ステッキを拾った。魔法少女になった(30代男性)。 作:稲荷竜
「!
昼頃。
家の掃除をしていた
何かのバグかと思った。
でも、レーダーマップはいつもみたいに作動していたし……
……その数の『異物』がいることに、さほどの不自然さを感じない自分に、気づいた。
「くれあ」
愕然、というより、呆然としていた。
たくさんの敵が出た! という事実より、その『たくさんの敵が出たこと』に、謎の納得をしている自分の心情に困惑していた。
そんな時、くれあに変身能力を──変身アイテムである『
洗濯機の前、脱衣所の中、くれあは、自分が掃除道具を手にしたままなのも忘れて、妖精と向かい合う。
手のひらサイズの、ピンクの毛並みの目元に、白いメガネみたいな模様をつけた、リスに似た妖精。
その妖精が、ノートパソコンのような装置を脇に抱えて、くれあの前に立っている。
顔はうつむけていた。
「……どうしたの? たくさんの異物が出たから、戦わなくちゃ、いけないんだけど」
「なあ、くれあ。ボクな、この世界の文明、ほんまに素晴らしいと思っとんのや」
「……急に、なに?」
「個々人の力に頼らずに、道具によって自然に満ちたエネルギーを制御して、誰でも、道具や設備さえあれば、自然の力を引き出せるようになっとるやろ? これな、ボクらの世界が数百年かけてようやくたどり着いた……いや、まだたどり着けてへん、『理想』やねん」
くれあは、妖精に呼び掛けようとした。
だがくれあは、この妖精の名前を知らないことに気付いた。
……今更、気づいた。
自分はこの妖精のことについて、何も知らない。
なぜこの妖精を信頼したのか。その明確な理由を問われても、何も説明できない、ということに。
「でっかい力は、使う生命にとって理想的な用法・サイズに制御されるべきやし、制御装置は個々人が直感的に操作して、間違いがない程度の出力に抑えられるべきやと思っとんねん」
「……本当に、どうしたの? ねえ、戦わないと。異物が、たくさん出たよ……?」
「けどな、ボクらの世界の上の方、アホやねん」
「……」
「よりによってな、『神様』を制御する道具を作ろうとしてもうてな。ほんで、キレた神様に道具持ち逃げされて、あげく、その『神様』に殉じる連中を、せっかく交渉がうまいこといっててんけど、オシャカにしてもうてん。……でな、こっからがアホの上塗りやねんけど」
妖精が、くれあを見上げた。
悲しそうな顔をしていた。
「その『神様に殉じる連中』──『
「……」
「なあくれあ。欲望には際限っちゅうモンがないんかな。せっかく『個々人で制御できる程度の力を、道具使って、つつましく使っていきましょ』ってなっとったのに、もっとでっかくエネルギー使えるってわかったら、奪ってでも使おうって、そう思ってまうのが、欲望ってやつなんかな」
「…………」
「くれあ、これはボクの最後の誠意や。ほんまに、キミらには悪いことしたと思っとるし、心苦しいのも大マジや。だからな、バラすわ。──この世界の常識を改変しとんのは、ボクらや」
「…………なにを、言っているの?」
「ほんでな、魔術師どもの工房を再利用して、この世界の侵略にタダ乗りしとんねん、ボクら。……実はキミらに言っとらんだけで、魔術工房はな、見つかっとんのや。でも、キミらの知らん間に、ボクらが制圧して、その機能だけ奪っとんねん。つまりやな、もう
「でも、いっぱい、いるよ。怪物が、いっぱい……」
「うん、だからな、それをやっとるのは、ボクらやねん。ほんでな」
大きく、なっていく。
妖精が、大きくなっていく。
(違う)
くれあは、ようやく、真実を思い出した。
妖精はそもそも、妖精の見た目ではなかった。
町にはそもそも、たくさんの異物がうろついていた。
ただ、それに気付けないようにされていただけで……
……この世界はとっくに、こういう状況だった。
「世界樹からこの世界の作戦における最後の命令が下ったんや」
声が太くなっていく。鋭い爪が生えていく。四肢が筋肉で発達していく。
手のひらサイズの妖精は、くれあが見上げるほどの、熊のような大きく屈強な生き物の姿を、露わにした。
「『神の本体の居場所を掴んだなら、神の道具に選ばれた異世界人どもから、神の道具を回収せえ』言うてな。思い出せるか?」
……そうだ。
聖くれあは、思い出した。
変身のための道具は、拾った。
その時、妖精はいなかった。
後から、妖精が来た。
だというのになぜか、妖精に道具をもらって変身したと、記憶が捻じ曲げられていた。
「
くれあは無意識に、手の中に変身アイテムを持っていた。
それは鏡だった。かわいい宝石付きのコンパクト。
ただ、それの本質は鏡ではなかった。鏡の中に浮かび上がる印こそが、本質。
それは、神の力を宿した聖印。
異世界において、『神を道具に封じ、力をエネルギープラントにため込み、神の力をヒトが御しよう』という冒涜があった。
これに怒った、まだ封じられていなかった神が、『神を宿した/神を宿しかけた』道具を、異世界に持ち去った。
その持ち去られた道具が──
聖くれあの聖印。
それから、
「ほんま、すまんけど──ボクのためにその道具、差し出してくれや、くれあ」
……それはきっと『誠意』なのだろうと、くれあは思った。
こっそり奪えばよかったのに。説明なんかしなくてよかったのに。
この妖精は、説明し、正面から奪おうとしている。
だからそれは誠意で、そこから見えるものこそが、この妖精の想いだ。
……だから、これは。
想いだけではどうしようもないものが、彼にさせている行動なのだろう。
大人には、そういうものがある。やりたくなくても、やらなければいけないことが。性格上許せなくても、黙ってこなさなければいけないことが。
つまりは──
──説得では、どうにもならない。
妖精は業務上必要なので、くれあから聖印を奪おうとしている。
だからこそ分かり合えない。彼を動かしているのは、彼の心情ではないのだから。
「……聖印、掲揚」
正しい変身の文言を口にした、という実感があった。
今まで、ずらされていたものが、元に戻っている。そういう気がした。
変身していくくれあ。
妖精が、悲し気に笑う。その笑顔は……
「008プラント産指揮官個体、コードネーム『少尉』。任務を開始します。オーバー」
ここから先の勝利を確信しているような、悲しい笑いだった。