天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
リオレ大森林。
世界樹の北、大陸北部の多大な範囲を占め、エルフの集落が存在するらしい大規模な森林地帯。
一応、本で名前を見たことはある。
エルフと切っては離せない存在なのか、エルフの特徴なんかが載っている本には大体名前が出てくるからだ。
世界樹ほどではないけど異様なほど背が高い木も数多く見受けられる。
私たちはそんな森に向かって歩いていた。
リーゼちゃんがフレスベルグを最後に見たという場所には、誰もいなかった。
血痕と戦闘痕が残っていただけなのだ。
軍隊はもちろん聖堂騎士団がいないかも警戒しながら、皆で慎重に歩みを進めていた。
『ミコト、また来てますよ。右斜め後ろ、もう視認もできるくらいなんじゃないでしょうか』
『ありがと、トコヨ』
トコヨに言われた方に顔を向けると、確かに目を凝らせば見えるくらいの大きさで、何かが見える。
それは走っているみたいで、徐々に近づいてきているのが分かる。
魔物だった。
こういう部分は、本当にトコヨがいてくれて助かった。
森の付近に着いた時点で既に夕方だったのもあって、最終確認地点の確認やそこからの森への移動なんかを慎重にやっていた結果、すっかり暗くなってしまったのだ。
一応、私とシルヴィアさんの聖魔法を弱めに使って辺りを照らしてはいる。
だけど、それにも限界がある。
隠れながらの行軍っていう前提があるせいで、あまり強い光は出せない。
そうなると、どうしても周囲の視認性が最悪になってしまう。
そこで活躍するのがトコヨだった。
なんとなくでもいいから動くものに気が付いたらすぐに教えて欲しいって伝えて、私たちの頭上に飛び上がって周囲を常に確認する監視役を担ってもらったのだ。
その結果がご覧の通りといった感じだ。
魔物の接近にもすぐ気づける、私たちの視認範囲外に騎士団とかが近づいていないかも警戒してくれる。
とっても役にたつ幽霊だった。
今は口が滑っても駄幽霊なんて言えないくらい助かってる。
「また魔物が来てます。右手後方、ようやく視認できるくらいの位置に」
「——私がやります」
私の言葉に、リーゼちゃんが一歩前に出る。
さっきはセシルさんが雷魔術でさっと処理してくれたけど、今度はリーゼちゃんが対応してくれるらしい。
仕留め損ねた時のためなのか、ライルさんとシスイがリーゼちゃんのさらに前に出て警戒もしてくれている。
「あんまでかいのは使うなよ。音は最小限にできる術にしろ」
「はい。任せてください。そういうのはむしろ得意分野です」
「風魔術の腕に関してはハイエルフを疑っちゃいないけど、あんた馬鹿っぽ……そういうの無頓着そうだし」
「ばっ!? そ、そんなこと言われたの初めてですっ!!」
「セシルさん、いくらなんでも王族相手にその言い方は……」
「だから言い直したじゃん……めんどくさいな」
リーゼちゃんは若干涙目になりながらこっちを振り向いた。
まぁ、確かに言い直してはいたけど、もうほぼ言ったようなものだよね、今の。
シルヴィアさんに窘められているセシルさんは視線を逸らすようにして顔を合わせようとすらしてない。
セシルさんが早くやれとばかりに手で払うような動作をすると、リーゼちゃんは魔物の方を向きなおした。
リーゼちゃんの足元に緑色の陣が広がる。
キラキラと光る緑色の粒子がリーゼちゃんの方に向かって収束していく。
……よく分からないけど、これが魔素なのだろうか。
「フランがやってるみたいに……風よ、私に力を貸して。空翔ける翼よ、舞い降りて鋭い刃となれ」
彼女の足元の陣を起点に風が吹き出し始める。
魔物はもう暗くても完璧に形が分かるくらい近くまで近づいてきていて、シスイ達は身構えている。
「やっぱりわかってないじゃん……全員走る準備しといて」
セシルさんが頭を押さえるようにして呻きだしていた。
なにか不都合が……あったっぽい表情してるな。
「えっと、どういうことですか……?」
「……今こいつが使おうとしてる術はテンペストって言って——」
「そこですっ! テンペストっ!!」
