Fate/OverBORDER 三門聖杯大戦 作:宇津木 沙坂
休日なので、木虎は街に繰り出した。
傍には、霊体化したアーチャー。
幸いにも、演奏の音は自分以外には聞こえない。
鬱陶しくはあるが、もう慣れの方が強い。
「…………辛いもの、食べようかしら」
『辛いものが好きなのかい?』
少し、おどろおどろしい演奏が始まった。
アーチャーは辛いものが苦手なのだろうか。
木虎は、ある店を訪れた。
『泰山』。元々は、冬木にルーツを持つ老舗中華料理店らしい。
「冬木のお店が、なんの因果か三門に出店しているなんてね」
「およ、木虎じゃん」
「あら、空閑くん」
「こんにちわ。キトラさん」
「こんにちわ。キャスター」
お互いに、目的のお店は一緒のようだった。
ならば、まぁ。
「………ご一緒しても?」
「おれはいいぞ」
しかし、木虎の前だと、猫を被ったままになるが。キャスターはどうなのだらう。
「わたしも構いません」
別に問題ないらしい。
まぁ、こっちの状態も、割と素なのだろう。
そうして、四人で中華料理を食べることにした。
と言っても、アーチャーは霊体化中だが。
「アーチャーは食べないのか?」
「霊体化解かせたら、この店中に演奏が響くのよ?
流石に迷惑でしょ」
「演奏を止めることはできないのでしょうか?」
『ボクが演奏を止めるのは、死ぬ時か妻が死んだ時だけさ』
「だって」
大変だなぁ。
空閑は呑気にそんなことを思った。
さて、何を頼もうかなぁっと。
ふと、あるメニューに目が止まった。
「激辛麻婆豆腐………」
一体、どれほど辛いのだろうか。
頼もうとしたところ。
「ユウマくん。それは頼んではいけません」
「…………何が見えたんだ?」
「わたしがユウマくんを背負って玉狛支部に帰る未来です。わたしの筋力はEなんですよ?潰れちゃいます」
「それは大変だ」
辛さのあまり倒れるほどとは。
それは、食べない方がいいだろうな。
「────いいわね。私、激辛麻婆豆腐にするわ」
今の会話を聞いていなかったのだろうか。
聞いていた頼んだとしたら正気なのだろうか。
辛いものが好きらしいが幾ら何でも。
「その、キトラさんは、平然としている未来しか見えません」
「………強いのか?辛いやつ」
自分は辛さのあまり倒れるらしいのに。
人によって耐性の違いはあるだろうが、これほどに違うとは。
「まぁ、好きよ。辛いものは」
辛いものが好き、と言っていいレベルなのか?
これ普通に食べられるのは中々ヤバくないか?
「うーん。どれにしましょう」
キャスターとは、街の市民達の未来を見るついでに、よく食べ歩きもしている。
現代日本の食文化にハマったらしい。
個人的にはデザート系列が好きなのだとか。一番好きなのは鯛焼きらしい。
となると。
「杏仁豆腐、美味しそうですね。これにします。ユウマくんは?」
「うーん。シンプルにラーメンにしよっかな。醤油にする」
「分かりました。店員さーん!」
こう言う時、キャスターは積極的に注文を取ってくれる。
うーん。面倒見が良いのは修もそうなのだが、キャスターのそれは、また別ベクトルなんだよな。
修が手助けする感じなら、キャスターは世話する感じというか。
割と、ダメになりそうなんだよな。キャスターの面倒見の良さは。
「杏仁豆腐が一つと、醤油ラーメンが一つ、あと、激辛麻婆豆腐が一つでお願いします」
「はいよー!」
さて、激辛麻婆豆腐が、どれほどのものか。
見せてもらおうか。
それは、赤だった。
兎にも角にも赤だった。炎のような、血のような、そんな感じの色だった。
なんというか、潜在的な恐怖を感じさせる色合いである。
空閑とキャスターとアーチャーは、少し引いていた。
キャスターの瞳が輝く。
調理過程、解析。食材、解析。
「………………アポロンも、そんなことに加護を使うとは思わなかっただろうな」
「まぁ、どう使おうがわたしの勝手ですし」
うーむ。これは凄い。
「────一般的な麻婆豆腐の凡そ二十倍の唐辛子ですね。山椒も五倍は効いています。
これ、本当に食べられるのですか?」
「自分の宝具を疑うの?」
食べられるのだろうなぁ。
怖い。少しだけ。
