ステッキを拾った。魔法少女になった(30代男性)。 作:稲荷竜
学生が戦うべきではないが、学生や子供でも戦うべき相手と状況というのがある。
『宗教にハマッた親』とか『学校で行われるいじめ』とかは、悲しいかな、戦うべき相手だ。
とはいえ詳しい話を聞いたわけでもないので決めつけるのもどうかと思うが……
こうも派手に精神をやってる感じなのが明らかだと、絶対に俺の予想の範疇の『何か』はあるよな、とは思ってしまう。
「あなたは、あなたの未来のために戦うべき。私のためではなく」
「あっ、あなたのための、戦いが、あたし、未来の、ためです」
「私は誰かに助けてもらわなくても戦える」
…………。
ウィッチの言葉じゃないとたぶん届かないだろうなーという感覚はあるんだが……
ウィッチの言葉って、届かないんだよな……
俺の意思で言葉は発するんだが、発言内容の選択はこの肉体が行っている。
最初の戦いからずっとあるセミオート感が、カウンセリングという戦いにおいて、とてつもなく足を引っ張る……!
ウィッチ、どうしてお前はそんな、突き放すような言い方しかできねえんだよ。
もっとこう……あるじゃん!? 優しい言い回し!
「何もいらない。……後ろの二人もそう。戦いなんか、すべきじゃない」
それはまあそうなんだけど、戦ってもらわないとどうしようもない状況になりつつあるのもまた事実なんだよな。
全部俺が引き受けられるなら引き受けたいんだが、こっちは変身してられる時間が短いっていう弱点がある。あと、変身後に動けない時間も長い。
しかも最近は『変身後、女の子の時間も長い』っていう状態になりつつある。
なので理想はあくまでも『この子らには一切、戦いをさせない』でありつつ、現実的には、この子らにも戦ってもらわないと町に被害が出すぎる、という状況になってきている……
俺の基準の根っこは結局のところ、『強いかどうか』だ。
大人が子供を守るのに、強いかどうかは関係ない──そう
それは『実現不可能だから』だ。
戦う力を持っていないおじさんが『戦うな』と言ったところで、それは『口だけ』になる。
何かをしている相手を止めようと思うなら、相手がしている『何か』を解決するための代案を出さなければならない。出されないで止められるだけ止められて、数倍の苦労を強いられてきた経験が俺にはある(ブラック企業ではよく、上司の思い付きと、『良いことしてる』というカタルシスを得るためだけの理由の方針変更があり、その割を食わされて多めの苦労を背負うことがある)。
代案を出せない方針変更命令は、『悪』だ。
だから『俺が戦う』という代案を出せない状態で、俺はこの子らの正体を知ったところで、『戦うな』とは言えなかっただろう。
……心情的には子供が戦うなんて、とは思う。でも、言えなかった。
強くないと、物を言う資格もないから。
だから、渚さんに言った『大人が子供を守るのに、強いかどうかは関係がない』という言葉は、言ってしまえば願いであり、理想だ。
理想は理想であり現実ではない。だから、彼女らには戦ってもらう必要が、どうしてもある。
という前提で考えたうえでも──
「──スカウト。あなたは戦うべきではない」
「なんで、ですか」
「怪物との戦いに興じるより、どうにか現実で地に足をつけて生きる戦いをすべきだから。あなたの周囲には、解決すべき現実的な問題が多い」
「あたしの……何を、知ってるんですか」
「…………」
そういえばウィッチはこの子の話聞いてねえな。
どうしよ。
「……その程度、お見通し。私は──神だから」
「……!」
押し切れそうだ。神、すげえ。
しかし
押し切れないようだ。神でさえ、彼女の『周囲にある現実的な問題から目を背けて、非現実的な世界に逃避したい』という欲望を、御しきれない。
「あたしは……あたしは、信仰を示します! まだ足りない! そういうことですよね!?」
「そういうことではない」
