天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
それから少し時間が経った辺りで、少女が目覚めた。
緑色の髪と瞳に長い耳。
髪は丁寧に手入れされているのが分かるさらさらの長髪。
小柄な私よりもさらに小柄な感じからして、多分年下なのではないだろうか。
エルフが年齢に対してどのくらいの早さで成長するのか分からないからあくまで予想でしかないけど。
少女は状況が呑み込めない様子できょろきょろと周囲を見渡している。
「こ、ここは……」
「お加減は大丈夫ですか? 重症で倒れていた貴女を旅の方が世界樹の麓のこの集落まで連れてきてくださって、私たちで治療をさせていただいたのですが」
「えっと……い、痛みとかは、ないです」
エルフの少女に、シルヴィアさんが声をかける。
その言葉の意味をゆっくりと理解するように、少女も言葉を発している。
少しその様子を皆で見守って、シルヴィアさんが再び口を開こうとしたところで、少女の様子が変わった。
目を大きく見開いて、明らかに慌て始めている。
「……っ!!! ふ、フランは!? フランは一緒にいませんでしたか!?」
「フラン?」
「えぇと……フリッカとクロード様は旅の方から何か聞いていませんか?」
「いや、聞いていないな」
「わ、私も、倒れていたこの方を連れてきたと言われただけなので……」
フランとは誰のことだろうか。
クロードさんとフリッカもなにも知らない様子だし。
私たちの方を見ていた少女の表情はどんどん絶望的なものになっていく。
どうすればいいだろうか……
そう思って私が固まっていると、クロードさんが一歩前に出た。
「私はクロード。この集落の元締めをしている。君の名前を聞いても?」
「わ、私は、リーゼ・システィーナ・エル・フェリークです」
「緑髪緑眼……ハイエルフ、エルフの王族で間違いないかな?」
「……はい」
王族……王族?
王族がなんであんな重症で旅の人に拾われるような状況になっているのかが理解できない。
それに、なんでクロードさんがそんなにすぐに王族であることを理解できたのかも分からない。
名前の長さとか?
こんなに名前が長い人と会ったことないし。
「……そうなると、嫌な予想を立てざるを得なくなるんだが……フランというのは、フレスベルグのことで間違いないかな」
「は、はいっ! フランを助けに行かないとっ!! まだ生きているのは分かるんですっ!! でも、最後に見た光景から考えると、今頃っ!!」
「……順を追って話を聞こうか。協力できることであれば協力するが、状況を把握できないことにはその判断もできない」
クロードさんの言葉に、リーゼちゃんは少し考えこみ始めた。
フレスベルグ? というのが誰のことか分からないけど、それを確認してからクロードさんの雰囲気がさらに深刻な感じになった気がする。
少ししてから、彼女はぽつぽつと話し始めた。
「少し前に、私たちの集落があった森に、人間の人たちが攻めてきたんです。森に火を放たれて、たくさんの人たちに囲まれてしまって……」
「それは私も風の噂で聞いている。バルグラント帝国がリオレ大森林に向けて行軍していたと」
「……はい……それでお母様に、フランと子供だけで逃げるようにって言われて……逃げたんですけど追いつかれてしまって……覚えている最後の光景は、フランが何人もの人に突き刺されているところで……それで、気が付いたらここにいます」
そこまで言うと、彼女は震えながら涙を流し始めた。
それだけ大事な存在ってことではあるんだろうけど、こちらの理解が追い付かないから聞くべきことは聞くべきかな……?
「あの、ちょっといいですか……? フレスベルグっていうのは……」
「……おそらく、風の聖獣フレスベルグのことですね。主がこの世界を創造為された際に、世界に満ちる魔素の調整者として生み出したと伝えられています。フレスベルグはエルフ、特にハイエルフと密接な関係にあると言われていますね」
私が質問すると、シルヴィアさんが深刻そうな表情で答えてくれた。
そこまで聞けば理解できた。
聖獣は聖典にも載っていたはずだし。
「……聖典に載っていた四聖獣? のうちの一体ということですか? でもそれって……」
「……はい。はっきりと言ってしまえば、教会としても全面的に抗議して即刻聖獣に危害を加える行為を中止させたい案件ですね。ですが——」
「そんなことは帝国だってわかっているだろう。フレスベルグが全面的に協力するであろうエルフたちを襲撃するというなら、あらかじめ対策をしているか大義名分があるとしか考えられない」
「あ、あの、それなんですけど……」
リーゼちゃん……そういえば王族にちゃんづけして大丈夫なのだろうか。
リーゼ殿下?……そもそも敬称は殿下でいい、よね?
