天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
2台の馬車に分かれて乗って目的地に進んでいた。
1台は世界樹の麓の集落に向かう馬車で、クロードさん宛ての親書を持ったライルさんが乗っている。
ライルさんはクロードさんに親書を届けたらエルフを集落まで連れてくる私の方に合流してくれるって言ってくれたから、凡その通りそうな道は伝えて最低限の合流地点は決めてある。
そもそも間に合うかも分からないから合流できたら運がいいって話にはなったけど、合流できればそのまま護衛してくれるとかなんとか。
迎えの使者が護衛に加わった方がエルフからの心象も良くなるだろうってライルさんに言われて目から鱗が落ちてしまった。
もう1台は私、シルヴィアさん、シスイの3人が乗っていて、今は聖堂騎士団の駐屯地と思われる場所に向かっている。
思いっきり戦場に向かう馬車ではあるけど、馬宿の馬車はライルさんの方だけだ。
ライルさんの方はシルヴィアさんがあらかじめ抑えていた枠を使っていて、戦場に向かうわけではないからということで御者も馬宿の人が務めてくれている。
私たちの方はアンナさんが整えてくれた教会所有の、外交とかの時に使うための馬車らしい。
だから戦地に向かうのは特に問題にならなかった。
「ミコトさん、私を聖堂騎士団の駐屯地に下ろした後に迂回して森を回り込むように頼んでいたようですが、なぜわざわざ回り込む必要が……?」
「……私が知っている道は、そっちにあるので」
シルヴィアさんの指摘はとても答えづらいものだけど、こう答えるしかなかった。
そもそも、なかったことになってしまった時の知識を利用しているだけなのだから、説明なんてできるはずがない。
「……知っている道というのはともかく、戦争のために身構えているであろうエルフたちに対して正面から向かうのは危険度が跳ね上がると思うので、俺は理にかなっていると思います」
「そうではあるのですが……まぁ、いいでしょう。シスイさん。シスイさんはミコトさんについていってください。シスイさんも承知している通り、今エルフの集落に向かうというのは、とてもリスクの高い行為です。ミコトさんを守ってあげてください」
「それは願ってもないことですが……シルヴィアさんはよいのですか?」
「……はい。私に危険が迫るような状況では、そもそも護衛一人でどうにかなるとは思えません。その時はそれが主の思し召しだったということでしょう。シスイさんがいるかどうかで大きく状況が変わるのは、道中で魔物と遭遇してしまう可能性が高いミコトさんの方ですので」
……確かに、シルヴィアさんに命の危機が及んでいる状況というのは、聖堂騎士団が教皇猊下の使者であるシルヴィアさんに牙を剥いた場合だけだ。
そうなると、騎士団の駐屯地にいる以上、護衛がいたところでどうにかなるとは思えない。
それなら、森を突破しないといけない私と一緒の方がいいってことか。
それでも帰路の問題は出る気がするけど……
「帰り道はどうするんですか……?」
「この辺りの村や集落の位置は知っていますから、一番近い場所まで徒歩で行ってそこから馬車に。少なくとも、ミコトさんよりは危険は小さいので」
それなら……大丈夫、なのかな……?
