ステッキを拾った。魔法少女になった(30代男性)。   作:稲荷竜

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この話は三人称


第39話 誠意(三人称視点 聖くれあ(ピンク)寄り)

「! 異物(モンスター)の反応…………が………………? え…………? なに、この数…………!?」

 

 昼頃。

 家の掃除をしていた(ひじり)くれあの頭の中で、レーダーマップがすさまじい数の赤い光点を表示させた。

 

 何かのバグかと思った。

 でも、レーダーマップはいつもみたいに作動していたし……

 

 ……その数の『異物』がいることに、さほどの不自然さを感じない自分に、気づいた。

 

「くれあ」

 

 愕然、というより、呆然としていた。

 たくさんの敵が出た! という事実より、その『たくさんの敵が出たこと』に、謎の納得をしている自分の心情に困惑していた。

 

 そんな時、くれあに変身能力を──変身アイテムである『聖印(せいいん)』を渡した妖精が、トコトコ歩いてきた。

 

 洗濯機の前、脱衣所の中、くれあは、自分が掃除道具を手にしたままなのも忘れて、妖精と向かい合う。

 手のひらサイズの、ピンクの毛並みの目元に、白いメガネみたいな模様をつけた、リスに似た妖精。

 

 その妖精が、ノートパソコンのような装置を脇に抱えて、くれあの前に立っている。

 

 顔はうつむけていた。

 

「……どうしたの? たくさんの異物が出たから、戦わなくちゃ、いけないんだけど」

「なあ、くれあ。ボクな、この世界の文明、ほんまに素晴らしいと思っとんのや」

「……急に、なに?」

「個々人の力に頼らずに、道具によって自然に満ちたエネルギーを制御して、誰でも、道具や設備さえあれば、自然の力を引き出せるようになっとるやろ? これな、ボクらの世界が数百年かけてようやくたどり着いた……いや、まだたどり着けてへん、『理想』やねん」

 

 くれあは、妖精に呼び掛けようとした。

 だがくれあは、この妖精の名前を知らないことに気付いた。

 ……今更、気づいた。

 

 自分はこの妖精のことについて、何も知らない。

 なぜこの妖精を信頼したのか。その明確な理由を問われても、何も説明できない、ということに。

 

「でっかい力は、使う生命にとって理想的な用法・サイズに制御されるべきやし、制御装置は個々人が直感的に操作して、間違いがない程度の出力に抑えられるべきやと思っとんねん」

「……本当に、どうしたの? ねえ、戦わないと。異物が、たくさん出たよ……?」

「けどな、ボクらの世界の上の方、アホやねん」

「……」

「よりによってな、『神様』を制御する道具を作ろうとしてもうてな。ほんで、キレた神様に道具持ち逃げされて、あげく、その『神様』に殉じる連中を、せっかく交渉がうまいこといっててんけど、オシャカにしてもうてん。……でな、こっからがアホの上塗りやねんけど」

 

 妖精が、くれあを見上げた。

 悲しそうな顔をしていた。

 

「その『神様に殉じる連中』──『魔術師(マギ)』の渡った先の世界にな、手つかずの魔素(マナ)が大量にあるのを知ってな、それ、全部自分らのモンにしようとか、言い出してん」

「……」

「なあくれあ。欲望には際限っちゅうモンがないんかな。せっかく『個々人で制御できる程度の力を、道具使って、つつましく使っていきましょ』ってなっとったのに、もっとでっかくエネルギー使えるってわかったら、奪ってでも使おうって、そう思ってまうのが、欲望ってやつなんかな」

「…………」

「くれあ、これはボクの最後の誠意や。ほんまに、キミらには悪いことしたと思っとるし、心苦しいのも大マジや。だからな、バラすわ。──この世界の常識を改変しとんのは、ボクらや」