イリスさんへの敬称をシルヴィアさんに注意されたことがあるから、敬称に関しては自信が持てなくなってしまった。
それはそれとして、シルヴィアさんとクロードさんの会話に、リーゼちゃんがおずおずと手を挙げていた。
「た、多分、フランを攻撃していたのは帝国軍? だけではないと思います。甲冑が以前見たことがあるものだったので……」
「……エルフが見たことがある騎士甲冑……リーゼ殿下、一つ確認させていただきたいのですが、その甲冑には、世界樹と馬を模した紋章が付いていませんでしたか?」
「世界樹と馬……世界樹と馬……、……っ! つ、ついてました! フランを攻撃する中心となっていた人の肩に、間違いなく!」
シルヴィアさんの丁重な問いかけに、リーゼちゃんはしばらく考えてから勢いよく声をあげた。
……その紋章、私も最近見たことがあるというか、聖都に行くときに会った人の肩についていたなぁというか、嫌な予感しかしないというか……
これがイリスさんが焦っていた原因かとすごく納得してしまった。
シルヴィアさんの顔が感情を削ぎ落としたような感じになっているのがただただ怖いというか……
「……つまり、聖堂騎士団が帯同していると、そういうことか。それならば、これは教会が認可したことだと?」
「いいえ。それは私から断言させていただきます。これは教皇猊下の御判断ではありません。詳細に関して言うことはできませんが、そこだけは間違いありません」
クロードさんの言葉に対して、シルヴィアさんが聞いたこともないような強い口調で返答していた。
教会内部の動きや判断を完全に把握できているわけではないのに、勝手に代弁する形になってしまっているほどだ。
イリスさんに悪影響が及ぶからだろうか。
クロードさんに対してなのに、いつものような浮ついた感じも一切なかった。
まぁ、あの焦り方からして私もイリスさんの判断じゃないとは思いはするんだけど……
内容が内容なせいで私たちが考え込み始めてしまうと、リーゼちゃんは立ち上がり始めていた。
「……私だけでもフランを助けに戻りますので。治療していただけてとても助かりました。ありがとうございました」
そんなタイミングで、治療院の扉が開いた。
「……なにこれ。どういう状況?」
入ってきたのはセシルさんだった。
彼女は怪訝そうな表情を隠そうともしないでクロードさんの方へ向かっていく。
「セシルさん?」
「……戻ってきてたのか」
「えっと、ついさっき帰ってきました」
「そ」
セシルさんの呟きに返答すると、興味なさそうに素っ気なく視線を逸らされた。
いつも通り過ぎるその態度になんとも言えない感じになって渇いた笑みを浮かべながら、クロードさんの方に歩いて行くセシルさんを見送る。
皆も同様だった。
リーゼちゃんもいきなりのセシルさんの登場に固まってしまっている。
「一応報告。ソルミアの時と同じ準備はした」
「あぁ、ありがとう」
「で、これなに。なんであの元重症小娘は出て行こうとしてんの」
セシルさんがリーゼちゃんの方を指し示しながら吐き捨てた。
……元重症小娘っていうのも名前をまだ聞いてないのを差し引いてもだいぶ酷い呼び方だ。
相変わらずの遠慮が無さすぎる物言いだった。
それにしても、ソルミアの時と同じ準備ってなんだろうか。
「えっと、準備って……」
「……もともと、私がセシルに依頼していたんだ。状況次第でソルミア王国へ生存者の救助に向かった時のように、救助に向かう可能性があるから準備しておいてほしいと。風の噂で聞いていたこととエルフの重傷者が運ばれてきたことから、必要なことだと思ってね」
「な、なるほど……」
私が質問すると、クロードさんが端的に説明してくれた。
その説明を聞いた瞬間、リーゼちゃんが勢いよく振り向いた。