不安は残るけど……
「分かりました。必ずやミコト様をお守りし、目的地までお連れ致します。お任せください」
「……ありがとうございます、シスイ」
シスイのその宣言に、思わずお礼を言ってしまう。
私単独で以前獣道で見かけたような大きな魔物とかに対処できるとは思えない。
彼がいてくれるだけでとても頼もしい。
守ってくれるという強い言葉が、今はとても心強く感じた。
駐屯地にはそんなに時間もかからずに辿り着いた。
「それでは、私はこちらで」
「シルヴィアさん!……気を付けてくださいね」
「はい。ミコトさんも、お気をつけて」
少し離れたところに騎士団の駐屯地が見える。
馬車が止まったのが見えたからか、見張りをしていたらしい騎士も近づいてきている。
シルヴィアさんはそんな様子を見ながら、躊躇なく馬車を降りて行った。
そんなシルヴィアさんに、騎士が声をかけていた。
「何の用だ。聖堂騎士団は現在作戦行動中——」
「教皇猊下からの使者として、司祭シルヴィア・フェルトがラース・バスティアン騎士団長への勅命を記した親書をお持ち致しました。速やかに騎士団長の下へ案内して下さい」
「なっ!?」
「……馬車を出してください」
シルヴィアさんの声を聞きながら、御者をしてくれている方に声をかける。
馬車はすぐに動き出した。
それから長い間馬車に乗り続けた。
時折御者の人とシスイが魔物対応に出たくらいで、特にそれ以外のアクシデントはなかった。
私も対応しようとしたら、御者の人に使者に何かあれば問題だから必要に迫られるまでは下がっているようにと馬車の中に押し込められてしまった。
そんな馬車の移動も終わり、獣道の入り口が見える辺りに辿り着いた。
馬車を降りて、御者を務めてくれた神官の方に声をかける。
「ここまでで大丈夫です。ありがとうございました」
「教皇猊下の命であれば、是非もありません。お気になさらず。私はここで待っていればよろしいですか?」
「……そうですね。うまくいけば怪我人やご高齢の方などの輸送を手伝ってはいただきたいですが、ここでは貴方に危険が及んでしまいます。避難先の集落から護衛を派遣していただける可能性があり、合流地点を決めてあります。そちらに向かっていただければ嬉しいのですが……」
そう言いつつ、さっきまで馬車の中で使っていた地図を神官の方に見せる。
ライルさんが入れてくれた印がそのまま残っている地図だ。
「なるほど、承りました。私はそちらで待機させていただきます。お二方のご無事をお祈りしております。お気をつけて」
「……ありがとうございます」
祈ってくれた神官の方にお礼を言うと、馬車は再び走り出した。
真っ暗な森の入り口に、シスイと2人で佇んでいる状態になった。
「さぁ、シスイ。行きましょう」
「……俺に先導させてください」
「……うん、ありがとう。じゃあ、道は指示するからその通りに進んでください」
シスイの申し出をありがたく受け取って進み始める。
森の中は相変わらずの暗さで、聖魔法で明かりを灯さないと前方の確認すらおぼつかない。
こっち側は大丈夫だとは思うけど、警戒に出ている大人のエルフに遭遇しないとも限らない。
なるべく強さは抑えて最低限の光源だけに留めて進む。
「ミコト様、お下がりください。魔物です」
「私も支援します。速やかに対処しましょう」
「……分かりました。行きますよ」
前にリーゼちゃんが魔術で一瞬で首を落としてしまった大型の魔物に向かってシスイが駆け出す。
私も光弾を作り出して援護の準備をした。
何度か魔物との戦闘をしながら森の中を進んだ。
道中で聖堂騎士団はもちろんエルフなんかにも遭遇しないで進むことができていて、もう花の匂いがしてきている。
花畑はすぐ近くだ。
間違えないで進めたみたいでよかった。
……話し声が聞こえる。
リーゼちゃんと、リーゼちゃんじゃない女の子と思われる2つの声。
シスイに隠れて様子を見ることを身振り手振りでどうにか伝えて、2人で茂みに隠れて花畑の様子を伺う。
花畑では、大きな状態のフレスベルグと、その身体の近くでエルフの子供たちが身を寄せ合っていた。
リーゼちゃんが自分より小柄な少女を励ましているみたいだった。
……大人のエルフがいるわけじゃないなら、様子を伺う意味は薄い。
「シスイ」
「はい」
シスイに声をかけて、茂みから出て花畑に入る。
物音を隠すこともしない。
ここで下手に隠れようとするのは印象が悪くなるだけだ。
説得の邪魔になる。
なるべく敵意がないことを示しながら出るのが重要だと思う。