リーゼちゃんのその言葉と同時に、魔物がいる地点を中心に緑色に光る風の柱のようなものが吹きあがった。
柱の中では無数の風の刃みたいなのが魔物を切り刻んでいる。
うん、セシルさんが言いたいことが分かった。
「音はしないけどこうやって馬鹿みたいに派手に光る術だからだよ!! 近くに兵士がいたら気づかれてもおかしくないから森まで走れ!!!」
その言葉を聞いて、リーゼちゃん以外の全員が弾かれたように森の方に走り出した。
リーゼちゃんはライルさんがすれ違いざまに抱えあげていた。
「で」
「ご、ごめんなさい」
「あんたらハイエルフとかフレスベルグからしたらでかい術使ってないのは理解できるけど、魔素適性おかしい上澄み基準で考えんな。さっきのは周囲に気づかれないように処理しろって指示だから。どう考えてもテンペストは不適格だろ」
「はい……返す言葉もないです」
とりあえず森の中に逃げ込んで、少し開けた木の陰についた辺りでセシルさんがリーゼちゃんにお説教を始めていた。
リーゼちゃんは涙目で震えている。
セシルさんが頭お花畑の箱入り娘とかぶつぶつ文句を言ってるのがだいぶ怖い。
『まぁそういう反応にもなりますよね。ただ、一応私が確認できる範囲に兵士とかはいなかったので大丈夫だとは思いますよ?』
『ほんと? それならよかった』
トコヨの言葉でだいぶ安心して胸を撫でおろす。
兵士と遭遇して攻撃されるのが今の状況だと一番怖いもんね。
「まぁまぁセシル、いいじゃねぇか。この子も魔物をどうにかしようと必死だったんだろうし」
ライルさんが仲介するために口を挟んだ。
……ここで私も畳みかけるか。
「私も周囲を警戒してましたけど、兵士はいなかったと思いますし大丈夫だと思います。ただ、同じ場所に長居しても危ないですし、移動した方がいいんじゃないでしょうか?」
「……次はないから」
「は、はい。気を付けます……」
リーゼちゃんは縮こまりながら静かにそう呟いた。
セシルさんはセシルさんで窘めたライルさんを一睨みしてたし、空気が悪い。
とてもよろしくない。
連携って意味でも、私の気分的な意味でも。
「そういえば無我夢中で森に入ってしまいましたけど、目標にしていた獣道はここから向うことはできるのですか?」
「あ、はい。それは大丈夫です。ここも知っている場所なので、別の獣道を使ってもともと行こうとしていた道に合流できます」
シルヴィアさんの問いかけにリーゼちゃんは自信満々に頷いてくれた。
良かった。これで今いる場所が分からないとか言われたらどうしようかと思った。
それからすぐに皆で森の中を移動し始めた。
遠くから見えていた異様なほど背が高い木とかがある影響なのか、森の中から上を見上げても全然空が見えない。
獣道というだけあって狭い場所を通るたびに木の枝や草がチクチクと体にあたるのが気になるけど、我慢しないと。
「獣道って言ってましたけど、この道は森のどのあたりまで入れるものなんですか?」
ふと思ったことを聞いてみる。
少し前を先導していたリーゼちゃんが、私の質問を聞いて振り向いた。
「えっと……一応、森の中心部あたりにある集落の方まで行くこともできますよ?」
「……そこまでは絶対に行かないから。間違いなく兵士がいるでしょ」
渋い表情をしたセシルさんが取り付く島もなく切って捨てた。
当初の方針からして妥当ではある。
実際今通っている道も、獣道っていう名前の通り人が通って出来たものっていうよりも魔物とか動物が通ってできていそうなものばかりだ。
だからこそ鬱蒼とした森が隠れ蓑になって私たちも慎重に進むことができている。
そうでもなければ多分セシルさんが進む判断をすることに同意してくれなさそうだったし。
「もう結構進んだが、どこまで確認しに行くんだ? 集落まで行かないのは確定にしても、行ける所までは見に行くって話だったろ」
「……見に行きたい場所が1か所あります。集落から東側の結構離れた場所……今私たちがいる場所と、集落のちょうど中間あたりに私とフランが頻繁に通っていた花畑があるんです。集落の人もあまり知らない場所でしたし、人間にすぐ見つかる場所とも思えません。私がお母様に子供たちを連れて隠れているように言われて、子供たちで隠れていた場所でもあるんですけど……フランが逃げ込んでいるかもしれないので……」
