レーティングゲームが終わり、その直後に行われた英寿とサイラオーグの手合わせにも決着がついた。
さらに四大魔王の一人、サーゼクス・ルシファーとの話し合いまで終えたことで、京都から続いていた慌ただしい日々にも、ひとまず一区切りがついたと言っていい。
翌日の放課後。
駒王学園のオカルト研究部には、久しぶりに戦いとは無縁の穏やかな時間が流れていた。
もっとも、部員全員が完全に普段通りというわけではない。
「いててて……」
ソファへ身体を沈めていた一誠が、少し姿勢を変えただけで脇腹を押さえた。
昨日はサイラオーグとの激闘の末、《真紅の赫龍帝》へ至り、限界を越えて最後まで戦い抜いた。治療によって大きな傷は塞がっているとはいえ、身体の芯にまで溜まった疲労まですぐに消えるわけではない。
それでも本人は朝から普通に登校し、授業が終われば当然のように部室へ顔を出していた。
「だから今日は家で休んでいてもいいと言ったでしょう?」
机の向こうで書類を整理していたリアスが呆れたように言う。
「だって医療班にも、無茶しなきゃ普通に生活していいって言われたんですよ。家で寝てるだけじゃ暇ですし」
「その『普通に生活する』の中に、騒ぐことは含まれていないわよ」
「今日は騒ぎませんって」
「今日は、ですか」
小猫が菓子を口へ運びながら淡々と呟いた。
「小猫ちゃん、その言い方は何!?」
「これまでの実績です」
「反論できねぇ……!」
勢いよく身体を起こそうとして、また痛みが走ったのか一誠は途中で動きを止める。
アーシアがすぐに心配そうな顔をした。
「一誠さん、急に動かないでください」
「わ、分かってるって……」
『アーシアの言う通りだ。今は大人しくしていろ、相棒』
左腕の神器から響いた声に、一誠が眉を寄せた。
「ドライグまでそっち側かよ」
『俺はお前の身体を心配しているだけだ』
「ありがたいけどさ……」
『なら座っていろ』
「はいはい」
木場が苦笑し、朱乃は楽しそうにそのやり取りを眺めている。
昨日まで命を削るような戦いをしていたとは思えない、いつもの空気だった。
その少し離れた窓際では、英寿が缶コーヒーを片手に外を眺めていた。
レーティングゲームは終わった。
サイラオーグとの約束も果たした。
サーゼクスから問われた、この世界へ来た目的についても答えた。
もっとも、その答え自体は「特に決めていない」というものだったが。
元の世界へ戻る方法も分かっていない。
けれど、急いで帰ろうとも思っていない。
気付けば京都にいて、そこで九重の強い願いを感じた。八坂を助け、その後は一誠たちと知り合って駒王町までやって来た。
思えば、この世界へ来てから英寿の方から何かを探しに行ったというより、出来事の方から次々と転がり込んできたようなものだ。
だからこそ、何も起きていない今の時間は少し珍しい。
英寿は退屈そうにすることもなく、校庭を歩く生徒たちを眺めながら缶コーヒーを一口飲んだ。
その時だった。
「あ」
リアスが何かを思い出したように声を上げた。
一誠が顔を向ける。
「どうしたんですか、部長?」
「忘れるところだったわ」
リアスは机の引き出しから細長い箱を取り出すと、英寿の方へ歩いていった。
「英寿」
「ん?」
「これを」
差し出された箱を英寿が受け取る。
特別な魔力が込められているわけでも、悪魔の術式が刻まれているわけでもない。
人間社会で普通に流通している製品だった。
英寿が箱を見るなり僅かに眉を上げる。
「スマホか」
一誠が今さら気づいたように目を丸くした。
「あれ? そういや英寿、スマホ持ってなかったのか?」
「元の世界では持ってた」
「ああ……そりゃそうか」
英寿は旅行の途中でこちらへ迷い込んだわけではない。
