翌日の京都も、朝からよく晴れていた。
昨夜アザゼルが訪れ、英雄派がまだこちらを注視していると改めて聞かされたにもかかわらず、英寿の予定に変更はなかった。
九重が前日の夜から広げていた地図を片手に、今日も京都を案内する。
それだけである。
「英寿、今日は昨日より歩くぞ」
屋敷を出た直後から、九重は妙に張り切っていた。
昨日は甘味処へ寄りすぎたせいで予定していた場所を全部回れなかったらしく、その反省を今日へ活かすつもりらしい。
「昨日も結構歩いたと思うけどな」
「英寿が途中で団子を食べるからじゃ」
「最初に甘味処へ連れていったのはお前だろ」
「妾は京都の食文化を教えただけじゃ」
「便利な言葉だな、食文化」
そんな二人の少し後ろを、一誠たちが歩いていた。
九重が英寿を京都へ案内するのは昨日と同じだが、今回はリアスたちの表情に僅かな緊張が残っている。
アザゼルの話が原因だった。
英雄派が英寿に興味を持っている。
それ自体はすでに分かっていたものの、彼らを率いる曹操が直接動く可能性まで示された以上、無警戒というわけにはいかない。
一誠も何度か周囲を見回していた。
「昨日みたいに見られてたりしないよな?」
「見られてるぞ」
何気なく英寿が答える。
一誠の足が止まりかけた。
「見られてんの!?」
「多分な」
「多分って……!」
英寿は振り返りもしない。
昨日、自分へ向けられていた監視の存在に気づき、向こうから見えないよう軽く弄った男の態度とは思えなかった。
リアスが英寿の横へ並ぶ。
「場所は?」
「そこまでは探してない」
「探せるの?」
「やろうと思えば」
さらりと返され、リアスは一瞬だけ言葉に詰まった。
「……どうしてやらないの?」
「見てるだけだからな」
英寿は通りの先へ目を向ける。
「誰かを傷つけてるわけでもない。好きに見せておけばいいだろ」
「随分余裕ですね」
小猫が言う。
「見られるのには慣れてる」
「スターだから?」
「分かってきたな」
小猫は無表情のまま視線を前へ戻した。
肯定したつもりはなかったらしい。
九重はそんな会話を聞きながらも歩調を緩めなかった。
「英寿、早く来るのじゃ。今日は妾が見せたいところがある」
「はいはい」
「返事は一度じゃ」
「はい」
「軽い!」
朝の京都へ九重の声が響く。
その声を聞いて、一誠も少しだけ肩の力を抜いた。
英雄派の監視。
神を名乗る異世界人。
昨日までなら、それだけでとんでもない緊張感だったはずなのに、今では英寿と九重が一緒にいるだけで妙に日常へ引き戻されてしまう。
九重が今日最初に選んだのは、山際にある古い社だった。
人間側にも知られている場所ではあるものの、観光客が大量に押し寄せるようなところではない。石段を登るにつれて町の喧騒が遠ざかり、木々の葉を揺らす風と鳥の声だけが残っていく。
「ここには昔から土地を守っておる者がおってな」
九重は石段を登りながら、昨夜八坂から聞いた話まで交えて説明していく。
英寿はそのすぐ後ろを歩いていた。
時折質問を挟む程度で、九重の話を遮ることはない。
一誠たちはさらにその後ろへ続いている。
やがて。
英寿の足が止まった。
「……英寿?」
数段上から九重が振り返る。
英寿は答えなかった。
視線だけを、石段の先ではなく周囲の森へ向けている。
リアスもその変化に気づいた。
「何かいる?」
返答の代わりに、英寿が九重へ手を伸ばした。
少女の肩へ軽く触れ、自分の背後へ下がらせる。
その仕草を見た瞬間。
一誠たちの空気も変わった。
九重も今度は文句を言わない。
昨日。
八坂との戦いでも。
英寿が本当に危険を感じた時だけは、その声音も動きも変わっていた。
風が止まる。
鳥の声が消えた。
ほんの一瞬前まで木々の間から聞こえていた京都の生活音さえ、いつの間にか遠ざかっている。
一誠が周囲を見回す。
「……結界?」
小猫も目を細めた。
「空間が切り離されています」
