天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
馬車が集落に到着した。
前の時と比べると多分数刻は早くなってると思う。
馬車の中ではシルヴィアさんから色々聞かれたけど、説明しづらいのもあって結局明瞭な答えはほとんど返せなかった。
雑談をするような雰囲気ではなくなったのもあって移動中はだいぶ気まずかったけど、気にしないように努めることしかできなかった。
馬車が止まったのを確認して、すぐに動き出す。
「シルヴィアさん、急いで教会に行きましょう。先に行ってます!!」
「え、教会ですか? ちょっ、ミコトさん!?」
行先だけ告げて一人で先に馬車を降りて駆け出す。
前回のフリッカの説明通りなら、既にリーゼちゃんの治療をしているはず。
そう思って、商店がある広場の賑わいや建物をそこら中で建物を建てている音を聞きながら教会に向かって真っすぐ駆け抜ける。
集落の東側の方、他よりも広めの土地が確保された位置にある見慣れた教会。
そこに併設されている治療院に辿り着いて、躊躇なく扉をあけ放った。
治療院の中では、フリッカが必死で聖魔法を使っている傍らでサヨが包帯を巻いたりしながら奔走していた。
クロードさんがサヨの手伝いをしてくれているのか、リーゼちゃんの腕を持ち上げて支えている様子まで見られる。
私が勢いよく扉を開け放ったのもあって、サヨたちの視線が一気に私の方を向いていた。
「ミコト様……!」
「はぁ、はぁ……フリッカ、私が代わります。シルヴィアさんも既に集落に到着しているので、すぐに事情を説明して呼んできてください。私はここに向かうとは言いましたが、事情を把握していないシルヴィアさんはすぐには来られないと思うので」
「み、ミコトさん、どうして……いえ、ありがとうございます!!」
息を整えながら一気に捲し立てる。
フリッカも困惑していた様子だったけど、私が聖魔法を行使し始めると同時に外に駆け出して行った。
道具や準備なしでできる範囲で効果が最大限になるように意識して治癒を行使する。
足元に緑色に輝く聖魔法の魔法陣が浮かび上がるのを確認しながら、詠唱を呟いてオリツキ様に祈りを捧げる。
治癒の光に包まれたリーゼちゃんの表情が少し和らいだのを見ながら、サヨに目配せする。
固まっていたサヨも、それを確認してすぐに包帯を巻きなおす作業を再開してくれた。
少なくとも、傷が半端に晒されている状態にはしておいてほしくない。
他のことをやるために作業を中断するにしても、今巻いている包帯を巻きなおし終わってからだ。
シルヴィアさんが前回儀式が必要だと判断したように、完治させるとなると私も同様に儀式をする必要がある。
だけど、儀式をするためには準備が必要だ。
場所を確保して、聖水で魔法陣を描いて、一定以上の腕を持っている巫女が祈って聖魔法を行使する必要がある。
それは、今この場でやるのは不可能だ。
クロードさんがいるから場所の確保はできるかもしれない。
だけど、知識がある人が聖魔法の陣を描く必要があるから、私がその作業をすることになる。
フリッカが命をつなぐための治癒を継続して、私とサヨとクロードさんでそれをやる必要があるのだ。
そうなると、今の振り分けの方が断然いい。
リーゼちゃんの苦痛を私が可能な限り軽減し、リーゼちゃん自身の体力を温存させつつ状態の維持、改善に努める。
その間に、事情を説明できるフリッカがシルヴィアさんを呼んできて儀式の準備をする。
人手も増えるし、リーゼちゃんの苦痛の軽減もできる上に、完治までにかかる時間はどちらでもそんなに変わらない。
だからこっちの方が何倍もいい、はずだ。
それから治療院の扉が開く音がするまで、そんなに時間はかからなかった。
「ミコトさんが急いでいたのはこういうことだったんですね……ですが、どうして馬車に乗っている段階で?」
「えっと、その……い、嫌な予感以上でも以下でもないというか、その……あはは」
完治して穏やかな寝息を立てているリーゼちゃんを後目に、シルヴィアさんが苦笑しながら声をかけてきた。
神託の件で釘を刺されたのもあって、彼女に下手な嘘を吐くのは気が引ける。
そんなことをしていたら、クロードさんがフリッカに声をかけてから出ていこうとしているのが見えた。
今出ていかれると困る。
なるべく早く救援に向かう必要があるけど、このまま流れに任せるとリーゼちゃんが目を覚ますまで準備を始めるのを待たないといけなくなる。
「あ、あの! クロードさん! 少しよろしいですかっ!」
「ん? どうかしたか?」
「その、クロードさんにご相談したいことが……」
「なんだい? 遠慮なく言ってくれ」
クロードさんは穏やかな表情でそう促してくれた。