「……じゃあ、あなたが、あたしを助けてくださいよ! あなたの言う、『戦い』で……あなたが! 助けてよ!」
「私はその戦いに関して無力」
他人ができることはない。
まして無職のおじさんができることは、何もない。
毒親だったとして、そのせいでいじめがあったとして。
『家庭を持っている人』と『持っていない人』とで、まず発言の信頼度に大きな差がある。
そして『親』と『無職で唐突に出現した、これまで関係図のどこにも存在しなかった、女子中学生の身の上話を聞いたおじさん』との間にも、かなりの信頼差がある。
俺の社会的信頼度は現在、おおよそ、主権を持つ国民の中で最底辺だ。
弁護士の紹介、精神科の紹介程度はできるが、『俺が紹介した』という一点が、彼女の足を引っ張る可能性さえある。
彼女にはどうにか、『自分で調べてたどり着いた』というていで、弁護士や精神科の世話になってほしい。
だが、今の彼女は他者に頼れたら依存しそうなので、まずは、依存しない状態になってほしい。
とはいえ大人の助けが必要そうなのも確かなので、可能な範囲で力になってやりたいが、その『可能な範囲』が狭いのはもう、本当にその通りなので、どうしよう、っていうことだが……
「そういう戦いは
オィィ?
なんかまた出たよッ! "自我"ッ!
たまに変なタイミングで俺の肉体(本当に俺の肉体か?)が俺の意思を離れるんだよな。
感覚でわかる。セミオートで変速機レバーの上に手を置いてたのに、手を離れていつの間にか変速機が動いてる、みたいな感覚。
その結果何が起こるか?
そう、大事故だ。
「現実的なことは鬼林に任せてる。あなたも任せればいい」
あんたから俺への評価がやたら高いのなんなの? 刷り込み?
そんなに路地裏に落ちてた時寂しかったの? でもね、俺はそんな、大したヤツじゃないんですよ。
もうさッ! そんなに自我出すなら、俺たちわかれようぜッ! 別々の肉体でやってけるよ!
あっ、引っ込みやがった"自我"! これエネルギー切れじゃなくて完全に逃げたろ!
俺サァ! 言ったよねえ!? 依存先になりたくねえって! 十三歳の女の子がさあ! 初対面の三十代おじさんに依存するの不健全すぎるからそうならないようにしようって、言ったよねェッ!
しかし俺の声は届かない。
神からすれば、俺の声なんぞ、
"でかつよ"がよ……
どうしようもない空気になっちゃってるよ。
えー、これをリカバリーしつつ、もう十八時になる時間帯なので女の子たちにお帰りいただくところまで俺がやんなきゃなの?
最初に考えたのはさ、こう、神様の立場から間さんを説得して、なんかいい感じに前を向かせて、そんな空気の中でウィッチを問い詰めるとかできるわけもないので、流れでほかの二人にも解散してもらおう、ウィッチに会うっていう目的は達成したんだからいいでしょ、的な、さ……
『ウィッチの肉体で他者を説得する』っていうのが今思えば無理だったな。
コケるプロジェクトは最初の段階でコケることがわかるもんだが、不思議と走り出し、実際にコケる。それは当事者だけが、プロジェクトの根幹アイデアの部分でコケてることに気付いていないからなんだよね。
今、起こってること、それ。
だが炎上案件のリカバリーをした経験も数知れない。というか焦げ付いた案件を大量に回されて煙の臭い染みついてむせる。
こういうどうしようもない案件の時は、こうすべき、というのが、俺の中には確かに経験として存在する。
「とりあえず、夕ご飯を食べることにする。ピザでいい?」
どうしようもねえ案件はさ。
どうしようもないんだよ。
だからまあ、飯にして……
未来の自分に、投げよう。
カロリーをとれば思いつくこともあるさ。
思いつかなかった場合……
それでも、今、俺は生きてる。
一回や二回や三回や四回、五回六回七回八回、もっともっと多くの焦げ付き案件を処理しきれなくても、それでも、明日は来る。明日は、来るんだ。