「いただきます」
背筋を伸ばして、丁寧に。
やはり、育ちがいいんだろうなぁ、と、同じく育ちがいいキャスターはそんなことを思って、空閑の割り箸を割って渡した。
空閑は、思った。
(…………もしかしたら、キャスターにダメ人間にされるかもしれん)
「…………キャスター。補助は、もうちょっと控えめでもいいぞ?」
「…………ユウマくんが、そう望むなら」
木虎はレンゲを血の池地獄のような麻婆豆腐に差し込んで、一口。
成程。これは凄まじい。口の中が燃え上がるように熱い。二十倍近い唐辛子は伊達ではない。
例えるならば、竈門だ。口の中に竈門がある。今なら吐息で炭を作れそうだ。
しかし、辛さの奥に確かに旨味がある。実に上手いし、実に美味い。これがプロの味という奴だろう。
やはり素晴らしい。
黙々と、木虎はレンゲを上下する。
遊真とキャスターは感心していた。これ食えるのか、と。
アーチャーは、引いていた。これ食えるのか、と。
「あら、あなた達は食べないの?麺伸びるわよ」
「そうだな。いただきます」
「いただきます」
三人とも、食べながら話したりするような人ではないので、黙々と箸が進んでいく。
アーチャーは、食事の場に相応しい、落ち着いた音色を奏でていた。
「ふぅ。ごちそうさまでした」
最も量が少ないキャスターが、一番最初に食べ切って。
次に木虎、最後に空閑である。
「…………そういえば、アーチャーもキャスターも、ギリシャの英雄なんだよな?」
「そうですね。時代は、絶妙にズレていますが」
『ボクはアキレウスのお父さんと同世代くらいだからね』
アキレウスの父ペレウスは、アルゴー号の乗組員の一人であり、オルフェウスと同世代の英雄である。
…………というか、割とあっさりこのアーチャー、兄の仇で最大の敵の名前を出してきたな。
いやまぁ、アレに関しては兄もまぁまぁやらかしていたので文句は無いが。
小アイアスやアガメムノンよりはマシだし。
「ふーむ、世界史、というか神話か、そのあたりも最近勉強しているんだが、アルゴー号の英雄達って実際どんな奴らだったんだ?」
『イアソンは自信家の割としょうもない小物だったよ』
「…………イアソンそんななのか」
『ま、いざという時はやる男だけどね』
だからこそ、英雄達は、イアソンを船長と認めていたのだから。
「ヘラクレスは?」
『義理堅くて生真面目で正直な人だね。うーん。マスター達の知り合いだと、忍田さんとか近いかも』
「ふぅん。割と納得かな」
武人肌の英雄、ということだろう。
「それで、アタランテは?」
「そこは私も気になるわ。正直、アタランテを呼びたかったところはあるし」
『子供好きの狩人って感じ。特に一桁歳ぐらいの子供を大切にしてたね』
逸話的に、そういう側面もあったのだろう。
アルゴー船の英雄達かぁ。一度会ってみたいかも。
「………むぅ。ユウマくんは、トロイアの英雄達には、そんなに興味がないのですか?」
「いや、ないわけじゃないんだけど、大丈夫なのかなって」
「もう割り切ってますよ」
「そっか。うん。じゃあさ、ヘクトールってどんな感じ?」
ヘクトールお兄様かぁ。
「わりと普通の人でしたね」
単純な能力的には、間違いなく大英雄と呼ばれる類の英雄だ。九偉人の一角だし。
しかし、その人格そのものは、わりと普通だった。
「へぇ。じゃあ、パリスはどんな感じなの?」
「うーん。良く言えば純粋、悪く言えば馬鹿って感じの人です。まぁ、人に嫌われるような人でも無かったですがね」
あと有名ところだと。
「ペンテシレイアとか、どういう英雄だったのかしら?」
「生真面目な人でしたよ。生真面目で、姉のような人でした」
アマゾネスの女王が一人、ペンテシレイア。
夕陽が差し込みながらも、木虎達は、途中まで一緒に帰りながら、家に入ろうとしたところで、薄らと違和感を抱く。
そう。家は、まだ遠いような───。
「そのドアから手を離して‼︎」
咄嗟に飛び退いた。
………、これは。
道を塞ぐように、大きな屋敷が、そこにあった。
「結界魔術の一種。恐らくは、キャスターのサーヴァントです!」
いつの間にか、白のキャスターの、術中にハマってしまっていた。