ステッキを拾った。魔法少女になった(30代男性)。 作:稲荷竜
「ああ、神様……!」
くれあは本物の『狂信者』を初めて見た。たぶん、いさみもそうだろうなと思った。
狂信者──言葉は知っている。何かに深く傾倒している人を指してそんな表現が使われるのを見たこともある。
『何か』に対する、強烈なイエスマン……『何か』の意見をまったく検討せず、反射的に『はい』を言う人を指して、狂信者と呼ぶこともある。
だが、本物は、そんな生易しいものではなかった。
ぞっとした。
『神様』を見てその場に崩れ落ち、フローリングの上に突っ伏して腰が抜けたようになり、「神様……神様だ……」とひたすらにブツブツ小声で言う姿は、これまでくれあが見たことのある『狂信者』とは、かけ離れていた。
幼い子供が迷子になって、探し求めていた親に会った時のような純真さがある。
神様、神様、とブツブツつぶやく人は、普通、不審者だ。だというのに、シフの様子は、哀れな者特有の『かわいさ』と、それから、西洋美術に描かれる聖人のような、息を呑む、圧倒的な『何か』があった。
それは、これまでネットなどで『狂信者』と呼ばれている人と、間シフとに、『視線の向きの違い』があるからだろう。
ネットの『狂信者』は、信仰対象を確かに向いていた。
でも、視線の大半は、『外』を見ていた。信仰対象に新たにかかわろうとする『外』。信仰対象のご意思に反する『外』。
『外』に対して自分の狂信っぷりをアピールすることで、信仰対象のコミュニティでの立場を上げて、信仰対象からの覚えをよくしようという……欲が、見えた。
でも、間シフには、そういう欲がなかった。
だから無垢で、だから圧倒的で……
……だから、自分自身を見ているかのような気持ちに、させられた。
だって。
他者には信じてもらえない『この世界の本当の常識』『誰も覚えていない、消えてしまった人』のために戦う自分は、傍目に見て、あのシフと、何が変わるというのか。
……他人から見れば──『常識』を知らない人たちから見れば、幼いころ、『常識がおかしい』と訴えていたころの自分は、狂信者そのものだ。
『そうアピールすることで、なんらかの立場を確保する』という目的ではなく、本気で『常識がおかしい』と思っていて、その真実にのめりこんで戦う自分は、いったい、シフと何が違うのか……
「くれあ」
いさみがそっと声をかけてきて、思わずくれあは、ビクッとしてしまった。
慌てて、取り繕うようにそちらを見る。
いさみは一瞬不思議そうな顔をしたあと、言葉を続けた。
「……ウィッチは『神』なのよね、あの子の認識だと」
「う、うん、そうみたいだね」
渚いさみは、ウィッチと魔術師との間にあったやりとりを知らない。
あの廃工場地下で渚いさみが魔術師のいた部屋に駆け付けたのは、ウィッチが魔術師を斬り捨て、魔術師が今際の際に『神』とウィッチを呼んだ──そのあとである。
だが、二人の魔法少女は、妖精から教えてもらっていることがある。
この世界に侵略を試みているのは、異世界における異端者──『道具を介さずに魔法を使うことにこだわる、狂信的な集団』……『彼らの神の教えに殉じようという集団』である、と。
さらに二人の魔法少女は、シフ──ディメンション・スカウトによる『演説』を、動画で聞いていた。
どうにも
……そこに加えて、渚いさみは、あの廃工場地下で、異物の生産工場を見た。
本の中で黒い泥を呑ませた異物を大量生産しているあの光景。
それらと、スカウトの発言とをつなげると……
情報がつながる。
「私たちの妖精が関知してない、居場所をつかめない魔法少女──ウィッチ。彼女は神様……あの、泥みたいなもの、
言われて、聖くれあの中でも、情報がつながる。
ウィッチは
あれは……『分けられた自分自身を取り戻している』ということ、ではないか?
