ステッキを拾った。魔法少女になった(30代男性)。 作:稲荷竜
ウィッチの字で『鍵はかけないで帰っていい』って置き手紙したんだけど、これ、『どのツラ下げてお前がそんな許可出すんだよ』の案件だよな。
で、女子中学生……
マットレス買うか……いやそれもう完全に『今後も住ませる』ムーブだよな。でもな、でもなあ~……
扱いが難しい。
とりあえずおじさんに戻れたのは朝の六時少し前。変身解除した時間から数えておおよそ十二時間、ほぼ予想通りの時間が『女の子タイム』だった。
最初は計測してなかったけどおおむね十時間ぐらい女の子だったと思うので、えー……いや違うな? 最初が一番長くて、二回目よりは今回が長いみたいな感じだ。法則性、あるのか? ないのか? どっちなんだい?
ともあれ……
コンビニのうっすいTシャツ姿でめちゃくちゃ寝てる女子中学生がそこに転がってる状況、三十代無職はなんだろう、『中学生とはいえ女の子なんだよな……』みたいにドキドキするかなってちょっと覚悟してたけど、全然そういうドキドキはないな……
もしかしたらそういうのもある可能性はないでもない。まったくないと言えるほど俺は自分のことを信用してない。
でも『この場に誰かが突入してきたら一発逮捕だな』のドキドキがヤバすぎて、ほかのドキドキがわかんない。
あとやっぱ子供だよ。女の子だから、っていう気の使い方をしてるけど、女の子っていうより、子供だ。まあそれでも男の子相手よりは強めのデリカシーが求められるはずだから、今後も『女の子である』ってことは意識してデリカシーを放っていこうとは思うけども。
今後かあ。
俺の今後、本当にどうなるんだ。
十三歳って、俺からするとギリ『娘』の年齢なんだよね。
いや、ギリでもないか? 最近は結婚遅めの人が多いっぽいからギリかも。昭和とかなら普通に娘って感じの年齢差だよね。
うおおん、もう、なんか。
放っておけないんだよ。それは間違いない。
でも現状みたいに同情と、あと『唐突すぎてどうしたらいいかわかんない』状況だったとはいえ、『つらいのかい!? ウチに泊まれよ!』みたいな提案をしてしまったのは、本当に自己嫌悪だ……
もっと他にいい手段を思いつけたら。もしくは、大人として当たり前に持っているコネみたいなのがあって、相談先だの、身元引受先だの、そういうのをすぐに紹介できてれば……
いやでも電話で連絡するっていう時点で、その当時ウィッチだったから無理か……
いきなり俺の番号で女の子の声で『すいませんおじさん、俺ですけど……』とか相談しても、いたずらか、女児を拉致したかって思われるだけだもんな……
無職おじさん女の子、社会に対する力が弱い。
「…………っあ!?」
「うお」
自己嫌悪で頭を抱えていたら、
そしてキョロキョロして、しばらく混乱した様子で俺を見て、「あ」と言った。
………………そこでさあ。
ほぼ初対面の中年男性を見て、胸をなでおろさないでほしい。
もう、家庭環境がしのばれてしまうだろ。この世の中で女子中学生にとって『無職三十代男性』より安心しちゃいけない存在、なかなかないぞ。しかもほぼ初対面だぞ俺ら。
それより安心できない存在が常に身近にいるってことじゃん。助けてほしい。この子を、誰か。
えーん見捨てらんないよー。
どうしよ……
「あ、おは、おはようございます」
寝癖を直しながらペコリと頭を下げるシフちゃんだった。
部屋に仕切りがないのが全部悪い気がした。パーテーション買うか……マットレスに、パーテーションに……あの、引っ越すんですよね、俺。就職先決めたら。休養期間終わったあと、ここを引き払う予定なんだよ。物増やしてどうするんだ。しかもデカい物ばっかり。
「……ええと、おはよう。それから、すみませんね。その、仕切りもない部屋で寝かせて、あ、あと、寝てる間に戻ってきてしまって……」
戻ってきてしまったのは、自認ウィッチだったので『さっきまで一緒に寝てたから』とナチュラルに戻ってしまった。
戻ってしばらく考え込んでから『そういや女の子が仕切りもない場所で寝てるわ』と気づいた。気づいたあと、しばらくぼんやり、この子の家庭環境のこととか考え込んでしまい、『外に出る』という配慮ができなかった……
「いえ、そんな、あたしなんかにお気遣いなく」
「……ところで、君にとっての『神』は、ディメンション・ウィッチなんですよね」
「? はい」
「私を相手にそんなへりくだる必要はないと思いますよ」
「で、でも、同じ人ですよね?」
……やっぱ気づいてるのかー。
ごまかすのは可能か?