突然、別世界の京都に立っていたのだ。
リアスが頷く。
「昨日、お兄様との話で私をあなたとの連絡役にすることになったでしょう?」
「ああ」
「それで戻ってから気づいたのよ。連絡役を決めたのに、私たちから英寿へ連絡する方法がないって」
「肝心なところが抜けてたな」
「そうなのよ……」
リアス自身、そこには少しばかり不本意そうだった。
「お兄様に相談して、今日から使えるように手配してもらったわ。通信契約も済んでいるし、この世界にいる間に必要になる最低限の身分関係についても、こちらで順次整えているところよ」
英寿は箱から端末を取り出し、電源を入れる。
「用意がいいな、魔王様は」
「あなたを連絡役もなしに放っておく方が問題でしょう?」
「まあな」
一誠が興味深そうに横から画面を覗く。
「なんか異世界人に文明の利器を渡してるみたいだな」
英寿の指が止まった。
「俺の世界にもスマホくらいあるぞ」
「ですよね!」
「何ならお前より使い慣れてるかもしれないな」
「なんでそこで俺が比較対象なんだよ!」
「お前が変なこと言うからだろ」
木場が吹き出し、朱乃も口元を隠して笑った。
端末は既にほとんどの初期設定が済んでいるらしく、英寿も迷うことなく確認を進めていく。
そして連絡先を開いたところで、ぴたりと手が止まった。
最初から数件だけ登録されている。
《リアス・グレモリー》
その下にはグレモリー側の緊急連絡先。
ここまでは分かる。
さらにその下。
《アザゼル》
英寿は数秒、画面を見つめた。
「これは?」
リアスの顔に呆れが浮かぶ。
「……総督が勝手に入れさせたの」
「やっぱりか」
英寿はそのまま連絡先の編集画面を開いた。
「消すか」
「待て待て待て!」
ほぼ同時に部室の扉が開いた。
アザゼルが慌てて中へ入ってくる。
英寿が顔を上げる。
「いたのか」
「今来たんだよ! それより何で俺の番号見つけた瞬間に消そうとしてんだ!」
「必要なさそうだからな」
「あるだろ!」
「例えば?」
「例えば……何かあった時とかだよ!」
「リアスに連絡すればいい」
「俺にしか分からねぇことだってあるだろ?」
英寿は少し考えた。
「その時はリアスからお前に聞けばいい」
「わざわざ間に一人挟む意味ある!?」
朱乃が笑顔で口を挟む。
「でも総督の場合、英寿さんから用事があるというより、英寿さんへ質問したくて連絡する方が多そうですものね」
「そんなこと――」
アザゼルが言葉を止めた。
全員の視線が集まる。
昨日、サーゼクスとの話が終わった後も、リボルブオンについて何度も尋ねようとしていた男だ。
数秒の沈黙の末、アザゼルは視線を逸らした。
「……まあ、多少はあるかもしれねぇけど」
英寿の指が削除へ向かう。
「待てって!」
「夜中に電話してきそうだからな」
「しねぇよ!」
英寿がアザゼルの声色を真似るでもなく、淡々と言った。
「『英寿、今思いついたんだけどよ。リボルブオンの時、腰の中でどういう処理してるんだ?』」
アザゼルが黙った。
「する気だっただろ」
「……研究者として何か閃いた場合はだな」
「消すか」
「分かった! 夜中にはしねぇ!」
部室に笑い声が広がった。
一誠まで笑ったせいで傷へ響いたらしく、途中から脇腹を押さえて呻き始める。
「いてて……頼むから笑わせないでくれ……!」
「自分で笑ったのでしょう?」
リアスに冷静に返され、一誠はソファへ沈み直した。
結局、アザゼルの番号は残された。
リアスが自分のスマートフォンを取り出す。
「英寿、一度こっちへ何か送ってみて」
「何でもいいのか?」
「ええ。通信できるか確認したいだけだから」
英寿が数回画面を操作する。
少ししてリアスの端末が震えた。
届いた文章は一言だけだった。