「……いさみちゃん──」
「くれあ。やっぱり、ウィッチと私たちは協力できる。それどころか……私たちの目的は、ウィッチを仲間に引き入れないと、『正しく』は叶わないかもしれないわよ」
「──どういう、こと?」
……ここで、渚いさみは、周囲を見る。
……妖精は、いない。忙しそうにどこかへ行って、この部屋に戻ってはいないようだ。
だから、かつて廃工場で抱いた『ちょっとした疑念』を、打ち明けることにした。
「……妖精も、信用しきれないかもしれない」
「…………」
「だって、おかしいでしょう? 妖精があれだけ調べても見つからなかった『魔術工房』が、ネットの掲示板の情報で、二つも見つかったのよ。しかも……二つ中の、二つよ」
二つ、という数は全体を語るにはまったく足りていないサンプル数だ。
だが、『二つ中二つ』というのは、心情的に無視できない確率だ。
「そんなにインターネットの掲示板にいる人たちが、優れた情報能力を持ってると思う?」
「それは……」
「……私たちは、ウィッチに誘導されていたんじゃないかしら」
ここで渚いさみの進む方向がちょっとおかしなズレかたをし始めた。
彼女の中でウィッチへの評価が高くなりすぎていた。
また、『神』という肩書が明らかになったことで、ウィッチの能力の及ぶ範囲というのが、いさみの中で大きくなりすぎた。
そういった前提で、いさみはこのように結論付ける。
「ウィッチは、妖精を警戒して、私たちと協力をしない。でも……回りくどい手段で、私たちを誘導しようとしている。そして、誘導された結果、私たちは、二つの……一つは『跡地』だったけど……二つも、魔術工房を見つけた。妖精が、さんざん探していると言いながら、見つけられなかった魔術工房を」
「あの、いさみちゃん、それだと、
ウィッチが『副アカ同士で会話をしてインプ稼ぐやつ』みたいになってしまう。
しかし、いさみは真剣だった。
「なんらかの方法で、私たちの興味があの掲示板に向くようにされてたのよ。相手は『神様』だもの。しかも、『常識をねじまげる』なんてことをしてる、魔術師たちの神様……そのぐらいできても、おかしくはないでしょう?」
「う、うーん、そうかな……? でも、だとしたら、その力で私たちを騙そうとか、追い詰めようとかしてる可能性も生まれちゃう気がするんだけど」
「あんなにかわいい子が、私たちを騙すわけがないでしょう」
「大丈夫? 疲れてるみたいだよ」
くれあは、いさみを心配した。
よく見れば目もぐるぐるしている気がする。
いさみは「平気よ」と言いながら、若干キマッた目でウィッチを見ていた。
「ウィッチは、私にできなかったことを、楽々やってみせる。それに、多くの人たちを、怪我もないように助けてきたのは事実じゃない」
『常識をねじまげる神様なら、なんでもできる』という前提を発生させてしまうと、何もかも信頼できる情報がなくなってしまい、思考の立脚点が消えてしまう。
のだが、いさみはどうにも、かなり、ウィッチにのめりこんでいる様子だった。
何があったのか、おおまかには聞いている。でも、その時のいさみの心情についてまで、つぶさに聞けたわけではない。だからきっと、彼女の中で何かあったんだろうと、くれあは思うことにした。
視線を移せば、シフとウィッチの会話のようなものが行われていた。
それは……
「私は、縋るだけの信者に興味はない」
「あなたのために、なんでもします」
「だったら、私を信仰するのをやめて」
「……………………え?」
「あなたが戦うべき相手は怪物じゃないし、あなたが戦う手段は魔法を使うことじゃない。あなたは──もっと別な相手と、別なやり方で戦うべき。命を危険にさらす戦いの前に、これから先、健康に生きていくための戦いを、やる方がいい」
……突き放すような、一方的な宣告だった。