まあ不可能ではなさそうだけど、意味はもはやないよな。
俺に依存させないようにウィッチっていう幻想の依存先を作る予定で、それはもう、作戦開始前から、前提条件の確認が不十分で、コケていたプロジェクトだった。
そもそも『依存先をどっかに作る』っていう方針が間違いだった。
じゃあどうすりゃよかったのかは、俺にはわからない。さっさと児童相談所か弁護士のおじさんに相談すりゃよかったか?
……でも俺は、保身を考えてしまったんだよな。
そう、保身だ。女子中学生に神呼ばわりされてるおじさんと思われたくない、犯罪者と思われたくないっていう保身で、動きが遅れて、変なごまかしをしようとして、ウィッチ=俺だと確信してるこの子を一晩、世話してしまった。
この『一晩の世話』、たぶん、この子にとってめちゃくちゃデッカイよな……
でもさすがに犯罪者にはなりたくないんだよ。
俺には人生がある。俺だけのためじゃない。両親も存命だし、俺をブラック企業から救ってくれたおじさんもいる。
人生は自分だけのものじゃない。
子供のころには自分の人生の手綱は自分が握っているつもりでなんでもできた。でも、大人になると、その手綱も、手綱をつけている馬も、道も、空気や水さえも、全部が誰かの手で整えられた環境で、自分の人生はその環境の中でようやく成立しているものだと気づかされる。
ただしそれは『良くも悪くも』だ。
だから大人は子供が環境のおかげでも『良い目』に遭ったなら、『すごいね、えらいね』とほめてやるし、『悪い目』に遭うようなら、環境を見直し、外部から調整してやる必要がある。
そしてそれらのこと全部、社会人経験の少ないブラック退職おじさんには、何もわからない。
専門家に投げるべきだ、という知識はある。
でも、具体的にどう投げていいか、どこに投げていいかということが、わかっていない。
……やっぱりおじさんを頼ろう。
事情は……まあ、できる限り、犯罪者ではないですよ、と安心させる方向で、説明しよう。悪いことをしていないのは、本当だし……いや女子中学生一晩家に泊めたの犯罪だよ。もうどうしたらいいんだ俺。
「あの」
「……ああ、すみません。その……ウィッチと私が同一人物か、という問いかけには……正直に申し上げて、『はい』とも『いいえ』とも言えないんです」
もう、本当に全部、正直に言うことにした。
「ウィッチは確かに私の変身後の姿です。でも、私とは違う……『自我』が、あるようなんです。だから、ウィッチが私の体を使って眠っていて、力が足りるような状況になると、たまに『自我』を出してくる……みたいなのが、私の認識ですね」
「えっと」
「おそらく君の『物を探す魔法』でしたか? それの精度に間違いはありません。ウィッチは私と同じ座標にいます。でもそれが、私自身のことなのか、私の中にいるっぽい『何か』なのか、そこは、私にもわからないんです」
「…………なんとなく、わかりました」
「なので、昨日は……泊めてしまいましたが、私をあまり信用しすぎない方がいいですよ。私は君にとって、『よく知らない、ずっとずっと年上の、中年男性』なんですから。それに、今は、無職でもあります」
こんな情けない告白をするとは思っていなかったが、『情けない告白をした』と思っている割に、恥ずかしいとか、言いたくないとか、そういう負けん気みたいなものはなかった。
ブラック企業での暮らしは、俺に、社会人や大人の誰もが自然と獲得していくような、人間関係や、勉強して資格をとるといったことをもたらさなかった。
ただ、恥をかくことへの抵抗を削り、それから、多少の無茶をするだけの精神の鈍麻をもたらしてくれた。
だから正直になれる。
若いうちには、正直になる、ということが難しい。
……いや、もう、若くなくても正直になることが難しくて謝罪の言葉一つ言うにも無限の言い訳をくっつけ、しかも謝罪の言葉を言わない・言ったとしてもキレながら言う、みたいな人を大量に見てたせいで、あらゆる恥ずかしい行為に『若さ』を理由にできないな……