《届いたか?》
リアスが小さく笑う。
「届いたわ」
「なら問題ないな」
「本当に必要最低限ね」
「確認するだけだろ」
英寿がスマートフォンをポケットへしまおうとしたところで、アーシアが少し遠慮がちに声をかけた。
「英寿さん」
「ん?」
「よかったら、私の連絡先も登録してもらえますか?」
「いいぞ」
英寿が普通に答える。
すると一誠がすぐに反応した。
「じゃあ俺も!」
「一誠さん、急に動いちゃ駄目です!」
また立ち上がろうとした一誠をアーシアが止める。
木場も自分の端末を取り出した。
「せっかくだし、僕もお願いしようかな」
「……私も」
小猫が静かに続く。
「では、私もお願いしますね」
朱乃まで加わり、英寿の新品の連絡先へ次々と名前が増えていった。
兵藤一誠。
アーシア・アルジェント。
塔城小猫。
木場祐斗。
姫島朱乃。
そしてリアス。
英寿は並んだ名前を一度眺める。
京都へ現れた時、この世界に知り合いなど一人もいなかった。
それが今では、小さな端末の中にいくつもの名前が並んでいる。
一誠が英寿の顔を見て、にやりとする。
「なんか嬉しそうだな」
「そう見えるか?」
「ちょっと」
「気のせいだろ」
そう答えながらも、英寿は別に嫌そうではなかった。
それを見た一誠がさらに笑う。
そして何かを思い出したように手を叩いた。
「そうだ英寿!」
「今度は何だ?」
「昨日から考えてたんだけどさ、やっぱ俺たち結構似てると思うんだよ」
「どこが?」
「赤いやつ!」
「マークIIか」
「それ!」
一誠は自分の胸を指差した。
「俺も昨日、《真紅の赫龍帝》で全身真っ赤になっただろ? 英寿もブーストマークIIで全身赤くなった」
「色だけじゃないか」
「まだある!」
一誠が左腕を持ち上げる。
「俺のこいつは――」
『Boost!』
まるで狙ったかのようなタイミングで神器の機械音声が響いた。
一誠自身が固まる。
「……今のタイミング良すぎない?」
『俺に言うな、相棒。神器の機能だ』
「分かってるよ!」
一誠は気を取り直して英寿を見る。
「とにかく、俺の方は『Boost!』で、英寿のもブーストだろ?」
「ああ」
「全身赤くて、どっちもブースト。つまり俺たちは赤いブースト仲間ってことだ!」
英寿は一誠を数秒見つめた。
「知らないな」
「なんでだよ!」
小猫が二人を交互に見る。
「……どちらも赤いです」
「小猫ちゃん昨日からそこしか共通点見つけてないよね!?」
「事実なので」
「ドライグ! お前なら分かるだろ、このシンパシー!」
『俺には分からん』
「相棒まで!?」
また部室に笑い声が広がる。
英寿も僅かに口元を緩めた。
「まあ、頑張れよ。赤いブースト仲間」
一誠の表情が一気に明るくなる。
「認めた!」
「適当に言っただけだ」
「どっちだよ!」
再び騒ぎ始めそうになった一誠を、リアスが名前を呼ぶだけで黙らせた。
それからしばらく、何でもない時間が流れた。
アーシアと小猫が菓子を分け、木場が一誠に昨日の身体の調子を聞き、朱乃が紅茶を淹れ直す。
英寿も特に何かをするわけではなく、その輪の中で適当に会話を聞いていた。
やがて窓の外が夕暮れ色に変わり始める。
英寿は新しく受け取ったスマートフォンを取り出し、地図を開いた。
一誠がすぐに気づく。
「どっか行くのか?」
「特には決めてない」
「地図見てんじゃん」
「一通りお前に案内してもらったけどな」
英寿は画面を指で滑らせる。
一誠に連れられて歩いた駅前や商店街、普段利用している店の場所はもう分かっている。
ただ、案内された場所だけで町全部を見たことにはならない。
「まだ適当に散策してみるのも悪くないだろ」
「あー、俺が案内したのって普段使うところとか有名な場所くらいだもんな」
