ステッキを拾った。魔法少女になった(30代男性)。 作:稲荷竜
ご両親に連絡はいいのか、とウィッチ語で聞いた。
そうしたら、
「いないよ」
「気にされないから、別に」
「あたしの家じゃないです」
ご家庭の話が総地雷なのなんなんだマジで。
っていうか『いないよ』??? いないことある???
年齢的にどう考えても保護者は必要だろ。マジでいないなら施設とかそういうのの門限みたいなの、あるんじゃないでしょうか。
「あなたもじゃないの? ひまりちゃん」
俺の両親は存命なのだが、ウィッチ……
まあウィッチの言葉はもともとどんな時も詰まり気味ではあるんだが。
無表情無言のウィッチに、聖くれあは、こんなふうに言葉を続けた。
「私は、お父さんとお母さんを『いなかった』ことにされたの」
アッ……………………
常識改変、って、そういう……感じ……なんです、ね…………
あの、素直にごめんなさい。
でも一個気になってしまう。どうしても気になってしまう。
「生活費、どうしてるの」
「お父さんの口座が、私の口座になってて、それで、毎月、会社からお金が振り込まれるの」
「…………」
「改変はだいたいのものを『都合のいいように認識させる』けど、でも、システム面の帳尻を合わせるのは苦手みたいだから」
税金というでっかい問題が気になってしまうんだが、まあ、うん。ここ掘り下げるとたぶん最終的には『わかんない』にたどり着くな。
「私の家は、私が『いないこと』になってるのよ」
渚いさみ、爆弾発言をチェインする。
しかしちょっと呑み込めない。言葉の意味はまあわからんでもないんだが、重いんだよ、言葉が。喉につかえるんだ。
「ああ、でも、『いない』けど、生活はできてるし、普通に暮らせているし、学校に通ってもいるわ。『知らない人扱い』じゃなくて、私の存在を家族がうまく認識できないだけだから」
もうさぁ……うちにいていいよ、いくらでも。
いやダメだ。ここでほだされて女子中学生を家に入り浸らせるわけにはいかない。超えてはならない一線は絶対にある。
うーーーーん……でもこのケースはなあ……しとらんっ…………! 想定っ…………! わかるかそんなもんっ………………!
俺はどうにも、まだまだこの世界は俺の常識と地続きで、『常識を改変する』ということの怖さをリアルに感じ取れてはいなかった。
廃工場で『軍備』『侵略のための戦力』を見て、戦術的? な危機感は覚えたけれど、『常識改変』に対する危機感というのは、まだうまく呑み込めていなかったようだ。
俺はこの子らを家に帰さねばならない。
無職男性の家で女子中学生を寝泊まりさせるわけにはいかない、そういう使命感がある。
いやでもこれ、『お父さんとお母さんは確かにいたけどいないことにされた家にお帰り』とか『家族からいないもの扱いされてる家にお帰り』とか言えるか???
ちょっと待ってね。『帰れ』っていう言葉がこんなに残酷な響きを帯びるご家庭の状況だとはちょっとさすがに想定しとらんかった。俺、幸せな人生を送ってたんだな。その不幸は想像の範疇にないよ。
「あたしも話した方がいいですか?」
聞きたくねー!
間シフ、もうあからさまに家庭環境に問題あるじゃん!
しかも常識改変とか認識を阻害されてるとかそういう方向じゃない問題があるじゃん!
でもここで『君はいいです。ピザ食べよ』って切り替えられるか!? 無理だよ!
あとまだ来てないしな、ピザ!
冷静になると誰が受け取るんだよピザ! 誰が出てもまずいだろ!
ああいや賢いぞ俺。顔合わせないで受け取れるとこにチェック入れてる。やったね!
「……話してみるといい」
「はい……話します……」
なんか無理やり聞いた感じになってしまったが、ここで『お前はいいです』はね、本当に無理だよ。
「えっと……母と父がいたんですけど、父は出てって、それで、新しい、母の恋人が家に」
「わかった。ここにいていい。
参ってしまうな、安全度の面で『母の恋人』っていう単語出されたらさ、いくらかでも無職三十代男性の方がマシな感じになっちゃうよ。何せ無職男性側に害意がないことを俺は知っているので……
本当はよくない。絶対よくないんだが、言い方がこう……
もう俺には処理しきれない、問題のある三つのご家庭。
体の自我じゃなくて普通に『いていいよぉ!』って思ってしまったもんな。
無力だわ。弁護士のおじさんに相談だけしとく……どう言えばいいんだよ! 『俺を神とか呼ぶ女子中学生がいきなり家に来たんですが、そのご家庭にかなり問題がありそうなので……』って言う!? 完全に俺が掲示板で見つけて『どしたん? 話聞こか?』した感じじゃん! あらぬ疑いが生まれてしまうよ!