そういう人もいる。
俺はそうじゃない。そうありたくないと思う程度の意地もある。それだけ。
「世間的、社会的に見て、私はまったく『立派な大人』ではありません」
「立派な大人があたしを助けてくれますか」
……あーしまったな……
世間的に立派な大人、そりゃ、周囲にいたよな。先生とか、母親とか、そういう、世間から立派だって言われそうな大人。
でも、そういうのに虐げられてきたんだなーって。なんでこう、一言発するたびに闇の背景が香るんだよ。
「……助けてくれる大人もいます。私は、君のことを、弁護士をしているおじさんに相談するつもりでいます。私が信用する大人のうち、一人です。その人であれば、君の状況に、現実的な解決をもたらしてくれるかもしれません」
「あなたが信じる人なら、信じます」
「……私を基準に、他者を信頼すべきかどうかを決めるべきではありません」
「あたしを助けてくれるのは、神様だけです。あたしは神様しか信じない」
「それは、あなたのお母さんが信じていた神様なんですよね。ということは、お母さんのことも、信じられるということではありませんか?」
「違います。神様は、母を捨てたんです。だから、あんな母を──世間では立派なお母さんとか言われているあの人を捨てた神様なら、信じられます」
「…………すいません、正直に申し上げて、君の問題は、私の手に余ります」
「……」
「ですが、覚悟は決めました。『次の住処』が決まるまで、私の家にいて構いません」
結果として、拉致犯として捕まる可能性がある。
ああ、なんてことだよくそったれ。強いか弱いかは関係ない。大人なら子供を守ろうとするのが当たり前──みたいなことが、呪いみたいに作用している。
社会という戦場において最弱に近い俺が、弱いながらも、子供を守ろうとしてしまう。
これはまったく美談ではない。守ろうとした者も、守られる者も、一緒に弱っていく死出の旅路だ。
「…………というか、君、お父さんとはまだ縁があるのでは?」
パパが作ってくれた口座──とか言ってた。
ということは養育費関連にしたって、知らないおじさんより頼るべき相手はいるだろうに。
「住所がわかりません」
「アッ、はい、そうなんですね」
わかんないもんなのか? 社会でまともに大人をした経験が少なすぎて、それが嘘かどうかもわからない。
何にせよ『頼れる相手じゃない』がこの子の答えか……
「とにかく、あたしは、あなたのために、あなたの飛沫を不当に使う連中を、全部、ズタズタにブッ倒しますから!」
「あーうん、まあ、飛沫を取り戻す的な目的はたぶん、あると思います」
飛沫ってあの泥だろ。
あれ吸収してるの、そういうことだもんな。
「あなたが本当の力を取り戻したら、あたしをあなたの子供にしてください。……あ、妹でも、恋人でも、あなたが望む関係ならなんでも……でも母親とか姉は……無理だと思います……」
「すいません、急に話がわからないんですけど、なんですか、なんか、力が戻ったら願いがなんでも一つ叶うみたいなのがあるんですか?」
「え?」
そこで間さんは『なんで知らないんだろう』みたいな顔をした。
「あたしはあなたからのお告げを聞いたんです。『すべての力が戻った時、創造神の力で、お前の願いが叶った事実を世界の片隅に付け足してやる』って。そのお告げを聞いたあとに拾ったステッキで変身できて……だからあたし、神様は本当にいるって確信したんですけど」
オイィ、"自我"! 出てきて説明しろ!
そういう説明は俺にこそすべきだと思うんですよね。まあ、叶えたい願いが思いつくわけじゃないんだけども。
それができるならもう、魔法少女活動のエンディングで全部の問題解決するじゃねえか!
なんなんだこの必死に悩んだ時間は! 魔法少女活動がんばります! よろしく!