アーシアが不安そうに一誠の近くへ寄る。
ゼノヴィアはすでに戦闘へ移れるよう姿勢を低くしていた。
英寿だけは。
前を見ていた。
石段の上。
そこに。
いつからいたのか。
一本の長い槍を手にした青年が立っている。
「やあ」
穏やかな声だった。
一誠の表情が一気に険しくなる。
「曹操……!」
英雄派。
その中心に立つ男。
八坂を利用した一連の事件を引き起こした張本人の一人。
九重の小さな手が、英寿の服を掴む。
それに気づいた英寿は前を見たまま、自分の身体を僅かにずらした。
九重が完全に背後へ隠れる位置へ。
曹操はその動きを見ていた。
「安心してくれ。今日は彼女に用があるわけじゃない」
「お前の言葉を信用するとでも思ってるのか!」
一誠が一歩出ようとする。
「一誠」
リアスが止めた。
一誠が振り返る。
リアスも曹操への警戒を解いてはいない。
それでも、相手が今すぐ攻撃する気ではないことくらいは見て取れていた。
「まず話を聞くわ」
一誠は納得していない顔をしていたが、それ以上前には出なかった。
曹操が僅かに笑う。
「さすがはグレモリー家の次期当主。話が早くて助かる」
「あなたに褒められても嬉しくないわ」
「それは残念だ」
曹操は肩を竦める。
その視線が。
ゆっくりと英寿へ移った。
「昨日ぶりだね」
「俺は昨日、お前と話した覚えはないけどな」
「こちらは一方的に見ていたから」
「趣味が悪いな」
「途中から何も見えなくされたけどね」
英寿の口元に小さな笑みが浮かぶ。
「それは気の毒だったな」
「君がやったんだろう?」
「さあな」
曹操は英寿の返答に、むしろ楽しそうに笑った。
敵意。
恐怖。
怒り。
そういった感情をぶつけてくる者は多い。
けれど。
目の前の男からは、そのどれもほとんど感じない。
英雄派の首領が自ら姿を現しているというのに。
まるで。
道端で知人に呼び止められた程度の反応だった。
「浮世英寿」
曹操が名前を呼ぶ。
「スター・オブ・ザ・スターズ・オブ・ザ・スターズ。そして――神様」
九重が英寿の後ろから顔だけ出した。
「長い方も覚えておるではないか」
「そこ?」
一誠が思わず九重を見る。
英寿は曹操から目を逸らさない。
「よく調べたな」
「調べられたことは少ないけどね。何せ、この世界には昨日まで君の記録が一つもなかった」
「当然だろ。別の世界から来たんだから」
「あっさり認めるんだ」
「隠してない」
曹操は数段、石段を下りた。
リアスたちの身体に緊張が走るが、英寿は動かない。
二人の距離が少しずつ縮まる。
「なら聞きたい」
曹操が足を止めた。
「君は本当に神なのか?」
英寿は昨日から何度も聞かれた質問へ、今日も同じように答えた。
「そうだな」
迷いはない。
曹操の瞳が僅かに細くなる。
「神になった、と聞いた」
「ああ」
「元は人間?」
「そうだ」
「面白い」
純粋な興味が、その声にはあった。
「人が神に至る。しかも神器でも神滅具でもない力で世界そのものへ干渉する。僕たちの知る体系には当てはまらない」
「それで?」
英寿が先を促す。
「何が知りたい?」
曹操は槍を肩へ預けるように持ち直した。
「全部、と言いたいところだけど」
そこで一度。
九重を見る。
少女の表情が険しくなる。
曹操はすぐ視線を英寿へ戻した。
「まずは君の目的かな」
「目的?」
「この世界で、何を望んでいる?」
英寿は少しだけ目を細めた。
「昨日まで京都には何の関わりもなかった君が、九尾の娘の願いを聞いて現れた。そして英雄派の計画を潰した」
曹操の口調に怒りはない。
「僕たちの敵になったつもりは?」
「別に」
一誠が思わず英寿を見る。
曹操も僅かに眉を上げた。
「意外だな」
「お前たちが俺の敵になるかどうかは、お前たち次第だろ」
英寿は淡々と続ける。
「昨日は九重が母親を助けたいと願っていた。お前たちは、その母親を利用してた」
九重の指に力が入る。