「そういうことだ」
一誠が反射的に身体を起こした。
「なら俺が――」
「一誠」
リアスの一言で止まる。
「……今日は休みます」
「よろしい」
英寿は小さく笑う。
「別に一人で問題ない」
「それは分かってるけどさ」
「なら大人しくしてろ」
「英寿までそっち側かよ」
「身体が治ったら好きなだけ歩けばいいだろ」
正論を返され、一誠は渋々ソファへ背を預けた。
英寿は新しいスマートフォンをポケットへ入れる。
「じゃあな」
「また明日ね、英寿」
リアスの声に軽く片手を上げ、英寿は部室を出ていった。
ところが数分後。
帰宅するため校舎から出てきた一誠たちは、校門近くで立ち止まっている英寿の姿を見つけた。
一誠が首を傾げる。
「英寿? まだいたのか?」
「ちょうど行くところだ」
そう言いながら、英寿はポケットから赤いバックルを取り出した。
見覚えがある。
一誠がすぐに気づいた。
「ブーストレイズバックル?」
「ああ」
英寿がバックルを操作する。
一誠たちは何が起こるのかと周囲を見回した。
しかし、すぐには何も現れない。
「……何したんだ?」
「呼んだ」
「何を?」
英寿は答えない。
数秒後。
遠くからエンジン音が聞こえてきた。
最初は小さかった音が、みるみるこちらへ近づいてくる。
一誠が道路の先を見る。
「……ん?」
赤い車体が見えた。
一台のバイクだ。
だが、おかしい。
乗っている人間がいない。
無人の赤いバイクが、夕暮れの道路をこちらへ向かって走ってくる。
「え?」
アーシアが目を丸くする。
リアスも僅かに眉を上げた。
小猫はじっとバイクを見つめ、木場もさすがに驚きを隠せていない。
一番反応したのはアザゼルだった。
「……運転手いねぇぞ」
赤いバイクは速度を落としながら英寿の前へ近づくと、そのすぐ横で滑らかに停車した。
エンジンが低く唸っている。
まるで英寿の迎えに来たかのようだった。
一誠はしばらく口を開けたまま固まる。
そして一気に声を上げた。
「バイクあるのかよ!? どっから出したんだよ!?」
英寿は当然のように車体へ近づく。
「ライダーなんだ。バイクぐらい乗るだろ」
「いや、そういう問題じゃねぇよ!?」
一誠が赤いバイクを指差す。
「今こいつ一人で走ってきたぞ!? っていうかどこにいたんだよ!」
「ブーストライカーだ」
「名前聞いてんじゃねぇ!」
英寿は気にせずハンドルへ手を掛けた。
アザゼルは既にバイクの周囲を歩きながら、完全に研究者の目になっている。
「ちょっと待て。今のどういう仕組みだ? バックルを操作したら勝手にこっちまで来たよな?」
「ああ」
「位置情報を拾ったのか? それともお前と何かでリンクしてんのか? 自律走行用の制御系が別に――」
「触るなよ」
伸びかけていたアザゼルの手が止まる。
「まだ触ってねぇだろ」
「これから触る顔してたからな」
「見るだけだ」
「なら見るだけにしろ」
アザゼルは不満そうだったが、とりあえず手を引っ込めた。
その横で一誠が、英寿がブーストライカーへ跨がろうとするのを見ていた。
そして突然、表情が変わる。
「……待て」
英寿が片足を止める。
「何だ?」
一誠は英寿を指差した。
「免許」
一瞬、周囲が静かになった。
リアスも何かに気づいた顔をする。
一誠が続けた。
「英寿、お前バイクの免許持ってんの?」
「あるぞ」
「あるのかよ!」
一誠が驚いた直後、英寿が続ける。
「元の世界のならな」
「駄目じゃねぇか!」
間髪入れずに突っ込んだ。
英寿が僅かに眉を上げる。
「駄目なのか?」
「当たり前だろ!? 別世界の免許だぞ!」
リアスもブーストライカーの前まで来る。
「少なくとも、こちらの警察にそれを見せて通用するとは思わない方がいいわね」