「…………なにを、言っているの?」

「ほんでな、魔術師どもの工房を再利用して、この世界の侵略にタダ乗りしとんねん、ボクら。……実はキミらに言っとらんだけで、魔術工房はな、見つかっとんのや。でも、キミらの知らん間に、ボクらが制圧して、その機能だけ奪っとんねん。つまりやな、もう魔術師(マギ)なんぞおらんのや。キミらの倒すべき敵は、おらんのや」

「でも、いっぱい、いるよ。怪物が、いっぱい……」

「うん、だからな、それをやっとるのは、ボクらやねん。ほんでな」

 

 大きく、なっていく。

 

 妖精が、大きくなっていく。

 

(違う)

 

 くれあは、ようやく、真実を思い出した。

 

 妖精はそもそも、妖精の見た目ではなかった。

 

 町にはそもそも、たくさんの異物がうろついていた。

 

 ただ、それに気付けないようにされていただけで……

 

 ……この世界はとっくに、こういう状況だった。

 

「世界樹からこの世界の作戦における最後の命令が下ったんや」

 

 声が太くなっていく。鋭い爪が生えていく。四肢が筋肉で発達していく。

 手のひらサイズの妖精は、くれあが見上げるほどの、熊のような大きく屈強な生き物の姿を、露わにした。

 

「『神の本体の居場所を掴んだなら、神の道具に選ばれた異世界人どもから、神の道具を回収せえ』言うてな。思い出せるか?」

 

 ……そうだ。

 聖くれあは、思い出した。

 

 変身のための道具は、拾った。

 その時、妖精はいなかった。

 

 後から、妖精が来た。

 だというのになぜか、妖精に道具をもらって変身したと、記憶が捻じ曲げられていた。

 

世界樹(オカン)もずいぶん君らに投資したんでな、回収せえってしっつこいねん。キミらの強化のための力な、あれ、神サンから奪った力の貯蓄の一部で──つまりまあ、有限の資源ってことでな。払ったぶんは回収せな、ボクがシメられてまう。てなわけで……」

 

 くれあは無意識に、手の中に変身アイテムを持っていた。

 それは鏡だった。かわいい宝石付きのコンパクト。

 ただ、それの本質は鏡ではなかった。鏡の中に浮かび上がる印こそが、本質。

 

 それは、神の力を宿した聖印。

 

 異世界において、『神を道具に封じ、力をエネルギープラントにため込み、神の力をヒトが御しよう』という冒涜があった。

 これに怒った、まだ封じられていなかった神が、『神を宿した/神を宿しかけた』道具を、異世界に持ち去った。

 

 その持ち去られた道具が──

 

 聖くれあの聖印。

 (みぎわ)いさみの聖剣。

 鬼林(きばやし)の魔杖。

 それから、(はざま)シフの七つ道具。

 

「ほんま、すまんけど──ボクのためにその道具、差し出してくれや、くれあ」

 

 ……それはきっと『誠意』なのだろうと、くれあは思った。

 こっそり奪えばよかったのに。説明なんかしなくてよかったのに。

 この妖精は、説明し、正面から奪おうとしている。

 

 だからそれは誠意で、そこから見えるものこそが、この妖精の想いだ。

 

 ……だから、これは。

 想いだけではどうしようもないものが、彼にさせている行動なのだろう。

 

 大人には、そういうものがある。やりたくなくても、やらなければいけないことが。性格上許せなくても、黙ってこなさなければいけないことが。

 

 つまりは──

 

 ──説得では、どうにもならない。

 

 妖精は業務上必要なので、くれあから聖印を奪おうとしている。

 だからこそ分かり合えない。彼を動かしているのは、彼の心情ではないのだから。

 

「……聖印、掲揚」

 

 正しい変身の文言を口にした、という実感があった。

 今まで、ずらされていたものが、元に戻っている。そういう気がした。

 

 変身していくくれあ。

 妖精が、悲し気に笑う。その笑顔は……

 

「008プラント産指揮官個体、コードネーム『少尉』。任務を開始します。オーバー」

 

 ここから先の勝利を確信しているような、悲しい笑いだった。

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