「に、人間……!?」
私とシスイが花畑に入ってすぐに、リーゼちゃんの表情が強張ったのが見えた。
フレスベルグも目を細めてその鋭い視線を私たちの方に向けている。
リーゼちゃんはすぐに立ち上がって、他のエルフの子供たちの前に出てきた。
……私を外敵として認識しているその様子に、胸が痛む。
なかったことになってしまった出来事の中で見たリーゼちゃんの笑顔とは、似ても似つかないほどの眼差しで見据えられていた。
「何の御用ですか!? どうしてここが——」
「突然この場を訪れたご無礼をお許しください。私は、教会のイリス・エストルンド教皇猊下からエルフへの使者として参りました、ミコト・アメノと申します」
「きょ、教会……!? 攻めてきている人間の中に教会がいることは知っているんですよ! なんのために……」
……そういう反応になるよね。
大丈夫。多分、リーゼちゃんなら理解してくれるはず。
親書を渡すのはリーゼちゃんでもいいけど、ちゃんと現最高責任者……リーゼちゃんはお母様って言ってたはずだから、女王様に渡るようにしないといけない。
そのために、出来ることはしないと。
なるべく穏やかな表情を意識して、刺激しないようにしつつ……
「今回使者として訪れたのは、争うためではありません。エルフや風の聖獣様を保護するための親書をお持ちしたのです」
「親書……?……で、でも、それを信じろというのは、流石に……」
「こちらの不手際も多くあります。不安になってしまうのは分かります。そちらの指示に従いますので、どうか女王陛下にお会いし、親書をお渡しさせていただくことはできませんか?」
「……」
リーゼちゃんは眉尻を下げて困ったような表情を浮かべながら考え込み始めていた。
以前話していた感じだと、リーゼちゃんが政治的な判断にかかわったことはないと思う。
多分、私が故郷でお母様の指導を受けている時期のような状態なんだろう。
判断に困ってしまうのも分かるけど、ここは納得してもらわないと……
「もしも、私たちが集落に赴くのがまずいのであれば、親書だけでも女王陛下にお渡ししていただくことはできませんか……?」
『ホー』
「えっ……? フラン?」
私を見つめ続けていたフレスベルグが、突然声を発した。
フレスベルグに口を挟まれるとは思ってなかったから、思わず首を傾けてしまう。
「大丈夫なんですか? 本当に? どうしてそんなことが……」
リーゼちゃんはフレスベルグの方を振り返って、問いかけている。
リーゼちゃんがフレスベルグと直接話せるのは前までのでなんとなくわかってはいたけど、私からしたらただの鳴き声にしか聞こえなくて何が起きたのか分からない。
フレスベルグはさっきまでの翼で子供たちを庇うような姿勢すらやめていて、穏やかな……多分穏やかな気がする表情を浮かべてリーゼちゃんに何度も語り掛けている。
「え、っと……どう、なされたのですか?」
「あ、す、すいませんっ! えっと……その……」
私が声をかけると、リーゼちゃんは慌てた様子でこちらに向き直った。
緊張が解けてしまったのか、私が以前見た柔らかい表情、というか、あわあわ慌てた感じの愛嬌のある感じの表情を浮かべている。
彼女は一度深呼吸して気を取り直したのか、表情を引き締めるとそのまま言葉を続けた。
「……分かりました。ここまで礼を尽くしてくださったのです。フランも信頼できる方だと言っていますし、私も、貴女を信用することとします」
「……! それでは——」
期待で自然と笑顔が浮かんでしまう。
「お母様のところにご案内させていただきます。……申し遅れました。私はリーゼ・システィーナ・エル・フェリークと申します。ハイエルフで、一応、王女という立場になります。よろしくお願いします」
「ありがとうございますっ!——私は先ほど自己紹介しましたね! こちらは私の護衛を務めてくださっている、シスイ・ツクモと申します。リーゼ殿下、もしも何か必要なことや守らなければならない決まりがあれば教えてください!」
「で、殿下だなんて……私はまだ未熟者ですし、呼ばれ慣れてもいないのでそこまで畏まらなくても大丈夫ですよ。決まりは……特にないので、このままご案内します。フラン、皆も、一緒に行きましょう。ついてきてください」
リーゼちゃんの声掛けに応えて彼女についていく。
よかった。なんとかなった。
フレスベルグのおかげ、だよね。多分。
でも、とにかくこれで女王陛下に会わせてもらえることになった。
後は、ちゃんと使者としての役目を果たすだけだ。
※シルヴィア側はEXで補完します