「顔も名前も俺だぞ」
「問題はそこじゃないわ」
木場が苦笑する。
「そもそも発行した国や機関自体が、こちらの世界には存在しないでしょうからね」
英寿は少し考えた。
「面倒だな」
「社会の決まりだから仕方ないでしょう」
リアスが呆れたように答える。
「今日渡したスマートフォンや、こちらで生活するための身分関係についてはお兄様たちが手配してくれているけれど、だからといって何でも好きにしていいわけではないわ」
英寿はブーストライカーを見る。
一誠が妙に得意げになる。
「さすがの神様も免許には勝てなかったか」
英寿が一誠を見る。
「世界を作り変えて、こっちでも免許を取ったことにしてもいいけどな」
「そこで創世の力使うなよ!?」
一誠の声が響く。
リアスまで少し険しい目になる。
「英寿」
「冗談だ」
「あなたが言うと冗談に聞こえないのよ」
「やらないさ」
英寿はあっさりブーストライカーから離れた。
一誠が拍子抜けした顔をする。
「え、乗らないの?」
「乗れないんだろ?」
「いや、そうだけど……」
「なら今日は歩けばいい」
あまりにも簡単に言われて、一誠は逆に言葉を失った。
「……普通だ」
「何が?」
「いや、なんか『じゃあ歩くか』で終わるとは思わなくて」
「元々散策するだけだからな」
英寿は赤い車体のハンドルへ軽く手を置いた。
「戻ってろ」
その一言に応じたように、ブーストライカーのエンジン音が僅かに変わる。
英寿が手を離す。
直後。
誰も乗っていない赤いバイクがゆっくりと発進した。
「…………」
一誠が無言でそれを見送る。
ブーストライカーは自ら車体を傾けて方向を変え、そのまま道路の向こうへ走っていった。
やがて姿が見えなくなる。
一誠はしばらくその方向を見つめていた。
「……帰った」
「ああ」
「一人で」
「ああ」
「バイクが」
「さっきも一人で来ただろ」
「だからそこがおかしいんだよ!」
一誠が叫ぶ。
アーシアも目を丸くしたままだ。
「すごいです……バイクなのに、自分で英寿さんのところまで来て、自分で帰っていきました」
小猫がぽつりと言う。
「……賢いです」
「そこ!?」
「実際そうだろ」
英寿が普通に同意する。
アザゼルだけは笑っていなかった。
バイクが消えていった道の先を見つめたまま、何かを考えている。
「……今の自律制御、どうなってやがる」
「総督?」
朱乃が声をかける。
反応がない。
「バックルで呼び出して、搭乗者なしで現在位置まで移動。しかも英寿の指示を認識して戻っていった……単純な自動運転じゃねぇな。そもそもどこから来た? 普段どこに――」
「アザゼル」
英寿が呼ぶ。
「何だ?」
「考えても教えないぞ」
「まだ何も聞いてねぇだろ!」
「顔に書いてある」
「くそっ……!」
英寿はアザゼルを放って、新しいスマートフォンを取り出した。
地図を開く。
一誠が横から覗き込む。
「結局歩いていくのか?」
「ああ」
「どこ行くんだ?」
「決めてない」
英寿は一誠に以前案内してもらった大通りから少し外れた場所へ目を向けた。
「一通り案内してもらったから、大体の場所は分かった。今日は適当に歩いてみる」
「裏道とか?」
「それもいいな」
一誠は少し羨ましそうな顔をする。
「俺も行きてぇな……」
「治ってからにしろ」
「分かってるよ」
「次はバイクも乗れるようにしておいてくれよな」
一誠が冗談半分で言う。
英寿はリアスを見る。
リアスがため息をついた。
「こちらで正式に運転できる方法があるか確認しておくわ。必要な手続きがあるなら、ちゃんとそれに従ってもらうから」
「分かった」
「勝手に公道を走らないこと」
「乗らなかっただろ」
「今後の話よ」
「心配性だな」