「花畑……」
「どうかしましたか?」
「い、いえいえ。ちょっと親近感を感じてしまっただけなので」
秘密の花畑か……なんだかとても身近に感じるというか、リーゼちゃんとフレスベルグの関係が分かってしまった。
つまり、私とトコヨみたいな関係で、一番身近な友達だったってことだろう。
王族で、エルフたちを導くための指導を受けていたであろう立場だったことを鑑みれば、それこそ私がトコヨと一緒に広場に行ってこっそり息抜きしていたみたいな、そんな唯一のお友達。
……リーゼちゃんがなんでこんなに必死になっているのか、理解できてしまった。
私も同じような状況で、トコヨがいなくなっちゃうかもしれないって言われたら、なりふり構わずに助けに行ってしまいそうだ。
「……俺はいいと思うが、セシルはいいか」
「……まぁ、いいよ。実際ここまでは来れてるし、警戒は怠らないのが絶対条件だけど」
セシルさんが頷いたのを見たライルさんが、我が意を得たりとばかりに頷いた。
私としてもその方針で行くしかないとは思う。
結局事前に話せていた見れる所まで警戒しながら見に行くっていうのもどこまで踏み込むのかは決められてなかったし。
煙の匂いとかも特にしないから、森の外から見えていた火災が起きていると思われるところはまだ遠いと思うし。
不安にはなるけど、慎重に警戒しながら進むしかない。
その役に立つ便利な探知機であるトコヨにも、私たちよりさらに先行して警戒してもらってるし。
そう思ったら、ちょうど少し表情が硬いトコヨが戻ってきた。
『ミコト、少し先の木陰に魔物がいますよ。近づいたら襲い掛かってくると思いますし、魔術か光弾で奇襲しちゃうのがいいと思いますけど』
『ありがと、トコヨ。獣道だし、そこを使ってた魔物がいないわけないよね……』
トコヨのその言葉を受けて、前方を歩いているライルさんとシスイに対して、トコヨが戻ってきた方向を指さしながら魔物がいるよとアピールしてみる。
ライルさんは一瞬疑問符を浮かべていたけど、シスイはすぐ気付いたみたいだった。
すぐに私の顔に自分の顔を近づけてきて声を潜めながら話し始めた。
「どの辺りですか?」
「前方に少し進んだ辺りにいると思います。まだ気付かれてはいないと思いますけど……」
「分かりました。ひとまず視認できるところまで行きましょう」
シスイの様子で気付いたライルさんや他の女性陣も含めて皆で慎重に歩みを進める。
すると少し開けたあたりの木陰に、大きな四足の魔物が横になって寝入っていた。
「……でかいな」
「あれは流石に、光弾だと力不足ですね……」
シスイが警戒を強めるのも納得だった。
あれだと私の光弾は力不足だし、それはシルヴィアさんも同じだろう。
セシルさんに頼むのがいいかなと思ったら、リーゼちゃんが一歩前に出てきていた。
「今度こそ任せてください。動かないなら——」
リーゼちゃんの足元に緑色の陣が広がって高速で回転し始めた。
緑色の光の粒子が陣に集まるように吸い込まれていく。
口を開かずに目を閉じて集中している。
セシルさんの方を見てみると、今度は特に言いたいことはなさそうだった。
「——ウインドカッター」
リーゼちゃんがそれだけ呟くと、魔物の方で斬撃のような音が響いた。
恐る恐るそっちを見てみると、魔物の首だけ綺麗に落とされていた。
……えっ、怖い。
なにその威力。
「えっと、今のは……」
「超初歩の風魔術。こいつの種族的な魔素適性と聖獣の加護で強引にあそこまで威力上げてるんでしょ。普通の魔術師じゃあれでこんなことはできない。それが出来るなら初めからそれやれ」
「は、はい。ごめんなさい。そ、それに今のは相手が動いてないから出来たのもあって……」
「……別に怒ってないんだけど」
セシルさんが説明しながらさっきの件をチクチク言っていたら、リーゼちゃんはペコペコ頭を下げ始めてしまった。
……セシルさん、苦手意識を持たれてる?
