『最優先駆逐対象:ガルム変異個体——フロストバイト』
『討伐懸賞金:金貨十枚』
『発行元:クロウリッジ開拓委員会 / 東新大陸開拓会社』
手配書には、白霜のごとき毛並みを纏い、獰猛な牙を剥き出しにした巨大なガルムのスケッチが描かれていた。開拓会社の補給線を途絶させ、流民や隊商を襲撃している、ガルムの群れの王。
長命を経て氷のマナを操るようになった変異個体であること、クロウ・リッジより更に北の峡谷を棲家とすること……他にも情報はあったが、なによりも——
「金貨十枚……」
俺の口から、無意識にその数字が漏れた。
金貨十枚あれば、当面の弾薬と食料どころか、西へ向かうための旅費だってかなり余裕が出る。
「……ダスティ。こいつ、さっきのガルムの親玉。嫌なマナの元」
ウルが手配書を見上げ、服の裾を引っ張った。
「ああ。隊商を襲って物流を止めてる犯人はこいつだ。……こいつをぶち殺せば、懸賞金で弾が買える。腹いっぱいメシも食える」
「やめておいた方が身のためよ、お兄さん」
背後から、低く落ち着いた、だが透き通るような声が響く。
振り返ると、酒場の入り口の光を背にして、一人の女が立っていた。
歳の頃は二十代の後半か三十代の始め、荒野の日差しに晒されたほんのり浅黒い肌に、鋭い琥珀色の瞳。短く切り揃えられた焦げ茶色の髪が、風に揺れている。
羽織っているのは、ガリア王国の軍衣の袖を切り落としたと見えるロングコート。肩から斜めに掛けられたバンダリアには、大口径のライフル用弾薬がずらりと並ぶ。
だが何より目を引いたのは、彼女が背中に背負っている長大な獲物だ。
ウィンズロー・ライフルズ社製、レバー・アクションによる連続射撃を特徴とする魔導ライフル——『ウィンズロー M1853』。
女はゆっくりと歩み寄り、俺の足元から腰の銃、順に立ち振る舞いまでを、品定めするような鋭い視線で一通り舐め回した。
「足さばき、警戒の仕方、ガリア軍じゃない……アルビオンの特殊部隊出身かしら? 素人ではなさそうだけれど」
女は琥珀色の瞳を細め、淡々と言い放った。
「フロストバイトは私に任せなさい。中途半端な腕でなんとかなる相手じゃないわ」
「あんた、名乗りもせずに人の仕事に横槍を入れる趣味でもあるのかい?」
俺が肩をすくめると、女は薄く口元を緩めた。
「マリアよ。マリア・ヴァンス。ただの賞金稼ぎ」
「俺はダスティ。こっちはウルだ」
マリアの視線がウルへ向けられたが、深く被ったフードを見て、それ以上追及する様子はなかった。
「ダスティ。これは忠告よ。わざわざ死ぬことはないわ。それに、割り込まれて足でも引っ張られたら迷惑なの」
マリアの声には、プロとしての絶対的な自負が込められていた。その所作からも、相応の実力の高さが感じられる。
「そう言われて『はいそうですか』と引けるなら、最初からこんな問答してないさ、マリアさん」
俺は腰のリボルバーを、ホルスターの上から軽く叩く。
「こちとら弾薬箱一つ買えない文無しなんだ。金貨十枚、指をくわえて見てる余裕なんかなくてね。お互い早い者勝ちってことで、問題ないだろう?」
マリアはため息を突き、背中のウィンズローのストラップを軽く直した。
「……頑固ね。渓谷でガルムの餌になっても知らないわよ」
「そいつはこっちのセリフだ。あんたが狙いを定めている間に、俺が横から首をかっさらってやるさ」
「ダスティ、そういう言葉、相手、目を見て言うべき。……さっきから顔が赤い、なぜ?」
突然ウルが俺の服の裾を引っ張り、囁いた。
「うるせぇな! ……女は苦手なんだよ」
マリアはウルの声を聞き、わずかに驚いたように眉を上げた。
「……子供? ガキを連れてあの化け物に挑む気? 呆れた。付き合って損したわ」
マリアは目を眇めてこちらを一瞥すると、短く鼻を鳴らして踵を返し、酒場を後にした。
その後ろ姿を呆けたように見つめた後、我に帰って俺は叫ぶ。
「おい、俺たちも急ぐぞ! 絶対あの女より先に、フロストバイトを狩る!」
「……ダスティ、いつも焦ってる。みっともない」
「うるせぇ! 他人事みたいな顔すんな!」
俺たちは黒鹿毛の背に飛び乗り、冷たい風が吹き下ろす北の渓谷——フロストバイトの棲家へと、馬を走らせた。
ウィンズロー・ライフルズ(Winslow Rifles)
魔導ライフルを専門とする長射程火器のパイオニア。特に、近年開発されたレバーアクション式は、高い連射力と長距離貫通力を兼ね備え、ハンターや狙撃手に重用される。
『ウィンズロー M1853』
長距離狙撃・高貫通用魔導ライフルのベストセラー。風の聖紋回路が刻まれており、空気抵抗を削いで超音速で長射程のピンポイント狙撃を行う。
真鍮製の機関部から 『ブラス・ハニー』の愛称を持つ。