天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
シルヴィアさんについていって辿り着いたのは、イリスさんの私室に向かう時に通った大聖堂の高層階の一室の前だった。
豪華な扉の前には警備のために立っていると思われる少し武装した人2人と、側付きの人……確かアンナさんが立っていた。
アンナさんが警備の人に目配せのようなことをしてから近付いてくる。
「フェルト司祭。現在ここでは枢機卿会議が行われています。猊下への御用かと存じますが、時間を空けてください。言伝でよろしければ、私が伝えておきますので——」
「緊急の事案です。今すぐに、教皇猊下にお目通りをさせていただけないでしょうか」
「……フェルト司祭。貴女はもう側付きではないのですから節度を持っていただかなければ……今回の謁見も規則破りスレスレと言ってしまっていい程のことをしていたのですから」
シルヴィアさんの言葉に、アンナさんは硬い表情で返してくる。
……これ、入れてもらえるのだろうか。不安になってくる。
私がそんなことを考えているのに対して、シルヴィアさんは一切怯むことなく言葉を続けた。
「もしもこれが問題であったと教皇猊下がご判断なさるのであれば、その時は私から罰則を願い出ます。お願いします。猊下に入室させるかどうかの御判断を仰いでいただくことはできませんか」
「……せめて要件を言っていただくことはできないのですか」
「申し訳ありませんが、できません。事情が事情ですので」
シルヴィアさんとアンナさんが無言で見つめ合う。
アンナさんは私にも探るような視線を向けてきている。
とても居心地が悪い。
「……分かりました。猊下の御判断を仰ぎます。ここでお待ち下さい」
アンナさんはそれだけ言うと、静かに室内に入っていった。
「……結構管理が厳しいんですね」
「今はおそらく非公開での緊急枢機卿会議をしているはずですので。アンナさんが苦言を呈したのも当然ですし、そのうえでとても柔軟な判断をしてくださりました。もし私が側付きだったころに同じことがあれば、私もアンナさんのように対応していたと思いますよ」
「そ、そうなんですね……」
「ミコトさんも、心の準備をしておいてください。ミコトさんにも発言してもらわなければいけませんし、内容からして相当詳しく確認されると思いますので」
「……はい」
シルヴィアさんの忠告に、静かに頷く。
ここからが正念場だ。
それからアンナさんが戻ってきて入室を促すまで、そんなに時間はかからなかった。
扉を通ると同時に、大きな円卓の机とそれを囲むように着席している人たちが目に入った。
イリスさん以外にも謁見の時に会ったグレンマルク枢機卿や獣人枢機卿の人もいて、それ以外にもグレンマルク枢機卿と同じように華美な神官服の人もたくさんいる。
つまり、イリスさん以外に円卓を囲んでいるのは全員枢機卿の可能性が高いってことだろう。
そんな人たちの視線が、一斉に私とシルヴィアさんに突き刺さる。
明らかにイライラしているらしい険しい視線に、何の用だとでも言わんばかりの鋭い視線まで様々。
「緊急の事案で私への報告があると聞いています。速やかに報告しなさい」
円卓の中央とも言える位置の少しだけ他よりも豪華な椅子に座っている、少し疲れた様子が見えるイリスさんから声をかけられた。
その言葉を受けて、シルヴィアさんが一歩前に出る。
「このような状況下でお目通りさせていただき、深く感謝いたします。聖堂騎士団に関してのご報告があります」
「……戦争に加担しているという話であれば既に我々は知っている。そのことであるならば速やかに退室したまえ。時間が惜しい」
グレンマルク枢機卿が唸るようにしながら吐き捨ててきた。
今のイリスさんの疲れている様子や前の時のイリスさんの急いでいた感じからしても、切羽詰まっているのも時間がないのも事実なんだろう。
「そのことをこの場で話し合われていたというのは、私も存じ上げています。私が奏上しに来た情報というのは、聖堂騎士団の目的に関してです」
「目的……?」
「はい。今回聖堂騎士団がバルグラント帝国の侵略戦争に独断で加担した目的は……風の聖獣様の殺害の可能性があります」
シルヴィアさんがそこまで言い切った瞬間、円卓を囲んでいたほとんどの人の表情が目に見えて驚愕に染まった。
「馬鹿なっ!? 何を根拠にそのようなことを言っているっ!?」
「聖獣様の殺害だと!? もしそれが事実であるならばそれは背教行為だぞっ!!」
「静かに「やはり今すぐにでも強引に止めて呼び戻すべきだっ!! このままでは遅きに失してしまうではないかっ!!」
「静かになさいっ!!」
起きていたざわめきが、イリスさんの一喝で水を打ったように静まり返った。
今のイリスさんには、謁見の時ともお茶会の時とも全く違う凄みを感じてしまう。
「フェルト司祭。そのような情報をどこで、誰から、どのようにして入手したのかを、詳細に報告しなさい」
「もちろんです、猊下。この報告は、こちらに控えておりますアメノ筆頭巫女が先ほど見聞きした情報に基づいています。アメノ筆頭巫女、私にしたのと同じようにご報告を」
「アメノ筆頭巫女? 誰だそれは」
「そこの見慣れぬ衣服を着た者のことか?」