その後、再び歩き始めた辺りでシルヴィアさんに声をかけられた。
「それにしても、以前のソルミア王国の時もそうでしたが、ミコトさんって勘が鋭いというか、周囲の状況把握が得意ですよね」
「えっ、そうですかね?」
「はい。ソルミア王国の地下でもアンデッドにいち早く気づいていましたし、その後の道のりや先ほども魔物の接近には一番に警告を発してくださりますし」
「あ、あー……あはは」
……うん、アンデッド以外はトコヨのおかげの部分だね。
トコヨが索敵役としてこれ以上ないほど役に立つってだけな話ではある。
ただ、これは説明しても理解してもらえると思えない部分だ。
幽霊が見える人なんて私以外見たことがないし、アンデッドになってない幽霊のトコヨも意味わからない謎存在だし。
これをシルヴィアさんにそのまま伝えても納得してもらえないだろうなぁと思ってしまう。
人がいいシルヴィアさんだから疑いはしないだろうけど、そのまま鵜呑みにして信じるかは話が別だし。
実際、トコヨと普通に話しているところをお母さんに見られて訝しげにされたこともあった。
『私に気を使わないで普通にミコトの手柄にしていいんですよ? ミコトがいないと私なんて手助けできないんですから、ミコトの手柄なのは間違いないですし』
『そうはいっても、トコヨのおかげなのに私の手柄みたいな感じになるのはちょっと……だいぶ思うところが』
『相変わらず変なところで真面目ですね』
ちょうど周囲をぐるりと見て戻ってきていたトコヨが苦笑しているのが伝わってくる。
本当になんとも思ってなさそうだ。
とりあえず適当に誤魔化すしかないかな。
そう思って、声を潜めながら返答してみる。
「なんというか、こう、びびっと来るというか……なんとなく分かるんですよね」
「ふふ、なんですかそれ」
冗談だと思われたのかシルヴィアさんに笑われた。
その辺りでセシルさんに小突かれて、私とシルヴィアさんで一緒に謝るような手振りをしながら声を潜めた。
しばらく歩き続けて、火薬の匂いと花の匂いが混ざったような、なんとも言えない匂いがし始めた。
リーゼちゃんがいつもと匂いが違うというから警戒を強めながらではあったけど、目的地がすぐ近くにあると確信できるほどの状況になった。
そして、私たちはリーゼちゃんが言っていた近くに花畑に辿り着いた。
草木に隠れながら、覗き込むように花畑を覗き込む。
「フランっ!!!」
その直後、リーゼちゃんが悲鳴のような声をあげながら弾かれたように草陰から飛び出してしまった。
花畑には、倒れ伏す大きな鳥の目の前に、血に染まった剣を持っている金髪の豪華な鎧を身に着けた、見覚えのある騎士が立っていた。