……彼女の考えていることは大体想像できるけど、治癒に協力した側としてはそもそも今のリーゼちゃん自身がフレスベルグ? を助けに戻るのすら私としては反対したいんだけど……
「あ、あの……もしかして、手伝ってくださるんですか……?」
「……嫌な予感しかしないけど、まさかこの小娘すぐに出るつもり? 救助も数日後とかじゃないの? 今は戦争中なんでしょあそこ。この前とは事情が違い過ぎると思うけど」
セシルさんの表情が露骨に歪んでいる。
言葉として彼女の感情を率直に言われたわけじゃないけど、どう思っているかがありありと伝わってくるような苦虫を嚙みつぶしたような表情だった。
「っ……そ、そう、ですよね……それが普通だと思います。ごめんなさい。落ち着いた段階で救助に来ていただけるかもしれないだけでも、私は嬉しいです。——治療、ありがとうございました。お礼は、後日必ず」
「あ、ま、待ってリーゼちゃん! 今はまだ体力も回復してないだろうし——」
今もふらふらとしながら歩いているリーゼちゃんが流石に心配になって声をかけるけど、彼女は険しい表情のまま扉の方に向かっていった。
止まるつもりはないみたいだった。
それほどまでに、彼女にとってフレスベルグという存在が大きいらしい。
「……少しでいい。待ってもらえないか」
クロードさんの何らかの明確な意図を持ったその問いかけで、流石にリーゼちゃんも足を止めた。
クロードさんはすぐにセシルさんの方に向き直って言葉を続ける。
「聖獣が狙われているらしい。彼女自身親しい間柄で、見てのとおりの状況になっている。セシル、力を貸してくれないか。以前と同様、報酬は惜しまない」
「……魔素のバランスに関わるから魔術師としても看過出来るものではないけど、聖獣が死ぬのなんて今までなかったわけじゃないでしょ。それこそそこのハイエルフっぽいのが分かってると思うけど」
「あぁ。セシルの見立て通り、彼女はハイエルフだ。現状、生存が確認できている唯一のエルフであり、王族でもある。一人で行かせて命を落としてしまうのは、こちらとしても看過できない。……それに、個人的な事情がある」
「事情ねぇ……あんたがここにわざわざ結界張って集落作った理由と関係あるの?」
「申し訳ないが答えられない」
セシルさんとクロードさんでの言葉の応酬が続く。
それはいいんだけど、こっちが全く内容を把握できない。
2人はお互いに理解できてそうではあるけど、私はまったく理解できない。
他の人も同様っぽいのは反応を見ていれば大体分かる。
どうしよう。口を挟んでいいのだろうか。
そう思っていたら、2人のすぐ近くでおろおろしていたリーゼちゃんが口を開いた。
「あ、あの……もしかして、手伝ってくださるんですか……?」
「私はそのつもりだ」
「……一応言っとく。私は反対。少なくとも数日はあけるべき。報酬貰っても割に合わん」
「……無理を押して頼みたい。その分報酬は弾む」
リーゼちゃんそっちのけで2人の無言のにらみ合いが続く。
……ソルミア王国への救援に来てくれていたから、セシルさんも情が無いわけではないとは思う。
だけどセシルさんの言うこともすごく理解できる。
戦争している渦中に救助しにいくとか正気とは思えない。
まぁ、救助したい対象が今まさに狙われているとなると急ぐのは理解できなくはないけど、危険すぎる。
「……はぁ……あんたが今まで隠してた結界の術式。それを私に開示するならいいよ」
「約束しよう」
「ただし、無理だと判断したら何もしない」
「それでいい」
「……なんで私みたいな不愛想なめんどい魔術師をそこまで買うのさ」
「結界の術式に気付いた君の見識を高く評価しているというだけだ。危険なことを頼むとなれば相応の信頼がおける者に限定したい」
さっきから言ってる結界がなんなのかすごく気になるけど、口を挟めるような雰囲気でもなかった。
「クロード様。その救援、私も参加させてください。聖堂騎士団がいるのであれば、私が出来ることもあると思いますので」