「あ、ありがとうございます……やっぱり、あたしを救ってくれるのは、あなただけです」
よしわかった。俺が疑われてもいい。相談しよう。
この子には法的な救いが必要だと思います。
法的じゃない救いが必要そうな方は、やっぱり八月中に片をつけて、二学期からはまともな家庭から登校してほしい。
受験とかもさ、あるでしょ、来年。安心できる居心地のいいご家庭で勉強して、いい高校入って、いい大学入って……俺みたいに就職に失敗することなく、いい人生を歩んでほしいよ……
「あの」聖くれあがこちらを見ている。「ところで鬼林さんはどちらへ?」
「この空間にいられないから外で寝るらしい」
「野宿!?」
「さすがにホテル」
まあ実際は今ここにいるわけだが。
現在は魔法少女状態ではなく、変身後の女の子モードになっている。
これまでの時間と、女の子時間の増加傾向から見て明日の朝ぐらいまでは女の子だと思うんだけど、寝てる最中に成人男性に戻ったら、女子中学生と並んで眠る中年男が誕生してしまい、逮捕となります。
……あとまた振り返って冷静になって気づいたことなんだけど。
変身、迂闊だった。
変身してられる時間が短いのはわかってたはずなのに、怪物への対処のためじゃなく変身してしまった。
この状態で怪物が出たら、この子らに戦いを任せるしかない。
まあ現実的にこの子らにも戦ってもらわないといけないのは確かなんだけど、それは俺が油断していいっていう意味じゃあないからな。
でもいきなり三人の中学生に襲来されたら俺の対応力を超えるって。なれるか、冷静になんか。
「ホテル代、お支払いしようと思うんです」
「やめた方がいい」
聖くれあ、君の扱えるお金はおそらく、パパの稼ぎで、なんていうか、そのうち、世界がもとに戻った時、国税局との戦いが幕を開けそうな、そういう気配があるんだ。
常識改変、うまいことやってくれ。俺はね、そう願うばかりです。
「でも私たちのせいで余計なお金を使わせちゃったから……」
「大丈夫。大人の男の貯蓄はこの程度ではびくともしない」
「あの、それは、ひまりちゃんが言っていいことではないです」
冷静だ……
聖さん視点、ウィッチ=馬迫ひまりは『鬼林に助けられたのをいいことに、たまに鬼林の家に無断で上がり込み、我が家のようにリラックスし、客人に勝手に冷蔵庫の飲み物振る舞ったり、勝手にピザとったりする子』だからな。
そうまとめると馬迫ひまり、かなり好き放題してるな……
どうしよう、もう『敵か味方か!? クール&ミステリアス! 積極的敵対はしなくていいものの、いずれ敵に回るかもしれないから油断なく接しよう! 系魔法少女!』のイメージを保ててない気がする。
今の馬迫ひまり、かなり『すっとぼけた表情で人んちを我が家のように好き放題使う、住所不定ロリ』になってる。
実はこの中でもっとも保護が必要な人材かもしれない、馬迫ひまり。
「……気づけば鬼林さんにもお世話になっているから、何かお礼はしないとと思うんだけど」
「いらない」
「だから、ひまりちゃんが言っていいことではないんだよ?」
諭されちゃった。
まあ、そうね。鬼林と馬迫ひまりが別人だと思ってると、かなり『どのツラ下げてそんなこと言うんだよ』っていう発言だね。
むしろ『馬迫ひまりこそ、鬼林になんらかのお礼をすべき』と思われてそうだ。
「……確かに、鬼林さんには何かお礼をすべきかもしれないわね」
渚いさみが話に乗ってきた。その話、続けなくていいんですよ。
「ハン。あたしはもう供物を用意してるぜ。本当のパパが作ってくれたあたし用の口座を、ママに隠して確保してるんだ。結構あるから、それを捧げる」
…………その言い方。
あれ、俺の正体、バレてる?
神=ウィッチ=鬼林だと思ってないと出ない言い方だよな?
問い詰めるか? 訂正するか?
この、先ほど失敗したウィッチの口で、問い詰めや訂正を?
……鬼林の姿でやった方がいいな、この話題は。
その時ちょうどよくピザが来たようで、結局、ウィッチが立ち上がって取りに行った。
なので間シフの発言は、二人の魔法少女に掘り下げられることはなかったが……
不穏な沈黙と視線が、渚いさみから発せられた、気がした。
気のせいだと、思いたかった。