「だから止めた。それだけだ」
「善悪で僕たちを裁いたわけではない?」
「俺は裁判官じゃない」
英寿が僅かに笑う。
「神様だけどな」
一誠が何とも言えない顔をした。
本人が言うと妙にややこしい。
曹操はしばらく黙っていた。
「なら」
その声が少し低くなる。
「僕たちの願いにも、君は手を貸すのか?」
英寿の表情は変わらない。
「内容によるな」
「人間の可能性を証明する」
曹操の瞳には揺るぎがなかった。
「神や悪魔、龍。生まれながらに人を遥かに超える者たちがいるこの世界で、それでも人間がどこまで辿り着けるのかを見たい」
一誠たちが黙る。
その言葉だけを切り取れば。
理解出来ないものではなかった。
願いを持つこと自体が悪いわけではない。
英寿も否定しなかった。
「いい願いじゃないか」
曹操の目が動く。
英寿は続ける。
「願うだけならな」
森の空気が。
僅かに冷えた。
「そのために、関係ない奴の願いを踏み潰す必要があるのか?」
九重が英寿を見上げる。
「母親と一緒にいたいって願ってる子供から、その母親を奪ってまで証明しなきゃならない人間の可能性って何だ?」
曹操はすぐには答えなかった。
英寿の声は怒っていない。
責め立ててもいない。
だからこそ。
言葉が真っ直ぐ届く。
「願いを持つのは自由だ」
英寿が言う。
「どれだけ大きな願いでもいい。無茶だって笑われるようなものでもな」
その声音だけは。
どこか確信に満ちていた。
「でも、自分の願いを叶えるために、他人には願う資格すらないって決めるのは違うだろ」
曹操の指が。
聖槍の柄を僅かに撫でた。
「……なるほど」
笑みは消えていない。
「願いの神様らしい答えだ」
「そうか?」
「かなりね」
しばらく。
両者の間に沈黙があった。
森の外では。
本来なら京都の街が動いている。
けれど切り離されたこの場所へ、その音は届かない。
先に口を開いたのは曹操だった。
「もう一つ聞いていいかな」
「どうぞ」
「もし」
曹操はゆっくりと。
肩に預けていた槍を下ろした。
長大な聖槍の先端が。
英寿の方角へ向く。
リアスたちが一斉に構える。
「僕が今、君を倒したいと願ったら?」
九重が息を呑む。
英寿は。
槍先を見た。
そして曹操を見る。
「願うのは自由だ」
口元が上がった。
「叶うかどうかは別だけどな」
曹操の笑みが深くなった。
次の瞬間。
踏み込んだ。
一誠の視界から。
曹操の身体が一瞬で消えたように見えた。
「っ!」
長槍の利点を最大限に活かした、一直線の刺突。
狙いは英寿の胸ではない。
肩。
急所から僅かに外している。
それでも。
聖槍が纏う圧力だけで空気が引き裂かれ、周囲の枯れ葉が吹き飛んだ。
しかし。
英寿は変身しなかった。
デザイアドライバーすら現れない。
身体をほんの僅かに半身へずらす。
槍先が胸元のすぐ横を通過した。
それと同時に。
英寿の左手が伸びる。
先端ではない。
槍の中程。
伸び切るより前の柄へ掌を添え、刺突の軌道へ横から僅かな力を加えた。
曹操の槍が。
英寿の身体から完全に逸れる。
石段脇の空間を貫いた。
ただ避けただけではない。
突きが完成する前に。
最も小さな動きで軌道を外された。
曹操の目が大きくなる。
英寿はすでに一歩懐へ入っている。
近すぎる。
長槍の間合いではない。
右手が上がった。
拳ではなかった。
人差し指。
その先端が。
曹操の胸元へ軽く触れた。
「ここ」
英寿が静かに言う。
「空いてるぞ」
曹操の動きが止まった。
英寿がその気なら。
今の瞬間に何が出来たか。
説明される必要はなかった。
数秒。
二人はそのままだった。
やがて曹操が。
ゆっくり後ろへ退いた。
槍を戻す。
「……驚いたな」
一誠も同じ気持ちだった。
「今、何したんだ?」
小猫の目も英寿を追っている。
「特別な力は使ってません」
「え?」
「純粋に、槍の軌道を読んだだけです」