「グレンマルク枢機卿。先の謁見の仔細を知らぬ者には後程貴方から説明しておいてください」
「承りました。皆静まれ」
……巫女服を着たままでよかった気がする。
これで私服だったらもっと反発されていた気がしないでもない。
深呼吸して、私も一歩前に出る。
「——報告をお許しいただき光栄に存じます。先ほど教皇猊下とお会いした後に、フェルト司祭とともに聖都の街中に出ました。その際に、深緑の髪と瞳をした、左頬に小さな古傷がある男性の騎士団員が『風の聖獣様を殺害するなど本当にいいのか』と不安を漏らしていたのを目撃したのです。この者について私は存じ上げなかったのですが、容貌と言動をフェルト司祭に伝えたところ、バネール騎士長なる者なのではないかと」
「……それはいつ、どこで見かけたのかを、可能な限り正確に述べなさい」
「え、っと……」
「一刻程前、大聖堂のほど近くにある馬宿ノルドシュッツ近辺です」
「使いを出して今すぐに近辺に残っていないかを確認してきなさい」
時間はまだしも場所の名前が分からなくて言い淀んでしまったところで、シルヴィアさんが端的に補足してくれた。
お礼を言いたいけど、時と場所を弁えて内心でのお礼だけに留めておく。
イリスさんが指示を出すと、後ろに控えていた神官の一人が慌ただしく部屋の外に出ていった。
それを見送った瞬間に、私の報告をこの中にいる人物の中で一際険しい表情をしながら聞いていたグレンマルク枢機卿が勢いよく立ち上がった。
「ついに馬脚を現しよったわっ! 猊下!! これでお分かりになられたでしょう!! これがバスティアン、ひいては神聖派の本性なのです!! 今すぐにバスティアンを処すために征伐に向かうべきですっ!! さらにこれを機に神聖派を邪教と認め、排除すべきですっ!!」
「そうだそうだっ!!」
グレンマルク枢機卿の言葉を皮切りに、他の枢機卿様方も一気にざわめきだした。
「皆早まらないでください。対処をするにしても、どうするかを話し合わなければ——」
「度重なる越権行為に加え、ついにはこの暴挙っ! これが背教行為でなければ何なのかっ!!」
「これも今まで猊下が処罰をせず神聖派を増長させた結果でしょうっ!! 今すぐに対処をっ!!」
「猊下は聖獣様が死してもよいと仰られるのかっ!?」
一気に過熱する人たちを見て、こんなことをしている暇はないのにという考えが脳裏を過る。
口を挟んででも軌道修正を図った方がいいだろうか。
そう思って何かを言おうと思い立った瞬間、シルヴィアさんに静かに手で制された。
彼女の方を見ると、小さく頷いてイリスさんに視線を戻した。
……イリスさんを信頼してるってことなんだろうか。
まだ不確かな私の情報だけ受け取ってイリスさんの責任にまで飛火させている様子を見ていると、枢機卿たちから相当軽んじられていると感じちゃったんだけど……
「対処が必要なことは分かっています」
「それならば——」
「ですが対処をするにしても、現実的に見て問題点が多すぎます。まず第一に、聖堂騎士団はバルグラント帝国に協力しているのですから、これを強引に撤退などさせれば外交問題に発展します。第二に、聖獣様を保護するのであれば、友好関係を築いているエルフたちと関わらざるを得ないでしょう。ですが、エルフはバルグラント帝国と聖堂騎士団……つまり、人間と教会から攻め込まれているわけです。この過敏になっている状況で、どうやって仲間と見られかねない神官が近づくのですか」
イリスさんが問題点を指摘し始めると、声を荒げていた枢機卿様方はひとまず聞く姿勢に移ったみたいだった。
「そしてこれが最大の問題ですが……第三に、聖堂騎士団を相手取る場合、そもそもこちらには戦力が存在しないということです。大きな処罰や征伐を行えば、まず間違いなく神聖派が離反し、内戦状態に移行するでしょう。そうなった場合に聖樹派に民を守れるだけの戦力はあるのですか?」
「……バスティアンは聖樹派の騎士を僻地に左遷している。そんなものがあるわけがないでしょう」
「であればこそ、そこまで見越して、どのようにして民を守るのか。どう対処するのが最善の結果につながるのか。それを話し合うのがこの会議の趣旨であると承知していますが、皆は違うのですか?」
「っ……それは……」
「皆が主の教えを尊び、民を想えばこそどうにかしたいと願っているのは承知しています。ですが、だからこそ今一度冷静になり、どうすればいいかを話し合わなければいけないのではないですか」
そこまでイリスさんが言い切ると、グレンマルク枢機卿も含めて、皆唸るように考えこみ始めてしまった。
すごい。
あそこまで一方的にイリスさんに詰め寄っていた枢機卿様方を、理詰めで黙らせてしまった。
イリスさんのことはとても理知的でお優しい方だとは思っていたけど、ここまでだとは思っていなかった。
そこからは、イリスさんの言う通り話し合いが始まった。
私たちが残っていていいのかは分からなかったけど、シルヴィアさんが出ていこうとしていないからおそらくこのままでいいんだろう。
多分、退室を促されていないからだと思う。
この後の話し合いに関しては口を挟んでいいのか分からないけど、最良の結果のために誘導が必要ならやらないとだめだと思う。
そう思って、気合を入れなおした。