その様子を見たシルヴィアさんが「クロード様……」なんて蕩けたような声で呟いているのは置いておくとして……どう話したものだろうか。
フレスベルグのことはリーゼちゃんの訴えがないと突拍子もなさすぎるだろうから、救援の準備を進めてもらう感じで説得すればいいだろうか。
前の時もセシルさんにいつ出るかは決めずに救援のための出立の準備とかはしてもらっていたみたいだし、多分理解はしてくれるはず。
「ふむ……なにか話しづらいことか?」
「い、いえ、考え込んではいましたけど、そういうわけでは……」
「……シルヴィア、聖堂の個室を借りてもい「もちろんですクロード様! お好きなだけお使いください!」……ありがとう。ミコト、そちらで詳しく聞こう。考え込んでしまうような相談事があるのだろう?」
「……! はい!」
クロードさんの提案はこちらからしても渡りに船だったし、拒否する理由もない。
先導してくれるクロードさんについて治療院を出た。
「それで? 相談というのは? ゆっくりでいい。話してくれ」
教会の聖堂の脇の通路から入れる小部屋。
以前シルヴィアさんの手伝いで聖水を作る作業をしていた礼拝とかのための道具が置いてある部屋だ。
そんな部屋の中で、私はクロードさんと向き合っていた。
どこまで話すかは、正直まだ決めかねている。
というよりも、どこまでなら信憑性があると思ってもらえるのかが分からないのだ。
ゆっくりでいいとは言ってくれているけど、あまり待たせるのも、時間をかけるのも好ましくない。
理論立てて言っていると思ってもらえるように、私が分かる範囲で順序を追って救援の準備をすぐ始める方向にまとめるしかないかな……?
「……あの子、エルフですよね。それもただのエルフじゃなくて、ハイエルフの……」
「……その可能性が高いとは思っている。状態確認の際に緑眼だったのも確認しているからな」
「ハイエルフはエルフの王族だって本に書いてありました。王族があんな状態になっているほど酷い状態ということになると、この前のソルミア王国の時のように救助が必要だったりしませんか……?」
「……一理ありはするし、これから最低限の準備は整えておこうと考えてはいたが……これが相談か? なぜ今、その提案を?」
「それは……」
「正直に言ってしまうと、エルフたちは今他国と戦争をしていると噂になっている。実際あの子を連れてきた御者も戦火を遠目に見ているらしいからな。すぐに向かうのはリスクがありすぎる」
「……」
その通りだった。
これはセシルさんも指摘していたことだし、私もそうとしか思わない。
リスクが高いのは反論しようのない事実だ。
前回クロードさんが強引にまとめていたのは、多分というか確実にフレスベルグが関係してる。
個人的な事情としか言ってなかったから多分だけど。
それなら、これを言わないと協力してもらえるはずがない。
「えっと……その……ハイエルフの子供が、一人でこんな怪我をして連れてこられているとなると、聖獣にも何か危険があるのではないでしょうか……!」
『ミコト、それは流石に脈絡なさすぎでは……? 結局推論でしかないですし』
『そんなこと言うならトコヨも協力してよ!!』
自分で思っていても考えないようにしていた突っ込みをぶん投げてくるトコヨに抗議しながらクロードさんの方を見ると、眉間に皺を寄せて怪訝な表情を浮かべていた。
信じてくれてない、よね。多分。
「……フレスベルグに危険が迫っていると言いたいのか?……ミコトはハイエルフと聖獣の関係をどこで知ったんだ?」
「え、っと……その、ほ、本、です」
「本、ねぇ…………確かに、その可能性はあるかもしれない。だが正直に言えば、思考が飛躍しすぎていると思っている。なぜそこまで危惧しているのか、それを教えてもらえないか? 例えば……オリツキから神託を受けた、とか」
「しっ!?」
神託。
確かに、そう言ってしまうのも考えなかったわけではない。
生き残るためとはいえ、一度吐いた嘘だ。
オリツキ様の言葉を騙ること自体に凄まじい抵抗があるし、巫女にあるまじき言葉を軽々しく語りたくもない。
シルヴィアさんにも、釘を刺されてるし……。
だけど、クロードさんは私がなぜそう考えたのかの明確な根拠を求めている。
『ミコト、この際正直に言っちゃうのはどうです? フレスベルグが聖堂騎士団に狙われてるって』
『それを言ってどうするのさ。結局根拠が曖昧だと信じてもらえないでしょ』
『それこそ神託って言っちゃっていいと思うんですけど。クロードも思考の飛躍の理由として第一に疑っていますし。多分信じると思いますよ? クロードなら大丈夫でしょうし、正直に未来でこういうことがありましたー! って言っちゃうのも私的にはありかと——』