一誠が英寿を見る。
昨日の白い姿。
世界を変える力。
あまりにも巨大なものばかりを目にしていたせいで、忘れかけていた。
この男は。
それ以前からずっと。
戦ってきたのだ。
英寿は曹操の槍へ視線を落とす。
「いい槍だな」
曹操が僅かに笑う。
「そっち?」
「それに、今の突きも悪くない」
「随分上から評価してくれるね」
「俺を試したんだろ?」
見抜かれていた。
曹操は否定しなかった。
「神の力を使うかと思った」
「必要ないからな」
英寿は肩を竦める。
「それとも鐘を聞きたかったか?」
一誠の背筋に一瞬寒気が走った。
曹操も。
同じ意味を理解したらしい。
今の攻撃を。
昨夜と同じように、世界から消すことも出来た。
それをしなかっただけ。
「いや」
曹操が笑う。
「今ので十分面白かったよ」
「こっちは別に面白くないぞ」
「そう言わないでくれ」
曹操は槍を下げた。
戦意が引いていく。
周囲で構えていたリアスたちも、まだ警戒は残しながら僅かに力を抜いた。
九重だけは。
英寿の後ろから曹操を睨んでいた。
「お主」
曹操がそちらを見る。
「妾の英寿に何をする!」
一誠の顔が引きつる。
「妾の英寿?」
英寿も九重を見下ろした。
「いつから俺はお前のになった?」
「細かいことはよい!」
「よくないだろ」
曹操が声を上げて笑った。
九重はますます不満そうになる。
「笑うでない!」
「いや、失礼。思っていたより随分と好かれているらしい」
曹操の言葉に、九重は英寿の服を掴んだまま胸を張った。
「英寿は母上を助けてくれたからな」
一切の迷いがない。
曹操はその姿を見て。
ほんの少しだけ。
目を細めた。
英寿が先ほど言った言葉。
自分の願いのために。
他者の願いを踏み潰す。
目の前にいる少女は。
自分たちの計画によって、母を失いかけた。
理屈では。
最初から分かっていたことだ。
それでも。
こうして本人を前にすると。
言葉の重さが少し変わる。
「今日はもう帰るよ」
曹操が言った。
一誠が眉を寄せる。
「そんな簡単に帰すと思ってるのか?」
「一誠」
英寿だった。
一誠が振り返る。
「いい」
「でも!」
「今日は話をしに来ただけだろ」
「途中で槍向けてたけど!?」
「俺にだけな」
「それでいいのかよ!」
英寿は少し考えた。
「一発くらい殴っておくか?」
「そういう意味じゃない!」
リアスがこめかみへ手を当てる。
昨日から英寿と一誠が話すと、時折妙な方向へ会話が転がる。
曹操はそんな様子を眺めながら、槍を肩へ戻した。
「浮世英寿」
英寿が顔を向ける。
「次に会う時は」
曹操の視線が鋭くなる。
「君の本気を見てみたい」
英寿はしばらく曹操を見ていた。
やがて。
僅かに笑う。
「その願いは」
一拍。
「叶わない方がいいと思うぞ」
曹操の眉が動く。
「俺が本気になる時は、お前たちが誰かの願いを本気で踏みにじろうとした時だ」
そこに。
脅しの色はなかった。
ただ。
そうなれば自分は止める。
それだけの宣告だった。
曹操は数秒黙ったあと。
「覚えておくよ」
背後の空間が歪む。
ゲオルクの術だろう。
石段の先へ、暗い亀裂のようなものが開いていく。
曹操はそこへ向かって歩き出した。
しかし。
消える寸前。
一度だけ振り返る。
「願いを持つのは自由、か」
英寿は答えない。
曹操も返事を求めていなかった。
「嫌いじゃないよ、その考え方」
そして。
姿が消えた。
同時に。
周囲を覆っていた隔離空間がほどけていく。
風が戻る。
木々がざわめく。
遠くから京都の街の音が聞こえ始めた。
まるで。
今の出来事だけが。
現実から切り取られていたようだった。
一誠は大きく息を吐いた。
「……疲れた」
「お前、ほとんど何もしてないだろ」
英寿が言う。
「精神的にだよ!」
ゼノヴィアは曹操が消えた場所を睨んだままだった。
「本当に帰してよかったのか?」
「ここで戦えば、この辺り全部巻き込む」