「いいのか?」
「はい。聖堂騎士団の行動は猊下のご判断を仰いでいない独断専行。であるならば、現地で偶発的に遭遇した救助活動をしている司祭に手を出すようなことがあれば重大な問題になります。私がいれば、手を出されづらくなるはずです。それになにより……聖獣を手にかけるなど言語道断です。教会の司祭として、一信徒として、見逃すことはできません」
「……助かる。ありがとう」
真剣な表情をしているシルヴィアさんの申し出に、クロードさんは静かに頭を下げた。
クロードさんは頭をあげると、入口の方にいたライルさんとシスイの方に向き直った。
「ライル、シスイ。2人にも、できることなら頼みたい」
「俺はソルミアで助けてもらった恩があるから拒否するつもりはないよ」
シルヴィアさんの立候補に続いて、クロードさんからの要請にライルさんが即答で応じる。
シスイは考え込んでいるようだった。
その様子を見ながら私も立候補しようかと思っていたら、トコヨが話しかけてきた。
『ミコト。ミコトも行った方がいいです』
『これから立候補するつもりだったけど、なんで?』
『えぇと……散歩中に元締め邸に侵入したことがありまして……クロードがしている研究を覗き見たことがあるんです。内容は彼が言わないと判断したようなのでいうつもりはないですけど、聖獣を保護するべきだというのは私も賛成です』
『……何やってるのさトコヨ……』
時折いなくなったりするのはいつものことではあるけど、元締め邸に侵入とか本当に何やってるんだ。
トコヨに言ったところで聞かないのは知ってるからもう注意する気も起きないけど。
「私も同行させてください。困っているというなら、見捨てられないです」
「……ミコトさんは……いえ、そうですね……状況が状況ですし……」
私が意思表明したら、シルヴィアさんが考え込みだした。
……なにかまずかっただろうか。
「えっと、ダメでしたか?」
「……いえ、そういうわけでは。クロード様はよろしいですか?」
「私からはとくには。聖魔法の使い手が同行してくれるというのは、同行者の安全という面でも利があることだ」
「分かりました。ミコトさん、万が一もありますので、私とはぐれないようにだけ注意してください」
「万が一……?……あっ……はい、分かりました。ありがとうございます」
シルヴィアさんが難色を示した理由が分かった。
神聖派に神社の受け入れが伝わっていないだろうこのタイミングで、神聖派が戦闘行為を行っているところに行くのは万が一があり得るってことだよね。
騎士団長とは面識があるから大丈夫だとは思うけど、警戒するに越したことはないか。
私がそうやって納得していると、シスイが一歩前に出て口を開いた。
「ミコト様が行くなら、俺も同行させてください」
「……ありがとう。それでは、セシル、ライル、シスイ、シルヴィア、ミコトが向かってくれるということだな。あらかじめ言っておくが、本当に無理をする必要はない。可能ならばという話でしかないからな。頼んでおいてどの面を下げてと思うかもしれないが、自分たちの身の安全を最優先してくれ」
クロードさんの言葉に、各々が頷いたり返答をしたりと肯定の意を返した。
その様子を見ていたリーゼちゃんが、目に涙を溜めながら頬を紅潮させていた。
「~~~っ、み、皆さん! ありがとうございますっ!」
この後行くところには不安はあるけど、リーゼちゃんは放っておくと一人で向かいそうな雰囲気しかなかったし、こっちの方が安全だよね。
1人よりも皆で行った方が絶対いい。
リーゼちゃんなんて、傷は塞がっているけど無理してるのが傍目に見ても分かるくらいだし。
セシルさんたちの実力は私も知ってるし、足を引っ張らないように気を引き締めないと。
そう思って、準備を始める皆に倣って私も出立の準備を始めた。