「あなたの場合、何が突然出てくるか分からなくなってきたのよ」
リアスの言葉に一誠が激しく頷く。
「分かります。昨日まで『変身いっぱいあるんだな』って思ってたら、今日いきなり自走するバイクまで出てきたし」
「まだ何かあるの?」
アーシアが純粋に尋ねた。
英寿は一瞬だけ考えるような顔をした。
「さあな」
「絶対あるだろ!」
一誠が即座に食いつく。
英寿はそれ以上答えず、スマートフォンをポケットへしまった。
「じゃあな」
「おう。また明日!」
「英寿、何かあったらちゃんと連絡してね」
「ああ」
リアスへ短く返し、英寿は今度こそ歩き出した。
その背中を見送りながら、一誠が自分のスマートフォンを取り出す。
何かを打ち込む。
少し先を歩いていた英寿のポケットが震えた。
立ち止まり、画面を見る。
一誠からだった。
《赤いブースト仲間へ。無免許運転ダメ絶対!》
英寿は無言で画面を見つめた。
ゆっくり振り返る。
一誠が校門の前で満面の笑みを浮かべている。
「届いたー?」
英寿が画面を操作する。
すぐに一誠の端末が震えた。
《連絡先ごと消すぞ》
「ごめんなさい!」
返事は一瞬だった。
英寿は小さく笑ってスマートフォンをしまう。
夕暮れの駒王町へ歩き出した。
この町は既に一誠に案内してもらっている。
駅前も、商店街も、よく利用する店も知っている。
だが、誰かに案内されながら見る町と、自分の気分だけで歩く町では少し違う。
大通りから一本外れた細い道。
住宅地の中にぽつりとある店。
地図には名前しか載っていない小さな公園。
何か目的があるわけではない。
知らない場所へ行かなければならない理由もない。
ただ、せっかく別の世界まで来たのだ。
何でもない場所を見て回るのも悪くない。
英寿は交差点で立ち止まり、少しだけ周囲を見渡した。
右へ行けば一誠と以前歩いた商店街。
左へ行けば、まだ通ったことのない道が続いている。
迷う必要はなかった。
「こっちだな」
左へ曲がる。
戦いのためではない。
誰かを助けに行くわけでもない。
神として願いを叶えるためでも、仮面ライダーとして敵を倒すためでもない。
ただ浮世英寿として、少しだけこの世界を見て回る。
そんな一日があってもいい。
その頃。
英寿の姿が完全に見えなくなった校門前では、アザゼルがまだ先ほどのブーストライカーについて考え込んでいた。
「……呼び出しに応じて自走するだけでも面白ぇが、あの挙動……英寿の意思と何らかの形でリンクしてる可能性が高いな」
一誠が嫌な予感を覚える。
「アザゼル先生?」
「次に出したらもう少し近くで――」
「触らせてもらえないと思いますよ」
木場が苦笑する。
「分かってる。だからどうやって自然に近づくかを考えてる」
「そっち考えるんですか!?」
「研究者ってのは諦めが悪いんだよ」
リアスが深いため息をついた。
「総督。英寿からブロックされても知りませんからね」
アザゼルが自分のスマートフォンを見る。
「……それは困るな」
「なら自重してください」
「努力はする」
「自重するとは言わないんですね……」
アーシアが困ったように笑った。
穏やかな夕暮れが駒王町を包んでいる。
昨日まで激しい戦いが続いていたことが嘘のように、今は何も起きていない。
魔王も。
悪魔も。
堕天使も。
ドラゴンも。
そして、別世界からやって来た仮面ライダーも。
それぞれが一度、戦いから離れた日常へ戻っていた。
英寿の新しいスマートフォンには、今日だけでいくつもの連絡先が増えた。
そして一誠たちはまた一つ、英寿について知らなかったことを知った。
仮面ライダーには、バイクがある。
しかも――勝手に迎えに来るらしい。
少し疲れたんで次から1日1話ぐらいのペースに落としてもいいですか?