『あんまり適当なこと言わないで!』
この駄幽霊、あまりにも雑な提案をしてくる。
私はもう二度と神託なんて嘘は使いたくないのに、本当に真剣に考えてくれているのだろうか。
どうしようどうしよう。
こうしている間にも時間は刻一刻と過ぎていっている。
「——へ? あ、あの、クロードさん?」
「少しだけそのまま、動かないでくれ」
「は、はい……?」
どうすればいいか頭を悩ませていたら、クロードさんが私の胸元に手を翳した。
彼の手から淡く温かい光が溢れ出して、私の胸元に吸い込まれていく。
思わず安心してしまうような、治癒とは違う感覚に身体を包み込まれる。
「えっと……」
「——よく分かった。フレスベルグを聖堂騎士団が狙っていると。必要なのは救援隊の編成と即座の急行だな。協力「っ!? ちょっ!! ちょっと待ってください!! え、え、どうして分かったんですか!?」
あまりの事態に思わず大げさな手振りでクロードさんの言葉を遮ってしまう。
何が起きたんだ今。
光に包まれたと思ったら、クロードさんが説明したかったことを完全に理解した状態でとても協力的になっていた。
意味が分からなくて絶句することしかできない。
「申し訳ないとは思ったが、記憶を読む魔術を使わせてもらった。君が嘘を吐いているとも思えなかったし、何か説明しづらい事情があったんだろう? 概ねそれも理解できたが」
「き、きおくをよむまじゅつ?」
そんなものがあるのか。
それなら、こんなことに労力と時間をかけていたのが馬鹿らしくなってしまう。
だけど、これ以上ないくらいいい展開なのは間違いない。
あれ、でも、記憶を読んだってことは——
「き、記憶を、読んだ、というより、見たんですか……?」
それなら、と思っていつもはしないトコヨの方を振り返って直視するという動作を隠しもせずにしてしまう。
トコヨは呆れたような絶句したようななんとも言えない表情をしていた。
え、なにその表情は。
「あぁ、ミコトのすぐ近くに浮いている守護霊のような子のことかな?」
「……!! そ、そうなんですっ! 守護霊!! そんな感じの駄幽霊が私に憑りついてるんですっ!!」
『だ、駄幽霊……!? ミコト!? 私のことそんな風に思ってたんですかっ!? ミコト!!?』
今まで誰とも共有できなかったトコヨの存在を認知してくれたのが嬉しくて、興奮気味に話しかけてしまう。
喧しく騒ぐトコヨを無視だ。
今はそんなことよりもクロードさんが状況を認識してくれた方が大事なのだ。
それにしてもクロードさんはすごい。
セシルさんが言っていた結界に今の魔術なんかも。
とてもとても頼りになる。これならシルヴィアさんがべた惚れになってしまうのも納得だった。
「状況を整理しようか。フレスベルグに危機が迫っていて、以前は既に殺された後だった。その後の戦闘でミコトも殺されてしまった。戻ることができたのは恐らくミコトが信仰する時の女神オリツキの加護によるものだろうが……この認識で間違いないか?」
「……加護、なんですかね……? 以前もありましたけど……」
「故郷の集落から生き延びた時かな? 私からしたらこれは加護だと思うが。それこそ、神の御業でなければあり得ないことが起きている」
「お、オリツキ様の加護……」
私が信仰する主が、私なんかにわざわざ加護を与えてくれていると思うと胸が熱くなる。
神託なんていうあってはならない嘘まで吐いたのに、それでも私を見守ってくださっている。
感無量というのはこういう感じなのだろうか。
「話を進めよう。事態は一刻を争う。急げばフレスベルグと共闘が出来るかもしれない。フレスベルグの性質や力を考えれば、共闘が出来れば騎士団を退けることも不可能ではないだろう。そのために、可及的速やかに準備を整える必要があるな。準備自体は私が整えよう。ミコトは……さらに王女の治癒を行って少しでも早く彼女が目を覚ますように力を尽くしてもらえるか?」
「は、はいっ! えっと、クロードさんは一緒には……」
こんなにすごい魔術を使えるクロードさんが来てくれたらとても頼もしい。
それで思わず聞いてしまったけど、彼は少し俯き気味で淡々と言葉を返してきた。
「私は同行できない。君の記憶の中でセシルも言っていたが、私はこの集落に結界を張って魔物の侵入を防いでいる。集落の防備が整っていない現状で結界の解除はできない。だから、申し訳ないが集落を離れられないんだ」
「そ、そうですか……」
「君たちを頼りにさせてもらいたい。私は準備をしてくる。治癒の方は頼んだよ」
「……はいっ!」
足早に出ていくクロードさんを見送りながら私も動き始める。
まださっきのことを気にしているらしい仏頂面のトコヨを宥めながら、治療院の方に向かった。