英寿が答える。
「向こうにも本気で戦うつもりはなかった。それなら十分だ」
リアスも同意するように頷いた。
曹操を捕らえられる機会だった。
そう考えることも出来る。
けれど。
この場には九重もアーシアもいる。
さらに曹操だけが単独で来ていた保証もない。
戦闘へ発展すればどうなっていたか。
誰にも分からない。
「それより」
小猫が英寿を見る。
「さっきの、本当に能力を使ってなかったんですか?」
「ああ」
「曹操の槍を?」
「見て避けただけだ」
簡単に言う。
一誠は納得出来ない顔をする。
「いや、あんな速いの見えるのかよ」
「見えるだろ」
「基準がおかしい!」
「お前も鍛えれば出来るかもしれないぞ」
「マジで?」
一誠の表情が変わった。
英寿は少し考える。
「多分」
「そこは断言してくれよ!」
九重はそんな一誠を無視して、英寿の服を引っ張った。
「英寿」
「ん?」
「怪我はないか?」
英寿が少し目を丸くする。
槍は触れてすらいない。
それでも。
九重は心配そうに見上げていた。
英寿は自分の肩を軽く叩く。
「見ての通り」
九重はしばらく確認するように眺めたあと。
ようやく安心したらしい。
「ならよい」
そして。
すぐに石段の上へ向き直った。
「では行くぞ!」
一誠が呆気に取られる。
「行くって……このまま観光続けるの?」
九重が振り返った。
「当たり前じゃろう」
「今、英雄派のトップが出てきた直後だぞ!?」
「帰ったではないか」
「いやそうだけど!」
九重は納得出来ないという顔をした。
「妾は昨日から英寿をここへ案内すると決めておった」
それだけだった。
曹操が現れた。
聖槍が振るわれた。
英雄派との関係も。
これからどう転ぶか分からない。
それでも。
九重が今日、英寿にこの場所を見せたいと願ったこととは関係ない。
英寿が笑う。
「九重の言う通りだな」
「お前まで!?」
「せっかくここまで登ったんだ」
英寿は石段の先を見る。
「最後まで案内してもらわないと勿体ない」
「うむ!」
九重が嬉しそうに頷き、再び歩き始める。
英寿もその後へ続いた。
一誠はしばらくその背中を眺めたあと、大きく肩を落とす。
「神様ってもっとこう……威厳とかないのか?」
隣にいた小猫が一誠を見る。
「昨日から見ていて、まだ期待してたんですか?」
「小猫ちゃん、それ本人に聞こえるから」
「聞こえてるぞ」
前から英寿の声が飛んできた。
一誠が顔を引きつらせる。
「やっぱ地獄耳じゃねぇか!」
木々の間に声が響く。
先ほどまで聖槍が向けられていた場所とは思えないほど。
穏やかな空気が戻っていた。
けれど。
リアスだけは歩きながら、少し前に交わされた英寿と曹操の会話を思い返していた。
人間の可能性を証明したいという曹操。
誰もが幸せになれる世界を願う英寿。
どちらも。
願いを持っている。
願いを持つことそのものを。
英寿は否定しなかった。
違いは。
その願いへ向かう途中で。
他人の願いをどう扱うのか。
そこなのだろう。
前を歩く九重が振り返り、英寿へ何かを話している。
英寿も普通に答えていた。
この世界へ来た理由を。
強い願いを感じたからだと言った神。
ならば。
もし。
曹操の願いが今よりもっと強くなった時。
その願いと。
英寿の願いが。
真正面からぶつかった時。
何が起きるのか。
リアスにはまだ分からない。
ただ一つ。
分かることがあるとすれば。
英寿は。
どれほど相手が強くても。
どれほど大きな願いを持っていても。
誰かの願いを踏みにじる理由として、それを認めることはない。
石段の先から。
九重の声が飛んでくる。
「早く来るのじゃ!」
「今行くよ」
英寿が答える。
その背中を見ながら。
一誠たちも再び歩き始めた。
神と英雄。
二人の最初の対話は。
勝敗を決めることなく終わった。
けれど。
互いが何を願っているのかだけは。
確かに。
相手へ届き始めていた。